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フルーツポンチ芸人は誰?村上健志・亘健太郎の現在と不仲の真相を徹底解説

高杉 葵 高杉 葵 • 更新: • 公開: • 読了約 20 分
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「フルーツポンチ芸人」とは、吉本興業に所属するお笑いコンビ・フルーツポンチのことです。メンバーは、ボケを担当する村上健志(むらかみけんじ)と、亘健太郎(わたりけんたろう)の2人。2005年4月にコンビを結成し、『爆笑レッドカーペット』やテレビ東京の『ピラメキーノ』などで人気を集めました。

2026年は結成21年目。4月にはABEMAの密着企画「NO MAKE」で、長年取り沙汰されてきた不仲の実態や、亘が電気工事のアルバイトを兼業している生活が紹介され、大きな話題になりました。一方、村上は『プレバト!!』の俳句で永世名人に昇格するなど、個人としても確かな実績を残しています。2人のプロフィールからブレイクの歴史、コンビ仲の真相、2026年11月現在の活動まで整理します。

【フルーツポンチ芸人は誰?】村上健志・亘健太郎のプロフィール

フルーツポンチ芸人

フルーツポンチは、吉本興業に所属する男性お笑いコンビです。メンバーは村上健志と亘健太郎の2人で、東京NSC10期生の同期にあたります。

2人はともに1980年生まれ。出身地や趣味、得意分野は異なり、芸人としての活動スタイルにもそれぞれ個性があります。

村上健志(むらかみけんじ)のプロフィール

村上健志は1980年12月8日生まれ、茨城県牛久市出身。吉本興業の公式プロフィールによると、身長172cm、血液型B型です。

趣味はドラマ、漫画など。特技には俳句やチープモノマネを挙げています。

お笑いでは独特のキャラクターを生かした表現が持ち味ですが、個人活動では俳句の才能が高く評価されています。特にMBS・TBS系の『プレバト!!』では、芸人という肩書を超えた実績を築きました。

2022年6月には、俳句査定で番組史上3人目となる永世名人に昇格。お笑い以外の分野でも実力を証明した人物です。

亘健太郎(わたりけんたろう)のプロフィール

亘健太郎は1980年7月12日生まれ、神奈川県出身。吉本興業の公式プロフィールでは、身長165cm、体重57kgと紹介されています。

趣味はスキー、サーフィン、育児、バイクなど。特技は匍匐前進です。

また、亘には芸人以外の経歴もあります。吉本興業の公式プロフィールには予備自衛官としての実績と、第二種電気工事士の資格が記載されています。

2026年には、この資格を生かして電気工事のアルバイトを続けている実情がABEMAの密着番組で紹介されました。

2人の基本プロフィール比較

2026年11月5日時点の年齢を含めて整理すると、次のようになります。

項目村上健志亘健太郎
生年月日1980年12月8日1980年7月12日
年齢45歳46歳
出身地茨城県牛久市神奈川県
身長172cm165cm
NSC東京校10期生東京校10期生
主な個人分野俳句・バラエティー芸人活動・電気工事
所属吉本興業吉本興業

【2005年結成からブレイクへ】爆笑レッドカーペットとピラメキーノの活躍

フルーツポンチの経歴を振り返るうえで押さえておきたいのが、NSCへの入学時期とコンビ結成時期の違いです。

2人は2004年にNSC東京校10期生として入学しています。そして、吉本興業の公式プロフィールとM-1グランプリ公式サイトでは、コンビの結成年月を2005年4月としています。

つまり、NSCへの入学が2004年、正式なコンビ結成が2005年という関係です。過去のプロフィール記事などに2004年結成と記載されているケースもありますが、結成年については所属事務所の公式情報である2005年4月を基準にするのが適切です。

2008年『爆笑レッドカーペット』への出演が転機に

フルーツポンチが知名度を大きく伸ばすきっかけとなったのが、フジテレビ系の『爆笑レッドカーペット』です。

同番組は短い時間で芸人がネタを披露するショートネタ番組。テンポのよい笑いと印象に残るキャラクターが求められる舞台でした。

フルーツポンチは2008年ごろから出演し、村上の個性的なキャラクターを前面に押し出したコントで注目を集めます。2008年4月16日の放送回についても、放送ライブラリーの番組記録に出演者として2人の名前が残っています。

2026年4月の「NO MAKE」でも、2人はこの番組のオーディションを大きな転機として振り返っています。亘はオーディションに行ったことが一番の岐路だったと話し、村上も初めてテレビのオーディションに合格した喜びを語りました。

2009年『ピラメキーノ』で子ども世代にも浸透

次の大きな実績が、テレビ東京の子ども向けバラエティー番組『ピラメキーノ』です。

テレビ東京が2009年3月30日に発表した番組リリースによると、『ピラメキーノ』は同年4月6日に放送を開始。MCにはんにゃとフルーツポンチが起用されました。

子どもの個性やユーモアを育てることをテーマにした番組で、芸人がさまざまな企画に挑戦する構成が特徴でした。

その後、番組はゴールデンタイムへの進出や関連企画などにも展開。2015年9月の番組終了まで、フルーツポンチは長期にわたって出演しました。

当時のフルーツポンチは、単にお笑いファンに知られるだけでなく、テレビを通じて子どもやその保護者にも認知される存在だったのです。

フルーツポンチの主な経歴年表
時期出来事意味・実績
2004年NSC東京校10期生として入学2人が芸人としての基礎を学ぶ
2005年4月フルーツポンチ結成吉本興業所属のコンビとして活動開始
2008年『爆笑レッドカーペット』出演テレビのネタ番組で知名度を拡大
2009年4月『ピラメキーノ』放送開始はんにゃとともにMCを担当
2009年『爆笑レッドシアター』レギュラーメンバーにコント番組で活躍
2015年9月『ピラメキーノ』シリーズ終了約6年半の番組出演に一区切り
2022年6月村上が俳句の永世名人に昇格個人活動で大きな実績
2023年亘が第二種電気工事士の資格を取得芸人以外の仕事にも取り組む
2026年4月ABEMA「NO MAKE」に出演不仲の経緯や現在の生活が明らかに
2026年11月吉本興業の劇場公演に出演予定コンビとしての活動を継続

【村上健志の現在】プレバトの俳句で永世名人になった実力

フルーツポンチの現在を語る際、村上健志の俳句活動は欠かせません。

村上はMBS・TBS系の人気番組『プレバト!!』の俳句査定に出演し、芸人としての活動とは別の才能を発揮してきました。

2022年に番組史上3人目の永世名人へ

MBSの公式番組コラムによると、村上は2022年6月2日放送の俳句査定で名人10段から永世名人へ昇格しました。番組史上3人目の快挙です。

昇格時に披露した句は次の作品でした。

夕立や楽譜にカンマ書き入れる

夏井いつき先生は、楽譜にカンマを書き入れる静けさと、外に降る夕立の激しさを組み合わせた表現を高く評価しました。

特に、言葉の音の響きまで計算された構成が評価され、村上は念願の永世名人に昇格しています。

お笑い芸人と俳人という二つの顔

村上の俳句活動が興味深いのは、芸人としての表現力と俳句の創作力が、必ずしも同じ方向の能力ではないことです。

バラエティーでは、独特の言い回しやキャラクターで笑いを生み出す一方、俳句では17音という限られた形式の中で、情景や感情を表現する必要があります。

村上は『プレバト!!』での実績に加え、2021年には著書『フルーツポンチ村上健志の俳句修行』も刊行しています。

テレビでの知名度をきっかけに俳句を始めた視聴者にとっても、芸人が本格的に創作へ取り組み、永世名人まで到達した事例として注目される存在です。

そのため、フルーツポンチの村上を「かつてテレビで活躍した芸人」とだけ捉えるのは不十分です。現在も俳句という専門性の高い分野で独自のポジションを築いています。

【2026年最新】フルーツポンチは不仲芸人?NO MAKEで明かされた真相

2026年にフルーツポンチについて大きな注目を集めたのが、コンビの不仲問題です。

2026年4月4日に配信されたABEMAの密着企画「NO MAKE」では、村上健志と亘健太郎の普段の関係性や、過去に距離が生まれた理由が取り上げられました。

不仲のきっかけは仕事への不満とすれ違い

番組で明らかになったのは、2人の関係が単純な口げんかによって悪化したという話ではありません。

テレビ出演が増え、仕事が忙しくなるなかで、村上が亘に対して不満をぶつけるようになったことが、距離を生む一因になったとされています。

村上は当時を振り返り、相方に対して「お前がダメだからだろう」「お前が頑張れないからだろう」といった趣旨の言葉を投げかけていたことを認めました。

加えて、自分のストレスを相方にぶつけることで、自分自身を上げたつもりになっていた時期があったと反省しています。

一方の亘は、村上のほうがネタ作りなどに取り組んでいるというパワーバランスを感じ、自分に対する不満が積み重なっていたと振り返りました。

亘が説明した当時の関係性は、次の言葉に集約されています。

ケンカするというよりは、どんどん距離が離れていくっていう感じですね。

つまり、突然の大げんかで解散寸前になったというより、長年の仕事上のストレスや不満が積み重なり、日常的な会話が少なくなっていったという経緯です。

結成21年目にして初めてのサシ飲み

「NO MAKE」では、結成21年目にして初めてとなる2人だけの飲み会にも密着しました。

普段の劇場での様子も紹介され、2人は別々の楽屋を使用。出番直前に舞台袖でネタを確認する程度しか会話を交わさない状況が映し出されました。

番組が用意したサシ飲みでも、会話はなかなか続きません。開始からわずか10分ほどで、村上が撮影スタッフを呼び込む場面がありました。

ただし、ここで注目したいのは、2人が単に相手を拒絶しているわけではないという点です。

村上は、現在の関係に手を加えて無理に仲良くなろうとすると、かえって関係が悪化する可能性があると説明。今の距離感を保つことを肯定しました。

亘も、仲良くなることで面白さが損なわれるのであれば、面白さを優先したいという考えを示しています。

めちゃくちゃ仲良くなることで面白くなくなるって言うんだったら面白い方をとる。

村上も現在の関係について「今の僕らのベスト」という趣旨の説明をしており、無理に親密さを取り戻すことを目標にはしていません。

不仲でもコンビを続ける理由

お笑いコンビというと、仲のよい2人が協力してネタを作り、プライベートでも一緒に過ごすイメージを持つ人は少なくありません。

しかし、フルーツポンチのケースを見ると、仕事上のパートナーシップと個人的な親密さは必ずしも一致しないことが分かります。

2人にとって優先されているのは、プライベートで仲良く過ごすことよりも、コンビとして舞台に立ち、芸人として活動を続けることです。

この関係性を理解するうえでは、「不仲」という言葉だけで判断するのではなく、本人たちがどのように関係を説明し、実際にどのような仕事を続けているのかを見る必要があります。

【亘健太郎の現在】電気工事アルバイトと芸人活動を両立する理由

2026年のフルーツポンチをめぐるもう一つの大きな話題が、亘健太郎の電気工事アルバイトです。

かつてテレビで大きな人気を集めた芸人が、なぜ別の仕事をしているのか。ABEMAの「NO MAKE」は、その背景にある収入の変化と生活の実情を紹介しました。

コロナ禍で月収180万円から8万円に減少

2026年4月のABEMAの報道によると、亘はブレイク時に月収180万円あったと振り返る一方、コロナ禍で仕事が激減した時期には、月収が一時8万円まで落ち込んだと明かしています。

収入の減少によって貯金を取り崩す状況となり、家計への不安も大きくなりました。

亘は家族に対して、生活が厳しくなれば芸人を辞めて働くという覚悟を伝えていたことも紹介されています。

このエピソードから分かるのは、アルバイトを始めた背景が単なる副業への興味ではなく、生活を支えながら芸人を続けるための現実的な選択だったということです。

2023年に第二種電気工事士の資格を取得

亘は2023年に国家資格である第二種電気工事士の資格を取得しました。

この資格を生かし、電気工事のアルバイトにも取り組んでいます。

2026年4月に公開されたMANTANWEBの記事では、月に約15日稼働し、芸人としての収入とアルバイトの収入がほぼ同程度になっていると紹介されました。

番組では、ビルのテナントの照明を蛍光灯からLEDに交換する作業に同行。亘は、作業後に明るくなったことが目に見えて分かる点にやりがいを感じていると話しています。

芸人の仕事は、出演機会や番組の制作状況によって収入が変動しやすい職業です。資格を取得して別の収入源を確保することは、長期的に芸能活動を続けるための選択肢にもなります。

電気工事の仕事を始めても芸人を引退したわけではない

亘の電気工事アルバイトが報道されると、「芸人を辞めたのではないか」「フルーツポンチは解散するのではないか」といった疑問も生まれます。

しかし、2026年11月現在、亘が芸人を引退したという公表情報はありません。

吉本興業の公式プロフィールに掲載された出演情報では、フルーツポンチは11月8日のよしもと幕張イオンモール劇場、11月11日のルミネtheよしもと、11月15日のYOSHIMOTO ROPPONGI THEATER、11月20日のルミネtheよしもとなどの公演に出演予定となっています。

つまり、亘は電気工事の仕事をしながら、村上とともに芸人としての活動も続けているのです。

【プロの結論】フルーツポンチの現在を判断する3つのポイント

2026年のフルーツポンチを理解するには、かつてのブレイク期と現在を単純に比較するだけでは足りません。

注目すべきなのは、コンビとしての活動、2人それぞれの専門分野、そして仕事と生活の両立という3つの側面です。

1. コンビ仲とコンビ活動は別の問題

フルーツポンチが不仲と呼ばれていることは、2026年の密着番組でも明らかになりました。しかし、プライベートで会話が少ないことと、コンビとして仕事ができないことは別です。

実際に2人は現在も劇場公演に出演予定があり、コンビとしての活動を継続しています。

2. 村上と亘はそれぞれ異なる強みを持っている

村上は俳句の永世名人という実績を持ち、テレビ番組以外でも専門性を発揮しています。

一方の亘は、第二種電気工事士という資格を取得し、芸人以外の仕事にも活動領域を広げています。

2人が同じ形で芸能活動を続ける必要はありません。それぞれが自分の強みを生かしながらコンビを維持していることが、現在の特徴です。

3. 2026年の報道は解散ではなく活動の変化を示している

「不仲」「収入激減」「アルバイト」といった言葉だけを見ると、フルーツポンチが芸人としての活動を終えようとしているように感じる可能性があります。

しかし、ABEMAの「NO MAKE」で紹介されたのは、2人が関係性を見つめ直し、それぞれの生活を維持しながらコンビを続ける姿でした。

今後のフルーツポンチを評価するなら、テレビ出演の多さだけではなく、劇場での活動、個人の仕事、本人たちが語るコンビの将来像を合わせて見ることが大切です。

かつての人気番組への出演だけでなく、21年目を迎えたコンビがどのような形で活動を続けるのか。それが2026年以降の注目点です。

【フルーツポンチ芸人】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:フルーツポンチ芸人のメンバーは誰ですか?
A1:村上健志と亘健太郎の2人です。吉本興業所属で、2005年4月に結成されたお笑いコンビです。

Q2:フルーツポンチは何年に結成されましたか?
A2:2005年4月です。2人は2004年にNSC東京校10期生として入学しており、入学年とコンビ結成年が異なります。

Q3:フルーツポンチは本当に不仲なのですか?
A3:2026年4月配信のABEMA「NO MAKE」で、2人は普段の会話が少なく、過去の仕事上のすれ違いから距離ができたことを明かしています。一方で、現在の距離感を肯定しており、コンビ活動も続けています。

Q4:亘健太郎は芸人を辞めて電気工事士になったのですか?
A4:芸人を引退したわけではありません。2023年に第二種電気工事士の資格を取得し、電気工事のアルバイトと芸人活動を両立しています。

Q5:村上健志はプレバトで何の実績がありますか?
A5:『プレバト!!』の俳句査定で名人10段から昇格し、2022年6月に番組史上3人目の永世名人になりました。

Q6:フルーツポンチは2026年現在も活動していますか?
A6:活動しています。吉本興業の公式出演情報には2026年11月の劇場公演が掲載されており、コンビとしての出演予定が確認できます。

フルーツポンチは、村上健志と亘健太郎によって2005年4月に結成された吉本興業所属のお笑いコンビです。

2008年の『爆笑レッドカーペット』出演、2009年の『ピラメキーノ』MCなどで人気を獲得し、テレビのお笑い番組を中心に活躍してきました。

その後、村上は『プレバト!!』で俳句の永世名人に昇格。亘は第二種電気工事士の資格を取得し、電気工事のアルバイトをしながら芸人活動を続けています。

2026年4月の「NO MAKE」では、2人の不仲の背景や現在の距離感が明らかになりました。仲のよさを無理に取り戻すより、今の関係性を維持しながらコンビとして活動することを選んでいる点が印象的です。

2026年11月現在、フルーツポンチは解散を発表しておらず、劇場公演への出演予定もあります。かつてのブレイクだけでは測れない、それぞれの個性と働き方を持つコンビとして、今後の活動にも注目が集まります。

主な確認資料: 吉本興業公式プロフィール、M-1グランプリ公式コンビ情報、テレビ東京の2009年番組発表、MBSの『プレバト!!』公式記事、ABEMA「NO MAKE」関連報道、MANTANWEB、WEBザテレビジョン。

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高杉 葵

アイドル・グラビア担当。所属事務所の公式発表を一次情報とし、憶測は書きません。

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