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【当事者の実態】71件のオンライン議論から見えた5つの特徴

黒田 宗一郎 黒田 宗一郎 • 更新: • 公開: • 読了約 22 分
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フィクトセクシュアルを理解するうえで、重要な研究の一つが、フィンランドの研究者ヴィリ=マッティ・カルフラフティ(Veli-Matti Karhulahti)とタンヤ・ヴァリサロ(Tanja Välisalo)による論文です。

2021年1月12日、学術誌『Frontiers in Psychology』に掲載されたこの研究は、フィクトセクシュアル、フィクトロマンティック、フィクトフィリアという言葉に関連するオンライン上の議論を質的に分析しています。

研究対象となったのは、71件のオンラインフォーラムの議論と、そこに含まれる1,667件の投稿です。

議論は2009~2018年に投稿されたもので、28のフォーラムから収集されました。内訳には一般的な掲示板、メンタルヘルス関連、アセクシュアル関連、ファンコミュニティ、趣味関連のフォーラムが含まれています。

研究で明らかになった5つの特徴

研究者は投稿内容をテーマ別に分析し、フィクトフィリアに関する5つの主要テーマを抽出しました。

1.フィクトフィリアのパラドックス(Fictophilic Paradox)

当事者は、好きな対象が架空のキャラクターであることを理解しています。

現実とフィクションを混同しているわけではありません。それでも、相手に対して抱く感情は本人にとって本物です。

そのため、キャラクターが現実の人間のように自分の感情へ応答できないことに、複雑な気持ちを抱く場合があります。

好きな相手が架空の存在だと分かっていることと、その相手への感情が真剣であることは、両立するのです。

2.フィクトフィリアへのスティグマ(Fictophilic Stigma)

周囲から理解されにくいことによる偏見や孤立も、研究で確認されたテーマです。

架空の人物に対する恋愛感情や性的欲求を説明しても、冗談や一時的な趣味として受け取られることがあります。

こうした経験から、同じような感情を持つ人を探し、オンラインコミュニティで情報交換や交流を求めるケースも見られました。

3.フィクトフィリックな行動(Fictophilic Behaviors)

架空のキャラクターとの関係を大切にする人々には、さまざまな行動が見られます。

- キャラクターについて空想する。
- 頭の中で会話や物語を作る。
- ファンアートや創作物を制作する。
- キャラクターが登場する作品を繰り返し楽しむ。
- 自分なりの方法でキャラクターとの親密さを表現する。

単に作品を消費するだけでなく、自分自身の想像力や創作活動を通じて、キャラクターとの関係性を豊かにしている点が特徴です。

4.フィクトフィリアとアセクシュアリティ(Fictophilic Asexuality)

アセクシュアルを自認する人の中にも、架空のキャラクターに対する性的・恋愛的な感情を経験する人がいます。

一方で、その感情をどう説明すればよいのか悩む人もいます。

性的な惹かれを架空の対象に限定している場合、自分をアセクシュアルと呼ぶべきなのか、それともフィクトセクシュアルと呼ぶべきなのかというアイデンティティ上の問題が生じるためです。

5.超正常刺激との関連(Fictophilic Supernormal Stimuli)

研究では、架空のキャラクターが現実の人間よりも理想的で、魅力的な存在として感じられる現象にも注目しています。

物語上の人物は、容姿、性格、能力、行動などが意図的に構成されています。

そのため、現実の人間関係では得にくい理想的な特徴を持つ対象として受け止められることがあります。

ただし、これは当事者の感情を異常と判断するための概念ではありません。架空の人物がどのように魅力的な存在として認識されるかを考えるための視点です。

パラソーシャル関係との関係

この研究を理解するために欠かせないのが、パラソーシャル関係(Parasocial Relationship)という概念です。

これは、メディアを通じて接する人物やキャラクターに対して、視聴者や受け手が親密さを感じる一方向的な関係を指します。

例えば、テレビに登場するタレントを長年応援している人が、その人物を身近に感じることも、パラソーシャル関係の一例です。

フィクトセクシュアルの場合、対象は実在する芸能人ではなく、架空のキャラクターである点が異なります。

研究では、架空の人物との関係を第三次的なパラソーシャル関係として捉える理論も参照されています。

また、ゲームのようにキャラクターがプログラムされた形でプレイヤーに反応する場合もあります。しかし、こうした反応があることと、現実の人間同士の相互的な関係が成立することは別問題です。

フィクトセクシュアルの感情を理解するには、本人が感じる親密さと、相手が現実に応答できるかどうかを分けて考える必要があります。

71件の研究から何が分かり、何が分からないのか

この研究の価値は、当事者の経験を具体的なテーマに分類したことにあります。

ただし、71件という数字は当事者の人数や人口に占める割合ではありません。オンライン上の議論の件数です。

また、研究対象は英語圏の公開フォーラムに限られています。日本国内のフィクトセクシュアル当事者の割合や、年齢・性別ごとの分布を示す統計ではありません。

研究者は2018年以降に見つかった24件の追加議論も検証に利用しましたが、これも全国的な実態調査ではありません。

したがって、ここから導けるのは、当事者が経験し得る感情や社会的課題についての質的な知見であり、すべてのフィクトセクシュアルに共通する性格や行動ではないということです。

【国内研究の最前線】九州大学・松浦優の研究と2026年の最新動向

フィクトセクシュアル

日本国内でフィクトセクシュアルを学術的に考える際、重要な研究者の一人が松浦優(まつうら・ゆう)です。

松浦は社会学を専門とし、セクシュアリティ、ジェンダー、アイデンティティ、メディア文化などを研究しています。

九州大学大学院人間環境学府で博士号を取得し、2025年4月からは東京大学大学院情報学環・学際情報学府の特任研究員(日本学術振興会特別研究員PD)として活動しています。

研究テーマは、架空のキャラクターに対する性愛を単なる趣味や個人的な嗜好として扱うのではなく、社会の性的規範や人間中心的な価値観との関係から考察することです。

松浦優の主な研究・活動年表

国内の研究動向を理解するため、学術論文、博士論文、当事者の記録活動を時系列で整理します。

時期 研究・活動 主な内容と意義 2017年 日本語圏での用語の紹介 アセクシュアルに関する研究紹介を通じ、フィクトセクシュアルという概念が日本語圏に広がる。 2021年 松浦優の論文『「性的指向」に適合しないセクシュアリティとしての「フィクトセクシュアル」についての言説分析』 性的指向をめぐる従来の枠組みと、フィクトセクシュアルの経験がどのように衝突するかを分析。 2024年3月 九州大学博士論文 『二次元性愛の抹消と抵抗可能性に関する社会学的研究』で博士(人間環境学)を取得。 2024年3月 『Fictosexual Manifesto』 廖希文と松浦優による論考。フィールドワークとクィア理論を通じて、性的規範や人間中心主義を問い直す。 2024年8月 『Fictosexual Perspective 2024』 当事者の経験や思索を記録する情報誌を刊行。 2025年3月 『「萌え絵問題」から「対人性愛問題」へ』 二次元性愛の不可視化と、トランスジェンダー差別との結びつきを論じる。 2025年 『Fictosexual Perspective 2025』 11名の執筆者によるエッセイ・論考などを収録した150ページの情報誌。 2026年3月 『二次元性愛のクィア・メディア理論』 『社会学年誌』67号に掲載。ポストヒューマニズムと社会運動の観点から二次元性愛を考察。 2026年 『Fictosexual Perspective 2026』 当事者の経験、フィクトロマンティック、キャラクターとの関係、セクシュアリティの歴史などを扱う内容が紹介されている。

2021年:フィクトセクシュアルを社会学の視点から分析

松浦の2021年の論文は、フィクトセクシュアルをめぐる議論を社会学的に分析した研究です。

特に注目すべきなのは、「性的指向」という概念が、必ずしもすべての人の経験を十分に説明できるとは限らないという問題提起です。

一般的な性的指向の議論では、誰に性的に惹かれるかという問いに対して、異性・同性・複数の性別といった人間同士の関係を想定することが少なくありません。

しかし、架空のキャラクターに惹かれる人の場合、対象の存在の仕方そのものが異なります。

この違いを認識せず、単なるオタク趣味や恋愛感情として説明してしまうと、本人が伝えようとしているセクシュアリティの特徴が見えなくなる可能性があります。

松浦は、こうした現象を日常的な価値観による主張の排除・消去という観点から論じています。

2024年:九州大学の博士論文で二次元性愛を本格的に研究

2024年3月25日、松浦優は九州大学から博士(人間環境学)の学位を取得しました。

博士論文の題名は『二次元性愛の抹消と抵抗可能性に関する社会学的研究』です。

この論文の存在は国立国会図書館の書誌情報でも確認できます。

研究の中心にあるのは、二次元性愛というあり方が、社会の中でどのように理解され、どのような理由で周縁化されるのかという問題です。

加えて、2024年3月31日には、廖希文と松浦優による『Fictosexual Manifesto: The Queer Politics of Animation in Taiwan』も九州大学大学院人間環境学研究院の紀要に掲載されました。

こちらは台湾におけるフィクトセクシュアルの活動やフィールドワークを踏まえ、クィア理論の立場からアニメーションと性的規範を考察する論考です。

2025年:対人性愛中心主義という問題提起

2025年3月31日に発表された松浦の研究ノート『「萌え絵問題」から「対人性愛問題」へ』では、二次元性愛の存在が社会の中でどのように消去されるのかという問題が扱われています。

ここで重要になるのが、対人性愛中心主義という概念です。

これは、生身の人間に性的に惹かれることを、当然のこと、望ましいこと、あるべき姿として扱う規範を意味します。

例えば、架空のキャラクターに惹かれる人に対して、次のような前提で説明しようとすることが考えられます。

- 本当は現実の人間を好きになりたいはずだ。
- キャラクターへの感情は一時的な趣味にすぎない。
- 架空の存在への欲望は、現実の人間への欲望の代わりにすぎない。

こうした説明は、本人が経験している惹かれ方の違いを見えにくくする可能性があります。

松浦の論考は、二次元性愛の不可視化を論じるとともに、その構造とトランスジェンダー差別との結びつきも考察しています。

この研究は、フィクトセクシュアルをめぐる議論が、単にキャラクターを好きになる心理の問題ではなく、社会が何を標準的なセクシュアリティとみなすかという問題にも関係していることを示しています。

2026年:研究テーマはクィア・メディア理論へ

2026年の重要な研究成果が、松浦優による『二次元性愛のクィア・メディア理論――ポストヒューマニズム的かつパフォーマティヴに生成するセクシュアリティと社会運動』です。

この論文は、2026年3月発行の『社会学年誌』67号、29~50ページに掲載されています。

研究の方向性は、二次元キャラクターへの欲望を、人間同士の性愛を前提とした枠組みだけで説明することの限界を検討するものです。

特に、キャラクターの表現、メディア、物質的な存在、社会運動などが、セクシュアリティの成立にどのように関わるかという視点が重要になります。

また、2026年版の『Fictosexual Perspective』では、フィクトセクシュアルやフィクトロマンティックを自認する人々による経験の記録が紹介されています。

2026年版の目次には、人生とフィクトセクシュアルの関係、アセクシュアルとの重なり、現実とフィクションを比較して苦しんだ経験、キャラクターとの長期的な愛情など、多様なテーマが並びます。

これは査読付き学術論文とは性質が異なりますが、研究論文だけでは捉えにくい当事者の生活や言葉を記録する資料として意味があります。

2026年時点の大きな変化は、フィクトセクシュアルが単なるネット上の自己紹介用語にとどまらず、社会学、クィア理論、メディア研究、当事者による記録活動の対象になっていることです。

【病気・障害なのか】WHOのICD-11とDSM-5から考える医学的な位置づけ

フィクトセクシュアルについて調べる人の中には、「架空のキャラクターに性的に惹かれるのは病気なのか」「精神的な障害に該当するのか」と疑問を持つ人もいます。

この疑問に答えるには、性的な関心のあり方と精神疾患の診断基準を区別する必要があります。

WHOのICD-11にフィクトセクシュアルの病名はある?

WHO(世界保健機関)が公表するICD-11は、疾病や健康に関連する状態を分類する国際的な基準です。

精神・行動・神経発達の疾患についても分類が設けられており、パラフィリア症群などの診断カテゴリーが含まれています。

2024年版のWHO公式診断ガイドでは、パラフィリア症群として、露出症、窃視症、小児性愛症、強制的性的サディズム症などが掲載されています。

一方、フィクトセクシュアルという名称の独立した精神疾患・診断カテゴリーは設けられていません。

DSM-5では性的な関心と精神疾患を区別している

アメリカ精神医学会(APA)が発行するDSM-5も、精神疾患の診断に使われる代表的な分類体系です。

DSM-5で重要なのは、一般的ではない性的関心があることと、それが精神疾患に該当することは同じではないという考え方です。

APAの公式解説では、非典型的な性的関心を持つ人の大多数は、それだけで精神疾患とはみなされないと説明しています。

パラフィリア症の診断では、例えば次のような点が考慮されます。

- その性的関心によって本人が重大な苦痛を感じているか。
- 社会からの否定や偏見だけでは説明できない個人的な苦痛があるか。
- 他者への傷害や心理的苦痛、同意のない行為などに関係しているか。

つまり、性的関心の内容が一般的でないという理由だけで、直ちに精神疾患と判断されるわけではありません。

フィクトセクシュアルとパラフィリアは同じなのか

この2つも混同されがちです。

パラフィリアは、特定の対象や状況に関連した性的関心を説明する概念です。一方、フィクトセクシュアルは、架空の対象への性的な惹かれを説明するために使われるセクシュアリティのラベルです。

両者は同じ分類体系に属する言葉ではありません。

フィクトセクシュアルであることだけを根拠に、パラフィリア症と判断することはできません。

また、2021年のKarhulahtiとVälisaloの研究でも、フィクトフィリアをWHOのICD-11やDSM-5における独立した診断カテゴリーとして扱うことは提案されていません。

日常生活に支障がある場合はどう考えるべきか

病気ではないからといって、当事者が悩みを抱えないわけではありません。

例えば、次のような問題が生じることがあります。

- 周囲に理解されず、孤独を感じる。
- 自分の感情を説明できず、アイデンティティに迷う。
- キャラクターについて考える時間が増え、仕事や学業に集中しにくくなる。
- 現実の人間関係との間で葛藤が生じる。
- 周囲からの偏見や否定的な反応によって精神的に疲弊する。

このような悩みがある場合は、心理士や精神科・心療内科などの専門家に相談することも選択肢です。

相談の目的は、フィクトセクシュアルというあり方を無理に変えることではありません。本人が抱えている苦痛や生活上の困難を整理し、安心して生活できる方法を見つけることです。

【よくある質問】フィクトセクシュアルに関するFAQ

Q1:フィクトセクシュアルとは簡単にいうと何ですか?

A1:アニメ、漫画、ゲーム、小説などに登場する架空のキャラクターに性的に惹かれるあり方です。性的な惹かれ方や現実の人間への関心は人によって異なります。

Q2:フィクトセクシュアルとフィクトロマンティックは何が違いますか?

A2:フィクトセクシュアルは架空の対象への性的な惹かれ、フィクトロマンティックは恋愛的な惹かれを意味します。両方を自認する人もいれば、どちらか一方だけを自認する人もいます。

Q3:フィクトセクシュアルはアセクシュアルに含まれますか?

A3:必ずしもそうではありません。現実の人間には性的に惹かれず、架空のキャラクターにのみ惹かれる人がアセクシュアルを自認する場合もあります。一方、フィクトセクシュアルであってもアセクシュアルを自認しない人もいます。

Q4:フィクトセクシュアルは病気や精神障害ですか?

A4:フィクトセクシュアル自体は、WHOのICD-11やDSM-5に独立した精神疾患として登録されていません。性的な関心のあり方だけを理由に病気と判断することはできません。

Q5:フィクトセクシュアルは現実の人間を好きにならないのですか?

A5:人によって異なります。架空のキャラクターだけに惹かれる人もいれば、現実の人間にも性的に惹かれる人もいます。全員が同じ経験をするわけではありません。

Q6:フィクトセクシュアルは推し活や夢女子と同じですか?

A6:同じカテゴリーではありません。推し活は応援や趣味の活動、夢女子は主に創作やオタク文化に関係する言葉です。フィクトセクシュアルは、自分の性的な惹かれ方を説明するセクシュアリティのラベルです。複数のカテゴリーに当てはまることはあります。

Q7:フィクトセクシュアルに関する研究論文はありますか?

A7:あります。代表的なものに、2021年のKarhulahtiとVälisaloによる71件のオンライン議論の質的研究、松浦優による2021年の言説分析、2024年の九州大学博士論文、2026年の『二次元性愛のクィア・メディア理論』などがあります。

フィクトセクシュアルは、架空のキャラクターに性的に惹かれるあり方を説明する言葉です。

その意味は単純にキャラクターが好きということではなく、本人にとっての性的な惹かれや親密さ、セクシュアリティの自己認識に関係しています。

今回紹介した研究から、特に押さえておきたい要点は次の5つです。

1. 性的な惹かれと恋愛的な惹かれは異なる。 フィクトセクシュアルとフィクトロマンティックは区別して考える必要がある。
2. アセクシュアルとの関係は一様ではない。 両方を自認する人も、別々のカテゴリーとして捉える人もいる。
3. 当事者の感情は現実とフィクションの混同とは限らない。 架空の存在だと理解したうえで、真剣な愛着や欲望を抱くことがある。
4. フィクトセクシュアル自体は精神疾患の診断名ではない。 WHOやDSM-5の分類と、個人のセクシュアリティのラベルを混同してはいけない。
5. 2026年には研究と当事者の記録活動がさらに広がっている。 松浦優の社会学・メディア研究や『Fictosexual Perspective』などが、その動向を示している。

特に重要なのは、性的な惹かれ方を生身の人間同士の関係だけで説明しようとしないことです。

フィクトセクシュアルをめぐる研究は、誰かを好きになるとはどういうことなのか、親密さとは何か、そして社会が標準的と考えるセクシュアリティとは何なのかを考え直す機会にもなっています。

2026年時点では、まだ大規模な人口統計や臨床研究が十分に蓄積されているとはいえません。しかし、当事者の経験を記録する活動と、社会学・クィア理論・メディア研究の双方からの考察は進んでいます。

今後は、海外の質的研究と日本国内の当事者調査を結びつけ、個人差や文化的背景を踏まえた研究が進むことが期待されます。

フィクトセクシュアルを理解する第一歩は、一般的な恋愛や性愛の形に当てはめて評価するのではなく、本人がどのような感情を経験し、どのような言葉で自分を表現したいのかを尊重することです。

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コンテンツディレクター 黒田 宗一郎
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