浅丘ルリ子さんの基本プロフィールは次のとおりです。
| 項目 | プロフィール |
|---|---|
| 名前 | 浅丘ルリ子(あさおか るりこ) |
| 生年月日 | 1940年7月2日 |
| 年齢 | 86歳(2026年11月現在) |
| 出身地 | 満州国新京市(現在の中国・長春) |
| 職業 | 女優 |
| 映画デビュー | 1955年『緑はるかに』 |
| デビュー時の年齢 | 14歳 |
| 元夫 | 石坂浩二 |
| 結婚 | 1971年 |
| 離婚 | 2000年 |
| 主な代表作 | 『男はつらいよ』『銀座の恋の物語』『憎いあンちくしょう』 |
| 主な受章 | 紫綬褒章、旭日小綬章 |
映画情報を扱う映画.comや講談社のデジタル版日本人名大辞典などでも、1940年7月2日生まれ、長春出身というプロフィールが確認できます。
2026年11月時点で86歳になる理由年齢の計算は、生まれた年だけでなく誕生日を迎えたかどうかがポイントです。
- 2025年7月2日:85歳
- 2026年7月2日:86歳
- 2026年11月5日:86歳
したがって、2026年11月時点で浅丘ルリ子さんは86歳です。
出身地は現在の中国・長春浅丘ルリ子さんは、1940年に満州国の新京市で生まれました。
新京市は現在の中国吉林省にある長春市にあたります。出生当時と現在では国名や都市の位置づけが異なるため、プロフィールでは「満州国新京市(現・中国長春)」と表記されることがあります。
この出身地の表記は、浅丘さんの生まれた時代の歴史的背景を反映したものです。
【若い頃】浅丘ルリ子は14歳で映画デビュー!日活時代の活躍

浅丘ルリ子さんの若い頃を語るうえで欠かせないのが、1955年の日活映画『緑はるかに』です。
当時はまだ14歳。映画界での経験がない少女がオーディションを経て主演級の役を獲得し、スターへの道を歩み始めました。
1955年『緑はるかに』で鮮烈なデビューデビュー作となった『緑はるかに』は、井上梅次監督による1955年公開の映画です。
日活の公式作品情報によると、同作は新人オーディションから選ばれた浅丘さんが主演を務めた作品でした。
浅丘さん自身も、2024年に日活が公開したメッセージのなかで、14歳の頃に新聞でヒロイン募集を知り、オーディションを受けた経緯を振り返っています。
当時の企画を担当したのは、女性映画プロデューサーの水の江滝子さん。浅丘さんは画家の中原淳一さんに見いだされ、映画界に入りました。
加えて、現在の芸名「浅丘ルリ子」は、映画の役名に由来します。松竹の公式プロフィールによると、芸名を命名したのも中原淳一さんです。
つまり、芸名と女優としての出発点が、同じ映画作品に結びついているのです。
日活時代は小林旭・石原裕次郎と共演映画デビュー後、浅丘さんは日活の看板女優として活躍します。
特に大きな転機となったのが、石原裕次郎さんや小林旭さんとの共演です。
代表的な作品には次のようなものがあります。
- 『ギターを持った渡り鳥』
- 『銀座の恋の物語』(1962年)
- 『憎いあンちくしょう』(1962年)
- 『赤いハンカチ』(1964年)
- 『愛の渇き』(1967年)
小林旭さんとの共演では、アクションや娯楽映画のヒロインとして存在感を発揮しました。
一方、石原裕次郎さんとの共演作では、都会的で洗練された女性像を演じ、幅広い役柄に対応できる女優として評価を高めました。
特に『憎いあンちくしょう』は、少女時代の役柄から大人の女性を演じる女優へと変化する重要な作品でした。
若い頃から舞台女優としての道も開拓映画スターとして知られる浅丘さんですが、舞台にも本格的に進出しています。
映画.comなどのプロフィールによれば、初舞台は1979年の『ノートルダム・ド・パリ』。当時38歳でした。
その後は『にごり江』『夜叉ヶ池』『欲望という名の電車』など、さまざまな舞台作品に出演しています。
映画だけに活動を限定せず、舞台やテレビにも活躍の場を広げたことが、長いキャリアを支える一因になりました。
【経歴年表】浅丘ルリ子の86年間の歩みと代表作を一覧で整理
浅丘ルリ子さんの経歴を理解するには、映画デビューから日活の黄金期、リリー役、結婚・離婚、近年のテレビ出演までを時系列で見ると分かりやすくなります。
以下に主要な出来事をまとめました。
| 年・時期 | 出来事・作品 | 当時の年齢・備考 |
|---|---|---|
| 1940年7月2日 | 長春で誕生 | 0歳 |
| 1955年 | 『緑はるかに』で映画デビュー | 14歳 |
| 1962年 | 『銀座の恋の物語』『憎いあンちくしょう』 | 22歳 |
| 1960年代 | 日活の看板女優として活躍 | 映画スターとして人気を確立 |
| 1971年 | 石坂浩二と結婚 | 31歳 |
| 1973年 | 『寅次郎忘れな草』に出演 | 33歳・リリー初登場 |
| 1975年 | 『寅次郎相合い傘』に出演 | 35歳 |
| 1979年 | 舞台『ノートルダム・ド・パリ』で初舞台 | 38歳 |
| 1980年 | 『寅次郎ハイビスカスの花』 | 40歳 |
| 1995年 | 『寅次郎紅の花』に出演 | 55歳 |
| 2000年 | 石坂浩二と離婚 | 60歳 |
| 2002年 | 紫綬褒章を受章 | 女優としての功績を評価 |
| 2011年 | 旭日小綬章を受章 | 映画・演劇界での功績 |
| 2019年 | 『男はつらいよ お帰り 寅さん』 | リリー役で出演 |
| 2025年 | 『浅草ラスボスおばあちゃん』 | 85歳で連続ドラマ出演 |
| 2026年 | 86歳 | 2026年11月現在 |
この年表から見えてくるのは、浅丘さんのキャリアが一つのジャンルや年代にとどまっていないことです。
10代で映画界に入り、20代で日活のスターとなり、30代以降は舞台やテレビにも活動を広げました。加えて、50代以降も『男はつらいよ』シリーズで印象的な役柄を演じています。
また、2002年の紫綬褒章、2011年の旭日小綬章という受章歴も、長年にわたる芸能活動を振り返るうえで重要な節目です。
【男はつらいよ】浅丘ルリ子が演じたリリーはなぜ人気なのか
浅丘ルリ子さんの代表的な役柄として、幅広い世代に知られているのが映画『男はつらいよ』シリーズのリリーです。
リリーは、寅さんこと車寅次郎と同じように、定住せず旅を続ける女性。旅回りの歌手として生活し、寅さんと出会うことで物語に深みを与えます。
リリーが初登場したのは1973年リリーが初めて登場したのは、シリーズ第11作『男はつらいよ 寅次郎忘れな草』です。
1973年8月4日に公開された同作では、北海道・網走で寅さんとリリーが出会います。
リリーは旅回りの歌手として各地を移動しながら暮らしている女性です。自由に生きているように見える一方、家庭や人間関係に恵まれない孤独も抱えています。
寅さんとの関係には、単純な恋愛映画では描き切れない複雑さがあります。
互いに似た境遇を理解しながらも、なかなか一緒になれない。その距離感こそが、リリーという人物の魅力です。
松竹の公式作品紹介でも、リリーは寅さんと同じような境遇にある女性として紹介されています。
リリー役の出演作品は?浅丘さんは、リリーを複数の作品で演じています。
松竹の公式サイトが紹介する主な出演作は以下の4作品です。
| 作品 | 公開年 | 位置づけ |
|---|---|---|
| 第11作『寅次郎忘れな草』 | 1973年 | リリー初登場 |
| 第15作『寅次郎相合い傘』 | 1975年 | 寅さんとの関係が深まる |
| 第25作『寅次郎ハイビスカスの花』 | 1980年 | 沖縄を舞台にした物語 |
| 第48作『寅次郎紅の花』 | 1995年 | シリーズ後期の再登場 |
また、松竹の公式サイトには第49作の特別篇も関連作品として掲載されています。2019年公開の第50作『男はつらいよ お帰り 寅さん』にもリリー役で出演しています。
そのため、出演作を数える際には、本編と特別篇を区別する必要があります。
リリー役が浅丘ルリ子の代表作になった理由リリーの魅力は、寅さんの恋愛相手という役割だけではありません。
寅さんとリリーは、社会の一般的な価値観から少し離れたところで生きています。安定した生活を望みながらも、自由を手放せない。誰かと一緒にいたいと思いながらも、自分の生き方を変えられない。
こうした相反する感情を抱える人物を、浅丘さんは長い年月を通じて演じました。
1973年の初登場から1995年の再登場まで、作品のなかでリリー自身も年齢を重ねています。
役柄と俳優本人の人生が時間の経過とともに重なっていくことも、リリーが長く愛される理由の一つです。
【結婚・離婚】浅丘ルリ子と石坂浩二はなぜ別れた?
浅丘ルリ子さんの私生活で大きな話題となったのが、俳優・石坂浩二さんとの結婚と離婚です。
2人は1971年に結婚し、2000年に離婚しました。結婚生活は約30年に及びます。
1971年に石坂浩二と結婚浅丘さんと石坂浩二さんが結婚したのは1971年です。
当時、2人はともに俳優として活動しており、芸能界でも注目を集めるカップルでした。
結婚後も浅丘さんは女優として仕事を続けました。
2024年4月29日放送のテレビ朝日系『徹子の部屋』では、浅丘さん本人が当時の結婚生活を振り返っています。
石坂さんから結婚後も仕事を続けてよいと言われたことが、うれしかったと語りました。
2000年、結婚30年を前に離婚2人が離婚したのは2000年です。
浅丘さんは2024年の『徹子の部屋』で、30歳から60歳までの約30年間を石坂さんと過ごしたと振り返りました。
離婚については、女優として仕事を続けたい気持ちと、妻として家庭で果たすべき役割との間で悩んでいたことを説明しています。
特に、夫や夫の母親に対して十分にできていないことがあったと感じていたこと、そして自分はまだ仕事を続けたいと考えていたことが、離婚を決断した背景にありました。
つまり、浅丘さん自身が語った離婚の理由には、女優としての仕事への思いと、家庭生活との両立に関する葛藤がありました。
離婚後も俳優同士として関係が続く離婚後の2人についても、芸能ニュースで取り上げられています。
2017年にはテレビ朝日系ドラマ『やすらぎの郷』で共演しました。
2人の共演は1986年の映画『鹿鳴館』以来、31年ぶりと報じられています。
当時の制作発表では、浅丘さんが石坂さんとの劇中の抱擁シーンについて語り、久しぶりの共演が話題になりました。
このエピソードからも分かるように、結婚と離婚という人生の節目を経た後も、2人は俳優として同じ作品に参加しています。
【現在の浅丘ルリ子】86歳を迎えた2026年の活動と評価
2026年11月現在、浅丘ルリ子さんは86歳です。
映画デビューから約71年が経過していますが、近年もテレビドラマなどに出演し、俳優としての活動を続けてきました。
2025年には『浅草ラスボスおばあちゃん』に出演近年の出演作として注目されるのが、2025年7月から9月まで東海テレビ・フジテレビ系で放送された連続ドラマ『浅草ラスボスおばあちゃん』です。
浅丘さんは、水谷竹子役を演じました。
このドラマは梅沢富美男さんが主演し、浅草を舞台に人々の交流や人生の再出発を描いた作品です。
浅丘さんは、梅沢さん演じる主人公・松子の親友で、研ナオコさん演じる梅子とともに物語を彩りました。
85歳で出演したこの作品は、映画スターとして知られる浅丘さんの近年のテレビ出演を知るうえでも重要な作品です。
受章歴から見る女優としての評価浅丘さんのキャリアを評価するうえで、受章歴も欠かせません。
- 2002年:紫綬褒章
- 2011年:旭日小綬章
紫綬褒章は学術・芸術・スポーツなどの分野で優れた功績を挙げた人に授与される褒章です。
旭日小綬章も、社会のさまざまな分野で顕著な功績を挙げた人を対象とする勲章です。
10代から映画に出演し、映画・テレビ・舞台と活動の幅を広げてきた浅丘さんの歩みを考えると、これらの受章は長年の仕事を振り返る重要な節目といえます。
86歳という年齢だけでは測れないキャリア浅丘さんの経歴には、いくつもの転換点があります。
14歳で映画デビューしたこと、日活の看板女優になったこと、38歳で舞台に進出したこと、そして『男はつらいよ』のリリー役を長年演じたことです。
特に注目したいのは、若い頃の人気だけに頼らず、年代ごとに異なる役柄や活動の場を開拓してきた点です。
映画スターとしての華やかさだけでなく、年齢を重ねた後も役柄に合わせて表現を変えてきたことが、長く支持される理由になっています。
【浅丘ルリ子の年齢】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:浅丘ルリ子は2026年現在何歳ですか?
浅丘ルリ子さんは86歳です。1940年7月2日生まれで、2026年7月2日に86歳の誕生日を迎えました。
Q2:浅丘ルリ子の生年月日はいつですか?
1940年7月2日です。出身地は、現在の中国・吉林省長春市にあたる満州国新京市です。
Q3:浅丘ルリ子は何歳で映画デビューしましたか?
14歳です。1955年公開の日活映画『緑はるかに』でヒロインを演じ、映画デビューしました。
Q4:浅丘ルリ子と石坂浩二はいつ結婚・離婚しましたか?
1971年に結婚し、2000年に離婚しました。結婚生活は約30年間で、浅丘さんは2024年のテレビ出演でも当時の経緯を振り返っています。
Q5:浅丘ルリ子が『男はつらいよ』で演じた役は何ですか?
旅回りの歌手・リリーです。1973年公開の第11作『寅次郎忘れな草』で初登場し、その後もシリーズの複数作品で演じました。
Q6:浅丘ルリ子の出身地はどこですか?
現在の中国・長春市です。1940年に満州国新京市で生まれました。
Q7:浅丘ルリ子は現在も女優として活動していますか?
近年も女優としてテレビドラマなどに出演しています。確認できる近年の出演作には、2025年放送の『浅草ラスボスおばあちゃん』があります。
浅丘ルリ子さんは、1940年7月2日生まれの86歳(2026年11月現在)です。
14歳で『緑はるかに』のヒロインとして映画デビューし、日活の看板女優として石原裕次郎さんや小林旭さんらと共演。その後も『男はつらいよ』のリリー役や舞台などで活躍してきました。
石坂浩二さんとの結婚・離婚も人生の大きな節目でしたが、浅丘さん自身は2024年のテレビ出演で、仕事を続けたいという思いが離婚の背景にあったことを語っています。
浅丘ルリ子さんの歩みを理解するうえで大切なのは、単に86歳という年齢を見るのではなく、14歳から現在まで、時代ごとに異なる役柄を演じ続けてきたことです。
日活映画の黄金期から『男はつらいよ』、そして近年のテレビドラマまで。その長いキャリアこそが、浅丘ルリ子さんが今も日本映画・演劇界を代表する女優の一人として語られる理由です。