2026年現在、お笑いトリオ「ヒップアップ」のメンバーは、島崎俊郎、小林すすむ、川上泰生の3人です。1980年代に『オレたちひょうきん族』などで人気を集めましたが、小林すすむさんが2012年、島崎俊郎さんが2023年に亡くなり、現在、存命しているメンバーは川上泰生さんだけとなっています。
ヒップアップは1979年の結成からテレビのお笑い番組で活躍し、メンバーそれぞれが俳優やタレントとして異なる道を歩みました。一方、トリオとしての活動がいつ、どのような理由で縮小したのかについては、正式な解散発表と個人活動への移行を区別して理解する必要があります。
【メンバー一覧】ヒップアップの3人は島崎俊郎・小林すすむ・川上泰生

1979年結成のお笑いトリオ
ヒップアップは、島崎俊郎、小林すすむ、川上泰生の3人で構成されたお笑いトリオです。
1980年代の漫才ブームを背景に知名度を高め、フジテレビの『オレたちひょうきん族』などに出演しました。
それぞれの名前と主な特徴を整理すると、次のとおりです。
| メンバー | 主な特徴・経歴 | 2026年現在 |
|---|---|---|
| 島崎俊郎 | リーダー。アダモちゃんで全国的な人気を獲得 | 2023年12月死去 |
| 小林すすむ | お笑い芸人から俳優へ転身。『踊る大捜査線』などに出演 | 2012年5月死去 |
| 川上泰生 | お笑い芸人・タレント。九州のテレビ番組などでも活動 | 3人のうち唯一の存命者 |
3人は同じグループで活動していましたが、芸能界での歩みはそれぞれ異なります。
島崎さんは強烈なキャラクターを持つバラエティータレント、小林さんは俳優としての評価を高めた名脇役、川上さんは地方メディアにも活動の場を広げたタレントという違いがあります。
この個性の違いこそ、ヒップアップを単なる一時代の漫才トリオにとどめない特徴でした。
【結成から全盛期】1979年の結成と『オレたちひょうきん族』での活躍
1979年にヒップアップが誕生ヒップアップの結成は、一般に1979年(昭和54年)とされています。
島崎俊郎さんは1973年に上京し、ハナ肇さんに弟子入りを志願。その後、クレイジーキャッツの付き人を経験しました。
1978年には川上泰生さんらとコントグループ「サンズンズ」を結成。翌1979年に川上さん、小林すすむさんとともにヒップアップを結成したという経歴が、日刊スポーツの人物略歴に記されています。
なお、結成年については資料によって違いがあります。
2012年の共同通信配信記事では1977年結成と記載されています。一方、島崎さんの経歴を時系列で紹介した日刊スポーツなどは1979年としています。
前身グループの活動時期とヒップアップとしての結成時期が異なる可能性もありますが、記録上の表記には揺れが残っています。
『THE MANZAI』や『オレたちひょうきん族』で人気にヒップアップが活躍したのは、1980年代のお笑い界が大きく盛り上がった時期です。
当時は漫才ブームが起こり、テレビで漫才師やコント芸人を見る機会が急増していました。
ヒップアップも『THE MANZAI』や『笑ってる場合ですよ!』などに出演し、テレビでの知名度を高めます。
その後、フジテレビの人気バラエティー番組『オレたちひょうきん族』にも出演しました。
同番組は1981年に放送を開始し、1989年まで続いた昭和を代表するお笑い番組です。
放送ライブラリーに保存されている1983年11月12日放送回の出演者記録にも、ヒップアップの名前が確認できます。
島崎俊郎の「アダモちゃん」が大ブレークヒップアップのメンバーの中でも、特に強烈な印象を残したのが島崎俊郎さんです。
島崎さんの代表的なキャラクターが、アダモちゃん(アダモステ)でした。
このキャラクターは『オレたちひょうきん族』の人気コーナー「タケちゃんマン」から生まれました。
1985年2月2日放送回に登場したマネー島崎が原型となり、ポリネシアンダンサーを思わせる衣装や独特の動き、そして「アダモ!!……ペイ!!」という叫びで人気を獲得しました。
ほかの出演者から名前を呼ばれると「ハーイ」と返事をするのも、おなじみの演出でした。
当時の番組関係者による集英社オンラインの追悼取材では、アダモちゃんの登場場面は台本に細かく書かれず、島崎さんのアドリブに任される部分が大きかったと振り返られています。
つまり、アダモちゃんは単に衣装やセリフで作られたキャラクターではありません。
島崎さん自身の即興的な表現力と、番組制作側の自由な演出が組み合わさって生まれた存在でした。
このキャラクターはヒップアップの知名度を語るうえでも欠かせないものとなっています。
【3人の経歴を比較】島崎俊郎・小林すすむ・川上泰生の歩み
ここでは、3人の経歴を個別に整理します。
1. 島崎俊郎|アダモちゃんで知られたヒップアップのリーダー島崎俊郎(しまざき・としろう)さんは、ヒップアップのリーダーを務めたタレントです。
1955年3月18日生まれ。高知県生まれ、京都府出身です。
1973年に上京し、ハナ肇さんに弟子入りを志願したことから芸能界での歩みを始めました。
クレイジーキャッツの付き人を経験した後、コントグループでの活動を経てヒップアップを結成します。
1980年代には『オレたちひょうきん族』でアダモちゃんを演じ、幅広い世代に知られるようになりました。
その後も『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』や『笑っていいとも!』などに出演。テレビリポーターや舞台、映画などにも活動の幅を広げました。
また、サッカー好きとしても知られ、日本代表の試合観戦記などを自身のブログにつづっていました。
2023年12月6日、68歳で死去。
アダモちゃんというキャラクターは、島崎さんの代表的な仕事として現在も語り継がれています。
2. 小林すすむ|芸人から俳優へ転身した名脇役小林すすむ(こばやし・すすむ)さんは、ヒップアップのメンバーとして活動した後、俳優として活躍した人物です。
本名は小林進。1954年4月15日、長野県生まれです。
23歳の頃に島崎俊郎さん、川上泰生さんとヒップアップを結成。1980年代にはバラエティー番組で人気を集めました。
その後、1990年代から本格的に俳優として活動します。
小林さんの代表的な出演作には、次のような作品があります。
- 『ロングバケーション』
- 『花より男子』
- 『シベリア超特急』
- 『踊る大捜査線』シリーズ
特に『踊る大捜査線』シリーズでは、中西修係長役として長年出演しました。
主演を務めるタイプではありませんでしたが、眼鏡をかけた親しみやすい雰囲気と自然な演技で、作品に欠かせない脇役として存在感を示しました。
2012年9月公開の映画『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』が遺作となっています。
芸人から俳優への転身は、ヒップアップのメンバーの中でも特に大きなキャリアの変化でした。
3. 川上泰生|九州を中心に活動した最後の存命メンバー川上泰生(かわかみ・やすお)さんは、大分県大分市出身のタレント・お笑い芸人です。
ヒップアップでは島崎さん、小林さんとともに活動し、グループの一員として1980年代のお笑い番組に出演しました。
その後は東京だけでなく、九州地方にも活動の場を広げています。
福岡放送の『めんたいワイド』では中継リポーターとして知られ、地方テレビ番組やイベントなどにも関わってきました。
所属事務所のパインズは2011年12月、川上さんが所属タレントになったことを公式サイトで発表しています。当時の案内には、テレビ・ラジオ出演に加え、イベントMCやナレーションなど幅広い活動を予定していることが記されています。
2026年現在、川上さんはヒップアップの3人のうち唯一の存命メンバーです。
ただし、現在の具体的な出演番組や所属状況については、最新の公式プロフィールなどで継続的に確認できる情報が限られています。
過去の活動実績と、2026年現在の活動状況は分けて考える必要があります。
3人の経歴・転機・現在を一覧で比較| 時期・人物 | 主な出来事 | 経歴・現在 |
|---|---|---|
| 1973年・島崎 | 上京、クレイジーキャッツの付き人に | 芸能活動を開始 |
| 1979年・3人 | ヒップアップ結成 | コントトリオとして活動 |
| 1981年以降・3人 | 『オレたちひょうきん族』出演 | テレビで知名度を高める |
| 1985年・島崎 | アダモちゃん登場 | 代表的キャラクターとなる |
| 1990年代・小林 | 俳優業に本格転身 | ドラマ・映画で活躍 |
| 2011年・川上 | パインズ所属を発表 | 福岡を拠点とした活動歴 |
| 2012年5月16日・小林 | 58歳で死去 | 胃がんなどを報道 |
| 2023年12月6日・島崎 | 68歳で死去 | 急性心不全 |
| 2026年・川上 | 3人のうち唯一の存命者 | 現在の活動詳細は公表情報が限られる |
この年表から分かるのは、ヒップアップが単に解散して活動を終えたグループではなく、メンバーそれぞれが異なる芸能活動へと進んでいったということです。
【2026年最新】ヒップアップの現在と生存者は川上泰生だけ
2026年11月現在、ヒップアップの3人のうち存命しているのは川上泰生さんです。
小林すすむさんは2012年、島崎俊郎さんは2023年に亡くなっています。
したがって、現在のヒップアップについて調べる際には、次の3点を区別することが大切です。
- グループを構成したメンバーは3人だった。
- 現在も存命しているのは川上泰生さん1人。
- 3人そろっての活動は、すでに過去のものとなっている。
川上さんについては、福岡を中心としたローカルタレントとしての活動歴が知られています。
過去には『めんたいワイド』などのテレビ番組に出演し、イベントMCやナレーションなども活動分野として紹介されていました。
また、川上さんの現在を調べると、タレント養成スクールの運営や講師活動に関する情報も見つかります。
ただし、こうした情報については、現在も本人が同じ形で事業を継続していると確認できる新しい公式発表が十分にありません。
所属事務所パインズの現行タレント一覧にも川上さんの掲載は確認できないため、2011年当時の所属情報をそのまま2026年の所属状況として扱うことはできません。
ヒップアップの再結成はある?3人がそろって再びステージに立つことは、島崎さんと小林さんが亡くなったため実現できません。
一方、ヒップアップというグループの歴史や、当時の出演映像、アダモちゃんのキャラクターなどは、昭和のお笑い文化を振り返る際の重要な記録です。
川上さんが存命であることと、ヒップアップが3人組として再結成できることは別の問題です。
2026年時点で、3人による再結成や正式な新規グループ活動が発表された事実は確認できません。
【解散理由の真相】ヒップアップはなぜ活動を縮小したのか?
ヒップアップを検索すると、「解散したのはいつ?」「自然消滅したの?」「解散理由は何だったの?」という疑問が多く見られます。
この問題を理解するには、正式な解散発表と、実際のトリオ活動が少なくなったことを区別する必要があります。
正式な解散発表や明確な解散理由は確認できないヒップアップについては、公式に解散日を発表したという確かな記録や、解散理由を説明した本人のコメントは確認できません。
そのため、特定の日に解散した、あるいはメンバー間の不仲が原因だったと断定することはできません。
実際には、1980年代のグループ活動が中心だった時期を経て、メンバーそれぞれの個人活動が目立つようになりました。
小林さんは俳優としてドラマや映画に進出し、島崎さんはアダモちゃんをはじめとしたタレント活動を継続。川上さんも九州地方のテレビ番組などで活動しました。
活動縮小につながったと考えられる3つの背景1. メンバーの仕事の方向性が変わった
小林さんは俳優としての活動を本格化させました。
島崎さんもバラエティーやリポーターなど、個人で出演する仕事が増えていきました。
3人で一緒に出演する仕事より、それぞれの専門性を生かす仕事が中心になったことが、トリオ活動の減少につながったと考えられます。
2. 活動拠点や出演分野が異なっていった
川上さんは福岡をはじめとする九州のテレビ番組などで活動していました。
東京のバラエティー番組を中心に活動していた時代とは、仕事の環境も変わっています。
活動拠点や出演分野の違いは、トリオとして仕事を続けるうえでのハードルになった可能性があります。
3. 1980年代のブームから個人のキャリア形成へ移行した
漫才ブームの中で知名度を高めたヒップアップですが、芸能人の仕事はテレビ番組の流行や出演機会によって変化します。
3人それぞれが別の分野で仕事を続けるようになったことで、グループ名義の露出が減少したと理解できます。
「自然消滅」と「正式解散」は同じではないここで注意したいのが、自然消滅という言葉の使い方です。
ヒップアップの場合、活動が縮小したことと、正式に解散を発表したことは同じではありません。
したがって、現在の状況を表すなら、「トリオとしての活動が縮小し、個々の活動が中心になった」という説明が適切です。
解散理由についても、本人たちが公表した明確な理由があるわけではありません。
不仲説やトラブル説を、確定した解散理由として紹介することはできません。
【訃報を時系列で整理】小林すすむと島崎俊郎の死因・最後の活動
ヒップアップの歴史を振り返るうえで、避けて通れないのが2人の訃報です。
小林すすむさんと島崎俊郎さんは、それぞれ異なる病気・原因によって亡くなっています。
小林すすむの死因は胃がんと肝硬変小林すすむさんは、2012年5月16日午後10時45分、58歳で亡くなりました。
2012年5月17日、日刊スポーツや共同通信配信の報道などで訃報が伝えられました。
報道によると、小林さんは胃がんと肝硬変を患い、東京都三鷹市の病院で亡くなりました。
共同通信配信記事では、胃がんはスキルス性と報じられています。一方、スポニチなどには肝臓がんという表記もあります。したがって、当時の報道では肝臓に関する病名の表記に違いがあります。
所属事務所による説明として報じられた内容では、小林さんは数年前から病気を患い、入退院を繰り返していました。
2012年2月には映画『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』の撮影を終え、その後入院しています。
この作品は同年9月に公開され、小林さんの遺作となりました。
島崎俊郎の死因は急性心不全島崎俊郎さんは、2023年12月6日、68歳で亡くなりました。
訃報は翌7日に報道各社から伝えられ、死因は急性心不全と発表・報道されています。
亡くなった場所は東京都内の自宅でした。
TBS NEWS DIGや日刊スポーツなども、急性心不全による死去を報じています。
島崎さんは亡くなる直前まで仕事を続けていました。
日刊スポーツによると、最後の公式ブログ更新は2023年9月4日。仕事で愛知県の三河安城に滞在した様子などをつづっていました。
また、関係者の話として、亡くなる約1週間前から体調不良を訴えていたことも報じられています。
突然の訃報は、アダモちゃんを知る多くの視聴者や芸能関係者に衝撃を与えました。
2人の訃報を時系列で比較| 日付 | 人物 | 死因・状況 |
|---|---|---|
| 2012年5月16日 | 小林すすむ | 58歳。胃がん・肝硬変などを報道 |
| 2023年12月6日 | 島崎俊郎 | 68歳。急性心不全 |
| 2026年11月現在 | 川上泰生 | 3人のうち唯一の存命メンバー |
2人の訃報は11年以上の間隔があります。
小林さんは俳優としての仕事を続けていた時期に亡くなり、島崎さんはアダモちゃんという長年愛されたキャラクターを残して世を去りました。
それぞれの活躍を振り返ることは、ヒップアップというグループの歴史だけでなく、昭和から平成にかけてのお笑い・テレビ文化を知ることにもつながります。
【プロの結論】ヒップアップの歴史から分かる3人の功績
ヒップアップを語る際、単に「昔の人気お笑いトリオ」としてまとめてしまうと、3人が残した功績を十分に理解できません。
注目したいのは、メンバーそれぞれが異なる形で芸能界に足跡を残したことです。
- 島崎俊郎さんは、アダモちゃんという世代を超えて知られるキャラクターを生み出した。
- 小林すすむさんは、芸人としての経験を経て俳優に転身し、映画やドラマの名脇役として活躍した。
- 川上泰生さんは、テレビ出演や地方でのタレント活動を通じて、ヒップアップの歴史を現在につなぐ存在となった。
また、ヒップアップの解散説については、正式な解散発表があったのか、個々の活動への移行だったのかを見極めることが大切です。
特に芸能グループの場合、テレビ出演が減ったからといって、必ずしも明確な解散イベントがあったとは限りません。
ヒップアップのケースは、グループ活動の縮小と個人のキャリア形成が並行して進んだ例として捉えると理解しやすくなります。
【よくある質問】ヒップアップのメンバーに関するFAQ
Q1:ヒップアップのメンバーは誰ですか?
A1:島崎俊郎、小林すすむ、川上泰生の3人です。1979年に結成されたお笑いトリオで、『オレたちひょうきん族』などに出演していました。
Q2:2026年現在、ヒップアップの生存者は誰ですか?
A2:川上泰生さんです。小林すすむさんは2012年、島崎俊郎さんは2023年に亡くなっています。
Q3:ヒップアップはいつ解散しましたか?
A3:正式な解散日を示す確かな発表は確認できません。1990年代以降はメンバー個々の活動が中心になり、トリオとしての活動が縮小したと理解するのが適切です。
Q4:小林すすむさんの死因は何ですか?
A4:2012年5月16日に58歳で亡くなりました。胃がんと肝硬変などが報道されています。
Q5:島崎俊郎さんの死因は何ですか?
A5:2023年12月6日に68歳で亡くなりました。死因は急性心不全と報じられています。
Q6:アダモちゃんは誰が演じていましたか?
A6:島崎俊郎さんです。『オレたちひょうきん族』の「タケちゃんマン」から生まれたキャラクターで、独特の衣装や「ハーイ」「ペイ!」という掛け声で人気を集めました。
Q7:川上泰生さんは現在も芸能活動をしていますか?
A7:川上さんには福岡を中心としたテレビ出演やイベントMCなどの活動歴があります。ただし、2026年現在の具体的な出演状況や所属については、最新の公式情報だけでは詳細を確認できません。
ヒップアップは、島崎俊郎・小林すすむ・川上泰生の3人によって結成されたお笑いトリオです。
1979年の結成から1980年代の漫才ブームを経て、『オレたちひょうきん族』などで人気を集めました。
その後、3人はそれぞれ異なる道へ進みます。
島崎俊郎さんはアダモちゃんとしてお茶の間に親しまれ、小林すすむさんは俳優として『踊る大捜査線』や『花より男子』などに出演しました。川上泰生さんは九州を中心としたタレント活動にも携わってきました。
2012年には小林さん、2023年には島崎さんが亡くなり、2026年現在、存命しているメンバーは川上さんだけです。
また、トリオ活動が縮小した経緯については、明確な解散日や公式な解散理由が示されているわけではありません。個々の活動が中心になっていったという経緯を踏まえて理解する必要があります。
ヒップアップの歴史は、3人の芸人がそれぞれの才能を別の分野で開花させた記録でもあります。
アダモちゃんの強烈な存在感、小林さんの俳優としての演技、川上さんの地方での活動。それぞれの歩みを知ることで、ヒップアップが昭和のお笑い界に残したものが、より鮮明に見えてきます。