上坂すみれさんは、1991年12月19日生まれ、神奈川県出身です。現在の華やかな声優・アーティストとしての姿からは想像しにくい可能性がありますが、芸能界に入ったきっかけは声優のオーディションではありませんでした。
10歳頃にスカウトされ、子役モデルとして活動2022年に公開された「めざましmedia」のインタビューで、上坂さんは10歳頃にスカウトされたことを明かしています。
当初はモデルを中心に仕事をしていました。しかし、本人は自分を積極的に売り出すことが得意ではなく、モデルという仕事に適性があるのか、自信を持てなかったと振り返っています。
2025年12月公開のJ:magazine!のインタビューでも、子役モデルとして活動することになった経緯や、当時の内向的な性格について語っています。
つまり、幼い頃から芸能界で目立つことを目標にしていたというより、スカウトをきっかけに芸能活動を経験するようになった人物なのです。
所属していたスペースクラフトとの関係子役時代から所属していたのが、芸能事務所のスペースクラフト・エージェンシーです。
同事務所では子役部門に所属し、モデル活動を経験。その後、声優部門へ進むことになります。
2020年9月の所属事務所退所時、本人は公式ブログで、子役モデルとしてのデビューから声優として活動する現在まで、事務所関係者への感謝を表明しました。
このコメントからも、スペースクラフトが単なる所属先ではなく、芸能活動の出発点から声優としてのキャリア形成までを支えた存在だったことが分かります。
【上坂すみれの12歳頃】本人が語った幼少期の性格と昔のエピソード

上坂すみれさんの昔を知るうえで、特に興味深いのが2023年10月のMANTANWEBのインタビューです。
この取材は、上坂さんがアニメ『ティアムーン帝国物語』で12歳に戻る主人公ミーアを演じたことに関連して、自身の12歳頃を振り返ったものです。
人見知りで、親友はクラスに一人本人の話によると、12歳頃はクラスに親友が一人いる程度で、ほかにはあまり友達がいなかったそうです。
その親友とは大人になってからも交流が続いており、上坂さんのライブにも足を運んでくれるとのこと。
また、幼少期については、1999年に地球が滅亡するというノストラダムスの予言を信じていたエピソードも紹介しています。
当時は、どうせ将来が長くないのなら友達や部活動に積極的になる必要もない、と考えていたそうです。
この話からは、現在のステージ上で見せる堂々とした姿とは異なる、内向的な子ども時代がうかがえます。
習い事やモデル活動にも積極的ではなかった12歳頃には、モデルの仕事をしていた一方、人前に出ることやオーディションが苦手だったと振り返っています。
また、エレクトーンや公文などの習い事も経験していましたが、当時はあまり積極的に取り組めなかったそうです。
本人は、もっと友達を作ったり、部活動に参加したりする青春を過ごしてみたかったという趣旨の思いも語っています。
興味深いのは、こうした過去を否定的に語るだけではなく、現在の自分が取り戻したい青春の一つとして捉えている点です。
昔の上坂すみれと現在のギャップ12歳頃の本人談と現在の活動を比較すると、次のような違いが見えてきます。
| 比較項目 | 12歳頃 | 現在につながる姿 |
|---|---|---|
| 性格 | 人見知りで内向的 | 自分の趣味や考えを発信 |
| 友人関係 | 親友は一人 | ファンとの交流を大切にする |
| 芸能活動 | モデル活動、オーディションが苦手 | 声優・アーティストとして活躍 |
| 趣味 | 一人で過ごすことが多かった | 多彩な文化・芸術への関心 |
| 自己表現 | 人前に出ることに苦手意識 | ライブやイベントにも出演 |
ここで注目したいのは、子どもの頃から人前に出ることが得意だったわけではないという点です。
むしろ、自分の好きなものを大切にしながら、少しずつ表現する方法を見つけていった人物だと考えられます。
【高校時代】アニメ・サブカル好きからソ連・ロシア文化への傾倒へ
上坂すみれさんの個性を語るうえで欠かせないのが、高校時代に深まった趣味です。
現在の上坂さんといえば、ロシア文化、旧ソ連の歴史、昭和歌謡、ミリタリー、ロリータファッションなど、幅広い分野に詳しいことで知られています。
こうした趣味の原点は、学生時代にあります。
高校1年生でソ連国歌に興味を持つ2017年の文春オンラインのインタビューで、上坂さんは高校1年生の頃にYouTubeでソ連の国歌を偶然聴いたことが、旧ソ連への関心を深めるきっかけだったと語っています。
当初はモスクワがどこにあるのかも詳しく知らなかったものの、国歌の音楽的な迫力に惹かれ、関連する動画を次々に視聴するようになったそうです。
その後、レーニンの演説やプロパガンダ映画、軍歌などにも関心を広げていきました。
加えて、中学生の頃には第二次世界大戦期のドイツの歴史やポスターなどにも興味を持っていたと、同インタビューで振り返っています。
趣味を隠さなかった学生時代2019年のライブドアニュース掲載インタビューでは、高校1年生の頃にソ連を好きになり、その趣味を周囲に話していたところ、友達が一気に減ったというエピソードも語っています。
それでも、周囲に合わせて趣味を隠すより、自分の好きなものを大切にすることを選んだそうです。
ここに、現在の上坂さんの個性的な活動スタイルにつながる価値観が表れています。
なお、本人が語る「共産趣味」は、歴史や音楽、芸術などへの文化的な関心として理解するのが適切です。趣味の内容だけから政治的な立場を決めつけることはできません。
アニメやライトノベルも大切な趣味だった高校時代の上坂さんは、アニメや小説を好む内向的なタイプだったと、2025年のJ:magazine!のインタビューでも説明しています。
当時からアニメやライトノベルに詳しかったことが、後のラジオ出演にもつながりました。
つまり、高校時代は単にロシア文化に詳しくなった時期ではありません。
- アニメやライトノベルへの関心
- 歴史やミリタリーへの興味
- ソ連・ロシア文化への傾倒
- 声優という仕事への憧れ
これらが重なり、現在の上坂すみれさんの個性的な表現活動の土台が形成されていきました。
【声優を目指した理由】憧れから仕事へ変わった意外なデビュー経緯
上坂すみれさんが声優を目指した理由は、子役モデルとしての活動に満足できなかったことだけではありません。
アニメが好きだったこと、声優の表現に憧れていたこと、そして実際の仕事現場を経験したことが、大きな転機になりました。
桃井はるこさんへの憧れがきっかけの一つ2022年のめざましmediaのインタビューでは、声優を目指すようになった背景として、声優・アーティストとして活躍する桃井はるこさんへの関心を挙げています。
声優として演技をするだけでなく、ライブ活動やコスプレなど、さまざまな形で自己表現する桃井さんの存在に惹かれたそうです。
人前でモデルとして活動することには苦手意識があった一方、声優という仕事には魅力を感じていたという対照的な経緯が印象的です。
高校時代には声優養成所の資料を取り寄せていた2025年12月のJ:magazine!のインタビューは、声優デビューの経緯を知るうえで特に重要な資料です。
上坂さんは高校生の頃、声優になることに興味を持ち、自分で養成所の資料を取り寄せていたと話しています。
しかし、養成所に入ったからといって必ず声優になれるわけではありません。
当時は声優になることを、まだ遠い夢のように感じていたそうです。
その状況を変えたのが、所属事務所の子役部門を通じて舞い込んだラジオ出演の話でした。
「うぇぶらじ@電撃文庫」への出演が転機に所属事務所では、電撃文庫のWebラジオで、アニメやライトノベルに詳しいアシスタントを探していました。
そこで声がかかったのが上坂さんです。
出演したのは「うぇぶらじ@電撃文庫」。
番組には、ライトノベル作家のおかゆまさきさん、事務所の先輩だった上村千佳さん、声優の明坂聡美さんらが出演していました。
高校生だった上坂さんは、出演者の原稿の読み方や伝え方を間近で見る機会を得ます。
その経験が、声の仕事への理解を深める大きなきっかけになりました。
18歳で声優への進路を決断J:magazine!の2025年の取材によれば、18歳になるタイミングで子役部門を卒業する際、女優やモデルという選択肢もある中で、上坂さんは声優になりたいという希望を伝えました。
その後、社内オーディションを経て声優の道へ進みます。
ここで重要なのは、最初から声優としての専門教育を十分に受けていたわけではないことです。
本人は、最初の仕事ではアフレコのルールや台本の読み方など、現場で学ぶことが多かったと振り返っています。
最初の仕事と本格的なアニメデビュー2025年のインタビューでは、最初の仕事としてゲーム『トイ・ウォーズ』を挙げています。
アニメ作品では『プリティーリズム・オーロラドリーム』が初めての出演作品だったと説明しています。
一方、所属事務所の公式プロフィールには2011年に声優デビューと記載されています。
また、スポニチの経歴紹介では、2012年1月のテレビアニメ『パパのいうことを聞きなさい!』での小鳥遊空役を本格的な声優デビューとして紹介しています。
このため、2011年の初期の声の仕事と、2012年の本格的なテレビアニメ出演は区別して理解すると分かりやすいでしょう。
その後、2013年にはアーティストとしてもデビュー。声優と音楽の両方で活動するキャリアが始まりました。
【上智大学時代】ロシア語学科への進学と声優活動の両立
上坂すみれさんの学生時代を語るうえで外せないのが、上智大学外国語学部ロシア語学科への進学です。
声優として活動しながら大学で専門的な勉強を続けていたことは、現在の多彩な知識や表現力にもつながっています。
上智大学を選んだ理由はロシア語への関心2017年の文春オンラインのインタビューでは、大学受験当時のエピソードを詳しく語っています。
高校3年生になっても進学先が決まっていなかった上坂さん。
ソ連について調べることに熱中していたため、担任の先生が上智大学にロシア語学科があることや、公募推薦制度を教えてくれたそうです。
その情報をきっかけに受験を決めました。
入試ではロシアに関する問題や小論文、面接などがあったと振り返っています。
また、2014年のCINRAのインタビューでは、ロシア語を学びたかった理由として、ロシアの音楽や文献を翻訳だけに頼らず、自分で読めるようになりたかったという趣旨を説明しています。
単に珍しい言語を専攻したのではなく、自分の興味をさらに深めるための選択だったのです。
大学生活と声優業を両立大学時代には、アニメやゲームへの出演を続けながら学業にも取り組んでいました。
2014年のGamerのインタビューでは、ロシア語学科の課題が多く、大学4年生になっても必修科目があったことを語っています。
大学4年生の時点でも週に3日は通学していたそうです。
また、大学1年生の頃には研修でロシアを訪れ、現地でロシアの音楽や文化に触れる経験もしていました。
2014年3月に上智大学を卒業。
その後は声優の仕事を本格的な中心に据え、活動を続けていきます。
【昔と現在を比較】上坂すみれの写真・評判・所属事務所の変化
初期の活動時代
声優・アーティストとして活動を広げた頃
現在の活動時代
声優・アーティストとしての現在
上坂すみれさんの昔と現在を比較すると、見た目だけでなく、仕事の幅や表現方法にも変化が見られます。
昔の写真から分かること上坂さんの昔の写真を探している人が気になるのは、子役モデル時代の姿や、デビュー当初の雰囲気と考えられます。
写真を見る際には、次の3種類を区別すると理解しやすくなります。
- 子役モデルとして活動していた時期の写真
- 2011〜2013年頃の声優・アーティスト初期の宣材写真
- 現在の雑誌やインタビューに掲載された写真
特に、12歳頃の本人談と、実際に12歳当時に撮影された写真は別の情報です。
VOICE KITの公式プロフィールには現在の宣材写真や出演歴が掲載されていますが、子役時代からの年代別写真集という構成ではありません。
そのため、昔の写真を確認するときは、撮影時期と掲載媒体を確認することが大切です。
昔と現在で変わったのは活動の幅| 項目 | 昔 | 現在 |
|---|---|---|
| 芸能活動 | 子役モデル | 声優・アーティスト |
| 表現方法 | モデル、ラジオアシスタント | アニメ、ゲーム、歌、イベント |
| 趣味 | アニメ、小説、歴史など | ロシア文化、香港映画、ロリータ服、昭和歌謡など |
| 所属 | スペースクラフト | VOICE KIT |
| 仕事への姿勢 | 声優への憧れから挑戦 | 幅広いジャンルで継続的に活動 |
上坂さんは2020年8月31日をもって、長年所属していたスペースクラフト・エージェンシーを退所しました。
その後はフリーとして活動し、2021年3月1日からVOICE KITに所属しています。
子役時代から続いてきた所属先との関係が変わったことは、キャリアの一つの節目です。
ただし、これは声優としての活動を終えたという意味ではありません。所属形態が変わった後も、出演やアーティスト活動を継続しています。
2026年最新の活動は?2026年11月5日現在、VOICE KITの公式プロフィールには、多数のアニメ・ゲームなどの出演歴が掲載されています。
代表的な出演作には、次のような作品があります。
- 『うる星やつら』ラム役
- 『スタートゥインクルプリキュア』キュアコスモ役
- 『アイドルマスター シンデレラガールズ』アナスタシア役
- 『時々ボソッとロシア語でデレる隣のアーリャさん』アーリャ役
- 『ティアムーン帝国物語』ミーア・ルーナ・ティアムーン役
- 『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』イングリット・トラドール役
加えて、2026年10月21日には、テレビアニメ『ムルシエラゴ』で柳岡千代役を担当することが所属事務所から発表されました。同作は2027年1月放送予定です。
子役モデルからスタートしたキャリアは、現在も新しい作品への出演につながっています。
【プロの結論】上坂すみれの昔を知ると現在の魅力がより分かる
上坂すみれさんの経歴を振り返ると、現在の個性的なキャラクターは突然生まれたものではないことが分かります。
子どもの頃からアニメや小説が好きで、人前に出ることには苦手意識がありました。
高校時代には、周囲の理解を得にくい趣味であっても、自分の好きなものを大切にしていました。
そして、18歳頃に声優になることを決意。ラジオ出演や社内オーディションを経て、実際の仕事へと進んでいます。
特に注目したいのは、自分の好きなものを仕事に結びつけたことです。
ロシア語を大学で学んだことも、単なるプロフィール上の学歴ではありません。後の声優活動やアーティスト活動における個性を形成する重要な要素になっています。
昔と現在の違いを調べるときも、顔立ちやファッションだけで判断するのではなく、どのような経験を積み、どんな価値観を育ててきたのかを見ることが、上坂すみれさんを理解するうえでの大切なポイントです。
【上坂すみれの昔】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:上坂すみれは子役モデルだったのですか?
A1:はい。小学生の頃にスカウトされ、子役モデルとして芸能活動を始めました。10歳頃のスカウトについては本人がインタビューで語っています。
Q2:上坂すみれの12歳頃はどんな性格でしたか?
A2:本人によると、人見知りで内向的な性格でした。クラスには親友が一人いて、モデルの仕事やオーディションも苦手だったそうです。
Q3:上坂すみれが声優を目指した理由は何ですか?
A3:もともとアニメや小説が好きで、桃井はるこさんなどの声優・アーティスト活動にも憧れていました。高校時代のラジオ出演などを経て、18歳頃に声優の道へ進むことを決めました。
Q4:上坂すみれは上智大学の何学部を卒業しましたか?
A4:上智大学外国語学部ロシア語学科です。2014年に卒業しています。
Q5:上坂すみれは昔、スペースクラフトに所属していたのですか?
A5:はい。子役モデル時代からスペースクラフト・エージェンシーに所属していました。2020年8月末に退所し、2021年3月からVOICE KITに所属しています。
Q6:上坂すみれは2026年現在も声優として活動していますか?
A6:はい。2026年も声優・アーティストとして活動しています。所属事務所の公式発表では、2027年1月放送予定のアニメ『ムルシエラゴ』への出演も告知されています。
上坂すみれさんは、小学生時代にスカウトされたことをきっかけに子役モデルとして芸能界に入りました。
12歳頃は人見知りで、モデル活動にも苦手意識がありましたが、アニメや小説への関心は強く、高校時代にはソ連・ロシア文化という独自の趣味を深めていきました。
その後、声優への憧れを仕事に変え、2011年のデビュー、2013年のアーティストデビュー、2014年の上智大学卒業へと歩みを進めます。
2026年現在も、幅広い作品に出演し、新しい役柄に挑戦しています。
上坂すみれさんの魅力は、昔から持っていた自分の好きなものを大切にし、それを声優・アーティストとしての個性に育ててきたところにあります。
子役モデル時代から現在までの歩みを知ると、独特の趣味や表現力にも、より深い背景が見えてきます。
主な参考資料:J:magazine!(2025年12月インタビュー)、MANTANWEB(2023年10月インタビュー)、めざましmedia、文春オンライン、CINRA、VOICE KIT公式プロフィール・2026年出演情報、スポニチアネックス。