「OKバブリー!」の決めぜりふと華やかなバブルキャラで知られるお笑いタレントの平野ノラ。実は、小学3年生から高校卒業まで約10年間バレーボールに打ち込み、小学生時代には全国大会優勝、中学・高校ではキャプテンを務めた本格的な競技経験者だ。所属していた東金町ビーバーズは全国的にも知られる強豪クラブで、高校時代には関東大会2位という実績も残している。
2026年11月現在も、平野のバレーボールへの情熱は衰えていない。元日本代表の狩野舞子と芸能界のバレーボール部「KANORA JAPAN」を立ち上げ、子ども向けバレーボール教室やSVリーグ関連のイベントにも参加。日本バレーボール協会の評議員を務めた経歴もある。今回は、学生時代の所属チーム、ポジション、主将としての経験から、2026年の最新活動までを時系列で整理する。
【経歴の原点】平野ノラは小学3年生から東金町ビーバーズでバレーを始めた

平野ノラのバレーボール人生が始まったのは、小学3年生のとき。東京都葛飾区にある強豪クラブチーム「東金町ビーバーズ」に入団したことが競技との出会いだった。
母親の影響で始めたバレーボール2026年3月に公開されたバレーボール関連のインタビューでも、平野は母親のママさんバレーが競技を始めるきっかけだったと説明している。
最初は子どもの習い事という枠を超え、やがて生活の中心がバレーボールになっていった。週プレNEWSの2024年のインタビューでは、所属クラブが全国的にも有名な強豪だったことを振り返り、毎日の練習に加えて遠征や合宿にも取り組んでいたと語っている。
当時の練習環境は決して楽なものではなかった。強豪チームで勝利を目指すには、技術だけでなく、体力や集中力、仲間との連携も求められる。小学生のうちからそうした環境に身を置いていたことが、その後の競技人生の土台になった。
小学生時代に全国大会優勝を経験平野は小学生時代に全国大会での優勝を経験している。これは単にバレーボールが好きだったというレベルではなく、全国規模の競技実績を持っていることを意味する。
所属していた東金町ビーバーズは、後年も有力選手を輩出しているクラブだ。平野自身も2026年6月の公式ブログで、男子日本代表セッターの関田誠大がビーバーズの卒業生であることに触れている。
なお、全国優勝については、小学生時代の実績として複数の報道・インタビューで紹介されているものの、優勝した大会の具体的な名称や年度、学年までは公表資料から特定できない。小学5年生で優勝したといった断定的な説明には注意したい。
【学生時代の経歴一覧】金町中学校・修徳高校で主将を務めた実力
小学校卒業後も平野は競技を続け、葛飾区立金町中学校、修徳高校へと進学した。中学・高校の両方でバレーボール部のキャプテンを務めたことは、日刊スポーツや本人のインタビューでも紹介されている。
特に高校時代には関東大会2位という実績もある。学生時代の競技歴を整理すると、次のようになる。
| 時期・関係先 | バレーボールとの関係 | 主な実績・ポイント |
|---|---|---|
| 小学3年生 | 東金町ビーバーズに入団 | 母親のママさんバレーがきっかけで競技開始 |
| 小学生時代 | 東金町ビーバーズ | 強豪クラブで練習・遠征・合宿を経験。全国大会優勝 |
| 中学生時代 | 葛飾区立金町中学校 | バレーボール部で主将を務める |
| 高校生時代 | 修徳高校 | バレーボール部で主将。関東大会2位を経験 |
| 競技ポジション | 主にライト | 攻撃にも関わるポジションとして紹介されている |
| 2022年6月 | 日本バレーボール協会 | 評議員に選任。公表された任期は2026年6月まで |
| 2024年以降 | KANORA JAPAN | 狩野舞子と芸能界のバレーボール部を発足 |
| 2025年5月 | 明日夢プロジェクト | 小学生33人を対象としたバレーボール教室に参加 |
| 2026年 | 競技普及・メディア出演 | 古巣訪問、SVリーグ関連イベント、テレビ番組への出演 |
中学校は地元の葛飾区立金町中学校。バレーボール部に所属し、チームをまとめる主将を経験した。
小学生時代に強豪クラブで培った技術や競技への姿勢を、中学校でも継続していたことが分かる。主将という立場は、自分自身のプレーだけでなく、チーム全体の状況を考える必要がある。
練習に取り組む姿勢、仲間への声かけ、試合中の判断など、競技以外の部分でも責任を担っていたと考えられる。
修徳高校では関東大会2位の実績高校は東京都の修徳高校。バレーボール部で活動し、ここでもキャプテンを務めた。
週プレNEWSの2024年2月のインタビューでは、平野の高校時代の実績として関東大会2位が紹介されている。小学生時代の全国優勝だけでなく、高校時代にも関東レベルの大会で上位に入る競技経験を持っていた。
平野は中学・高校時代について、バレーボールを通じて精神力が鍛えられたことが、後のお笑い芸人としての活動にもつながったと振り返っている。厳しい環境で努力を続けた経験が、芸能界で新しいことに挑戦する際の自信になっているようだ。
【ポジションとキャプテン経験】平野ノラはライトだった?
平野ノラのポジションについて調べると、主にライトを務めていたという情報が確認できる。
主なポジションはライト日刊スポーツの2021年7月の記事に掲載されたプロフィールでは、平野のポジションは「主にライト」と紹介されている。
ライトはコートの右側を中心にプレーするポジションで、チームの攻撃を担う役割がある。相手ブロックの状況を見ながら攻撃を組み立てることや、守備との連携も求められる。
ただし、現在のプロ選手のように、学生時代の詳細なポジション別出場記録が公開されているわけではない。確認できるプロフィール上の説明は、あくまで主にライトというものだ。
「ベンチを温めていた」という発言の真相一方、2016年のテレビ出演を取り上げたスポニチの記事では、ポジションを質問された平野が「ベンチを温めていました」と答え、スタジオを笑わせたエピソードが紹介されている。
この発言だけを切り取ると、試合にほとんど出ていなかったのではないかと思う人もいるかもしれない。しかし、本人のバラエティー番組でのユーモラスな返答と、競技プロフィールとして紹介されているライトという情報は分けて理解する必要がある。
小学生時代の全国優勝、高校時代の関東大会2位、中学・高校での主将経験という経歴からも、バレーボールに長年取り組んできたことは明らかだ。
主将経験が芸人としての活動にも生きている中学・高校で主将を務めた経験は、平野の人物像を理解するうえでも興味深い。
お笑い芸人は舞台上で一人で笑いを取る仕事に見えるが、実際には番組スタッフや共演者との連携、現場の空気を読む力も必要になる。チームスポーツで身につけた協調性や責任感は、こうした仕事にも生かせる要素だ。
本人も2024年のインタビューで、バレーボールで培った精神力が芸人になるための挑戦を支えてくれたという趣旨の話をしている。競技経験は過去の肩書きではなく、現在の仕事にもつながる財産になっている。
【芸能界のバレー部】KANORA JAPANと狩野舞子、ハイキュー!!との関係
平野ノラのバレーボール活動を語るうえで欠かせないのが、芸能界のバレーボール部「KANORA JAPAN」だ。
狩野舞子と立ち上げたKANORA JAPANKANORA JAPANは、平野が発足させた芸能関係者を中心とするバレーボールチーム。名前は、狩野舞子の「KANO」と平野ノラの「NORA」を組み合わせたものだ。
2024年12月の日刊スポーツの記事では、平野がチームを立ち上げ、元日本代表の狩野舞子がメンバー集めに協力したことが紹介された。
メンバーには、元日本代表の迫田さおり、モデルの稲垣貴子、俳優の近藤頌利らが参加。競技経験者だけでなく、芸能関係者なども集まる交流の場になっている。
平野の2026年5月のラジオ出演を報じたスポニチによると、活動は月1〜2回程度。芸能人だけではなく、マネージャー、メイク担当、ディレクターなど、以前バレーボールをしていた人たちも参加しているという。
吉田沙保里も正式メンバーに加入2026年5月5日付のスポニチの記事では、女子レスリングの五輪金メダリスト・吉田沙保里がKANORA JAPANの正式メンバーに加わったことが紹介された。
吉田はバレーボール未経験者だが、平野はレスリングで培った身体能力や動きの速さに注目。特に、ボールの下に入る動きが上手だと評価している。
異なる競技の経験者が同じコートでプレーすることは、スポーツの楽しさを広げるという意味でも興味深い。競技経験の有無や年齢、職業に関係なく参加できる交流の場として、KANORA JAPANの特徴が表れている。
平野ノラはハイキュー!!の大ファンバレーボール漫画『ハイキュー!!』も、平野の競技愛を語るうえで重要な存在だ。
2024年2月、週プレNEWSのインタビューで平野は、漫画より先にテレビアニメで作品を知ったと説明。偶然見たアニメに感動し、最初から一気に見返した後、原作漫画も読んだという。
特にお気に入りのキャラクターとして挙げたのが、烏野高校の山口忠だ。
山口は、最初からレギュラーとして活躍する選手ではない。練習を重ね、失敗を経験しながら自分の役割を見つけていく人物だ。
平野が心を動かされたのは、勝者やスター選手だけでなく、試合に出られなかった選手や敗退したチームにも、それぞれのバレーボール人生があるという作品の視点だった。
全国大会優勝や関東大会2位を経験した平野だからこそ、勝利だけでは測れない競技の価値にも共感できるのだろう。『ハイキュー!!』を単なる人気漫画としてではなく、自分自身の学生時代と重ね合わせて読んでいる点が印象的だ。
【日本バレーボール協会評議員】2022年就任から2026年の任期満了まで
平野ノラは芸能活動だけでなく、日本バレーボール協会の評議員を務めた経歴も持つ。
2022年6月に日本バレーボール協会の評議員に就任2022年5月30日、日本バレーボール協会は新しい評議員24人を選任したと発表した。その中に平野ノラの名前が含まれていた。
当時43歳だった平野は、学生時代に長年バレーボールに取り組んできた経験を持つタレントとして選ばれた。
任期は2026年6月開催の定時評議員会終結までと報じられていた。芸能界で活動する人物が、競技団体のガバナンスに関わる評議員として名を連ねたことは、平野のバレーボールとの関係を象徴する出来事だった。
2026年11月現在、評議員を続けているのかここは最新情報を確認するうえで特に要点だ。
日本バレーボール協会の公式サイトに掲載されている評議員一覧では、2026年6月12日現在の評議員は25名。掲載されている名簿に平野ノラの名前はない。
2022年の就任時に報じられた任期も2026年6月までだったため、2026年11月現在、平野を現職の評議員として紹介するのは正確ではない。
整理すると、平野は2022年に日本バレーボール協会の評議員に選任された経験を持つ人物であり、現在の公式評議員名簿には掲載されていない。
なお、評議員という役職は、現役選手や代表チームの監督、技術指導者と同じものではない。競技団体の組織運営に関わる立場であり、競技普及活動やメディア出演とは区別して理解する必要がある。
【2026年最新活動】バレーボール教室・応援団・古巣への再訪
2026年の平野ノラは、テレビ出演、バレーボール関連イベント、チーム活動などを通して競技との関わりを続けている。
2025年5月6日、念願のバレーボール教室を開催平野が子どもたちと一緒にバレーボールをする夢を実現したのが、2025年5月6日に千葉県船橋市のLaLa arena TOKYO-BAYで開催された教室だ。
SVリーグ・JVLの明日夢プロジェクトの特別企画として実施され、「平野ノラといっしょ 初めてでもOKバブリー!バレーボール教室」という名称で開催された。
参加したのは小学生33人。元東レアローズの落合一貴、元デンソーエアリービーズの櫻井由香らも講師として参加した。
平野は子どもたちと一緒にスライディングを体験し、オーバーパスやアンダーパスのコツを実演。ゲームにも参加した。
競技を教えるだけでなく、実際に体を動かしながらバレーボールの楽しさを伝える内容だった。初心者も経験者も一緒に楽しめるという企画の趣旨は、平野自身が長年続けてきた競技への思いとも重なる。
「がんばれ!がんばる!応援団」で競技の魅力を発信平野は、リクルートスタッフィングが協力するバレーボール普及企画「がんばれ!がんばる!応援団」の活動にも参加している。
2025年10月からは、バレーボールキングのYouTubeチャンネルで「バレーボール がんばれ!がんばる!応援団 supported by リクルートスタッフィング」がスタート。平野はSVリーグの選手へのインタビューや試合関連の企画に携わっている。
2025年10月25日には、ヴォレアス北海道のホーム開幕戦にスペシャルゲストとして登場。さらに2025年12月21日の天皇杯・皇后杯決勝では、女子決勝の始球式を担当した。
こうした活動は、バレーボール経験者としての知識を生かしながら、競技を普段見ない視聴者にも魅力を届ける役割を担っている。
2026年4月には埼玉上尾メディックスの試合で始球式2026年3月26日、バレーボールキングは、平野が4月4日に所沢市民体育館で開催される埼玉上尾メディックス対岡山シーガルズ戦に出演すると報じた。
SVリーグ女子第22節GAME1のホームゲームで、始球式を務めるという内容だ。平野本人も4月4日の公式ブログで、当日会場へ向かっていることを報告している。
本人のコメントでは、母親のママさんバレーをきっかけに競技を始め、小・中・高の10年間をバレーボールに捧げたと振り返っている。フェアプレーの精神や諦めずにやり抜く力を学んだことも、現在の自分を支える財産として挙げていた。
2026年6月、原点の東金町ビーバーズへ再訪2026年の活動で特に注目したいのが、6月7日に公開された平野の公式ブログ「東金町ビーバーズへ訪問」だ。
平野は、自分が小学生時代に所属していた東金町ビーバーズの練習場を訪問。会長や監督、コーチ、OB、現役の子どもたち、保護者らとの再会を果たした。
この訪問には、ビーバーズの卒業生で、元日立リヴァーレの長内美和子も同行。平野は現役AチームとOBチームに分かれてゲームを行い、4セットを戦って1セットも落とさなかったと報告している。
ブログでは、小学3年生のころに指導を受けたコーチと再会できた喜びや、強く厳しい伝統あるクラブで頑張った経験が現在の自分につながっているという思いもつづっていた。
芸能界で知名度を得た後も、競技を始めた場所や当時の指導者とのつながりを大切にしていることが分かるエピソードだ。
2026年8月31日、男子日本代表選手とネプリーグで共演さらに2026年8月31日放送のフジテレビ系「ネプリーグ」では、バレーボール男子日本代表チームと芸能界代表チームの対決が実現した。
日本代表チームには石川祐希、髙橋藍、髙橋健太郎、大塚達宣らが参加。芸能界代表チームには平野のほか、大谷亮平、高橋メアリージュン、ジャンボたかおらが名を連ねた。
番組では、平野が石川祐希との交流について語る場面もあった。学生時代の競技経験を持つ芸能人として、現役日本代表選手と同じ番組でバレーボールを盛り上げる存在になっている。
2026年の動きを振り返ると、平野の活動は単なるバレーボール好きのタレントという範囲を超え、古巣との交流、子どもたちへの普及、トップ選手との接点、テレビでの競技PRへと広がっている。
【平野ノラのバレーボール】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:平野ノラは小学生時代に全国大会で優勝したの?
A1:はい。小学3年生から所属していた東金町ビーバーズでプレーし、小学生時代に全国大会優勝を経験しています。ただし、優勝した大会の具体的な名称や年度は公表資料から特定できません。
Q2:平野ノラのバレーボールのポジションは何?
A2:日刊スポーツのプロフィールでは、主にライトと紹介されています。中学・高校ではバレーボール部のキャプテンを務めました。
Q3:平野ノラは2026年現在も日本バレーボール協会の評議員なの?
A3:2022年6月に評議員に選任されましたが、当時公表された任期は2026年6月までです。日本バレーボール協会の2026年6月12日現在の評議員一覧には名前が掲載されていません。
平野ノラのバレーボール経歴は、小学3年生で東金町ビーバーズに入団したことから始まった。小学生時代の全国大会優勝、葛飾区立金町中学校と修徳高校での主将経験、高校時代の関東大会2位と、学生時代から本格的に競技に取り組んできた。
ポジションは主にライト。単に部活動を経験したというだけではなく、全国レベルのクラブで練習や遠征、合宿を重ねてきたことが、本人のインタビューからも伝わる。
その経験は、芸能界に入ってからも途切れていない。狩野舞子と立ち上げたKANORA JAPAN、日本バレーボール協会の評議員としての経歴、明日夢プロジェクトでの子ども向け教室、がんばれ!がんばる!応援団での活動など、競技との関わり方は多様化している。
2026年11月時点で特に注目したいのは、古巣の東金町ビーバーズを訪問したことや、男子日本代表選手とテレビ番組で共演したことだ。学生時代の経験が、現在の人脈や活動の広がりにも結びついている。
また、情報を見極める際には、2022年の評議員就任と2026年現在の役職を混同しないこと、全国優勝の大会名や年度を推測で補わないことも大切だ。
平野ノラのバレーボール人生の魅力は、過去の優勝実績だけではない。競技から得た精神力を芸人としての仕事に生かし、今度は自らが競技の楽しさを次の世代へ伝えている点にある。今後もKANORA JAPANやバレーボール関連番組、普及イベントなどを通じた活動に注目したい。
主な事実確認資料
- 済生会「平野ノラさん」2026年2月インタビュー
- 週プレNEWS「平野ノラが語る『ハイキュー!!』とバレーボールの魅力」
- 日本バレーボール協会・評議員一覧
- SVL/JVL公式「平野ノラといっしょ 初めてでもOKバブリー!バレーボール教室」
- 平野ノラ公式ブログ「東金町ビーバーズへ訪問」
- フジテレビ「ネプリーグ」2026年8月31日放送情報