和田竜二(わだ・りゅうじ)
1977年6月23日生まれ・滋賀県出身
元JRA騎手・現調教師(栗東)
1,534勝

JRA通算・騎手引退時
和田竜二は、1996年に騎手デビューしたJRAのベテラン。競馬ファンには、名馬テイエムオペラオーの主戦騎手として特に知られている。
滋賀県出身で、1993年にJRA競馬学校騎手課程へ入学。1996年3月に騎手免許を取得し、栗東の岩元市三厩舎からデビューした。2010年からはフリー騎手として活動していた。
テイエムオペラオーとのコンビでG1・7勝和田竜二の競馬人生を語るうえで欠かせない存在が、テイエムオペラオーだ。
同馬とのコンビではG1を7勝。2000年には天皇賞(春・秋)と有馬記念などを制し、2001年春の天皇賞も勝利した。天皇賞3連覇という歴史的な記録を達成したコンビとして、現在も競馬史に名を残している。
加えて、2018年の宝塚記念ではミッキーロケットとのコンビでG1を制覇。騎手人生を通じたG1勝利数は合計8勝に達した。
騎手引退時の成績JRAの2026年2月の引退発表に掲載された成績は、2月8日時点で次のとおり。
| 項目 | 成績 |
|---|---|
| JRA通算勝利数 | 1,534勝 |
| 通算騎乗回数 | 22,176回 |
| 2着 | 1,867回 |
| 3着 | 1,818回 |
| 重賞勝利 | 50勝 |
| G1勝利 | 8勝 |
| 騎手免許取得 | 1996年 |
| 騎手引退 | 2026年2月28日 |
なお、2025年12月に公表された調教師試験の資料では、試験合格時点の通算成績は1,531勝だった。その後も騎乗を続け、最終的に1,534勝で騎手生活を終えている。両者の数字が異なるのは集計時点の違いによるものだ。
【2026年3月以降の現在】退院後の回復状況と調教師としての新たな挑戦
2026年11月5日現在、和田竜二は騎手ではなく、栗東所属の調教師として活動している。落馬事故後の療養を経て、現在は厩舎開業に向けた研修を重ねている段階だ。
2月28日に退院、3月4日に栗東トレセンへ退院が報じられたのは2026年3月4日。実際には2月28日に退院しており、騎手引退と同じ日だった。
3月4日には栗東トレーニングセンターに姿を見せ、報道陣に負傷後の状態を説明した。
「左ヒザ十字じん帯の再建手術をしたのでそれが落ち着くのに半年ぐらいかかりますが、普通に生活する分には大丈夫です」
この説明から分かるのは、日常生活への復帰と、膝の完全な回復には時間差があるということだ。退院したからといって、負傷が完全に治ったわけではない。
また、最後の騎乗ができなかったことについては、負傷した時点で復帰は難しいと理解しており、気持ちは調教師の仕事に向いていたと振り返っている。
今後の研修先として、かつて同じ岩元市三厩舎に所属していた鈴木孝志調教師のもとに籍を置き、さまざまな厩舎で経験を積む予定も明かしていた。
11月には美浦・大竹正博厩舎で研修2026年11月3日からは、1週間の日程で美浦の大竹正博厩舎を訪れ、研修を行っている。
11月4日のスポーツ報知の報道によると、和田調教師は改修後の美浦坂路で実際に調教騎乗を経験。コースの距離や馬の止めやすさ、調教時の負荷などについて、元騎手ならではの視点で確認した。
研修については、複数の厩舎の良い部分を取り入れ、新しい取り組みにも挑戦したいという考えを示している。
「馬に併せて柔軟に対応していきたい。頭を柔らかく、臨機応変にですね」
この発言には、騎手時代に培った経験だけに頼らず、調教師として新しい知識を吸収しようとする姿勢が表れている。
美浦での研修後は再び栗東へ戻る予定で、栗東でも複数の厩舎を訪問している。開業に向けて、調教方法や厩舎運営について学び続けている状況だ。
調教師としての開業は2027年3月を予定2026年11月時点の報道では、和田調教師の厩舎開業は2027年3月の予定とされている。
JRAからは2026年3月1日付で調教師免許が交付されているが、免許取得と実際の厩舎開業は別の段階だ。現在は開業に必要な準備や研修を進めている。
今後は管理馬の選定、スタッフとの連携、調教方針の構築など、騎手時代とは異なる責任を担うことになる。具体的な開業日や管理馬の詳細については、今後の正式発表が待たれる。
【プロの結論】落馬事故が変えた和田竜二のキャリアと調教師としての可能性
今回の事故で注目すべきなのは、30年間の騎手生活が予期せぬ形で終わったことだけではない。和田竜二が、騎手としての経験をどのように調教師という次の仕事へ引き継ぐのかという点だ。
事故がなければ騎手としての最後を迎えられたのか和田は2026年2月末の騎手引退を、事故以前から予定していた。2025年12月に調教師試験に合格していたためだ。
したがって、今回の事故によって調教師への転身が決まったという理解は正確ではない。事故が変えたのは、転身そのものではなく、騎手として最後にファンの前で騎乗する機会だった。
本来予定されていた引退までの期間を負傷によって過ごせず、最後の騎乗姿を披露できなかったことは、本人にとっても心残りだったはずだ。
岩元市三氏から受け継ぐホースマンとしての姿勢和田が調教師を目指すうえで、重要な存在となっているのが師匠の岩元市三元調教師だ。
JRAが公開した新規調教師の経歴・志望動機資料では、和田は岩元氏に憧れ、騎手の後は誠実な調教師になりたいと考えて勉強してきたことを説明している。
加えて、調教師としての目標には、馬だけでなく馬主やファンにも誠実に向き合うこと、競走馬として走る期間だけでなく、その後の長い生活まで見据えて厩舎を作ることを挙げている。
騎手として勝利を追い求める立場から、馬の競走生活全体を管理する立場への転換である。
日本ダービー制覇という新たな目標JRAの公式資料で和田が調教師として目標に挙げているレースは日本ダービーだ。
騎手時代にはダービーを勝てなかったという経験があり、今度は調教師として、その頂点を目指す考えを示している。
テイエムオペラオーやミッキーロケットなど、数々の実績馬に騎乗してきた経験は、競走馬の能力を見極めるうえで大きな財産になる。一方で、調教師には馬の育成だけでなく、スタッフの育成や厩舎運営、馬主との信頼関係の構築も求められる。
騎手としての実績がそのまま調教師としての成功を保証するわけではない。しかし、長年にわたって競走馬の能力やレース展開を見極めてきた経験を、新しい立場でどう生かすかは大きな注目点だ。
和田竜二の次の挑戦は、騎手として獲得できなかったタイトルを、育てる側として目指すことにある。
【和田竜二の落馬】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:和田竜二の落馬事故はいつ、どこで発生しましたか?
2026年1月11日の京都競馬場、第1レースで発生しました。メイショウソウテンに騎乗していた和田騎手が、1コーナーで落馬しました。
Q2:和田竜二が落馬した理由は何ですか?
JRAの裁決レポートによると、ロンバルドシチーが内側に斜行し、進路が狭くなったメイショウソウテンがつまずいたことが直接の経緯です。ロンバルドシチーの高杉吏麒騎手には過怠金10万円が科されました。
Q3:和田竜二の負傷内容は何ですか?
左手尺骨骨折、左足脛骨骨折、左膝の前十字靱帯損傷です。左膝については再建手術を受けており、回復には時間が必要と説明されています。
Q4:和田竜二はいつ騎手を引退しましたか?
2026年2月28日付で騎手を引退しました。負傷によって最後の騎乗はできませんでしたが、引退自体は調教師試験合格後に予定されていたものです。
Q5:和田竜二はいつ退院しましたか?
2026年2月28日に退院しました。3月4日に栗東トレセンに姿を見せ、日常生活には支障がない一方、膝の靱帯再建手術の回復には半年ほどかかる見込みと説明しました。
Q6:和田竜二は現在、何をしていますか?
2026年3月1日付で調教師免許が交付され、現在は栗東所属の調教師として厩舎開業の準備を進めています。11月には美浦の大竹正博厩舎で研修を行っており、2027年3月の開業が予定されています。
Q7:和田竜二のJRA通算勝利数はいくつですか?
騎手引退時のJRA通算成績は1,534勝、22,176騎乗です。重賞50勝、G1・8勝という実績を残しました。
2026年1月11日の京都1Rで起きた和田竜二の落馬事故は、左手尺骨と左足脛骨の骨折、左膝前十字靱帯の損傷という大きな負傷につながった。治療に時間がかかることから、騎手としての復帰を断念し、2月28日に30年間の騎手生活を終えた。
ただし、調教師への転身は事故後に突然決まったものではない。2025年12月に新規調教師免許試験に合格しており、3月1日には正式に調教師免許が交付されている。
3月の退院後は栗東での活動を再開し、11月には美浦の大竹正博厩舎で研修。現在は2027年3月の厩舎開業に向けて準備を進めている。
JRA通算1534勝、G1・8勝。騎手として積み上げた実績は大きい。その経験を今度は馬を育てる立場でどう生かすのか。京都1Rの落馬事故によって騎手としての最後は突然訪れたが、和田竜二の競馬人生は調教師という新しい舞台へ続いている。
主な情報源:JRA公式サイト(京都1R裁決レポート、騎手・調教師引退発表、2026年度新規調教師資料)、日刊スポーツ、スポーツ報知、スポニチ、netkeiba。情報基準日:2026年11月5日。