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【怪我・肉離れの経緯】渡部健人のキャリアを変えた故障とは?

黒田 宗一郎 黒田 宗一郎 • 更新: • 公開: • 読了約 13 分
目次

渡部のキャリアを振り返るうえで、2023年と2025年の故障は避けて通れません。特に2023年は、一軍でようやく結果が出始めた時期の離脱だっただけに、本人にとっても大きな痛手となりました。

2023年7月:一軍で好調だった矢先の左足内転筋の負傷

2023年5月に一軍へ昇格した渡部は、次第に出場機会を増やしていきました。6月には本塁打を放ち、4番を任される試合も出てくるなど、長距離砲としての期待に応える場面が見られました。

ところが、2023年7月1日のソフトバンク戦で走塁中に左足を負傷します。翌2日に左足の違和感を理由に出場選手登録を抹消されました。この試合では4号ソロを含む3安打3打点と活躍していただけに、タイミングの悪い離脱でした。

その後、8月に一軍へ戻ったものの、本人は復帰後の打撃について、故障前とは感覚が異なり、元の状態を取り戻せなかったと振り返っています。2023年9月の文化放送関連インタビューでも、故障前の好調を維持できなかった悔しさが語られています。

2024年:キャンプでの体調不良と一軍での苦戦

2024年2月には体調不良のため、春季キャンプのA班からB班へ変更されました。開幕前から調整に影響が出て、一軍での出場機会を十分に確保できませんでした。

シーズンの一軍成績は11試合、33打数1安打、打率.030。二軍では11本塁打を記録していたものの、一軍での結果にはつながりませんでした。

2025年:再浮上の兆しを見せた直後の肉離れ

背番号66で臨んだ2025年は、開幕から二軍での競争となりました。シーズン序盤は苦しんだものの、4月下旬にはフォームの修正などを通じて調子を上げ、4月29日にはファームの試合で1試合2本塁打を記録しています。

ところが、その後に足の肉離れを発症。復帰後も調子を取り戻すまでに時間がかかり、最終的に一軍出場なしでシーズンを終えました。

戦力外通告を受けた際の本人のコメントにも、2023年の故障から状態をつかみ切れない期間が続いていたという振り返りがあります。終盤には手応えがあっただけに、本人にとっても納得しきれないシーズンだったと考えられます。

ここで重要なのは、故障だけを戦力外の理由と決めつけないことです。打撃成績、一軍での競争、稼働率という複数の課題があり、故障がその改善を難しくしたという関係で捉える必要があります。

【トライアウトで本塁打】渡部健人が見せた現役続行への意地

渡部健人

2025年11月12日、マツダスタジアムで開催された「エイブルトライアウト2025」。西武から戦力外通告を受けた渡部は、この舞台で鮮烈なアピールを見せました。

第1打席で対戦したのは、元日本ハムの石川直也投手です。渡部はカウント2ストライク2ボールから直球を捉え、左翼スタンドへ本塁打を放ちました。高校野球ドットコムの報道では、球速145キロの直球を打ち返した一発と紹介されています。

8打席で1本塁打・1四球

この日の渡部は、合計8打席で1本塁打、1四球という結果でした。初打席から持ち味の長打力を発揮し、他球団の関係者や野球ファンに存在感を示しました。

日刊スポーツの取材では、本人は第1打席の本塁打について次のように振り返っています。

「1打席目のホームランが一番アピールになったんじゃないかなって思います」 出典:日刊スポーツ、2025年11月12日

また、渡部は直球を待って振り抜いたことや、体がよく動いていることをアピールしたかったと説明しています。結果を出すだけでなく、身体の状態も見せようとしていたことが分かります。

2025年のトライアウトは従来の合同開催とは異なる

検索では「12球団合同トライアウト」という言葉で調べる人も多いですが、2025年の開催形式には変更がありました。

この年のイベントは、日本プロ野球選手会が主催した「エイブルトライアウト2025」です。前年までのNPBとの共催による12球団合同トライアウトとは運営形態が異なります。

したがって、渡部の本塁打は、従来型の12球団合同トライアウトではなく、2025年の選手会主催トライアウトで記録されたものです。

ただし、トライアウトで本塁打を打ったことと、NPB球団との契約が成立することは別問題です。実際、その後すぐにNPB球団への復帰が決まったわけではありませんでした。

【ベッケン・おかわり君2世とは?】渡部健人の愛称と評判

渡部健人には「ベッケン」「おかわり君2世」「よくばり君」など、複数の愛称があります。いずれも、特徴的な体格と豪快な打撃への期待から広まった呼び名です。

「ベッケン」は大学時代に生まれた愛称

最も本人に浸透していた愛称が「ベッケン」です。

日刊スポーツの2023年の取材によると、渡部健人の名前を「わたなべ・けんと」と読んだときの4~6文字目を取った呼び方で、桐蔭横浜大学に入学した頃から使われるようになりました。

本人は当初、少し戸惑ったものの、次第に気に入るようになったと話しています。西武時代にはファンにも広く浸透し、報道でも「ベッケン」の名前が使われるようになりました。

「おかわり君2世」と呼ばれた理由

「おかわり君2世」という愛称は、西武の主力打者だった中村剛也選手を連想させる体格と長打力に由来します。

渡部は身長176センチ、体重115キロという恵まれた体格で、右方向にも左方向にも長打を打てるパワーが評価されていました。大学時代には桐蔭横浜大学で本塁打を量産し、ドラフト1位で西武に入団。将来の主軸候補として大きな期待を受けたのです。

ただし、「おかわり君2世」は球団の公式な称号や実績を表すものではありません。あくまで将来性と打撃スタイルへの期待を込めたニックネームです。

評判を数字から見直すと?

渡部への評価は、二軍での実績と一軍での結果を分けて考える必要があります。

二軍での19本塁打や、2023年の一軍6本塁打は、長距離打者としての可能性を示した数字です。一方で、プロ通算打率.178という成績は、一軍で継続的に結果を出す難しさも表しています。

したがって、渡部を単純に「期待外れ」と評価するのも、「本塁打を打てるからNPBで即通用する」と評価するのも適切ではありません。長打力という明確な武器を持ちながら、それを一軍で再現する段階に課題を残した選手と見るのが実態に近いでしょう。

【プロの結論】渡部健人のNPB復帰の可能性はあるのか?

渡部健人のNPB復帰は、可能性が完全になくなったわけではありません。しかし、2026年11月現在、NPB球団との再契約や復帰決定を示す公式発表は確認できません。

戦力外通告を受けた直後、渡部はNPBでの現役続行を希望していると報じられました。その後、三協グランハーツへの加入が決まり、社会人野球という新しい環境で競技を続ける道を選んでいます。

NPB復帰を左右する4つの判断材料

1. シーズンを通した出場と健康状態

最も重要なのは、故障なく試合に出続けられるかどうかです。過去の渡部は好調時に故障で離脱するケースがありました。社会人野球で年間を通じて出場できれば、体の状態に対する評価も変わってきます。

2. 本塁打だけではない打撃成績

NPBの球団が再評価するには、本塁打数だけでなく、打率、出塁率、長打率、三振の割合なども重要です。二軍で長打を打つ力は証明済みですが、プロの一軍投手に対応するためには、変化球への対応や打席での安定感も必要になります。

3. 一塁・三塁など守備面での貢献

渡部は西武時代に内野手として登録され、2026年の三協グランハーツでも一塁手として起用されています。長打力に加え、守備位置の選択肢や守備の安定感を示せれば、獲得を検討する球団にとって評価材料が増えます。

4. 社会人野球での継続的な実績

トライアウトの一発は強烈な印象を残しました。しかし、NPBのスカウトが評価するのは一試合の結果だけではありません。公式戦での継続的な活躍、対戦投手のレベル、チーム内での役割など、複数の要素が判断材料になります。

三協グランハーツへの加入は遠回りではない

社会人野球への移籍は、NPB復帰を諦めたことと同じではありません。

三協グランハーツは新設チームであり、創部初年度から都市対抗野球大会への出場を目指しています。渡部にとっては、試合に出て打席数を積み、長打力を発揮しながらチームの勝利にも貢献できる環境です。

特に注目したいのは、元NPB選手である亀澤恭平監督の存在です。プロ野球と社会人野球の両方を知る指導者のもとで、打撃だけでなく、試合への取り組み方やチーム内での役割を見直す機会も得られます。

もちろん、監督の存在だけでNPB復帰が実現するわけではありません。しかし、実戦を積み重ねる場所を得たことは、現役続行を目指す渡部にとって大きな意味があります。

今後の評価を見極める際には、次の点に注目するとよいでしょう。

- 公式戦で継続的に先発出場しているか
- 本塁打だけでなく打率や出塁率も改善しているか
- 故障による長期離脱がなくなっているか
- 都市対抗や日本選手権など、重要な大会で結果を残せるか
- NPB球団から獲得や練習参加に関する具体的な発表が出るか

これらがそろえば、NPB復帰への期待は現実味を増します。逆に、トライアウトの一発だけを根拠に復帰を確実視するのは早計です。

【渡部健人の現在に関するよくある質問(FAQ)】

Q1:渡部健人は現在どこのチームに所属していますか?

A1:2026年現在、岡山県岡山市を拠点とする社会人硬式野球チーム「三協グランハーツ」に所属しています。三協クリエイトが運営する企業チームで、2026年2月に設立されました。

Q2:渡部健人が西武から戦力外通告を受けたのはなぜですか?

A2:一軍での成績低迷、故障による離脱、2025年の二軍成績などが重なったためと考えられます。2025年は一軍出場がなく、二軍では54試合、打率.201、4本塁打、23打点でした。

Q3:渡部健人のプロ通算成績はどれくらいですか?

A3:NPB公式記録では、通算74試合、43安打、打率.178、7本塁打、27打点です。二軍では通算336試合、47本塁打、162打点を記録しています。

Q4:渡部健人はトライアウトで本塁打を打ちましたか?

A4:はい。2025年11月12日のエイブルトライアウト2025で、第1打席に元日本ハムの石川直也投手から左翼への本塁打を放ちました。最終的には8打席で1本塁打、1四球でした。

Q5:渡部健人の愛称「ベッケン」の由来は何ですか?

A5:「わたなべ・けんと」の4~6文字目を取った呼び方です。桐蔭横浜大学時代に生まれた愛称で、本人も次第に気に入るようになったと話しています。

Q6:渡部健人がNPBに復帰する可能性はありますか?

A6:可能性は残されています。ただし、2026年11月現在、NPB球団との再契約や復帰決定は公表されていません。まずは三協グランハーツでの公式戦成績と故障なくプレーできるかが重要です。

渡部健人は、2020年ドラフト1位で西武に入団し、二軍で本塁打王・打点王を獲得するなど、長距離打者としての才能を示してきました。しかし、一軍通算では74試合、打率.178、7本塁打にとどまり、故障も重なって2025年10月に戦力外通告を受けました。

その後、トライアウトでの本塁打を経て、2026年には岡山の三協グランハーツへ加入。新設された社会人チームで、一塁手として新しい挑戦を続けています。

かつて「おかわり君2世」と期待された選手が、再びプロの舞台に立てるかどうか。その鍵は、かつて証明した長打力を、今度は継続的な実戦成績に結びつけられるかにあります。

ドラフト1位という肩書きも、戦力外という過去も、今後のプレーを決めるものではありません。岡山で積み重ねる一打席一打席が、渡部健人にとって次のキャリアを切り開く材料になるはずです。

2026年の三協グランハーツでの活躍と、その先にあるNPB再挑戦の動向に注目したいところです。

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コンテンツディレクター 黒田 宗一郎
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グルメ・レシピ担当。材料と手順は必ず再現検証し、出典を明記します。

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