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照ノ富士春雄の現在は?引退理由・部屋継承と2026年処分を徹底解説

伊部 拓海 伊部 拓海 • 更新: • 公開: • 読了約 23 分
目次

2026年11月現在、元第73代横綱・照ノ富士春雄は、現役を引退して伊勢ヶ濱親方として後進の指導にあたっている。2025年6月には伊勢ヶ濱部屋を正式に継承し、現在は師匠として部屋を率いる立場だ。一方、2026年4月には弟子の伯乃富士への暴力問題で日本相撲協会から2階級降格と報酬減額の処分を受け、親方としての指導体制も見直されることになった。

現役時代の照ノ富士は、幕内優勝10回、生涯戦歴523勝275敗231休という輝かしい記録を残した横綱である。大関から序二段まで転落しながら第73代横綱に昇進した復活劇は、大相撲史でも異例の歩みとして知られる。2026年1月31日には両国国技館で引退相撲と断髪式も行われた。引退の理由、伊勢ヶ濱部屋の継承、現在の活動、そして2026年の処分問題まで、時系列で整理する。

【2026年現在】照ノ富士春雄は伊勢ヶ濱親方として何をしている?

照ノ富士春雄

2026年11月現在、照ノ富士は伊勢ヶ濱部屋の師匠として、力士の育成と部屋の運営に携わっている。

現在の正式な年寄名跡は「伊勢ヶ濱」。部屋の公式サイトでは、師匠として伊勢ヶ濱春雄の名前が掲載されている。現役時代の四股名である照ノ富士春雄から、親方としての新しい立場に移った形だ。

2025年6月に伊勢ヶ濱部屋を継承

転機となったのは2025年6月9日である。

日本相撲協会は同日付で、元横綱旭富士の伊勢ヶ濱親方が年寄「宮城野」を継承し、照ノ富士親方が年寄「伊勢ヶ濱」を継承襲名するとともに、伊勢ヶ濱部屋を継承することを正式に承認した。

つまり、照ノ富士は単に現役横綱から部屋付き親方になったのではない。角界でも有力な相撲部屋の師匠という、大きな責任を担う立場になったのである。

ここで押さえておきたいのが、先代師匠の動向だ。元横綱旭富士は伊勢ヶ濱の名跡を照ノ富士に譲り、自身は宮城野親方となった。2025年6月の継承は、年寄名跡と部屋の双方に関わる正式な承継だった。

現在の伊勢ヶ濱部屋には有力力士が所属

2026年11月時点の部屋公式所属者一覧には、熱海富士、義ノ富士、伯乃富士、尊富士、錦富士、翠富士、炎鵬らの名前が掲載されている。

幕内上位から十両、幕下以下まで幅広い力士が所属しており、次世代を担う力士の育成が部屋の大きな役割となっている。

特に、幕内で実績を積んだ力士だけでなく、若手力士の基礎的な稽古や生活面の指導も部屋の師匠に求められる仕事だ。序二段から横綱まで上り詰めた自身の経験は、力士の育成に生かせる大きな財産でもある。

ただし、2026年4月の暴力問題を受け、部屋の運営には新たな条件が加わった。現在は照ノ富士親方だけに指導を任せるのではなく、部屋付き親方4人と協力する集団指導体制が取られている。

【引退理由と経緯】照ノ富士はなぜ2025年1月に現役を退いたのか

照ノ富士が引退を決断した最大の理由は、長年にわたる膝の故障や腰の痛みなどによって、本来の相撲を取ることが難しくなったことだ。

単に年齢を理由に引退したわけではない。大関時代から続く両膝の負傷、糖尿病などの持病、長期休場を経て、最後の場所でも思うような相撲が取れなかったことが決断につながった。

2025年1月場所で再起を目指すも途中休場

引退を決断したのは2025年1月場所だった。

照ノ富士は2場所連続の全休を経て初場所に復帰した。しかし、初日に小結・若隆景に敗れ、4日目には翔猿にも敗れて2勝2敗となった。

加えて、5日目には右膝と腰の痛みを理由に休場を届け出た。

当時の師匠だった伊勢ヶ濱親方(元横綱旭富士)は、場所前の稽古で右膝に水がたまり、腫れによって膝が曲がらなくなったこと、それをかばうことで腰も痛めたことを説明している。

これまで何度も故障から復帰してきた照ノ富士だったが、最後の場所では本来の力を発揮できる状態ではなかった。

引退会見で明かした決断の理由

2025年1月17日、照ノ富士は両国国技館で引退会見を行った。

会見では、これまでできる限りのことを尽くしてきたものの、本場所で思い通りの相撲が取れなくなったことを説明。自分の気持ちと体が中途半端な状態では、土俵に立つべきではないと判断した。

「これ以上この中途半端な気持ちと体で土俵に立つべきじゃないなと思い、引退することに決めました」

また、初日に敗れた後、師匠に「もう1回負けたら」という趣旨で引退の覚悟を伝えていたことも明かしている。

この言葉から読み取れるのは、引退が突然の思いつきではなかったということだ。長い休場と復帰を繰り返してきた横綱にとって、最後まで自分が納得できる相撲を取れるかどうかが、大きな判断基準だった。

横綱在位21場所、13度目の休場を経て引退

照ノ富士の横綱在位期間は2021年9月から2025年1月までの21場所。引退時には横綱として13度目の休場を経験していた。

現役生活は約14年間。幕内優勝10回という実績を残しながら、度重なる故障と向き合い続けた相撲人生だった。

日本相撲協会は2025年1月17日に引退と年寄「照ノ富士」の襲名を承認。以後は後進の指導に進むことになった。

【生涯戦歴と経歴】序二段から第73代横綱へ上り詰めた復活劇

照ノ富士の経歴を理解するうえで欠かせないのが、大関から序二段まで番付を落とし、再び横綱まで昇進したという異例のキャリアだ。

モンゴル・ウランバートル出身、鳥取城北高校から角界へ

照ノ富士は1991年11月29日生まれ。モンゴルの首都ウランバートル出身で、本名は杉野森正山。モンゴル名はガントルガ・ガンエルデネとして知られる。

18歳になる頃に日本への相撲留学を決意し、鳥取城北高校に編入。高校相撲で実績を積み、間垣部屋に入門した。

2011年5月の技量審査場所で初土俵を踏み、当初は「若三勝」のしこ名で土俵に上がった。2013年に間垣部屋が閉鎖されると伊勢ヶ濱部屋へ移籍し、その後「照ノ富士」に改名している。

192センチの長身と恵まれた体格を生かし、右四つからの寄りを得意とする力士として急速に番付を上げていった。

2015年に大関昇進、しかし度重なる故障で序二段へ

2015年5月場所、関脇だった照ノ富士は初の幕内最高優勝を達成した。その勢いのまま同年7月場所に新大関へ昇進。23歳で角界のトップクラスに仲間入りした。

しかし、その後は両膝の大きな負傷や糖尿病、内臓疾患などに苦しむことになる。

2017年11月場所には大関から関脇へ陥落。さらに休場が続き、2018年には十両、幕下へと番付を落とした。2019年3月場所には西序二段48枚目まで降下している。

大関経験者が序二段で相撲を取るという状況は、当時の角界でも大きな衝撃だった。本人も引退を考えた時期があったと報じられている。

序二段からの再出発、2020年の幕尻優勝

照ノ富士は2019年3月場所に序二段から土俵へ復帰した。復帰場所では7戦全勝を記録し、そこから三段目、幕下、十両へと着実に番付を上げていく。

2019年11月場所では幕下7戦全勝優勝を達成。翌2020年1月場所に十両へ復帰した。

そして2020年7月場所、14場所ぶりに幕内へ戻った照ノ富士は、前頭17枚目という幕内最下位の番付から13勝2敗で優勝を飾る。

この優勝は、序二段まで転落した力士が幕内へ復帰し、再び最高優勝を手にした歴史的な出来事だった。

さらに2021年3月場所で3度目の優勝を果たし、同年5月場所には21場所ぶりの大関復帰。2021年9月場所から第73代横綱として土俵に立った。

照ノ富士の主な経歴・転換点一覧
年月 出来事 主な実績・意味
1991年11月 モンゴル・ウランバートルで誕生 本名は杉野森正山
2011年5月 初土俵 間垣部屋から若三勝としてデビュー
2013年 伊勢ヶ濱部屋へ移籍 間垣部屋の閉鎖に伴う移籍
2015年5月・7月 幕内初優勝・大関昇進 23歳で大関に昇進
2017~2019年 故障と番付降下 大関から2019年3月に序二段へ
2020年7月 幕内復帰・優勝 前頭17枚目で13勝2敗
2021年5月・9月 大関復帰・横綱昇進 第73代横綱となる
2025年1月 現役引退 幕内優勝10回で土俵生活に幕
2025年6月9日 伊勢ヶ濱部屋継承 年寄「伊勢ヶ濱」を襲名
2026年1月31日 引退相撲・断髪式 両国国技館で最後の土俵入り
2026年4月9日 日本相撲協会の処分決定 2階級降格・3か月の報酬10%減額

日本相撲協会の公式プロフィールによると、照ノ富士の生涯戦歴は523勝275敗231休(82場所)。幕内戦歴は366勝207敗197休(52場所)となっている。

また、日本相撲協会の大相撲クイズでも、大関から序二段まで番付を下げ、そこから横綱に昇進した力士として照ノ富士が紹介されている。単なる復帰ではなく、番付の頂点まで戻った点が、この記録の特異性だ。

【幕内優勝10回の実力】歴代横綱と比較して分かる照ノ富士の評価

照ノ富士の現役時代を評価するうえで、幕内優勝10回という数字は重要だ。

幕内最高優勝は大相撲における最も分かりやすい実績の一つだが、照ノ富士の場合、優勝回数だけでなく、優勝を積み重ねた過程にも大きな意味がある。

幕内優勝10回は歴代でも上位の実績

幕内優勝回数の歴代上位には、白鵬、大鵬、千代の富士、朝青龍、北の湖、貴乃花といった歴史的な横綱が並ぶ。

代表的な優勝回数を比較すると、照ノ富士の10回がどの水準にあるかが分かる。

  • 白鵬:45回
  • 大鵬:32回
  • 千代の富士:31回
  • 朝青龍:25回
  • 北の湖:24回
  • 貴乃花:22回
  • 輪島:14回
  • 武蔵丸:12回
  • 曙:11回
  • 照ノ富士:10回

照ノ富士の10回は、常ノ花、栃錦、初代若乃花、北の富士らと並ぶ優勝10回のグループに位置する。9回の優勝を記録した横綱・日馬富士を上回る数字でもある。

ただし、幕内優勝10回のすべてを横綱として達成したわけではない。照ノ富士は大関や関脇、平幕時代にも優勝しており、横綱昇進前から強さを示していた。

横綱在位21場所で優勝6回

照ノ富士の横綱在位期間は21場所。横綱としての成績は114勝40敗151休で、優勝は6回だった。

この数字からは、横綱として出場した場所での勝負強さと、故障による休場の多さという2つの側面が見えてくる。

特に2021年9月場所の横綱昇進後、同年11月場所では15戦全勝優勝を達成。その後も2022年5月場所、2023年5月場所、2024年1月場所などで優勝を重ねた。

一方で、全休や途中休場も少なくなかった。横綱という地位を守りながら、故障を抱えて土俵に立ち続けることの難しさも数字に表れている。

照ノ富士の相撲が評価された理由

照ノ富士の持ち味は、右四つに組んでからの力強い寄りだ。相手を組み止め、重心を崩さず前に出る相撲を得意としていた。

また、膝に不安を抱える状況でも、自身の体格と得意な型を生かした相撲を磨き続けた。大関復帰から横綱昇進に至る過程は、単に体力が回復したという話ではなく、限られた身体条件のなかで勝つ方法を組み立て直した結果でもある。

歴代横綱との比較では優勝回数だけを見れば白鵬や大鵬には及ばない。しかし、大関から序二段へ落ちた力士が横綱まで戻ったというキャリアの独自性は、優勝回数の順位だけでは測れない価値を持っている。

【2026年1月31日】照ノ富士の引退相撲と断髪式はどう行われた?

照ノ富士の引退相撲は、2026年1月31日に東京・両国国技館で開催された。

正式には「照ノ富士引退伊勢ヶ濱襲名披露大相撲」。2025年1月の引退から約1年を経て、力士としての最後の土俵入りと断髪式を行う節目の行事となった。

最後の横綱土俵入りを披露

当日は午前10時に開場し、午前11時から取組などが行われた。

注目されたのは、午前11時45分頃に予定された照ノ富士最後の横綱土俵入りだ。露払いに大の里、太刀持ちに豊昇龍を従え、不知火型の土俵入りを披露した。

両膝にサポーターを装着しながらも、最後の四股を踏む姿には会場から大きな拍手が送られた。現役時代の雄姿を目に焼き付ける機会となった。

断髪式には約330人が参加

断髪式には、相撲関係者だけでなく、スポーツ界や芸能界など各界の著名人が参加した。

報道によると、参加者は約330人。最後の止めばさみを務めたのは、現役時代の師匠だった元横綱旭富士の宮城野親方である。

主な断髪参加者には、次の人物がいた。

  • 白鵬翔:元横綱
  • 花田虎上:元横綱若乃花
  • 阿部一二三・阿部詩:柔道の五輪金メダリスト
  • 中谷潤人:プロボクシング世界王者経験者
  • 北島康介:競泳五輪金メダリスト
  • 稲垣啓太:ラグビー日本代表
  • 小野伸二:元サッカー日本代表
  • 中田翔:元プロ野球選手
  • 小島瑠璃子:タレント
  • 上田桃子:プロゴルファー

断髪を終えた伊勢ヶ濱親方は整髪後、弟子たちとともに土俵へ上がった。そして、次の世代を育て、相撲界に恩返しできるよう精進するという決意を示した。

この引退相撲は、現役時代の照ノ富士に別れを告げる場であると同時に、伊勢ヶ濱親方として新たな人生を歩み始める象徴的な行事だった。

【2026年4月の処分問題】伊勢ヶ濱親方と伯乃富士に何があった?

2026年の照ノ富士をめぐるニュースで、最も大きな注目を集めたのが、弟子の伯乃富士に対する暴力問題だ。

日本相撲協会は2026年4月9日の臨時理事会で、伊勢ヶ濱親方に2階級降格と3か月間の報酬10%減額を決定した。また、伯乃富士にも理事長による厳重注意が行われた。

発端は2026年2月21日の会合

日本相撲協会が公表した調査結果によると、問題が発生したのは2026年2月21日午前3時頃からの会合だった。

伊勢ヶ濱親方、伯乃富士、同部屋の力士、後援者らが会員制ラウンジに集まっていた際、伯乃富士が後援者の知人女性に対し、太ももを触るなどの不適切行為を行った。

その場で状況を把握した伊勢ヶ濱親方は伯乃富士を呼び戻して注意したが、その際、伯乃富士の左頬付近を拳で1回殴り、さらに平手で顔面を1回叩いた。

この行為が日本相撲協会の暴力禁止規程に違反すると判断された。

2月23日に自ら報告、4月9日に処分決定

伊勢ヶ濱親方は2月23日に協会のコンプライアンス部長へ暴力行為を報告。翌24日には関係者とともに協会で事情聴取を受けた。

その後、コンプライアンス委員会による調査と審議を経て、4月9日の臨時理事会で処分が正式決定した。

処分内容は次の通りである。

  • 伊勢ヶ濱親方:委員待遇年寄から年寄への降格、報酬10%減額を3か月間。
  • 伯乃富士:日本相撲協会理事長による厳重注意。
  • 伊勢ヶ濱部屋:協会と一門による指導・監督下に置かれる。
  • 指導体制:部屋付き親方4人と伊勢ヶ濱親方による集団指導体制を導入。

ここで注意したいのが「2階級降格」という言葉の意味だ。これは伯乃富士のような力士の番付が2階級下がったという話ではない。親方の年寄としての待遇上の処分であり、委員待遇年寄から通常の年寄への降格を指している。

なぜ伊勢ヶ濱部屋は閉鎖されず、師匠も継続できたのか

今回の処分で注目されたのは、親方による弟子への暴力が確認されたにもかかわらず、部屋の閉鎖や師匠交代には至らなかった点だ。

日本相撲協会の調査結果では、暴力行為そのものは許されないと明確に判断された。一方で、今回の行為が単発的であり、常習性が確認されなかったこと、伊勢ヶ濱親方が自ら協会へ報告したこと、事実関係を認めて反省していることなどが考慮された。

また、伯乃富士についても、泥酔状態で女性に不適切行為をしたことは問題視されたものの、過去に懲戒処分歴がなかったことや反省の姿勢などを考慮し、懲戒処分ではなく厳重注意とされた。

ただし、部屋の運営については無条件で従来通りというわけではない。協会は伊勢ヶ濱部屋を当面の間、協会と一門の指導・監督下に置くことを決定した。

加えて、稽古場だけでなく生活全般においても、5人の親方が協力して指導・監督する方針が示された。

2026年11月現在、師匠の立場は継続

2026年11月現在、伊勢ヶ濱部屋の公式所属者一覧には、伊勢ヶ濱春雄が師匠として掲載されている。

したがって、2026年4月の処分によって照ノ富士が部屋の師匠を辞めたわけではない。部屋の継承そのものが取り消されたわけでもない。

一方で、協会と一門の監督下に置かれるという措置は、師匠個人の判断に依存しない指導体制への転換を意味する。現役時代の実績とは別に、指導者としての責任と組織運営のあり方が問われる局面になった。

この問題を評価する際には、伯乃富士の不適切行為と、親方による暴力行為を分けて考える必要がある。弟子側に問題があったとしても、指導者による暴力が正当化されるわけではない。協会もその点を明確にしている。

【プロの結論】照ノ富士の現役時代と親方としての評価は分けて考えるべき

照ノ富士の相撲人生には、大きく2つの評価軸がある。

一つは、第73代横綱として幕内優勝10回を達成し、序二段から横綱へ復活した力士としての功績。もう一つは、伊勢ヶ濱部屋を継承した後、弟子への指導と部屋運営を担う親方としての責任である。

前者については、数字と記録が示す通り、歴代横綱の中でも特筆すべき実績を残した。特に大関から序二段まで落ちて再び横綱に昇進した経歴は、単なる勝ち星や優勝回数だけでは評価しきれない。

しかし、現役時代の偉業が、引退後の指導上の問題を免責するものではない。

2026年4月の処分は、親方という立場にある人間にも、協会の暴力禁止規程とコンプライアンスが適用されることを改めて示した。部屋付き親方4人との集団指導体制は、今後の伊勢ヶ濱部屋を考えるうえで重要な変化となる。

照ノ富士の今後を判断するうえで注目したいのは、次の3点だ。

  • 指導体制の改善:集団指導体制が継続し、弟子の安全と適切な指導が確保されるか。
  • 力士の育成実績:熱海富士、尊富士、伯乃富士らを含む所属力士が、どのように成長していくか。
  • 親方としての信頼回復:協会の指導・監督を踏まえ、再発防止と責任ある部屋運営を実現できるか。

横綱としての強さと、師匠としての指導力は別の能力である。照ノ富士が現役時代に見せた粘り強さを、今度は組織運営や次世代育成の面で示せるかどうかが問われている。

照ノ富士春雄の現在・経歴に関するよくある質問(FAQ)

Q1:照ノ富士は2026年現在、何をしている?
A1:元横綱照ノ富士は伊勢ヶ濱親方として、伊勢ヶ濱部屋の師匠を務めている。2025年6月に部屋を継承し、力士の育成と部屋の運営に携わっている。2026年4月の処分後も師匠の立場は継続している。

Q2:照ノ富士の引退理由は何?
A2:長年の両膝の故障や腰の痛み、糖尿病などの持病が背景にある。2025年1月場所に復帰したものの、2勝2敗で5日目から休場。思い通りの相撲が取れない状態を受け、1月17日に引退を正式発表した。

Q3:照ノ富士の引退相撲と断髪式はいつ行われた?
A3:2026年1月31日に両国国技館で開催された。最後の横綱土俵入りと断髪式が行われ、約330人がはさみを入れた。最後の止めばさみは、元横綱旭富士の宮城野親方が務めた。

Q4:照ノ富士の幕内優勝は何回?
A4:幕内最高優勝は通算10回。十両優勝2回、幕下優勝1回も記録している。横綱在位中の優勝は6回である。

Q5:照ノ富士の生涯戦歴と本名は?
A5:本名は杉野森正山。生涯戦歴は523勝275敗231休(82場所)、幕内戦歴は366勝207敗197休(52場所)。日本相撲協会の公式プロフィールに掲載されている。

Q6:照ノ富士はなぜ序二段まで落ちたの?
A6:大関昇進後、両膝の大けがや糖尿病、内臓疾患などに苦しみ、長期休場が続いたため。2019年3月場所には序二段48枚目まで降下したが、そこから復帰し、2021年9月に第73代横綱へ昇進した。

Q7:2026年4月の2階級降格とは何?
A7:弟子の伯乃富士に暴力を振るった問題で、日本相撲協会が伊勢ヶ濱親方に科した処分。委員待遇年寄から年寄への降格と、3か月間の報酬10%減額が決まった。部屋の師匠は継続しているが、協会と一門の監督下で集団指導体制が取られている。

照ノ富士春雄は2025年1月に現役を引退し、同年6月には伊勢ヶ濱部屋を継承した。2026年1月31日には引退相撲と断髪式を終え、現在は伊勢ヶ濱親方として後進の指導にあたっている。

幕内優勝10回、生涯戦歴523勝275敗231休、第73代横綱という実績は、長い相撲史の中でも存在感のある記録だ。大関から序二段まで転落しながら横綱へ復活した歩みは、照ノ富士を象徴する最大の功績といえる。

一方、2026年4月には伯乃富士への暴力問題で2階級降格と報酬減額の処分を受けた。師匠としての立場は継続しているものの、部屋の指導体制には協会と一門による監督が加わっている。

これからの照ノ富士を評価する際には、現役時代の栄光だけでなく、弟子の育成、再発防止、部屋運営の改善にも目を向ける必要がある。序二段から横綱へと戻った不屈の力士が、今度は師匠としてどのような成果を残すのか。伊勢ヶ濱部屋の今後は、2026年以降の大相撲を見守るうえで重要なテーマとなっている。

主な事実確認資料: 日本相撲協会の歴代横綱公式プロフィール、2025年6月9日付の部屋継承発表、伊勢ヶ濱部屋公式サイト、2026年4月9日付の協会処分発表、引退会見および引退相撲に関する報道。

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伊部 拓海
コンテンツディレクター 伊部 拓海
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映画・ドラマ担当。公開資料と一次報道を照合し、ネタバレの扱いには線引きルールを設けています。

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