2026年11月現在、ナ酒渚は吉本興業に所属するピン芸人として活動している。コンビ時代のツッコミを軸にしながら、テレビ出演、ラジオのパーソナリティー、YouTubeなど、活動の場を広げている。
特に注目したいのが、TBSラジオの『渚のキャッ火ラジオ』だ。2024年の改名発表の舞台となった番組であり、2026年11月5日の番組表にも、ナ酒渚がパーソナリティーを務める「関プレス presents 渚のキャッ火ラジオ」が23時30分から24時まで掲載されている。
テレビでも活動を続けている。2026年には、次のような番組への出演が確認できる。
- 2026年7月28日:テレビ東京『昼めし旅~あなたのご飯見せてください!~』
- 2026年9月28日:フジテレビ系『ネプリーグ』
- 2026年10月4日:テレビ朝日系『大改造!!劇的ビフォーアフター』
『大改造!!劇的ビフォーアフター』への出演は、大工経験を持つナ酒渚の経歴とも重なる。芸人としてのトークやリアクションだけでなく、建築現場で培った知識や経験も、テレビで生かせる個性の一つだ。
また、2026年2月には大阪弁護士会の広報企画にも登場。大工職人時代の経験や、SNSで一般の人が映り込んだ際の配慮などについて語っている。芸能活動以外の場でも、自身の経験を言葉にして伝える仕事をしていることが分かる。
つまり、解散後に芸能活動を休止したわけではない。ラジオという継続的な発信の場を持ち、テレビ出演やイベントなどにも取り組む、個人芸人としてのキャリアを築いている。
【ナ酒渚のプロフィール】読み方・年齢・経歴と大工時代

ナ酒渚の読み方は「なさけなぎさ」。1984年8月6日生まれで、2026年11月現在42歳。兵庫県尼崎市出身の女性お笑い芸人だ。
吉本興業の公式プロフィールに掲載されている基本情報を整理すると、次のようになる。
| 項目 | プロフィール |
|---|---|
| 芸名 | ナ酒渚 |
| 読み方 | なさけなぎさ |
| 旧芸名 | 渚 |
| 生年月日 | 1984年8月6日 |
| 2026年11月現在の年齢 | 42歳 |
| 出身地 | 兵庫県尼崎市 |
| 血液型 | O型 |
| 身長 | 157cm |
| 所属事務所 | 吉本興業 |
| 芸歴の出発点 | 2007年 NSC大阪校30期生 |
| 趣味 | 酒を飲みながら海外ドラマ鑑賞 |
| 特技 | 大工あるある |
ナ酒渚の経歴で特徴的なのが、芸人になる前に大工職人として働いていたことだ。
2026年2月の大阪弁護士会のインタビューでは、大工になった経緯についても本人が説明している。もともと大工職人になることを夢見ていたわけではなく、NSCに入学するための費用を貯める目的で職人として働いたという。
大工の仕事は、単純な力仕事ではない。材料の寸法を考え、作業の順番を組み立て、技術を積み重ねていく必要がある。本人もインタビューで、女性が力の面で不利な部分を技術で補っていくことについて語っている。
この経験は現在のプロフィールにも「大工あるある」という特技として残っている。単なる芸人のキャラクター設定ではなく、実際の職業経験に根差した持ち味だ。
尼神インター時代の主な実績2007年、NSC大阪校30期生だった渚と誠子がコンビを結成。誠子の個性的なボケに対して、渚がヤンキー風のキャラクターと鋭いツッコミで応じる漫才スタイルを確立した。
2011年には第32回ABCお笑い新人グランプリで新人賞を受賞。第46回上方漫才大賞では新人賞候補となり、2017年には第2回上方漫才協会大賞の話題賞を受賞している。
さらに『オールザッツ漫才2015』のフットカットバトル優勝など、関西のお笑い界で実績を重ねた。こうしたコンビ時代の知名度と実績が、現在のピン芸人としての活動の土台になっている。
【改名理由を解説】なぜ渚からナ酒渚になった?読み方の秘密
2024年7月26日、渚はTBSラジオ『渚のキャッ火ラジオ』の放送内で、芸名を「ナ酒渚」に変更すると発表した。読み方は「なさけなぎさ」で、発表当日から新しい芸名を使用している。
改名には、いくつかの理由が重なっている。
1. 「渚」だけでは個人を認識してもらいにくいコンビ解散後、これまでの「渚」という名前だけでは、誰のことなのか分かりにくくなるという問題があった。
コンビ名とセットで覚えられていた芸名を、ピン芸人として独立させる必要があったことが、改名を考えるきっかけの一つだった。
2. お酒好きの個性を名前に取り入れたナ酒渚という名前には、本人が好きな「酒」という漢字が入っている。
以前、『あちこちオードリー』で芸名変更の話題になった際、好きなものを尋ねられて「酒」が思い浮かんだことから、「酒渚」という候補も考えていたという。
その後、さらに名前を工夫した結果、「なさけなぎさ」という響きにたどり着いた。
3. 「ナーさん」という愛称と画数も考慮カタカナの「ナ」には、画数が良いという理由がある。また、仲の良い芸人仲間であるガンバレルーヤから「ナーさん」と呼ばれていることも、名前に取り入れた理由の一つだ。
加えて、旧芸名の「渚」を残しているため、以前から知っているファンや仕事関係者も、これまで通り「渚」と呼ぶことができる。
4. 「酒」と「情け」の二重の意味ナ酒渚という名前の面白さは、読み方の「なさけ」にもある。
漢字としては「酒」を使いながら、音としては「情け」を連想させる。本人はラジオで、情けには思いやりという意味があることにも触れ、解散して一人になった自分に情けをかけてほしい、と笑いを交えて説明した。
「酒」も好きで、「渚」も残しているから、渚って呼び慣れてる人は「渚」って呼んでくれる。 — ナ酒渚の改名発表時の説明(TBS NEWS DIG、2024年7月26日)
改名の候補を出した人物については、2024年7月の報道で、本人が名前の案を約50個受け取ったことが紹介されている。ただし、候補を考えた人物の名前は当時公表されていなかった。
ナ酒渚への改名は、過去の芸名を捨てるための変更ではない。「渚」という認知度を維持しながら、酒好きという個性や新しい活動への姿勢を加えた、ピン芸人としての再出発を象徴するものだ。
【尼神インター解散理由】2024年3月末までの経緯と関係者一覧
尼神インターの解散は、2024年3月28日に吉本興業から正式発表された。コンビとしての活動は同年3月31日をもって終了。2007年の結成から約16年半にわたる活動に区切りをつけた。
注目したいのは、解散後の所属先が2人で異なったことだ。渚は吉本興業に残り、誠子はマネジメント契約を終了してフリーになると発表された。
解散を切り出したのは渚だった解散の経緯について、誠子は2025年7月公開の「めざましmedia」のインタビューで詳しく語っている。
誠子によると、渚から解散を告げられたのは2023年12月。翌年のコンビ活動について、渚、誠子、現場マネージャー、チーフマネージャーの4人で話し合っていた際、渚が突然「解散したい」と伝えたという。
誠子は当時、次の単独ライブのネタを考えていたほどで、解散は予想していなかった。突然の申し出に驚き、楽屋で涙を流したことも明かしている。
解散の明確な理由は公表されている?ここで注意したいのが、解散理由についての情報の扱いだ。
誠子は同インタビューで、渚から具体的な理由を告げられたわけではなく、自分からも詳しく聞かなかったと説明している。
そのうえで誠子は、長年の活動の中で、渚がネタなどの決定を自分に任せてくれていたことを振り返り、渚自身にもやりたいことがあったのではないかと考えていたと語った。
これはあくまで誠子自身の受け止め方であり、渚が公式に発表した解散理由ではない。したがって、特定の不仲やトラブルが原因だったと断定することはできない。
解散から現在までの年表・人物関係| 時期 | 出来事・人物 | 内容と関係 |
|---|---|---|
| 2007年 | 尼神インター結成 | 渚と誠子がコンビとして活動開始 |
| 2011年 | 新人賞受賞 | ABCお笑い新人グランプリ新人賞 |
| 2017年 | 話題賞受賞 | 上方漫才協会大賞 |
| 2023年12月 | 解散の申し出 | 誠子の証言では渚から解散を提案 |
| 2024年3月28日 | 吉本興業が発表 | 3月末でのコンビ解散を公表 |
| 2024年3月31日 | コンビ解散 | 誠子は退所、渚は吉本所属を継続 |
| 2024年7月26日 | ナ酒渚に改名 | TBSラジオで新芸名を発表 |
| 2025年7月 | 誠子がインタビュー | 解散の経緯や現在の関係について説明 |
| 2026年11月 | 個人活動を継続 | ナ酒渚はラジオ・テレビで活動 |
この年表から分かるのは、解散が突然発表された一方で、実際の話し合いは前年の2023年12月から始まっていたことだ。公表までに一定の期間があり、2人はそれぞれの進路を選んでいた。
【誠子の現在】フリー芸人として京都へ移住、元相方との関係は?
尼神インターのもう一人のメンバーだった誠子も、解散後に新しい道を歩んでいる。
2024年3月末に吉本興業を退所し、フリー芸人として活動を開始。ライブやイベントの企画、ライフスタイル関連の活動など、漫才コンビ時代とは異なる仕事にも挑戦している。
2026年は京都へ移住誠子は2025年11月、長年住みたいと考えていた京都への移住を発表した。2026年春には実際に東京を離れ、京都へ生活拠点を移したことを報告している。
2026年4月には、フリー芸人として3年目を迎えたことや、京都へ引っ越したことをSNSで伝えた。京都を拠点にしながら東京の仕事も続けたいという意向を示している。
2026年9月にもトークイベントの告知や近況が報じられており、芸人としての活動は継続している。
ナ酒渚と誠子は現在も連絡を取り合っている?2人の解散後の関係について、重要な手がかりになるのが、2025年7月の誠子のインタビューだ。
誠子は、現在は渚と個人的な連絡を取っていないと説明している。尼神インター時代のグループLINEも、解散直後は連絡事項などで使われていたものの、その後は動いていないという。
一方で、誠子はナ酒渚のYouTubeチャンネル『渚のいっぷくチャンネル』をチェックしているとも話している。
この証言から読み取れるのは、解散後に以前と同じ頻度で交流しているわけではないということだ。ただし、個人的な連絡がないことだけで、不仲や絶縁と判断することはできない。
実際、解散発表時に渚は、別々の道を歩んでも、互いを思い出したり、様子をうかがったりしてもらえれば励みになるという趣旨のコメントを発表していた。また、互いに支え合えればという思いも示している。
コンビとしての活動は終わっても、長年一緒に仕事をした相手への感謝までなくなったわけではない。2人の現在の距離感は、独立した芸人同士として、それぞれの生活と仕事を大切にしている状態と捉えるのが自然だ。
【プロの結論】ナ酒渚の再出発で注目すべき3つのポイント
ナ酒渚の2024年以降の活動を追うと、単なる改名やコンビ解散というニュースだけでは見えない、芸人としてのキャリアの変化が浮かび上がる。
1. コンビの知名度を個人のブランドに変えている尼神インター時代の渚は、誠子との掛け合いによって個性が際立っていた。解散後は、その知名度を維持しながら「ナ酒渚」という個人名で活動する必要が生まれた。
旧芸名を残しながら独自の読み方と漢字を採用したことは、過去のファンと新しい視聴者の両方に名前を覚えてもらうための工夫としても捉えられる。
2. 大工経験と芸人としての個性を組み合わせている大工職人の経験は、芸人としての経歴の中でも珍しい要素だ。大工あるあるを特技として持ち、住宅やリフォームに関係する番組にも出演するなど、漫才だけに依存しない個性がある。
専門的な経験を持つタレントは、一般的なバラエティー番組だけでなく、職業や生活に密着した企画でも活躍の機会を得られる。ナ酒渚の場合、この過去の経験が独自の出演価値につながっている。
3. ラジオを軸に長期的なファンとの接点を作っているテレビ出演は番組ごとに視聴者が変わる一方、ラジオのレギュラー番組は継続的に本人の言葉や考え方を届けられる。
『渚のキャッ火ラジオ』は、芸名変更を発表した場所でもある。2026年11月にも番組表に掲載されており、単発の話題で終わらない活動基盤を持っていることが分かる。
今後の活躍を判断する際は、単発のテレビ出演数だけでなく、ラジオの継続、ライブ活動、個人チャンネルでの発信など、複数の活動を合わせて見ることが大切だ。
【尼神インター渚・ナ酒渚】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:尼神インターの渚は現在何という名前で活動していますか?
A1:2024年7月26日から「ナ酒渚(なさけなぎさ)」という芸名で活動しています。吉本興業に所属するピン芸人です。
Q2:ナ酒渚への改名理由は何ですか?
A2:好きなお酒の「酒」を入れたいこと、「渚」という名前を残したいこと、ガンバレルーヤから「ナーさん」と呼ばれていること、画数などが理由です。「情け」という言葉の意味も重ねています。
Q3:尼神インターはいつ解散しましたか?
A3:2024年3月31日です。吉本興業が3月28日に発表し、誠子は同社を退所、渚は所属を継続しました。
Q4:尼神インターの解散理由は不仲だったからですか?
A4:不仲が原因だったと確認できる公表情報はありません。誠子の2025年のインタビューによると、渚が2023年12月に解散を切り出しましたが、具体的な理由は本人から聞いていないとのことです。
Q5:ナ酒渚は現在も吉本興業に所属していますか?
A5:はい。2026年11月のTBSラジオ番組表でも、吉本興業所属の芸人として紹介されています。
Q6:ナ酒渚と誠子は現在も交流していますか?
A6:誠子は2025年7月のインタビューで、個人的な連絡は取っていないと説明しています。一方、ナ酒渚のYouTubeチャンネルはチェックしていると話しており、不仲や絶縁が確認されたわけではありません。
Q7:ナ酒渚の現在の主な出演番組は何ですか?
A7:TBSラジオ『渚のキャッ火ラジオ』のパーソナリティーを務めています。2026年には『ネプリーグ』『昼めし旅』『大改造!!劇的ビフォーアフター』などへの出演も確認されています。
尼神インターの渚は、2024年3月末のコンビ解散を経て、同年7月から「ナ酒渚(なさけなぎさ)」として再出発した。
2026年11月現在も吉本興業に所属し、『渚のキャッ火ラジオ』のパーソナリティーやテレビ出演などを継続している。大工職人としての経験も個性の一つとなっており、コンビ時代とは違う活動の幅を見せている。
一方、元相方の誠子は吉本興業を離れ、フリー芸人として独立。2026年春には京都へ移住し、自分の希望する仕事や生活を実現する方向へ進んでいる。
2人の解散は、一方の芸能活動が終わったという話ではない。それぞれが自分の進みたい道を選んだキャリアの転換点だった。今後のナ酒渚を見るうえでは、旧コンビのイメージだけでなく、ラジオ、テレビ、ライブ、そして大工経験を生かした仕事にも注目したい。