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【活動実態と歴史的事件】渋谷暴動事件から労働運動まで

伊部 拓海 伊部 拓海 • 更新: • 公開: • 読了約 14 分
目次

中核派と革マル派を理解するうえで避けられないのが、1970年代に深刻化した党派間の対立と、社会運動への関与である。

両派は労働運動や学生運動を重視してきた一方、一部の活動家による暴力事件や組織間の抗争によって、社会に大きな被害をもたらした歴史を持つ。

渋谷暴動事件と中核派の歴史

渋谷暴動事件は、1971年11月14日、沖縄返還協定に反対する学生らのデモ隊が東京・渋谷で警察官や交番を襲撃し、警備に当たっていた新潟県警の中村恒雄巡査(当時21歳)が死亡した事件である。

事件には中核派の活動家らが関与した。

この事件をめぐっては、長期間にわたり逃亡していた中核派(党中央)の非公然活動家、大坂正明が2017年に逮捕され、殺人罪などで起訴された。

東京地方裁判所は2023年12月22日、大坂に懲役20年の判決を言い渡した。警察庁の2026年3月資料では、控訴審が継続中とされている。

この事件は、中核派の歴史における重大な転換点であると同時に、過激な政治運動が一般市民や警察官の生命を脅かした事例として記憶されている。

内ゲバによって深刻化した両派の対立

中核派と革マル派の関係は、1963年の分裂後も対立を続け、1970年代には暴力を伴う抗争へと発展した。

両派の対立は、思想上の議論だけではなく、学生運動や労働運動における主導権争い、組織の正統性をめぐる対立にも広がった。

特に1975年3月の本多延嘉殺害事件は象徴的な出来事だ。

本多は中核派の中心人物であり、その殺害は両派の対立がいかに深刻だったかを示している。

警察庁の資料も、極左暴力集団の歴史において、対立するセクト間で殺人や傷害を伴う内ゲバが発生してきたことを指摘している。

労働運動と大衆運動への関わり方

両派は、労働者や学生の組織化を重要視してきたが、活動の重点には違いがある。

中核派の主な活動領域

- 反戦・反基地運動
- 反原発運動
- 国鉄関連の労働運動
- 学生自治会や全学連を通じた学生運動
- 集会やデモを通じた政治的主張の発信

中核派は、労働運動を革命運動の基盤と位置付ける「階級的労働運動路線」を掲げている。

また、2011年の東日本大震災後には、反原発運動の推進組織として「すべての原発いますぐなくそう!全国会議(NAZEN)」を立ち上げた。

革マル派の主な活動領域

- 労働組合を通じた活動
- 理論研究と思想学習
- 機関紙「解放」による情報発信
- 反戦・反基地・反原発に関する運動
- 学生組織を通じた活動

警察庁の2025年版警察白書では、革マル派が労働組合への組織拡大を図っていることや、黒田寛一の理論を継承する活動を続けていることが報告されている。

【2026年最新動向】警察庁資料で見る中核派・革マル派の現在

中核派革マル派違い

2026年3月公表資料

2026年の両派の動向を把握するうえで重要なのが、警察庁が2026年3月に公表した「極左暴力集団の現状等」である。

同資料には、組織の推計勢力、機関紙、労働運動への関与、近年の検挙事例などがまとめられている。

警察庁が公表した勢力の推計
組織 推計勢力 基準日
革マル派 約5,500人 2024年6月
中核派 約4,700人 2024年6月
極左暴力集団全体 約18,300人 2024年6月

この数字は2026年3月の資料に掲載された推計値だが、実際の調査基準日は2024年6月である。

そのため、2026年11月現在の実際の構成員数と同一視することはできない。また、警察庁による勢力推計であり、一般の支持者やデモ参加者の人数を示す数字でもない。

中核派の2025~2026年にかけての動向

警察庁の2026年3月資料では、2025年に発生した複数の検挙事例が取り上げられている。

時期 公表された出来事
2025年2月 京都大学での業務妨害事件に関連し、中核派系全学連活動家ら7人を逮捕
2025年6月 沖縄県での抗議行動における警察官への暴行をめぐり、中核派系全学連活動家1人を逮捕
2025年8月 広島平和記念式典に伴う抗議行動で、警備員への暴行をめぐり中核派活動家2人を逮捕
2025年10月 京都大学での建物への立入りをめぐる事件で、中核派系全学連活動家を逮捕

いずれも警察庁が公表した検挙事例であり、個々の逮捕と有罪判決は区別する必要がある。

また、同資料は2024年2月に中核派が第9回全国大会を開催し、反戦闘争を中心とする活動方針を確認したことも紹介している。

2026年5月8日の衆議院法務委員会では、警察庁の政府参考人が、極左暴力集団によるテロ・ゲリラ事件について、統計のある1972年以降の累計を1,161件と説明した。

これは極左暴力集団全体の数字であり、中核派だけ、あるいは革マル派だけの事件数ではない。

革マル派の2026年の動向

革マル派については、黒田寛一の思想的遺産を継承する活動と、労働組合を通じた組織活動が注目される。

警察庁の2025年版警察白書によれば、2024年には黒田の著作集の第18巻から第20巻までが刊行された。

加えて、JR総連とJR東労組について、警察庁は革マル派が相当浸透しているとみられるとの見解を示している。

ただし、2026年3月の資料においても、革マル派の個々の活動家の人数や、労働組合内での具体的な影響力の全容が明らかにされているわけではない。

公表資料から読み取れるのは、組織が存続し、理論の継承と労働運動への関与を続けているという点である。

JR総連・JR東労組と革マル派の関係は?

JR総連(全日本鉄道労働組合総連合会)とJR東労組(東日本旅客鉄道労働組合)は、革マル派との関係をめぐって長年議論されてきた労働組合である。

政府は過去の国会答弁において、革マル派の活動家が両組織内で影響力を行使できる立場に相当程度浸透しているとの認識を示している。

2006年5月12日の参議院への政府答弁書では、警察が非公然アジトから押収した資料などを分析し、JR総連・JR東労組内の革マル派組織の存在を確認したと説明している。

2018年2月23日の政府答弁書でも、同様の認識が示された。加えて、2026年3月の警察庁資料でも、この見解が掲載されている。

ここで注意したいのは、JR総連やJR東労組の組合員全員が革マル派の構成員という意味ではないことだ。

警察庁の見解は、特定の活動家による組織内での影響力についての評価であり、組合員一人ひとりの思想や所属を証明するものではない。

また、労働組合としての活動と、特定の政治党派の活動は、法的にも組織的にも区別して考える必要がある。

機関紙「前進」と「解放」の違い




「前進」

中核派の機関紙。労働運動、反戦闘争、学生運動、組織の活動方針などを掲載する。





「解放」

革マル派の機関紙。黒田寛一の理論や労働運動、組織の主張などを発信する。

両紙は、党派の思想や活動方針を知るための一次資料として意味がある。

ただし、新聞のタイトルだけで発行主体を断定するのは適切ではない。警察庁資料では、別組織である革労協も「解放」という機関紙を発行している。

そのため、紙名だけでなく、発行元の正式名称や紙面に記載された組織名を確認する必要がある。

【見分け方と誤解の整理】中核派・革マル派について知っておきたいこと

中核派と革マル派を見分けるには?

両派を区別する際は、外見や個人の発言だけで判断せず、組織の公式名称や発行物など、複数の情報を照合することが基本となる。

判断材料 中核派 革マル派
正式組織名 革命的共産主義者同盟全国委員会 日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派
機関紙 前進 解放
創設期の中心人物 本多延嘉 黒田寛一
公表資料での活動傾向 大衆運動・反戦闘争 理論継承・組織建設・労働運動

とりわけ機関紙の発行主体と正式名称は、比較的確認しやすい判断材料である。

一方、デモへの参加、反戦や反基地といった主張、服装などだけで特定の党派に所属していると判断することはできない。

よくある3つの誤解

誤解1:中核派と革マル派は同じ組織である

両派は同じ革共同を母体とするが、1963年の分裂以降は別々の組織として活動している。

誤解2:中核派は労働運動を重視せず、革マル派だけが労働組合に関係している

これは正確ではない。中核派も階級的労働運動路線を掲げており、労働運動は両派にとって重要な活動領域である。違いは、運動への関わり方や組織建設の方針にある。

誤解3:反戦デモや反原発運動に参加していれば、どちらかの党派に所属している

これも誤りである。反戦・反原発・反基地運動には、さまざまな市民団体、個人、労働組合が参加する。特定の運動への参加だけで党派性を判断することはできない。

警察庁も極左暴力集団の活動と一般の大衆運動を分析する際には、組織的な関与や活動実態を対象としている。

【プロの結論】中核派と革マル派の違いを理解する3つの視点

中核派と革マル派の違いを理解するには、単にどちらが規模の大きい組織なのか、どちらが目立つ活動をしているのかを比べるだけでは不十分だ。

重要なのは、次の3つの視点である。

1. 分裂の背景を知ること

1963年の分裂は、黒田寛一と本多延嘉の個人的な対立だけでは説明できない。党組織の建設方法と労働運動への関わり方という、革命運動の根本的な方針の違いが背景にあった。

2. 思想と実際の活動を分けて考えること

中核派は大衆運動、反戦闘争、階級的労働運動を重視し、革マル派は理論の継承や組織建設を重視してきた。ただし、両派とも労働運動や大衆運動に関わっているため、単純な二分法では実態を捉えられない。

3. 警察庁の評価と確定した事実を区別すること

警察庁の資料は、組織の勢力推計や活動実態、検挙事例を知るための重要な公的資料である。一方、組織への浸透に関する評価や捜査機関の見解と、裁判で確定した個別の犯罪事実は区別する必要がある。

この視点を持つことで、政治的な主張と組織の実態を混同せず、両派の歴史をより正確に理解できる。

【中核派と革マル派の違い】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:中核派と革マル派はどちらが先にできた?

A1:両派は1963年2月の革共同分裂によって誕生した。どちらか一方が、もう一方より先に独立した組織として成立したという単純な関係ではない。

Q2:中核派と革マル派はなぜ仲が悪い?

A2:1963年の分裂時に生じた思想・組織路線の対立に加え、その後の学生運動や労働運動における主導権争い、1970年代の暴力的な内ゲバが関係している。

Q3:機関紙「前進」と「解放」は何が違う?

A3:「前進」は中核派、「解放」は革マル派の機関紙である。両紙はそれぞれの組織の思想や活動方針を伝えている。ただし、「解放」という紙名は革労協も使用しているため、発行主体の確認が必要だ。

Q4:JR総連とJR東労組は革マル派そのものなの?

A4:そのように断定することはできない。政府・警察庁は両組織内に革マル派活動家が相当浸透しているとの認識を示しているが、組合員全員が革マル派に所属しているという意味ではない。

Q5:2026年現在、中核派と革マル派は活動している?

A5:活動を継続している。警察庁の2026年3月資料では、中核派の反戦闘争や学生運動、革マル派の組織建設や理論継承などが取り上げられている。

Q6:黒田寛一と本多延嘉はどちらが革マル派の指導者?

A6:黒田寛一が革マル派の創始者であり、本多延嘉は中核派の創設期の中心人物である。両者は分裂以前には同じ革共同全国委員会で活動していた。

中核派と革マル派は、1950年代の日本の新左翼運動を共通の源流とし、1963年2月の革共同分裂によって別々の組織になった。

中核派は本多延嘉を中心に大衆運動や階級的労働運動を重視し、革マル派は黒田寛一の理論を基盤に組織建設や理論研究を重視してきた。機関紙も「前進」と「解放」に分かれている。

2026年3月の警察庁資料では、中核派約4,700人、革マル派約5,500人という勢力推計が掲載されている。ただし、いずれも2024年6月時点の推計である。2025年の検挙事例や2026年の国会答弁からも、両派を含む極左暴力集団への警察の警戒が続いていることが分かる。

両派を理解するための最も要点は、共通する思想的出発点と、分裂後に形成された異なる組織路線を区別することだ。1963年の歴史的背景、黒田寛一と本多延嘉の思想、労働運動への関与、そして警察庁の最新公表資料を組み合わせることで、両派の違いと現在の姿をより立体的に捉えられる。

主な参考資料:警察庁「極左暴力集団の現状等」(2026年3月)、警察庁「令和7年警察白書」、第221回国会衆議院法務委員会会議録(2026年5月8日)、参議院政府答弁書(2006年・2018年)、ブリタニカ国際大百科事典、国立国会図書館書誌情報。

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コンテンツディレクター 伊部 拓海
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映画・ドラマ担当。公開資料と一次報道を照合し、ネタバレの扱いには線引きルールを設けています。

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