小豆長光(あずきながみつ)は、戦国武将・上杉謙信の愛刀として伝えられる、備前長船派の刀工・長光作とされる太刀です。刃先に触れた小豆が二つに割れたという驚くべき逸話で知られ、竹俣三河守による発見と謙信への献上、さらには川中島の戦いとの関係など、数々の伝承が残されています。
しかし、その来歴を詳しく調べると、竹俣兼光や赤小豆粥、典厩割といった別の名刀の逸話が入り交じっていることが分かります。上杉景勝自筆の刀剣目録に名前が見当たらないことや、戦後に上杉家を離れたとされる長光銘の太刀の記録も、謎を深める要因です。2026年11月現在の情報を踏まえ、歴史資料、刀剣研究、刀剣乱舞のキャラクター設定を照らし合わせながら、その正体と現在の所在を整理します。
【読み方と正体】小豆長光は上杉謙信が愛用した長船長光作の太刀

小豆長光の読み方は「あずきながみつ」です。「小豆」は食材のあずき、「長光」は刀工の名前を表しています。
この刀は、備前国(現在の岡山県南東部)で栄えた備前長船派の刀工・長光による太刀として伝えられています。長光は鎌倉時代の名工で、長船派の基礎を築いた光忠の子とされる人物です。
長光の作品は、刀身の姿や刃文の美しさに特徴があります。文化庁の文化遺産オンラインにも長光銘の刀剣が登録されており、鎌倉時代の備前刀を代表する刀工の一人として位置付けられています。
小豆長光と上杉謙信の関係小豆長光は、越後の戦国大名・上杉謙信の愛刀として知られています。
謙信は刀剣を重視した武将として知られ、上杉家には備前長船派を中心とした名刀が数多く伝来しました。謙信の後継者である上杉景勝も、優れた刀剣を選び、家の重宝として管理していました。
ただし、小豆長光が謙信の手元にあったという伝承と、現存する特定の刀身を小豆長光と断定することは別の問題です。
現在は刀身そのものを確認できないため、作者や具体的な制作年代、寸法、刀身の状態についても、伝承上の情報と実物による鑑定結果を区別する必要があります。
【名前の由来】小豆が真っ二つになった逸話と竹俣三河守の伝来説
小豆長光という特徴的な名前には、刀の切れ味を象徴する有名な伝承があります。
小豆が刀身に当たって二つに割れたという話伝承によると、もともと小豆長光は越後の農民が所有していた刀でした。
ある日、その農民が小豆を袋に入れて運んでいたところ、袋の破れ目から小豆がこぼれ落ちました。すると、鞘が壊れて刀身が露出していた部分に小豆が触れ、粒が二つに割れてしまったといいます。
その様子を目撃したのが、上杉家の家臣・竹俣三河守でした。
竹俣三河守は、偶然落ちた小豆を切断するほどの切れ味に驚き、農民から刀を買い取ったと伝えられています。その後、主君の上杉謙信に献上したことから、謙信の愛刀になったという筋書きです。
この逸話は、刀剣の切れ味を印象的に伝えるものですが、歴史的に確認された実験記録や、当時の刀身を用いた検証結果が残っているわけではありません。
竹俣三河守はどのように関係したのか竹俣三河守の名前が重要なのは、単に刀を見つけた人物として登場するだけではありません。
後世の刀剣伝承には、竹俣三河守が刀を農民から入手し、謙信に献上したという話に加えて、刀の研ぎ直しや偽物騒動、豊臣秀吉への献上などの出来事も結び付けられています。
ただし、こうした一連の話には、竹俣兼光に関する伝承が混ざっている可能性があります。特に、京都での偽物騒動や秀吉への献上という筋書きは、竹俣兼光の来歴と重なる部分が多く、すべてを小豆長光の出来事として扱うことはできません。
「小豆」は本当に食材のあずきなのか名前の由来には、別の解釈もあります。
その一つが「小豆」を「なずき」、つまり脳や頭を意味する古い言葉に関連付ける説です。頭部を縦に切り割ることを指す「小豆割り」という試し斬りの用語とも結び付けられています。
この説では、もともとは頭を割るほどの切れ味を表す「なずき」に関係する呼び名が、後世に「あずき」と理解された可能性が考えられています。
また、本阿弥光悦の押形に見られる「あつきかけ」という記載を、小豆欠けと解釈する説もあります。
つまり、小豆長光の号は、豆を切ったという単純な逸話だけでは説明しきれない、複数の伝承が重なった名称なのです。
【史料を照合】上杉家刀剣台帳と上杉景勝自筆腰物目録の重要性
小豆長光の実在や伝来を考えるうえで、特に重要なのが上杉家に残された刀剣関係の記録です。
伝承を検証する際には、後世の軍記物や名刀解説だけでなく、上杉家が実際に所有していた刀剣の記録を確認する必要があります。
上杉家刀剣台帳の「乾第六号」注目されるのが「上杉家刀剣台帳」の乾第六号です。
この記録には、備前長光の太刀について、銘が「長光」であること、両面に棒樋があること、長さが二尺四寸四分であることなどが記されています。
加えて、由緒については謙信公の差料であり、御重代三十五腰の一つである旨が記されています。
重要なのは、台帳の原記載に「小豆長光」という号が明記されているわけではないという点です。記載されているのは長光銘の太刀であり、これを小豆長光と結び付ける根拠は後年の記録にも求められます。
上杉景勝自筆腰物目録に小豆長光がない理由もう一つ重要なのが「上杉景勝自筆腰物目録」です。
これは上杉景勝が自ら記した刀剣の記録で、上杉家文書1045・1046として伝わっています。
目録には竹俣兼光をはじめ、高木長光、日光長光、高瀬長光、久世長光、新身長光などの刀剣が記載されています。しかし、小豆長光という名称は確認できません。
この点は、小豆長光の来歴を考えるうえで大きな論点です。
ただし、この目録は景勝が秘蔵した刀剣などを記したもので、上杉家に存在したすべての刀剣を網羅する完全な全蔵品目録とは異なります。そのため、記載がないことだけで、小豆長光が存在しなかったと断定することもできません。
関連人物・刀剣・史料の関係一覧| 人物・史料・刀剣 | 確認できる内容 | 小豆長光との関係 |
|---|---|---|
| 上杉謙信 | 越後の戦国大名 | 小豆長光の元主と伝わる |
| 竹俣三河守 | 上杉家の家臣として伝承に登場 | 発見・買い上げ・献上の伝承に関係 |
| 上杉景勝 | 上杉謙信の後継者 | 刀剣目録を残した人物 |
| 上杉家刀剣台帳 | 乾第六号に長光銘の太刀を記載 | 小豆長光候補とされる刀剣の手掛かり |
| 上杉景勝自筆腰物目録 | 長光作の複数の刀剣を記録 | 小豆長光の名称は見当たらない |
| 竹俣兼光 | 備前長船兼光作の太刀 | 小豆が割れる逸話との混同が指摘される |
| 佐藤寒山 | 日本刀研究家 | 1959年に長光銘の太刀へ小豆長光と伝える鞘書きを残した |
このように、上杉家の記録には長光作の太刀が複数登場します。小豆長光の正体を一口に絞り込むには、銘、寸法、拵、伝来、後世の鑑定記録を総合して検討する必要があります。
【混同の真相】竹俣兼光・赤小豆粥・典厩割は小豆長光と同じ刀なのか
小豆長光を調べると、必ずといってよいほど登場するのが竹俣兼光、赤小豆粥、典厩割です。
いずれも上杉謙信の刀剣伝承と関係していますが、作者や由来が一致しているわけではありません。
竹俣兼光と小豆長光の違い竹俣兼光は、備前長船派の刀工・兼光による太刀です。小豆長光が長光作とされるのに対し、竹俣兼光は兼光作とされており、刀工の名前からして異なります。
さらに重要なのが、江戸時代の逸話集「常山紀談」です。
同書では、謙信の刀として赤小豆粥、竹俣兼光、谷切の三振りが登場し、小豆が袋からこぼれて割れたという逸話は竹俣兼光の話として記されています。
この記述は、小豆が切れたという有名な話が、必ずしも小豆長光だけに結び付くものではないことを示しています。
竹俣兼光については、上杉景勝自筆腰物目録にも記載があります。その後、天正14年(1586年)に豊臣秀吉へ渡ったとされ、大坂城落城の際に行方不明になったという伝承が残っています。
したがって、竹俣兼光と小豆長光は、名前や作者、伝来を分けて考えるべき刀剣です。
赤小豆粥とは何か赤小豆粥(あかあずきがゆ、あずきがゆ)も、上杉謙信の愛刀として語られる名称です。
この刀は、武田信玄の弟である武田信繁を斬ったという逸話と関係しています。
赤小豆粥の由来については諸説あり、刀の異名としての成立過程も明確ではありません。
また、赤小豆粥には備前長光作とする説だけでなく、相州行光作とする説も存在します。伝承によって寸法や装飾、作者が異なるため、単純に小豆長光と同一視することはできません。
典厩割と川中島の戦い典厩割(てんきゅうわり)は、上杉謙信が武田信繁を討ち取った際に用いたと伝えられる刀の名称です。
「典厩」は武田信繁の官職に由来する呼び名で、信繁を討った刀という伝承から、この異名が生まれたとされます。
「上杉将士書上」や「北越耆談」には、謙信の太刀を備前長光、二尺五寸、赤銅造りとし、異名を赤小豆粥とする記述があります。
一方、現存する典厩割として紹介される刀には、無銘・伝国宗という鑑定があり、作者についても異説があります。
つまり、典厩割、赤小豆粥、小豆長光という三つの名称は、上杉謙信の刀剣伝承の中で関連付けられてきたものの、同一の刀を指すと確定したわけではありません。
最も注意したいのは、武田信繁を討った刀の逸話と、小豆が二つに割れた逸話を一つの刀の出来事としてまとめてしまわないことです。
【現在の所在】小豆長光はどこにある?戦後の記録と1959年の鞘書き
小豆長光について多くの人が知りたいのが、現在どこに保管されているのかという問題です。
結論からいえば、2026年11月現在、実物の所在は公的に確認されていません。
昭和12年の重要美術品認定と上杉家の太刀小豆長光の所在を考えるうえで注目されるのが、昭和12年(1937年)12月24日の重要美術品認定です。
この時期には上杉家伝来の長光銘の太刀が複数認定されており、上杉憲章が所有者として記録されています。
そのうちの一口が、上杉家刀剣台帳の乾第六号に記された長光銘の太刀と関連付けられています。
ただし、重要美術品の認定記録にある長光銘の太刀を、すべて小豆長光と呼べるわけではありません。複数の長光作が存在したため、個別の刀身と伝来を照合する必要があります。
佐藤寒山による1959年の鞘書きさらに重要なのが、日本刀研究家・佐藤寒山による昭和34年(1959年)の鞘書きです。
長光銘の太刀に残された鞘書きには、上杉謙信が佩用した愛刀の一つであり、世間では小豆長光と呼ばれ、上杉家に伝来した後、終戦後に同家を出たという趣旨の記述があります。
この鞘書きは、小豆長光と特定の長光銘の太刀を結び付ける重要な手掛かりです。
また、鞘書きが行われた場所は芸州広島城下とされています。
しかし、1959年に広島にあったことと、2026年現在も広島に保管されていることは同じではありません。その後の所有者や移動先を裏付ける確かな公開情報は確認できていません。
備前長船刀剣博物館の見解現在の所在を考える際に参考になるのが、備前長船刀剣博物館に関係する日本美術刀剣保存協会岡山県支部の公開質問・回答です。
小豆長光の再現作を制作できないかという質問に対し、瀬戸内市側は、小豆長光は著名な長船派の刀工・長光の刀であるものの、現在の所在は不明であり、本歌を見ることができないと説明しています。
また、再現する場合には単に長光風の刀を制作するのではなく、何を資料的根拠として作刀するのかが重要だという見解も示されています。
この回答は、刀剣を保存・展示する地域の関係者が、小豆長光の現物を確認できない状況を説明したものとして注目されます。
現状を整理すると、次のようになります。
- 上杉家に伝来した長光銘の太刀の記録は残っている。
- 1959年には小豆長光と伝える鞘書きが存在した。
- その太刀が戦後に上杉家を離れたという記録がある。
- 現在の所有者や保管場所は公表されていない。
- 備前長船刀剣博物館関係者も所在不明と説明している。
したがって、現時点で「小豆長光はどこかの博物館に展示されている」「個人が所有している」と断定できる根拠はありません。所在不明は、必ずしも刀そのものが失われたことを意味するわけでもありません。
【刀剣乱舞】小豆長光のキャラクター設定と声優・川原慶久
小豆長光の知名度を広げた作品の一つが、人気ゲーム「刀剣乱舞ONLINE」です。
同作では、歴史上の刀剣を男性キャラクターとして擬人化した刀剣男士が登場します。小豆長光もその一振りとして実装されており、実際の刀剣に伝わる歴史や逸話を取り入れた設定になっています。
刀剣乱舞の小豆長光のプロフィール公式キャラクター紹介によると、小豆長光の基本情報は次のとおりです。
- 名前:小豆長光(あずきながみつ)
- 刀帳番号:148番
- 刀種:太刀
- 刀派:長船
- 声優:川原慶久
- イラスト:ホームラン・拳
- 身長:188cm
- 元主として関係する人物:上杉謙信
公式プロフィールでは、備前長船派の刀工・長光作の太刀で、上杉謙信の愛刀だったと伝わることが紹介されています。
保育士のような優しさとスイーツ職人という個性キャラクターとしての小豆長光は、面倒見がよく、子ども好きで、スイーツ作りを得意とする人物として描かれています。
特に印象的なのは、戦場での強さと日常生活での穏やかさの対比です。
ゲーム公式の紹介では、保育士のように面倒見がよい一方で、スイーツ職人という意外な一面も持つと説明されています。お気に入りのエプロンが似合わないという設定も、キャラクターの親しみやすさにつながっています。
こうした性格付けは、謙信の愛刀という歴史的イメージに、現代のキャラクター作品ならではの親しみやすさを加えたものです。
声優・川原慶久が演じる小豆長光小豆長光を演じているのは声優の川原慶久です。
公式キャラクターページでも、声の担当として川原慶久の名前が掲載されています。
また、アニメ「特『刀剣乱舞-花丸-』~雪月華~」のキャラクター紹介にも小豆長光が登場し、川原慶久が担当声優として記載されています。
同作の紹介では、甘いものが好きで子どもの面倒を見る優しさと、戦いになれば苛烈になるという二面性がキャラクターの魅力として扱われています。
なお、ゲームやアニメで描かれる性格、身長、会話、スイーツ職人という設定は創作上の表現です。実際の小豆長光の刀身や上杉謙信の歴史的記録を証明するものではありません。
【プロの結論】小豆長光の逸話を見極めるための3つの判断基準
小豆長光をめぐる謎は、単純に「実在したか、しなかったか」という二択では整理できません。
重要なのは、刀工・刀身・所有者・号・伝承という異なる情報を分けて検討することです。
判断基準1:刀工の名前と刀の号を混同しない長光と兼光は別の刀工です。
小豆長光は長光作と伝わる一方、竹俣兼光は兼光作です。小豆が切れたという話が両者に結び付いているからといって、同じ刀と判断することはできません。
判断基準2:同時代の記録と後世の逸話を分ける上杉家刀剣台帳や上杉景勝自筆腰物目録は、刀剣の所有と管理を考えるうえで重要な資料です。
一方、常山紀談や北越耆談などの後世の記録には、伝承が整理される過程で別の刀剣のエピソードが加わった可能性があります。
どの資料に、どの刀の名前で、どのような内容が書かれているかを確認することが大切です。
判断基準3:現物の所在と伝来の記録を区別する1959年の鞘書きは小豆長光の候補を考える重要な資料ですが、それだけで現在の所有者まで分かるわけではありません。
刀剣の所在を確かめるには、登録記録、所有者の変遷、鑑定書、公開展示記録などを総合的に確認する必要があります。
特に小豆長光の場合は、上杉家伝来の長光銘の太刀が複数存在するため、銘と寸法だけで特定することには限界があります。
小豆長光の歴史的価値は、切れ味の逸話だけでなく、上杉家の刀剣文化、備前長船派の技術、戦国武将の愛刀伝承が交差する点にもあります。
【小豆長光に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:小豆長光の読み方は「あずきながみつ」で合っていますか?
A1:はい。「あずきながみつ」と読みます。備前長船派の刀工・長光作と伝えられる太刀で、上杉謙信の愛刀として知られています。
Q2:小豆長光は本当に小豆を切った刀なのですか?
A2:小豆が刃先に触れて二つに割れたという伝承があります。ただし、同じ逸話は竹俣兼光にも結び付けられており、史実として確定しているわけではありません。「なずき」に由来するという別説もあります。
Q3:小豆長光は現在どこにありますか?
A3:2026年11月現在、所在は不明です。1959年には広島で小豆長光と伝える鞘書きが残されましたが、その後の保管場所や所有者は公表されていません。
Q4:小豆長光と竹俣兼光は同じ刀ですか?
A4:同一と確認されていません。小豆長光は長光作、竹俣兼光は兼光作とされます。小豆が割れたという逸話が竹俣兼光の伝承にも登場することから、混同が生じたと考えられています。
Q5:小豆長光と赤小豆粥・典厩割の関係は?
A5:いずれも上杉謙信の刀剣伝承に登場します。赤小豆粥は典厩割の異名とされる記録がありますが、作者については長光、国宗、行光など諸説があり、小豆長光と同一の刀とは確定していません。
Q6:刀剣乱舞の小豆長光の声優は誰ですか?
A6:川原慶久です。刀帳番号148番、刀種は太刀、刀派は長船で、面倒見のよい性格とスイーツ作りが好きなキャラクターとして描かれています。
Q7:小豆長光の実物を見ることはできますか?
A7:現在、所在不明のため、実物の公開展示を確認できる状況ではありません。長光作の別の刀剣であれば、文化遺産オンラインや博物館の展示情報から鑑賞できる作品を探すことができます。
小豆長光は、上杉謙信の愛刀として伝えられる備前長船派・長光作の太刀です。小豆が刃先に触れて二つに割れたという逸話や、竹俣三河守が農民から買い上げて謙信に献上したという伝承によって、その名前が広く知られるようになりました。
しかし、歴史資料を照合すると、竹俣兼光の小豆切断伝承、赤小豆粥と典厩割の異名、上杉家に伝わった複数の長光銘の太刀など、複雑な関係が浮かび上がります。
特に重要なのは、上杉家刀剣台帳の乾第六号に記録された長光銘の太刀と、1959年に佐藤寒山が残した小豆長光の鞘書きです。これらは小豆長光の実体を考える重要な手掛かりですが、現存する刀身との同一性や、その後の所在を完全に証明するものではありません。
2026年11月現在も、備前長船刀剣博物館関係者が所在不明としている状況に変わりはなく、実物の公開や再発見を確認できる公的情報はありません。
今後、新たな所有記録や刀剣関係資料、旧家に伝わる鑑定記録などが発見されれば、小豆長光の正体が明らかになる可能性は残されています。
小豆長光を理解するうえで大切なのは、上杉謙信の愛刀という伝承、小豆が割れたという逸話、長光銘の刀剣の記録、現在の所在という四つの問題を分けて考えることです。それぞれを丁寧に照合することで、伝説の名刀が持つ歴史的な魅力と、いまだ解明されていない謎の両方が見えてきます。
主な参照資料・調査根拠
- 備前長船刀剣博物館関係者による小豆長光の所在と再現作に関する回答。
- 上杉景勝自筆腰物目録・上杉家文書1045、1046の記載内容。
- 上杉家刀剣台帳乾第六号、佐藤寒山の鞘書きに関する刀剣専門資料。
- 「常山紀談」「上杉将士書上」「北越耆談」などに関する刀剣史料の整理。
- 文化庁・文化遺産オンラインの長光作刀剣資料。
- 刀剣乱舞ONLINE公式キャラクタープロフィール。