賀来賢人さんが進学した大学は、青山学院大学です。2022年放送のTBS系バラエティー番組『バナナサンド』に出演した際のエピソードを紹介したRBB TODAYも、青山学院大学への進学と中退を報じています。
さらに重要なのが、本人が大学を辞めた時期を明らかにしていることです。
2023年4月1日公開の「学生新聞オンライン」のインタビューで、賀来さんは大学2年生のときに転機が訪れたと説明しています。
「とてもいい役をいただいたのをきっかけに、芸能界で生きていくことを決断しました」
つまり、大学での人間関係に苦労したことと、大学を中退した理由は分けて考える必要があります。
本人が中退の決断について語った中心的な理由は、俳優という仕事に本気で向き合いたいと考えたことでした。
青山学院大学の何学部だった?青山学院大学への進学は複数の報道で紹介されていますが、学部名については、本人のインタビューなど信頼できる一次情報から明確に確認できません。
インターネット上には経営学部などと紹介する記事もありますが、学部まで確定したプロフィールとして扱うのは慎重であるべきです。
また、入学年度や正式な退学年月日についても、本人が具体的な日付を公表したインタビューは確認できません。
確実に押さえておきたいのは、青山学院大学に進学し、本人の説明では大学2年生のときに中退を決断したという点です。
【暁星学園】賀来賢人の出身高校は暁星高校!小学校から続いた男子校生活

賀来賢人さんの出身高校は、東京都千代田区にある私立の暁星高等学校です。
小学校・中学校・高校と男子校で過ごしたことは、本人が複数のインタビューで明かしています。
2023年の学生新聞のインタビューでは、学生時代について次のように振り返りました。
「僕は小中高と男子一貫校で、バスケットボール一色の学生生活を送っていました」
12年間にわたる男子校生活と、バスケットボールに打ち込んだ青春時代。大学進学後の人間関係にも、この環境が影響していたようです。
賀来賢人の出身校まとめ| 学校 | 学歴・特徴 |
|---|---|
| 暁星小学校 | 男子校の一貫教育を受けたとされる |
| 暁星中学校 | 男子校での学校生活を継続 |
| 暁星高等学校 | バスケットボールに熱中 |
| 青山学院大学 | 進学後、2年生のときに中退 |
賀来さんは学生時代、芸能活動よりも部活動を優先していたと語っています。
高校時代にスカウトを受けた後も、当初は演技の練習に積極的に参加していたわけではありませんでした。
本人によると、あるとき自分から演技の練習に参加してみたところ、緊張以上に楽しさを感じたそうです。
もともと人のものまねが得意だったこともあり、演技をその延長線上にあるものとして捉えるようになりました。
その後、オーディションにも挑戦するようになります。
なお、スカウトされた時期には報道上の違いがあります。2023年の学生新聞では高校1年生、2020年のアエラスタイルマガジンでは高校3年生と紹介されています。
いずれも高校時代にスカウトを受け、2007年に映画で俳優デビューしたという大きな流れは共通しています。
【大学進学の理由】夢を探すために青山学院大学へ進学した
賀来賢人さんは、最初から俳優一本で進むことを決めていたわけではありません。
大学進学の背景を理解するうえで参考になるのが、2023年1月18日にENCOUNTが報じた、アニメーション映画『金の国 水の国』公開直前イベントでの発言です。
就職活動を控えた学生から将来の進路について相談を受けた賀来さんは、自身の大学進学についても振り返りました。
本人の説明によれば、大学には自分のやりたいことを見つけるために進学したものの、結局その時点では明確な答えを見つけられなかったといいます。
大学在学中には、俳優の仕事も並行して続けていました。
つまり、大学進学は俳優になる夢を諦めた結果ではなく、将来の選択肢を探すための時間でもあったのです。
大学卒業を望んでいた母親の存在賀来さんが大学を中退するまでには、家族との話し合いもありました。
2020年10月のアエラスタイルマガジンのインタビューでは、母親が芸能界入りに反対していた背景を説明しています。
叔母に女優の賀来千香子さんがいたため、芸能界の厳しさを身近に感じていたことも理由の一つでした。
母親は、俳優の仕事だけに進むことを心配し、大学だけは卒業してほしいと考えていたそうです。
賀来さん自身も、大学を辞めることが簡単な選択ではなかったと振り返っています。
大学生という肩書きを失う不安と、俳優として挑戦したい気持ち。その両方を抱えながら進路を考えていたことが分かります。
【大学中退の理由】2年生で得た役が人生を変えた転機だった
賀来賢人さんの大学中退について、最も重要な証言は本人が2023年に学生新聞で語った内容です。
中退の直接的なきっかけは、大学2年生のときに出演することになった役でした。
本人は、その役を得たことをきっかけに、芸能界で生きていく覚悟を決めたと説明しています。
両親に伝えた30歳までの覚悟大学を辞めたいと考えた賀来さんは、両親に自分の気持ちを伝えました。
その際に伝えたのが、俳優として本気で挑戦したいという意思と、30歳までに芽が出なければ辞めるという期限です。
本人のインタビューによると、当時は親も心配したはずだと振り返っています。
それでも、自分で決めた以上は頑張るしかないと気持ちを引き締めました。
この決断について、賀来さんは人生の分岐点だったと語っています。
中退理由は仕事の忙しさだけではない賀来さんの中退理由を整理すると、次の3点が見えてきます。
1. 俳優としての手応えを感じたこと: 大学2年生のときに良い役を得た。
2. 進路を決めたこと: 一般企業への就職ではなく、芸能界で生きていく道を選んだ。
3. 家族に覚悟を伝えたこと: 30歳までに芽が出なければ辞めるという期限を設けて挑戦した。
ここで注目したいのは、大学中退が消極的な逃避ではなかったことです。
本人は大学に進学して将来を考え、仕事と進路について悩んだうえで、俳優という仕事に可能性を感じて選択しました。
また、母親が大学卒業を望んでいたという話からも、家族の期待を無視して突然辞めたわけではなく、自分の意思を伝えたうえで決断したことが分かります。
【大学時代のエピソード】友達ができず電話をするふりをしていた?
賀来賢人さんの大学時代を語るうえで欠かせないのが、友達づくりに苦労したというエピソードです。
2018年や2020年のテレビ番組で、本人が大学時代の人間関係について明かしています。
初めての共学で戸惑った大学生活小学校から高校まで男子校で過ごした賀来さんにとって、大学は初めて本格的に経験する男女共学の環境でした。
それまでの学校生活とは雰囲気が大きく異なり、大学に入ってからは周囲とのコミュニケーションに戸惑ったそうです。
2020年1月15日放送の日本テレビ系『スッキリ』では、大学時代に友達があまりできなかったことを振り返っています。
そのときに明かしたのが、休み時間に電話をしているふりをしていたという話でした。
「ずっと電話をかけるフリをしていた」
周囲から友達がいないと思われたくないため、誰かと電話しているように振る舞っていたのです。
サークル合宿での自己紹介が思わぬ結果にさらに2022年4月12日放送のTBS系『バナナサンド』では、大学のサークル合宿でのエピソードを披露しました。
当時、友達がいなかった賀来さんは、思い切ってサークルの合宿に参加します。
しかし、合宿先へ向かうバスの中で自己紹介をすることになり、そこで気合いを入れすぎてしまったそうです。
男子校時代のノリで、非常にハイテンションな自己紹介をしたところ、周囲の反応は予想とは異なるものでした。
本人は、その後さらに孤立してしまったと笑いながら振り返っています。
授業中に冷水器で水を飲んだり、教室を出たりすることもあり、自分の大学時代を「暗黒時代」と表現していました。
友達ができなかったことが中退理由なのか?ここは誤解されやすいポイントです。
大学時代に友人関係で苦労したことは本人が明かしていますが、それが大学中退の直接的な理由だったわけではありません。
中退の決断について本人が明確に説明しているのは、大学2年生のときに良い役を得て、俳優として生きていくことを決めたという経緯です。
友達ができなかったエピソードと、俳優業に専念するための中退は、それぞれ別の出来事として理解する必要があります。
【学歴とキャリア年表】2007年の俳優デビューから2026年の海外展開まで
賀来賢人さんの経歴を振り返ると、大学中退は俳優としてのキャリアが本格化する過程で起きた出来事でした。
2007年に映画でデビューし、その後も映画、ドラマ、舞台と活動の幅を広げています。
| 年・時期 | 出来事 | 意味・ポイント |
|---|---|---|
| 小学校〜高校 | 暁星学園で男子校生活 | バスケットボールに熱中 |
| 高校時代 | 芸能界からスカウト | 俳優への入り口 |
| 2007年 | 映画で俳優デビュー | 芸能活動を本格化 |
| 大学進学後 | 青山学院大学に在籍 | 将来の進路を模索 |
| 大学2年生 | 中退を決断 | 俳優として生きる覚悟 |
| 2009年 | 映画『銀色の雨』で初主演 | 映画で主演を経験 |
| 2014年 | NHK連続テレビ小説『花子とアン』出演 | 知名度を拡大 |
| 2015年 | NHK大河ドラマ『花燃ゆ』出演 | 活動の幅を広げる |
| 2018年 | ドラマ『今日から俺は!!』主演 | コメディ俳優として大きくブレイク |
| 2022年 | アミューズとの専属契約を終了 | 個人での活動へ |
| 2024年 | 映像制作会社SIGNAL181設立 | プロデューサーとしても活動 |
| 2024年 | Netflix『忍びの家 House of Ninjas』 | 原案・主演・プロデュースなどを担当 |
| 2026年 | 『Never After Dark』公開 | 長編映画のプロデュースに挑戦 |
2007年に映画でデビューした賀来さんは、2009年に映画『銀色の雨』で初主演を務めました。
その後、NHK連続テレビ小説『花子とアン』や大河ドラマ『花燃ゆ』などにも出演。
2018年には、日本テレビ系ドラマ『今日から俺は!!』で主人公・三橋貴志を演じ、コメディ俳優として大きな注目を集めました。
この作品は賀来さんの代表作の一つとなり、俳優としての知名度を大きく押し上げました。
2024年には映像制作会社SIGNAL181を設立2024年4月には、監督のデイヴ・ボイル氏とともに映像制作会社「SIGNAL181」を設立しました。
同年公開のNetflixシリーズ『忍びの家 House of Ninjas』では、原案・主演・共同エグゼクティブプロデューサーなどを担当しています。
俳優として与えられた役を演じるだけでなく、作品を企画し、制作する側にも活動を広げているのが特徴です。
2026年最新情報:ハリウッドのマネジメント会社と契約2026年2月4日、賀来さんはハリウッドのマネジメント会社Artist Firstと契約したことを発表しました。
俳優・プロデューサーとしてのグローバルな活動をサポートしてもらうことが目的です。
また、2026年6月5日には、SIGNAL181の長編映画第1弾となる『Never After Dark/ネバーアフターダーク』が日本公開されました。
賀来さんは本作でプロデューサーを務めるだけでなく、出演者としても参加しています。
加えて、本作は米国の映画祭SXSW 2026に正式出品され、観客賞を受賞。公式映画サイトでも受賞と舞台挨拶の情報が紹介されています。
こうした2026年の活動を見ると、大学中退時に選んだ俳優という道が、現在は作品の企画・制作や海外展開へと広がっていることが分かります。
【賀来賢人の大学】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:賀来賢人の出身大学はどこですか?
A1:青山学院大学です。大学2年生のときに俳優として生きていくことを決め、中退したと本人が2023年のインタビューで語っています。学部名については、本人の発言による確かな裏付けがありません。
Q2:賀来賢人が大学を中退した理由は何ですか?
A2:大学2年生のときに良い役を得たことがきっかけです。俳優として本格的に活動する決意を固め、両親に自分の意思を伝えて大学を辞めました。
Q3:賀来賢人の出身高校はどこですか?
A3:暁星高等学校です。小学校・中学校も男子校で、学生時代はバスケットボールに打ち込んでいました。
Q4:賀来賢人は大学時代に友達がいなかったのですか?
A4:本人は大学時代に友達があまりできず、電話をしているふりをしていたとテレビ番組で明かしています。サークル合宿での自己紹介に失敗したエピソードも語っています。
Q5:賀来賢人の俳優デビューは何年ですか?
A5:2007年です。映画で俳優デビューし、2009年には映画『銀色の雨』で初主演を務めました。
賀来賢人さんの学歴と大学中退の経緯を整理すると、次のようになります。
- 出身高校は暁星高等学校。
- 小学校から高校まで男子校で過ごし、バスケットボールに熱中。
- 青山学院大学に進学し、大学2年生のときに中退を決断。
- 中退のきっかけは、俳優として生きていく覚悟を固める役との出会い。
- 大学時代には友達づくりに苦労したエピソードもある。
- 2026年は映画制作や海外での活動にも挑戦している。
特に注目したいのは、大学中退を単なる学歴上の挫折として捉えるのではなく、本人が将来について考えたうえで選択した人生の転機として見ることです。
大学進学時には自分の夢を探していた賀来さんが、在学中の仕事を通じて俳優という道を選びました。
そして2026年現在、俳優としての活動にとどまらず、プロデューサーとして映画制作にも携わっています。
賀来賢人さんの学歴を理解するうえで大切なのは、大学を卒業したかどうかだけではなく、大学生活の中で自分の進路を見つけ、覚悟を持って行動したという経緯です。