2026年11月現在、大谷翔平の背番号は、ロサンゼルス・ドジャースでは17番、野球日本代表「侍ジャパン」では16番です。加えて、北海道日本ハムファイターズ時代には11番を着用しており、プロ入り後のキャリアを振り返ると、所属先によって背番号を使い分けてきたことが分かります。
特に注目したいのが、2026年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)でも16番を着用したことです。エンゼルス時代から続く17番と、代表戦で定着している16番。それぞれの番号には、球団との関係や本人の選択、過去のチームメートとのつながりが反映されています。
【2026年最新】大谷翔平の背番号はドジャースで17、侍ジャパンでは16

最初に確認したいのは、2026年現在の大谷翔平の背番号です。結論は、所属球団と日本代表で異なります。
ドジャースでは背番号17を着用2024年にロサンゼルス・ドジャースへ移籍してから、大谷は背番号17を着用しています。2026年11月時点でも、MLB公式の選手プロフィールには「Shohei Ohtani #17」と掲載されています。
この17番は、ドジャース移籍時に新しく選んだ番号というより、エンゼルス時代から愛用してきた番号を引き継いだものです。アメリカンリーグからナショナルリーグへ移籍しても、背中の数字は変わりませんでした。
侍ジャパンでは背番号16一方、日本代表のユニフォームでは16番を着用しています。
侍ジャパン公式サイトの2026年WBC選手プロフィールにも、大谷の背番号は16と明記されています。2023年大会でも同じ16番を着用しており、2026年大会では投手ではなく指名打者として登録されました。
つまり、2026年の大谷翔平は、ドジャースの試合では17番、侍ジャパンの試合では16番という使い分けをしていたのです。
【歴代背番号一覧】日本ハム11番からドジャース17番までの変遷
大谷翔平のプロ野球人生における背番号の変遷を整理すると、球団所属時の11番と17番、そして日本代表での16番という3つの数字が中心になります。
| 所属・大会 | 着用時期 | 背番号 | 主な背景 |
|---|---|---|---|
| 北海道日本ハムファイターズ | 2013~2017年 | 11 | ダルビッシュ有から引き継いだ番号 |
| ロサンゼルス・エンゼルス | 2018~2023年 | 17 | 希望した27番が埋まっていたため選択 |
| ロサンゼルス・ドジャース | 2024~2026年 | 17 | ジョー・ケリーから番号を引き継ぐ |
| 侍ジャパン | 2014・2015・2016・2017・2023・2026年 | 16 | 代表活動で継続して着用 |
大谷がプロ入り後、最初に着用した背番号は11番です。
2012年のドラフトで北海道日本ハムファイターズから1位指名を受けた大谷に対し、球団は入団交渉の際、当時までダルビッシュ有が着用していた11番を提示しました。
当時の経緯を伝える2012年12月4日付の日刊スポーツの記事では、栗山英樹監督との交渉で、ダルビッシュから背番号11を引き継ぐことが提案されたと報じられています。
この提案には単なる番号の継承以上の意味がありました。球団は大谷を投手としても高く評価していることを、エースとしての実績を持つ11番を提示することで示したのです。
大谷は日本ハムで投手と打者を兼ねる二刀流として成長し、2016年にはチームのリーグ優勝と日本一に貢献しました。11番は、プロ野球選手としての原点を象徴する番号になりました。
エンゼルス時代:2018年から2023年までの17番2017年12月、メジャーリーグへの移籍先がロサンゼルス・エンゼルスに決まり、大谷の背番号は17番となりました。
2017年12月の入団会見では、なぜ17番を選んだのかという質問に対して、本人が本当は27番を希望していたものの、すでに使用されていたため17番にしたと説明しています。
27番は、エンゼルスのスター選手マイク・トラウトが着用していた番号です。トラウトへの敬意を感じさせるエピソードとして、当時のMLB公式記事でも紹介されました。
こうして始まった17番でのメジャー生活は、二刀流選手としての大谷の知名度を世界的なものにしていきました。エンゼルスでの6シーズンを通じて17番は大谷の代名詞となり、移籍後も継続されることになります。
ドジャース時代:2024年からも17番を継続2023年12月にドジャースとの契約が決まった際、背番号17の継続が注目されました。
当時、ドジャースではジョー・ケリーが17番を着用していました。大谷の加入に伴い、ケリーは番号を譲り、自身は99番へ変更しました。
MLB公式の2023年12月24日の記事によると、大谷は背番号を譲ったケリーの妻アシュリーさんに、感謝を込めてポルシェをプレゼントしています。アシュリーさんは大谷のドジャース加入を後押しする「#Ohtake17」キャンペーンを展開していました。
この出来事は、単なるユニフォーム番号の変更を超え、ドジャース加入を象徴するエピソードとして話題になりました。
【なぜ番号が違う?】大谷翔平が11・17・16を着用する理由
大谷翔平の背番号を理解するうえで重要なのは、番号ごとに決定された背景が異なることです。日本ハム時代の11番、MLB球団での17番、侍ジャパンでの16番は、それぞれ別の経緯を持っています。
11番はダルビッシュ有から受け継いだエースの象徴日本ハムが大谷に11番を提示した背景には、ダルビッシュ有の存在がありました。
当時、大谷は投手と打者の二刀流に挑戦することについて、球団の育成方針を慎重に確認していました。栗山監督との交渉では、投手としても高く評価していることが伝えられています。
11番の提示は、ダルビッシュの後継者という期待だけでなく、投手としての可能性を球団が本気で評価していたことを示すものでした。
なお、日本ハムの背番号11は、ダルビッシュと大谷の2人が着用した番号として知られています。2021年には球団が永久欠番にはしない方針を示したことも報じられています。
17番はマイク・トラウトへの敬意と移籍後の継承エンゼルスでの17番には、マイク・トラウトとの関係が関わっています。
大谷は入団会見で27番を希望していたことを明かしましたが、トラウトがすでに使用していたため17番を選択しました。
その後、ドジャースへの移籍でも17番を維持できたのは、ジョー・ケリーが番号を譲ったためです。
ここで注目したいのは、エンゼルス時代とドジャース時代では、17番を着用するまでの経緯が異なることです。前者は27番が使用中だったこと、後者は既存選手との番号調整が必要だったことが背景にあります。
16番は侍ジャパンで定着した本人の番号日本代表の16番については、MLB公式が2023年3月に掲載した解説記事が参考になります。
同記事では、大谷本人が代表でプレーするときは以前から16番を着用していると説明したことが紹介されています。
実際に侍ジャパン公式プロフィールを確認すると、2014年の日米野球、2015年のプレミア12、2016年の強化試合、2017年WBC、2023年WBC、2026年WBCの記録はいずれも16番です。
つまり16番は、特定の大会だけで偶然割り当てられた番号ではなく、日本代表で継続して使用してきた番号なのです。
【背番号の比較と誤解を検証】17番と16番はどちらが現在の番号?
インターネットで大谷翔平の背番号を調べると、17番と16番の両方が表示されることがあります。どちらか一方が間違っているわけではありません。
背番号は選手個人に一つだけ永久に割り当てられるものではなく、所属球団や代表チームなど、それぞれの組織で管理されます。
よくある3つの誤解誤解1:侍ジャパンで16番だから、ドジャースでも16番を着用している。
これは間違いです。MLB公式選手ページではドジャース所属の大谷は17番として掲載され、侍ジャパン公式プロフィールでは2026年WBCの16番として掲載されています。
誤解2:エンゼルスからドジャースに移籍した際、背番号が変わった。
これも正しくありません。エンゼルスでもドジャースでも17番です。ドジャース加入時にジョー・ケリーが17番を譲ったことで、同じ番号を継続できました。
誤解3:日本ハムの11番はダルビッシュだけの番号だった。
大谷も日本ハム時代に11番を着用しています。球団の交渉でダルビッシュから引き継ぐ番号として提示されたことが、当時の報道に記録されています。
背番号を確認するときの判断基準大谷のユニフォームやグッズを購入するとき、過去の試合映像を見るとき、選手プロフィールを調べるときは、次の3点を確認すると混乱しません。
- 現在の所属球団:ドジャースの17番を確認する。
- 日本代表の大会:2026年WBCを含め、侍ジャパンの16番を確認する。
- 過去の所属球団:日本ハム時代は11番、エンゼルス時代は17番を確認する。
特に、同じ17番でもエンゼルスとドジャースではユニフォームのデザインやチームカラーが異なります。背番号だけでなく、所属球団と着用時期をセットで確認することが大切です。
【プロの結論】大谷翔平の背番号はキャリアの転換点を映す3つの数字
大谷翔平の背番号を歴史的に見ると、11・17・16という3つの数字は、それぞれ異なるキャリアの段階を象徴しています。
11番は日本ハムでの挑戦と成長、17番はMLBでの飛躍と継続、16番は日本代表としての誇りと一貫性を表しています。
背番号11:二刀流への期待を背負った日本時代日本ハム時代の11番は、球団が大谷の投手としての才能を評価していたことを示す番号でした。ダルビッシュから引き継いだという背景もあり、若い大谷に対する期待の大きさがうかがえます。
背番号17:世界的スターへ成長したMLB時代17番は、エンゼルスからドジャースへと続くMLBでの象徴的な番号です。トラウトとのエピソードやジョー・ケリーとの番号継承など、チームメートとの関係性も含めて語られる数字になっています。
背番号16:日本代表としての継続性16番は、代表活動における大谷の定番です。2014年から2026年まで複数の国際大会で着用しており、所属球団が変わっても代表での番号は変わっていません。
背番号を一つに絞って大谷の現在を説明することはできません。球団での活動と日本代表での活動を分けて考えることで、経歴と番号の関係を正しく理解できます。
大谷翔平の背番号に関するよくある質問(FAQ)
Q1:大谷翔平の現在の背番号は何番ですか?
A1:2026年11月現在、ロサンゼルス・ドジャースでは17番です。MLB公式の選手プロフィールでも17番と掲載されています。
Q2:2026年WBCで大谷翔平が着用した背番号は何番ですか?
A2:16番です。侍ジャパン公式プロフィールでは、2026年WBCの大谷の背番号が16番、ポジションが指名打者として記録されています。
Q3:大谷翔平の日本ハム時代の背番号は何番でしたか?
A3:11番です。2013年から2017年まで着用しました。ダルビッシュ有が使用していた番号を球団から引き継いだものです。
Q4:大谷翔平のエンゼルス時代の背番号は何番ですか?
A4:17番です。2018年から2023年まで着用しました。本人は27番を希望していましたが、マイク・トラウトが使用していたため17番になりました。
Q5:ドジャースでも17番を着用できた理由は何ですか?
A5:当時17番を着用していたジョー・ケリーが番号を譲ったためです。ケリーは99番に変更し、大谷はエンゼルス時代と同じ17番を継続しました。
Q6:大谷翔平が侍ジャパンで16番を着用する理由は何ですか?
A6:本人が日本代表でプレーするときは以前から16番を着用していると説明しています。2014年の日米野球から2026年WBCまで、代表活動の記録で16番が確認できます。
2026年現在、大谷翔平の背番号を整理すると、ドジャースは17番、侍ジャパンは16番、日本ハム時代は11番、エンゼルス時代は17番です。
それぞれの番号には、ダルビッシュ有からの継承、マイク・トラウトへの敬意、ジョー・ケリーとの番号交換、そして日本代表での継続的な使用という背景があります。
特に2026年WBCでも16番を着用したことは、侍ジャパンにおける大谷の番号が長く定着していることを示しています。
今後の所属チームや国際大会によってユニフォームが変わる可能性はありますが、背番号を調べる際は、球団名・代表チーム名・大会年度の3つをセットで確認するのが確実です。
大谷翔平の背番号を一言で整理するなら、球団では17番、侍ジャパンでは16番。そして日本ハム時代の原点は11番です。この3つを覚えておけば、2026年最新の背番号と歴代の変遷を正確に把握できます。