岩田剛典の小学生時代を語るうえで欠かせないのが、中学受験に向けた徹底した勉強生活だ。
2025年11月21日放送のフジテレビ系「ぽかぽか」で、岩田本人が当時の生活を詳しく振り返っている。
学校が終わってから5時間も勉強する毎日岩田は愛知県出身。小学校高学年になると、慶應義塾普通部への進学を目指して本格的な受験勉強に取り組んだ。
本人が番組で明かした内容によると、学校が終わってからの勉強時間は通常でも約5時間。加えて、進学塾を3つほど掛け持ちしていたという。
国語はある塾、算数は別の塾というように、科目ごとに通う場所を分けていたため、勉強だけでなく移動にも時間を費やしていた。
当時の生活について、岩田は次のように振り返っている。
勉強が仕事みたいな小学生時代を送ってた。
テレビの視聴も制限され、自由に過ごせる時間は限られていた。2024年のNHK「あさイチ」でも、親の教育方針が熱心だったことや、テレビを見られる時間が1日30分程度に決められていたことを明かしている。
模試で愛知県1位になったことも岩田の学力を示すエピソードとして知られるのが、模試で愛知県1位を獲得した経験だ。
2025年の「ぽかぽか」では、この実績について紹介された際、岩田本人も経験があると認めている。
ただし、全科目で1位だったわけではないと補足している点も見逃せない。
当時の自分については、勉強をやらなければならないという意識が強くなり、まるで機械のように勉強していたと回想した。
マシーン化してましたね、当時は。
一方、得意科目として挙げたのは体育だった。
勉強だけに秀でていたのではなく、身体を動かすことにも長けていた点は、その後のラクロスやダンスでの活躍にもつながる人物像として興味深い。
中学受験で慶應義塾普通部に合格小学生時代の努力が実を結び、岩田は中学受験を経て慶應義塾普通部に進学した。
慶應義塾普通部は神奈川県横浜市にある男子中学校で、慶應義塾の一貫教育を担う学校の一つだ。
岩田はその後、慶應義塾高等学校、慶應義塾大学法学部政治学科へと進んでいる。
小学生時代の勉強漬けの生活は、単に有名大学へ進学するためだけの経験ではなかった。長期間にわたって一つの目標に向かい、結果を出すために努力する習慣を身につけた時期でもあった。
【中学・高校時代】慶應義塾普通部からラクロスU19日本代表候補へ

現在の洗練されたファッションや端正なビジュアルからは想像しにくいが、岩田剛典の高校時代はスポーツに打ち込む活動的な学生生活だった。
特に注目したいのが、慶應義塾高等学校で所属していたラクロス部での経験だ。
中学時代は空手部とバスケットボール部を兼部2025年11月21日放送の「ぽかぽか」で、岩田は中学校時代の部活動について説明している。
所属していたのは空手部とバスケットボール部。兼部という形で、異なる競技に取り組んでいた。
スポーツへの関心は高かったものの、バスケットボールではレギュラーを獲得できなかったという。
その経験が、高校進学後の部活動選びに影響した。
高校ではラクロス部に入部岩田が高校1年生から始めたのが男子ラクロスだった。
ラクロスはクロスと呼ばれる道具でボールを扱い、ゴールを狙う競技。接触プレーもあり、スピードと身体能力、チームワークが求められる。
岩田は、まだ経験者が少ない競技なら努力次第でレギュラーになれるかもしれないと考え、ラクロスを選んだと説明している。
この選択が、後に大きな実績につながった。
U19日本代表候補に選ばれるほどの実力岩田は高校時代、ラクロスでU19日本代表候補に選ばれ、選考会や強化合宿にも参加した。
ここで押さえておきたいのは、U19日本代表候補であり、正式な日本代表選手として選出されたという意味ではないことだ。
2025年11月21日の「ぽかぽか」では、高校時代のスポーツ歴を振り返り、当時の写真も披露した。
その写真に写っていたのは、現在の爽やかなイメージとは異なる丸刈り姿。本人も当時はひげが生えていて、かなりいかつい印象だったと語っている。
高校3年生でダンスに出会う高校時代の岩田にとって、もう一つの大きな転機がダンスとの出会いだった。
ダンスを始めたのは高校3年生の頃。ラクロス部の引退試合を終えた後だったという。
高校の文化祭でダンスを披露する先輩たちの姿を見て、かっこいいと感じたことが最初のきっかけだった。
そこで、ラクロス部の仲間と一緒にダンスに挑戦し、文化祭で初めて人前で踊った。
加えて、映画『RIZE』との出会いも大きかった。
『RIZE』は、アメリカ・ロサンゼルスのストリートカルチャーやKRUMP(クランプ)を題材にしたドキュメンタリー映画。
岩田は高校3年生のとき、この作品に影響を受けてKRUMPを始めたと、後年のインタビューでも語っている。
つまり、ダンスとの出会いには二つの要素があった。
- 文化祭で先輩たちのパフォーマンスを見て、自分も踊ってみたいと思ったこと。
- 映画『RIZE』を通じて、ストリートダンスの迫力や精神性に強く惹かれたこと。
この二つが重なり、後のパフォーマーとしての原点が生まれた。
【大学時代】慶應義塾大学でダンスサークル部長、ミスター慶應ファイナリストに
岩田剛典の大学時代は、現在の芸能活動につながる重要な時期だ。
進学先は慶應義塾大学法学部政治学科。学業を続けながらダンスに本格的に取り組み、芸能界へ進むための基礎を築いていった。
慶應義塾大学のダンスサークル「JADE」に所属大学時代に所属していたのは、慶應義塾大学のダンスサークル「Dancing Crew JADE」。
岩田は2021年に慶應塾生新聞のインタビューに応じ、大学時代の思い出を語っている。
当時はサークル活動に熱中し、三田祭も大きなイベントだったという。
特に印象的なのが、ダンスの練習量だ。
本人によると、朝9時から夜9時まで、日吉キャンパスの集会室前や藤山記念館前などで練習を重ねていた。
ガラスに映る自分の身体を確認しながら、ダンスの技術を磨く日々だった。
大学3年生でダンスサークルの部長に岩田は2024年のNHK「あさイチ」で、大学3年生のときにダンスサークルの部長を務めたことを明かしている。
単にダンスが好きで活動していたわけではない。
サークル内での活動に加え、渋谷や東京近郊のクラブでダンスショーを披露するチームにも参加していた。
大学生活の中心にダンスがあり、練習とステージ出演を両立させていたのだ。
現在、三代目 J SOUL BROTHERSのパフォーマーとして大規模なステージに立つ岩田にとって、この時期の経験は重要な土台となっている。
ミスター慶應のファイナリストだった大学時代のもう一つの話題が、ミスター慶應コンテストへの出場だ。
2025年11月21日放送の「ぽかぽか」で、岩田本人が大学時代にミスター慶應のファイナリストだったことを明かした。
出場のきっかけは、当時のダンスサークルの仲間から勧められ、友人が応募してくれたことだったという。
ただし、岩田は優勝者ではない。本人も番組でその点を明確に説明している。
また、コンテスト当時の優勝者については芸能関係の仕事をしていると話していた。
興味深いのは、現在の芸能界での人気につながるような容姿や華やかさが、学生時代から周囲に注目されていたことだ。
大学卒業前には就職活動も経験岩田は大学時代、ダンスだけに進路を絞っていたわけではない。
慶應塾生新聞のインタビューでは、就職活動を行い、企業から内定を得ていたことも明かしている。
一方、ダンスへの思いを捨てきれず、大学4年生の在学中から芸能活動の道へ進む決断をした。
この選択には、後に三代目 J SOUL BROTHERSのリーダーとして活動する小林直己との出会いが関係している。
安定した就職先を選ぶ道と、ダンスを仕事にする道。その二つの間で、岩田は最終的に自分の可能性に賭けた。
【岩田剛典の昔から現在まで】学生時代・芸能活動の年表
ここまでの経歴を、年代ごとに整理する。
本人のインタビュー、慶應塾生新聞、所属事務所の公式プロフィール、報道資料をもとに整理。
この年表から分かるのは、岩田が学生時代から段階的に活動の幅を広げてきたことだ。
勉強、スポーツ、ダンスという異なる分野に取り組みながら、最終的にはパフォーマンスを職業として選択している。
【岩田剛典の昔の写真】幼少期・高校時代と現在のビジュアルを比較
岩田剛典の昔の写真を検索する人が特に気になるのは、幼少期や学生時代の顔立ち、そして現在との違いだろう。
テレビ番組で紹介された写真や本人が披露した過去の写真からは、年代ごとに異なる印象が確認できる。
幼少期の写真は「あさイチ」でも紹介2024年4月26日放送のNHK「あさイチ」では、岩田の幼少期の写真が紹介された。
番組では、現在のアーティストとしての姿とは異なる子どもの頃の表情とともに、小学生時代の勉強生活やダンスを始めた経緯が取り上げられた。
幼少期の写真を見る際に注目したいのは、単純な顔立ちの変化だけではない。
当時の岩田は、芸能界やダンスの世界を目指していたわけではなく、中学受験に向けて勉強に集中する日々を送っていた。
高校時代の丸刈り姿が話題に2025年11月21日の「ぽかぽか」では、高校時代の丸刈り写真を本人が披露した。
現在の整ったヘアスタイルや上品なファッションとはかなり違う印象で、本人も当時のビジュアルについて、いかつい雰囲気だったと説明している。
ラクロスに取り組んでいた時代の写真であり、スポーツに熱中していた高校生活を象徴する一枚だ。
昔と現在で変わらない魅力昔の写真と現在の姿を比べると、髪型やファッション、表情の見せ方には大きな変化がある。
一方で、ダンスやスポーツに取り組んできた経験は、現在の身体表現にもつながっている。
特に高校時代から大学時代にかけて培った身体能力とダンスの基礎は、パフォーマーとしての個性を形作る重要な要素だ。
なお、テレビ番組で公開された写真と、SNSなどに出回る出典不明の画像は区別して見る必要がある。本人が披露した写真や番組で紹介された写真は、当時のエピソードと結び付けて理解できる点に価値がある。
【2010年デビューから2026年現在】EXILE・三代目JSB・俳優・ソロ活動
学生時代の経験を経て、岩田剛典は2010年に三代目 J SOUL BROTHERSのメンバーとして芸能界で本格的な活動をスタートした。
2010年、三代目 J SOUL BROTHERSとしてデビュー所属事務所LDHの公式プロフィールによると、岩田は2010年9月に三代目 J SOUL BROTHERSのパフォーマーとして加入し、同年11月に「Best Friend's Girl」でデビューした。
大学4年生の時期に、学生からプロのパフォーマーへと活動の場を移したことになる。
それまでのダンスサークルでの経験や、クラブでのパフォーマンスが、プロとしての活動につながった。
2014年にEXILEのパフォーマーにも加入2014年4月27日、日本武道館で開催された「EXILE PERFORMER BATTLE AUDITION FINAL」において、EXILEの新パフォーマーに決定。
これにより、三代目 J SOUL BROTHERSとEXILEの両方で活動する立場となった。
学生時代にダンスを始めた青年が、国内を代表するダンス&ボーカルグループの二つで活動するまでになったのだ。
俳優としても活躍の幅を広げる岩田は2013年の舞台「あたっくNo.1」で俳優活動を開始。
2014年のドラマ「ディア・シスター」などを経て、俳優としても知名度を高めていった。
主な出演作品には次のようなものがある。
- ドラマ「ディア・シスター」
- ドラマ「HiGH&LOW ~THE STORY OF S.W.O.R.D.~」
- 映画「植物図鑑」
- ドラマ「あなたがしてくれなくても」
- NHK連続テレビ小説「虎に翼」
- 日曜劇場「アンチヒーロー」
- ドラマ「フォレスト」
- ドラマ「DOCTOR PRICE」
特に2016年公開の映画「植物図鑑」では映画初主演を務め、報知映画賞新人賞や日本アカデミー賞新人俳優賞・話題賞を受賞した。
パフォーマーとしての知名度を、俳優としての評価にも結び付けてきたことが分かる。
2021年からソロアーティストGANとしても活動2021年にはソロアーティストとして歌手デビュー。
2022年にアルバム『The Chocolate Box』をリリースし、ソロツアーを開催。2024年にはアルバム『ARTLESS』と単独アリーナツアーへと活動を広げた。
2025年から2026年にかけては、初のアジアツアー「Takanori Iwata ASIA TOUR 2025-2026 “SPACE COWBOY”」を展開。
公式プロフィールでも、HIPHOPカルチャーをルーツとする音楽性やストリートダンスを強みとして紹介されている。
この方向性は、高校時代にKRUMPと出会い、大学時代にダンスに没頭した過去と自然につながっている。
2026年最新:ミニアルバム『Blank Canvas』を発売
アーティスト名:GAN(岩田剛典)
収録曲は全6曲。音楽的ルーツである2000年代のヒップホップへのリスペクトを込めた作品。
2026年11月4日、GAN名義のミニアルバム『Blank Canvas』が発売された。
ユニバーサル ミュージックの発表によると、収録曲は次の6曲。
1. Watch
2. Wake Up
3. She Just Wanna
4. Overflow
5. I'm Alright
6. Blank Canvas
リード曲「Watch」は、岩田自身の音楽的ルーツである2000年代のヒップホップを現代的に表現した楽曲。
「She Just Wanna」では、音楽プロデューサーのJIGGと初めてタッグを組んでいる。
アルバムタイトルには、真っ白なキャンバスから自分自身で新しい可能性を描いていくという思いが込められた。
加えて、2026年11月4日の発表では、2027年4月から初のファンミーティングツアー「GAN FAN MEETING TOUR 2027 “kokokara”」を開催することも明らかになった。
国内外17都市を巡る計画で、香港・台北・ソウルなど海外公演も予定されている。
また、三代目 J SOUL BROTHERSは2026年に15周年記念のスタジアムライブ「JSB FOREVER ONE ~GRAND FINALE~」を開催するスケジュールを公式発表している。
2026年現在の岩田は、グループの歴史を支えるパフォーマーであると同時に、ソロアーティストとして独自の音楽性を打ち出す段階に入っている。
【よくある質問】岩田剛典の昔に関するFAQ
Q1:岩田剛典は小学生時代、どのような生活を送っていましたか?
A1:中学受験に向けて勉強中心の生活を送っていました。本人によると、学校が終わってから約5時間勉強し、進学塾を3つほど掛け持ちしていたそうです。模試で愛知県1位を取った経験もあります。
Q2:岩田剛典はどこの中学校・高校に通っていましたか?
A2:中学受験で慶應義塾普通部に進学し、その後、慶應義塾高等学校に進みました。
Q3:岩田剛典は高校時代にラクロスをしていたのですか?
A3:はい。慶應義塾高等学校の男子ラクロス部に所属し、U19日本代表候補として選考会や強化合宿にも参加しました。
Q4:岩田剛典がダンスを始めたのはいつですか?
A4:高校3年生の頃です。文化祭でダンスを披露した先輩に憧れたことや、映画『RIZE』から影響を受けたことがきっかけです。
Q5:岩田剛典は慶應義塾大学の何学部を卒業しましたか?
A5:慶應義塾大学法学部政治学科です。2011年卒業で、大学時代はダンスサークルDancing Crew JADEに所属していました。
Q6:岩田剛典はミスター慶應で優勝したのですか?
A6:優勝ではなく、ファイナリストです。2025年のテレビ番組で本人が大学時代のエピソードとして明かしています。
Q7:岩田剛典はいつ三代目 J SOUL BROTHERSとしてデビューしましたか?
A7:2010年です。同年9月にパフォーマーとして加入し、11月に「Best Friend's Girl」でデビューしました。2014年にはEXILEにも加入しています。
Q8:岩田剛典の2026年現在の活動は?
A8:三代目 J SOUL BROTHERS、EXILEでの活動に加え、俳優・ソロアーティストとして活動しています。2026年11月4日にはソロ名義GANとしてミニアルバム『Blank Canvas』を発売しました。
岩田剛典の昔を振り返ると、現在の華やかな芸能活動につながる意外な経歴が見えてくる。
小学生時代は中学受験に向けて勉強に打ち込み、慶應義塾普通部に進学。高校ではラクロスに熱中してU19日本代表候補となり、高校3年生でダンスと出会った。
大学では慶應義塾大学法学部政治学科に進み、Dancing Crew JADEの部長やミスター慶應ファイナリストとして活動。就職活動を経験しながらも、最終的にはダンスの道を選び、2010年に三代目 J SOUL BROTHERSとしてデビューした。
そして2026年現在は、グループ活動だけでなく、俳優、ソロアーティストとしても活躍。『Blank Canvas』の発売や2027年のファンミーティングツアー発表など、新たな展開を迎えている。
岩田剛典の昔を知るうえで注目したいのは、学生時代の華やかな肩書だけではない。勉強、スポーツ、ダンスという異なる分野に真剣に向き合い、自分で進路を選択してきた過程こそが、現在の多彩な表現活動を理解する鍵になる。
岩田剛典の魅力は、昔から完成されたスターだったことではなく、さまざまな経験を積み重ねながら、自分の可能性を広げてきたことにある。
2026年以降も、パフォーマーとしての活動とソロアーティストとしての挑戦、その両方から目が離せない。