2026年現在、元宝塚歌劇団雪組男役トップスターで、舞台俳優として長年活躍する麻実れいさん。夫は誰なのか、どのような職業の人物なのか、45歳で結婚した理由は何だったのかと関心を集めています。
麻実れいさんの夫は、曙ブレーキ工業の元会長兼社長・信元久隆(のぶもと・ひさたか)氏です。1995年に45歳で結婚し、夫の前妻との間に生まれた2人の息子の母親になりました。2025年12月11日放送のテレビ朝日系『徹子の部屋』では、息子たちとの関係や、母親のことを忘れずにいてほしいという子どもたちの気持ちを尊重したエピソードを明かしています。
この記事では、夫の人物像や職業、結婚時期と馴れ初め、2人の息子との関係、「ターコさん」という呼び名の由来、2026年現在の家族事情まで詳しく整理します。
【夫は誰?】麻実れいの夫・信元久隆は曙ブレーキ工業の元経営者

麻実れいさんの夫は、実業家の信元久隆氏です。
夫の名前を裏付ける資料として注目したいのが、国立国会図書館に登録されている2000年1月発行の『月刊経営塾』の記事です。
同誌には「信元久隆・麻実れい(曙ブレーキ工業社長夫妻)」というタイトルの対談記事が掲載されています。
単なるインターネット上の人物紹介ではなく、国立国会図書館が所蔵する雑誌記事の書誌情報からも、2人が夫婦として紹介されていたことが確認できます。
夫・信元久隆氏の職業と経歴信元久隆氏は、自動車用ブレーキなどを手掛ける曙ブレーキ工業で経営トップを務めた人物です。
同社の公開資料によると、信元氏は1990年代から社長として経営に携わり、1994年には代表取締役会長兼社長に就任。その後も会長兼社長として経営を担いました。
2019年9月30日には、代表取締役会長兼社長・執行役員会長兼社長を退任しています。
つまり、麻実れいさんの夫は、芸能界とは異なる自動車部品業界で経営の第一線に立っていた人物です。
麻実れいの本名にも「信元」の姓もう一つ注目したいのが、麻実れいさんの本名です。
日本芸術院の公式会員プロフィールでは、麻実れいさんは次のように登録されています。
- 氏名:信元孝子
- ふりがな:のぶもと・たかこ
- 芸名:麻実れい
- 芸名の読み:あさみ・れい
同院のプロフィールには、2023年3月1日付で日本芸術院会員に発令されたことも記載されています。
夫の信元氏と同じ姓であることに加え、2000年の雑誌記事にも夫婦として記録が残っているため、夫の人物像を調べるうえで重要な資料となっています。
【45歳で結婚】麻実れいが結婚したのは1995年!結婚理由と馴れ初め
麻実れいさんが結婚したのは1995年です。当時45歳でした。
2025年12月の『徹子の部屋』では、結婚当時の心境について率直に振り返っています。
もともとは結婚するつもりがなかった番組で麻実さんは、45歳で結婚したことについて、次のように語りました。
「遅いですけれど、私は結婚なんてする気もなかった」
また、これから舞台の勉強をしていこうと考えていた時期に、思いがけない出会いがあったことも明かしています。
「これから色々と舞台の勉強ができるかな、なんて思っていたら、出会いって不思議なもので」
この発言からは、当初から結婚を人生の目標にしていたわけではなく、自分の仕事や舞台芸術への取り組みを大切にしていたことがうかがえます。
夫との馴れ初めは?気になるのが、信元久隆氏と麻実れいさんがどのように出会ったのかという点です。
2025年の番組では、麻実さん自身が出会いを振り返っていますが、具体的な場所や交際開始の経緯、プロポーズの詳細までは明かされていません。
そのため、共通の知人の紹介だったのか、仕事を通じた出会いだったのかなどは、公開情報からは判断できません。
一方、麻実さんが結婚するつもりはなかったと語っていることから、45歳での結婚は、あらかじめ決めていた人生設計とは異なる展開だったことが分かります。
なぜ45歳で結婚したのか麻実さんの場合、結婚を急いでいたというより、出会いをきっかけに人生の新しい選択をしたという側面が強く表れています。
宝塚退団後も舞台俳優として活動を続けていた麻実さんにとって、結婚は仕事を辞めるための転機ではありませんでした。
実際、結婚後も舞台での活動を続け、演劇界で高い評価を獲得しています。
45歳という年齢だけに注目するのではなく、仕事を大切にしながら家族を迎えた人生の転換点として捉えると、当時の決断がより理解しやすくなります。
【家族構成】夫の前妻との死別、2人の息子との関係とは?
麻実れいさんの結婚生活を語るうえで欠かせないのが、夫の前妻との間に生まれた2人の息子の存在です。
2025年の『徹子の部屋』では、結婚当時の家庭環境について、本人が具体的なエピソードを明かしました。
夫は前妻と死別していた信元久隆氏には、前妻との間に生まれた男の子が2人いました。
しかし、前妻は麻実さんとの結婚前に亡くなっています。
麻実さんによれば、前妻が亡くなってから結婚までには3年間の期間がありました。
結婚当時、2人の息子はまだ小学生でした。
麻実さんは、突然新しい母親が家庭に入ることについて、子どもたちの気持ちを非常に気にかけていたといいます。
番組では、次のような趣旨の発言をしています。
「苦しかったのは息子たちだったと思う」
前妻を亡くしたばかりではないものの、子どもたちにとって母親は大切な存在です。
父親が新しいパートナーと結婚することを、子どもたちがすぐに受け入れられるとは限りません。
麻実さんは、そうした子どもたちの立場を理解しようとしていました。
息子たちは実母の存在を大切にしていた結婚に際して麻実さんと息子たちは話し合いをしました。
そこで分かったのは、息子たちが亡くなった実母をもっと身近に感じていたいと思っていたことです。
麻実さんは、その気持ちを尊重しました。
具体的には、亡くなった前妻の写真を居間にたくさん飾ったといいます。
新しい家族になったからといって、以前の母親の存在を消す必要はないという考え方です。
このエピソードは、2025年12月15日にテレビ朝日系の番組関連記事でも詳しく紹介されました。
2025年時点で息子2人は40代、それぞれ家庭を持つ『徹子の部屋』で明かされた2025年時点の家族の近況は、次のとおりです。
- 息子2人はともに40代。
- それぞれ自分の家庭を持っている。
- 家族が増え、孫もできている。
麻実さんは、2人が成長してそれぞれの家庭を築いたことに安堵している様子でした。
結婚当時は小学生だった息子たちが、今では親となり、新しい世代の家族を築いているのです。
【ターコさんの由来】なぜ息子たちに「お母さん」と呼ばせなかった?
麻実れいさんの家族エピソードで特に印象的なのが、息子たちから「ターコさん」と呼ばれていることです。
一般的には、結婚して新しい母親になれば「お母さん」と呼ばれることを想像する人も多いでしょう。
しかし、麻実さんは違う選択をしました。
「お母さん」と呼ばなくていいと伝えた理由麻実さんは息子たちと話し合った際、自分のことを「お母さん」と呼ばなくてもよいと伝えました。
代わりに提案したのが「ターコさん」という呼び方です。
これは、亡くなった実母の存在を大切にしたいという息子たちの気持ちを尊重したものです。
子どもたちにとって、実母はかけがえのない存在です。
新しい母親ができたからといって、その思い出を手放す必要はありません。
麻実さんは、無理に母親という立場を押しつけるのではなく、子どもたちが自然に自分と接することのできる関係を選びました。
「ターコ」の名前の由来は本名の孝子では、「ターコさん」という名前はどこから来たのでしょうか。
実は、麻実れいさん自身が以前から使っていた愛称に由来します。
ターコは、本名の孝子(たかこ)から生まれた愛称です。
つまり、息子たちが呼んでいる「ターコさん」は、特別に作った母親専用の呼び名ではありません。
麻実さん自身の名前に由来する、親しみのある呼び方だったのです。
朝5時起きでお弁当を作った母親としての日々麻実さんは舞台の仕事を続けながら、息子たちのために朝早く起きてお弁当を作っていたことも明かしています。
仕事があるからこそ、せめてお弁当作りは頑張ろうと思っていたそうです。
ただし、料理は必ずしも完璧ではなかったようです。
息子たちからは、
- 「ご飯を詰めすぎだよ、ターコさん」
- 「髪の毛が入ってたぞ」
などと指摘されることもあったといいます。
それでも麻実さんは、息子たちが毎回きれいに食べてくれたことを喜んでいました。
番組では、子どもたちを「かわいいし、うれしかったし、ありがたかった」と振り返っています。
血縁関係や呼び名だけでは測れない、長い時間をかけて築いた家族の関係が伝わるエピソードです。
【人物関係・年表】麻実れいの家族構成と宝塚時代から2026年まで
ここで、麻実れいさんを取り巻く人物関係と、結婚・芸能活動の主な出来事を整理します。
| 人物・項目 | 関係・時期 | 公表されている内容 |
|---|---|---|
| 麻実れい | 本人 | 1950年3月11日生まれ。2026年11月現在76歳 |
| 信元久隆 | 夫 | 曙ブレーキ工業の元会長兼社長 |
| 夫の前妻 | 息子2人の実母 | 麻実さんとの結婚前に死去 |
| 長男 | 夫の前妻との子 | 結婚当時は小学生。2025年時点で40代 |
| 次男 | 夫の前妻との子 | 結婚当時は小学生。2025年時点で40代 |
| 1995年 | 結婚 | 麻実さん45歳で結婚 |
| 2000年 | 夫婦の記録 | 『月刊経営塾』に夫婦として掲載 |
| 2019年 | 夫の仕事 | 信元氏が曙ブレーキ工業の会長兼社長を退任 |
| 2025年12月11日 | テレビ出演 | 『徹子の部屋』で結婚生活と息子たちについて語る |
| 2026年 | 舞台・音楽活動 | 『ピーターとアリス』や日本武道館の音楽イベントに出演 |
麻実れいさんは、1970年に宝塚歌劇団へ入団しました。
雪組男役トップスターとして活躍し、1985年に退団しています。
特に知られているのが、1978年の『風と共に去りぬ』で演じたレット・バトラーや、『ベルサイユのばら』のアンドレ役です。
退団後は舞台俳優として活動し、ミュージカル、古典劇、翻訳劇など幅広いジャンルの作品に出演してきました。
演劇界での評価も高く、読売演劇大賞最優秀女優賞や紫綬褒章、旭日小綬章などを受けています。2023年には日本芸術院会員にも選ばれました。
2026年も舞台・音楽イベントに出演梅田芸術劇場の公式プロフィールには、2026年の出演情報として舞台『ピーターとアリス』が掲載されています。
東京公演は2月9日から23日、大阪公演は2月28日から3月2日まで行われました。
また、2026年5月30日には日本武道館で開催された「昭和ゴールデンHITS 100 in Orchestra」にも出演しています。
2026年11月現在も、長年培ってきた舞台経験を背景に、俳優としての活動を続けています。
【夫婦の現在】麻実れいに離婚の噂はある?2026年の最新状況
麻実れいさんと信元久隆氏について検索すると、離婚や夫婦関係の現在を気にする人もいます。
しかし、夫婦の近況については、芸能ニュースなどで頻繁に発信されているわけではありません。
離婚したという公式発表はある?2026年11月現在、麻実れいさんと信元久隆氏の離婚を裏付ける本人発表や主要メディアの報道は確認できません。
夫婦のプライベートな生活については、麻実さん自身も多くを公表していません。
そのため、夫婦の写真や最近のツーショットが少ないことだけを理由に、離婚したと判断することはできません。
また、2019年の信元氏の曙ブレーキ工業退任は、会社の経営体制変更に伴うものです。退任そのものを夫婦関係の変化と結び付ける根拠はありません。
現在の家族関係はどうなっている?2025年12月11日の『徹子の部屋』で麻実さんが語った家族の近況では、2人の息子は40代になり、それぞれ家庭を持っています。
また、孫も増えたことを明かしていました。
この放送から分かるのは、麻実さんが息子たちの成長と新しい家族の誕生を喜んでいることです。
一方、信元氏との現在の同居状況や日常生活、夫婦の具体的な近況については詳しく公表されていません。
したがって、2026年現在の家族については、本人が語った息子たちとの関係を中心に理解するのが適切です。
【よくある質問】麻実れいの夫と家族構成に関するFAQ
Q1:麻実れいの夫は誰ですか?
A1:夫は信元久隆氏です。曙ブレーキ工業の元会長兼社長を務めた実業家で、2000年の『月刊経営塾』にも麻実れいさんと夫婦として掲載されています。
Q2:麻実れいはいつ結婚しましたか?
A2:1995年です。当時45歳でした。本人は2025年の『徹子の部屋』で、もともと結婚するつもりはなかったと振り返っています。
Q3:麻実れいに子供はいますか?
A3:結婚した夫には前妻との間に生まれた2人の息子がいました。結婚当時は小学生で、2025年には2人とも40代になり、それぞれ家庭を持っていると紹介されました。
Q4:麻実れいが息子たちからターコさんと呼ばれる理由は?
A4:本名の孝子に由来する愛称だからです。亡くなった実母を大切にしたいという息子たちの気持ちを尊重し、「お母さん」ではなく「ターコさん」と呼んでもらうことにしました。
Q5:麻実れいと夫に離婚の噂はありますか?
A5:離婚を裏付ける本人発表や主要メディアの報道は確認できません。夫婦の現在の詳しい生活については公表されていません。
Q6:麻実れいは2026年現在何歳ですか?
A6:1950年3月11日生まれのため、2026年11月現在76歳です。俳優として舞台や音楽イベントへの出演を続けています。
麻実れいさんの夫は、曙ブレーキ工業の元会長兼社長である信元久隆氏です。
1995年、45歳で結婚した麻実さんは、夫の前妻との間に生まれた2人の息子の母親になりました。
その際、特に印象的なのが、亡くなった実母の写真を居間に飾り、自分を「お母さん」と呼ばなくてもよいと伝えたことです。
「ターコさん」という呼び名には、息子たちの気持ちを尊重しながら、新しい家族として自然な関係を築こうとした麻実さんの思いが表れています。
朝5時に起きてお弁当を作り、子どもたちから料理について指摘されながらも、そのお弁当を食べてもらえることを喜んでいたエピソードも、家族の距離感をよく伝えています。
2025年の『徹子の部屋』では、2人の息子が40代になり、それぞれ家庭を持った現在の様子も語られました。
2026年現在も舞台俳優として活動を続ける麻実れいさん。宝塚のトップスターとして歩んできた人生だけでなく、45歳で迎えた結婚と、時間をかけて築いた家族との関係も、彼女の人生を知るうえで大切な一面となっています。