中島健人さんが卒業したのは、東京都港区白金台に本部を置く私立大学、です。学部は社会学部、学科は社会学科。大学名だけでなく、学部・学科まで特定されています。
明治学院大学の公式情報でも社会学部社会学科の卒業生として紹介されており、2026年の新入生歓迎会に寄せたメッセージでも同学科の卒業生であることが確認できます。
中島さんは高校時代から芸能活動をしていました。高校は東京都杉並区の杉並学院高校で、高校3年生だった2011年にはSexy Zoneのメンバーとしてデビュー。その後、大学進学を選択しています。仕事が軌道に乗り始めた時期に、さらに学びの場を求めたことが特徴的です。
明治学院大学はどんな大学?明治学院大学は、1863年にアメリカ人宣教医師J・C・ヘボンが横浜に開いた英学塾「ヘボン塾」を起源とする大学です。教育理念には「Do for Others(他者への貢献)」を掲げています。
現在は白金キャンパスと横浜キャンパスを持ち、社会学部では社会や人間関係、文化、メディアなど、現実の社会を多角的に考察する学びが展開されています。中島さんが関心を持っていた情報伝達やメディアの仕組みとも接点のある分野です。
【進学理由を検証】東日本大震災が中島健人の大学選びを変えた

中島健人さんが大学進学を決めた理由として、本人が繰り返し語っているのが、2011年3月11日の東日本大震災です。
単に大学で勉強したかったという話ではありません。震災によって自分の生活環境が大きく変わった一方、仕事で訪れた東京では周囲の状況が異なっていた。その経験から、地域によって情報が届く速度や量に差があることに疑問を抱いたのです。
約1か月続いた断水と停電、情報伝達への疑問2023年10月20日放送のテレビ朝日系「徹子の部屋」で、中島さんは震災当時の経験を振り返っています。
本人の説明によると、暮らしていた地域では約1か月にわたって断水と停電が続き、自衛隊の給水車を待つ生活を経験しました。一方、ドラマの撮影で東京に行くと、共演者たちは普段と変わらない生活を送っていたといいます。
加えて、自分の地域で起きている状況がメディアで報じられるまでに時間がかかったことにも問題意識を持ちました。
中島さんは、地域による情報伝達の速度の違いを理解し、メディアの仕組みを学ぶ必要があると考え、明治学院大学社会学部を受験したと説明しています。
本人が語った進学の動機2024年のファッション誌「non-no」のインタビューでは、音楽家のキタニタツヤさんとの対談で、大学進学を決めた背景をさらに詳しく明かしています。
「大きなきっかけは東日本大震災なんだよね。」
この発言に続けて、自分の住む地域と周辺地域の復旧状況の違いや、メディア報道に対する疑問を説明しました。芸能活動を通じて人々に情報を届ける立場になるなら、まず情報発信の仕組みを知る必要があると考えたのです。
また、同じインタビューでは、父親も明治学院大学に通っていたことを明かしています。父親の母校に進学することも本人にとって目標の一つだったそうです。
つまり、進学には少なくとも次の2つの動機がありました。
- 東日本大震災を通じて生まれた、情報伝達やメディアへの問題意識。
- 父親が通った大学で学びたいという個人的な思い。
芸能界で活動するためだけではなく、社会を理解し、自分の視野を広げるための進学だったことが分かります。
【AO入試と高校時代】杉並学院高校から明治学院大学へ進学
中島健人さんの高校は、東京都杉並区にある私立の杉並学院高校です。高校3年生の秋にはSexy Zoneの結成とデビューが重なり、受験と芸能活動を同時に進めることになりました。
日刊ゲンダイの2025年10月の学歴関連記事によると、中島さんはSexy Zoneのデビューが決まった時期に明治学院大学のAO入試に出願し、一次選考から二次選考へ進んだとされています。
AO入試での合格は本当?中島さんは一般選抜ではなく、AO入試を経て明治学院大学に進学したと報道されています。2012年当時の報道でも、自己推薦型のAO入試で社会学部に合格したと紹介されました。
2023年の「徹子の部屋」でも、本人は受験時に論文を書き、東日本大震災について面接で話したことを振り返っています。
注目したいのは、震災の経験を単なる個人的なエピソードとして話したのではなく、情報伝達やメディアのあり方という社会学的な問題意識につなげていた点です。自分の経験を大学で何を学びたいかという志望理由に結び付けていたことが分かります。
AO入試なら学力試験が不要だった?AO入試という言葉から、学力試験を受けずに簡単に入学できたと考えるのは正確ではありません。AO入試は一般選抜とは異なる選考方式で、志望理由や本人の能力、適性などを総合的に評価する枠組みです。
中島さんの場合も、震災に関する論文や面接での説明が本人の口から語られています。AO入試だったことだけを理由に、受験勉強をしていなかったと判断することはできません。
【2012年から2017年まで】大学生活と芸能活動を両立した5年間
中島健人さんは2012年4月に入学し、2017年3月に卒業しました。一般的な4年制大学の標準修業年限より1年長い、5年間の大学生活です。
当時はSexy Zoneとしての音楽活動に加え、ドラマや映画、舞台などにも出演していました。芸能活動が忙しくなるなかでも大学に通い続けたことが、5年間という在学期間の背景にあります。
中島健人の大学時代・年表出典:週刊女性PRIME、日刊ゲンダイ、明治学院大学社会学科の公式情報などをもとに整理。
なぜ卒業まで5年間かかったのか?2017年2月の週刊女性PRIMEの記事では、中島さんが2016年3月の卒業を果たせず、卒業時期が1年後ろ倒しになった経緯が報じられています。
同記事によると、大学の授業や試験期間と舞台公演の日程が重なり、学業と芸能活動の両立が難しくなっていたといいます。2016年末から2017年初頭にかけての舞台出演も、通常出演ではなく一部日程に限られたと報じられました。
また、同じ授業を受けた学生の証言として、スペイン語の必修科目に積極的に出席し、授業中も発言していた様子が紹介されています。単位取得のために授業への参加を続けていたことがうかがえます。
この報道から読み取れるのは、5年間という在学期間が単純に芸能活動を優先した結果ではないということです。仕事のスケジュールと大学の履修・試験日程を調整し、最終的に卒業までたどり着いた経歴です。
なお、大学が本人の留年理由を公式に公表したわけではありません。仕事との両立の難しさについては、当時の報道に基づく説明となります。
大学での友人関係やキャンパスライフ中島さん自身は2024年のnon-noのインタビューで、大学生活についても率直に語っています。
芸能活動をしていたため、一般の学生のようにサークルに入ったり、飲み会に参加したりすることは難しかったそうです。親しくなれた友人も数人だったと振り返っています。
一方、大学で学んだことについては、芸能界にいるだけでは経験できないことを知る機会になり、視野が広がったと評価しています。学歴そのものよりも、大学で得た知識や経験に価値を見いだしている点が印象的です。
【偏差値と大学名の違い】明治大学ではなく明治学院大学
中島健人さんの大学を調べる際に、よく混同されるのが明治大学と明治学院大学です。名前は似ていますが、両校は歴史も組織も異なる別々の大学です。
明治学院大学社会学部の偏差値は?2026年11月時点で確認できる河合塾Kei-Netの2027年度入試予想では、明治学院大学社会学部社会学科の偏差値は、入試方式別で55.0~57.5です。学部学科ランクでは55.0となっています。
これは現在の一般選抜に関する予想難易度です。中島さんが2012年に受験した当時の偏差値や、本人の学力を直接示す数字ではありません。また、AO入試の合格基準を表すものでもありません。
明治大学と明治学院大学の違い
1881年創立の明治法律学校を起源とする大学。
1863年創設のヘボン塾を起源とする大学。
両大学の違いを整理すると、次のとおりです。
- 明治大学:1881年に明治法律学校として創立。現在は10学部を擁する総合大学。
- 明治学院大学:1863年のヘボン塾を起源とし、キリスト教主義教育を掲げる大学。
明治大学の公式沿革と明治学院大学の公式沿革を照らし合わせても、両者は別の教育機関であることが分かります。中島健人さんの出身校は、後者の明治学院大学です。
【2026年最新】中島健人が母校の新入生歓迎会にメッセージを寄せた理由
2026年の中島健人さんと明治学院大学の関係を示す新しい出来事が、4月1日に開催された社会学科の新入生歓迎会です。
明治学院大学社会学部の公式サイトによると、歓迎会は白金校舎3201教室で11時15分から12時15分まで開催されました。前半には卒業生のお笑いコンビが登壇し、後半の15分間に中島さんのビデオメッセージが上映されました。
新入生に伝えた大学生活で得たもの2026年4月30日付の週刊女性PRIMEは、このビデオメッセージの内容を詳しく報じています。
中島さんは学生時代のゼミでディスカッションを経験し、社会に出てからも、自分の考えを整理して相手に伝える力が大切だと実感したと話しました。
「いかに自分の言葉を醸成して、相手に伝えるかの重要さを知りました」
この言葉は、社会学部での学びが卒業後の活動にもつながっていることを示すものです。芸能活動では、歌や演技だけでなく、インタビューや番組出演など、自分の考えを言葉で伝える場面も数多くあります。大学時代の議論や発表の経験が、そうした仕事にも生きていると考えられます。
指導教員だった佐藤正晴教授とのつながり今回のビデオメッセージには、大学時代の指導教員だった佐藤正晴教授も関わっています。
週刊女性PRIMEの取材によると、佐藤教授は中島さんが日本大学の入学式に登壇したことを知り、社会人として活躍する卒業生から後輩にメッセージを送ってもらいたいと考え、依頼したそうです。
佐藤教授のゼミでは、メディア史などを学んでいました。中島さんは芸能活動の経験を生かしてティーチング・アシスタントも務め、ゼミの最後にコメントをする役割を担っていたといいます。
興味深いのは、学生時代に情報発信やメディアについて学んでいた中島さんが、卒業後には後輩たちに自らの経験を伝える立場になったことです。
2026年の歓迎会は、単なる著名な卒業生からの応援メッセージにとどまりません。大学で学んだ「考えを言葉にして伝える」という経験が、後輩への教育的なメッセージとして還元された機会でもありました。
なお、今回確認されたのは歓迎会でのビデオ出演です。中島さん本人が会場に登壇したという意味でのサプライズ出演とは区別する必要があります。
【中島健人の大学に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:中島健人の大学はどこですか?
A1:明治学院大学です。社会学部社会学科に在籍し、2017年3月に卒業しました。
Q2:中島健人は何年に大学へ入学しましたか?
A2:2012年4月です。高校卒業後、AO入試を経て明治学院大学に進学しました。
Q3:中島健人は大学を何年で卒業しましたか?
A3:5年間です。2012年4月に入学し、2017年3月に卒業しています。
Q4:大学進学を決めた理由は何ですか?
A4:東日本大震災を経験し、地域による情報伝達の違いやメディアの仕組みに疑問を持ったことが大きなきっかけです。父親も明治学院大学に通っていたことも進学理由の一つでした。
Q5:中島健人はAO入試で合格したのですか?
A5:はい。報道では自己推薦型のAO入試で合格したとされています。本人も受験時に震災をテーマにした論文を書き、面接で説明したと振り返っています。
Q6:中島健人の大学の偏差値はいくつですか?
A6:河合塾Kei-Netの2027年度入試予想では、社会学部社会学科の一般選抜の偏差値は方式別で55.0~57.5です。本人の入試時の偏差値ではありません。
Q7:中島健人は明治大学出身ですか?
A7:いいえ。出身大学は明治学院大学です。明治大学とは異なる大学なので、混同しないよう注意が必要です。
Q8:2026年に母校の新入生歓迎会へ参加したのですか?
A8:2026年4月1日の明治学院大学社会学科の新入生歓迎会に、15分間のビデオメッセージを寄せました。本人が会場に直接登壇したわけではありません。
中島健人さんの出身大学は、明治学院大学社会学部社会学科です。2012年4月に入学し、2017年3月に卒業。芸能活動と学業を並行しながら、5年間の大学生活を送りました。
進学のきっかけとなったのは東日本大震災です。約1か月の断水や停電を経験し、地域によって情報伝達に差があることを実感したことから、メディアの仕組みを学びたいと考えました。父親の母校だったことも、進学を後押しした理由の一つです。
2026年4月には、母校の新入生歓迎会にビデオメッセージを送り、ゼミで培った議論や言葉で伝える力の大切さを後輩たちに伝えました。
中島さんの学歴を理解するうえで大切なのは、大学名や偏差値だけで評価しないことです。震災をきっかけに生まれた問題意識、AO入試で自分の考えを伝えた経験、芸能活動と授業を両立した5年間、そして卒業後も続く母校との関係。その一連の歩みにこそ、大学進学の意味があります。
大学で得た知識を芸能活動に生かし、今度は後輩たちに自らの経験を伝える。2026年の母校でのメッセージは、中島健人さんにとって明治学院大学で過ごした5年間が、卒業後も続く大切な財産になっていることを感じさせる出来事でした。