海原さおり・しおりは、1978年に結成された関西を代表する女性漫才コンビです。「花の110番しおり・ひろこ」という名前で活動を始め、翌1979年に海原小浜へ入門して現在のコンビ名に改めました。1980年にはABC漫才・落語新人コンクールの審査員奨励賞とNHK上方漫才コンテストの優秀賞、1981年には上方漫才大賞の新人奨励賞を受賞しています。
しかし、長年コンビを組んだ海原しおりさんは、2014年1月3日に脳腫瘍のため58歳で亡くなりました。2026年11月現在、海原さおりさんは吉本興業の公式タレントプロフィールに掲載されています。夫である大木こだまさんとの結婚、2人の娘、芸人としての経歴など、現在につながる情報にも注目が集まっています。
- 海原さおり・しおりは1978年に「花の110番しおり・ひろこ」として結成された女性漫才コンビ。
- 1980年のABC新人コンクール、NHK上方漫才コンテスト、1981年の上方漫才大賞で受賞した実績を持つ。
- 海原しおりさんは2014年1月3日、脳腫瘍のため58歳で死去した。
- 海原さおりさんは1985年に大木こだまさんと結婚し、2人の娘を育ててきた。
- 2026年現在も吉本興業の公式プロフィールで海原さおりさんの経歴や受賞歴を確認できる。
【結成秘話】海原さおり・しおりは1978年にどのように誕生したのか

海原さおり・しおりの芸歴をたどると、現在のコンビ名になる前に活動していた時代があることが分かります。
2人が最初に結成したコンビの名前は「花の110番しおり・ひろこ」でした。
1978年に漫才コンビとしてスタートした2人は、翌1979年に上方漫才界の重鎮である海原小浜に弟子入りします。その際に芸名を変更し、「海原さおり・しおり」として新たな活動を始めました。
「花の110番」という名前に込められた由来結成当初の「花の110番」という名前にも興味深いエピソードがあります。
2009年に開催された結成30周年記念公演の記録によると、数字の110は、当時人気を集めていたコント55号にちなんで、その数字を倍にした発想から生まれたと紹介されています。
現在のコンビ名だけを知っている人には、意外に感じられるエピソード可能性があります。
海原小浜への弟子入りが転機に1979年、2人は海原小浜のもとに入門しました。
海原小浜は上方漫才の伝統を受け継ぐ芸人であり、その芸名を冠することは、単なる名前の変更以上の意味を持っていました。
師匠のもとで修業を重ね、伝統的な上方漫才の世界に足場を築いていったのです。
海原さおりさんの吉本興業公式プロフィールにも、1979年の海原小浜への入門が記載されています。
この経緯からも、2人の活動が単なる即席コンビではなく、上方漫才の系譜に連なる芸歴を持っていたことが分かります。
【受賞歴と芸風】海原さおり・しおりが上方漫才界で評価された理由
海原さおり・しおりは、結成から間もない時期に複数の賞を獲得しました。
特に1980年から1981年にかけての受賞は、若手時代の2人が業界内で高く評価されていたことを示しています。
主な受賞歴2人の代表的な受賞歴は次のとおりです。
- 1980年:第1回ABC漫才・落語新人コンクール審査員奨励賞
- 1980年:第11回NHK上方漫才コンテスト優秀賞
- 1981年:第16回上方漫才大賞新人奨励賞
ABCの新人コンクールとNHKのコンテストで同じ1980年に受賞し、翌年には上方漫才大賞でも新人奨励賞を獲得しました。
なお、吉本興業の現在の公式プロフィールでは、1981年の受賞が「上方お笑い大賞」と記載されています。一方、ラジオ大阪の上方漫才大賞公式受賞者一覧では、第16回(1981年)の新人奨励賞受賞者として海原さおり・しおりの名前が掲載されています。
賞の正式名称を確認する場合は、主催者であるラジオ大阪の記録が重要な一次資料になります。
どんな漫才を披露していたのか2人は、主婦としての生活感覚も生かした女性漫才コンビとして活動していました。
結婚や子育て、家庭生活など、身近な題材を笑いに変えることも持ち味の一つでした。
2009年の結成30周年記念公演の記録には、若手時代に扱っていた花嫁のスピーチという題材を、年月を経て花嫁の母親のスピーチへと発展させたネタについても記されています。
これは2人の芸風を考えるうえで興味深い点です。
若い時代の経験だけに頼るのではなく、結婚や子育てを経た自分たちの人生を漫才の題材に取り込んでいたのです。
また、漫才だけでなくテレビやラジオ、音楽活動にも取り組みました。
代表的な楽曲には「好きなら好きやというてんか」があり、歌手としても活動の幅を広げています。
【年表・人物相関】海原さおり・しおりの経歴と関係者を整理
ここでは、コンビの歩みと関係する人物を時系列で整理します。
| 年・時期 | 出来事 | 関係人物・詳細 |
|---|---|---|
| 1978年 | コンビ結成 | 花の110番しおり・ひろこ |
| 1979年 | 海原小浜に入門 | 海原さおり・しおりに改名 |
| 1980年 | ABC新人コンクール受賞 | 審査員奨励賞 |
| 1980年 | NHK上方漫才コンテスト受賞 | 優秀賞 |
| 1981年 | 上方漫才大賞受賞 | 新人奨励賞 |
| 1985年 | 海原さおりが結婚 | 大木こだまさん |
| 2009年 | 結成30周年記念公演 | 大阪・東京で記念公演 |
| 2010年2月19日 | 吉本興業に所属 | 2人で本格的な舞台活動を目指す |
| 2012年7月 | 海原しおりさんが脳腫瘍と診断 | 入院・治療を開始 |
| 2012年8月29日 | 脳腫瘍の手術 | その後も通院 |
| 2014年1月3日 | 海原しおりさん死去 | 58歳 |
| 2026年 | 海原さおりさんのプロフィール掲載 | 吉本興業公式サイト |
海原さおり・しおりは、結成当初から吉本興業に所属していたわけではありません。
以前はケーエープロダクションに所属し、その後フリーで活動していました。
2009年2月には結成30周年記念公演を開催。舞台に立つ楽しさを改めて実感したことが、本格的に漫才へ取り組む転機になりました。
スポーツニッポンの2010年2月の報道によると、2人は舞台での活動を再び本格化させることを決め、同月に吉本興業への所属が決まりました。
海原さおりさんの吉本公式プロフィールにも、入社日は2010年2月19日と記載されています。
また、夫の大木こだまさんも、夫婦であってもそれぞれ別の漫才コンビとして活動することを応援していたと報じられています。
吉本興業への所属は、長い芸歴を持つ2人が、もう一度劇場の舞台に力を注ぐための新しい出発だったのです。
【海原しおりさんの死因】脳腫瘍との闘病と2014年1月3日の命日
海原さおり・しおりについて調べる人が特に気にしているのが、海原しおりさんの死因と闘病の経緯です。
海原しおりさんは、2014年1月3日午前8時33分、脳腫瘍のため大阪府豊中市内の病院で亡くなりました。享年58歳でした。
所属していたよしもとクリエイティブ・エージェンシーが発表し、各報道機関が訃報を伝えています。
脳腫瘍が判明したのは2012年海原しおりさんの闘病が始まったのは、亡くなる約1年半前の2012年です。
2012年7月上旬、なんばグランド花月での公演後にめまいのような症状を訴え、病院で検査を受けたところ、脳腫瘍と診断されました。
その後、同年8月29日に手術を受けています。
手術後は定期的な通院を続けながら、舞台への復帰を目指していました。
2013年12月から容体が悪化治療を続けていた海原しおりさんでしたが、2013年12月下旬に体調を崩し、再入院することになりました。
2014年1月2日に容体が急変し、意識がなくなったと所属事務所から発表されています。
そして翌3日の午前8時33分、入院先の病院で息を引き取りました。
したがって、海原しおりさんの命日は2014年1月3日です。
舞台復帰を最後まで望んでいた海原しおりさんは、闘病中も漫才の舞台に戻ることを強く望んでいたと報じられています。
日刊スポーツの2014年1月の報道によると、しおりさんは闘病生活の記録を書き残そうとしており、病室でも相方のさおりさんと漫才について話していたといいます。
また、復帰後に披露する予定だった新作漫才の台本も残されていました。
2014年1月6日の告別式では、相方のさおりさんが深い悲しみのなかで最後の別れを告げました。
2人が積み重ねた36年間の芸歴は、単なる仕事仲間という言葉だけでは表せない関係だったことが、当時の報道からもうかがえます。
【海原さおりのプロフィールと現在】大木こだまとの結婚や子供について
海原しおりさんの死去後、相方の海原さおりさんはどのような活動を続けているのでしょうか。
2026年11月現在、吉本興業の公式タレントプロフィールには、海原さおりさんの情報が掲載されています。
海原さおりの基本プロフィール- 芸名:海原さおり
- 読み方:うなばらさおり
- 出身地:京都府宇治市
- 血液型:A型
- 身長:160cm
- 趣味:サッカー観戦、韓国ドラマ
- 入門:1979年、海原小浜
- 吉本興業入社:2010年2月19日
生年月日については、吉本興業の公式プロフィールには掲載されていません。WEBザテレビジョンの人物プロフィールでは、1957年5月22日と紹介されています。
公式プロフィールには、NHKラジオ「かんさい土曜ほっとタイム」の実績や、ドラマ「慕情サスペンス 踊りのあとで」への出演歴も記されています。
音楽活動では、次の楽曲が代表作として掲載されています。
- 「大阪パラダイス」
- 「好きなら好きやというてんか」
- 「恋のA(C)」
これらの記録から、漫才だけでなく、ドラマやラジオ、歌手活動にも取り組んできた芸歴が分かります。
夫は大木こだま!結婚したのは1985年海原さおりさんの夫は、漫才コンビ「大木こだま・ひびき」の大木こだまさんです。
2人は1985年に結婚しました。
この結婚については、読売テレビの2017年放送番組の紹介ページにも記録されています。
同じ漫才界で活躍する夫婦でありながら、それぞれ別のコンビとして活動してきたことも特徴です。
2010年に海原さおり・しおりが吉本興業に所属した際にも、夫婦関係と芸人としての活動を分けて考える姿勢が報道されました。
海原さおりの子供は2人!娘もアナウンサーとして活躍海原さおりさんと大木こだまさんの間には、2人の娘がいます。
長女は西山加朱紗さん、次女は西山穂乃加さんです。
2人ともアナウンサーとして活動してきた経歴があります。
西山加朱紗さんは静岡第一テレビでアナウンサーを務めた後、フリーで活動しています。
次女の西山穂乃加さんもテレビ新広島のアナウンサーとして知られ、2024年に同局を退職した後はフリーアナウンサーとして活動しています。
2024年のABCマガジンの記事でも、大木こだまさんの長女と次女として2人が紹介されています。
2025年には孫が誕生次女の西山穂乃加さんは2022年に結婚を発表しています。
さらに2025年1月28日、第1子となる男児を出産しました。
同年2月3日、本人のSNSで出産が報告され、TBS NEWS DIGや日刊スポーツもこのニュースを伝えています。
報道では、父親が大木こだまさん、母親が海原さおりさんであることも紹介されました。
このため、2025年以降の海原さおりさんには、お孫さんが誕生していることになります。
2026年現在の活動は?2026年11月現在、海原さおりさんは吉本興業の公式プロフィールに掲載されています。
ただし、公式プロフィールに記載されているラジオ番組やドラマなどは過去の出演実績であり、2026年現在のレギュラー出演を示すものではありません。
現在の具体的な出演予定や定期的な舞台スケジュールについては、公式プロフィールからは確認できません。
確実に分かるのは、長年の漫才経験と受賞歴を持つ芸人として、吉本興業の公式タレント情報にプロフィールが掲載されていることです。
【よくある質問】海原さおり・しおりに関するFAQ
Q1:海原しおりさんの死因は何ですか?
A1:死因は脳腫瘍です。2012年8月29日に手術を受け、その後も通院していましたが、2013年12月下旬に再入院。2014年1月2日に容体が急変し、翌3日午前8時33分に58歳で亡くなりました。
Q2:海原しおりさんの命日はいつですか?
A2:2014年1月3日です。大阪府豊中市内の病院で亡くなりました。所属事務所が訃報を発表し、各報道機関が伝えています。
Q3:海原さおりさんの夫は大木こだまさんですか?
A3:はい。1985年に結婚しています。2人の娘がおり、長女は西山加朱紗さん、次女は西山穂乃加さんです。脳腫瘍で亡くなった海原しおりさんと、海原さおりさんを混同しないよう注意が必要です。
海原さおり・しおりは、1978年の結成から上方漫才界で活躍し、1980年から1981年にかけて複数の賞を獲得した女性漫才コンビです。
「花の110番しおり・ひろこ」から始まった2人の歩みは、海原小浜への入門を経て、上方漫才の歴史に名前を残すものになりました。
しかし、2014年1月3日、海原しおりさんが脳腫瘍のため58歳で亡くなり、2人での活動は終わりを迎えました。
一方、海原さおりさんは大木こだまさんと家庭を築き、2人の娘を育ててきました。娘たちもアナウンサーとして活躍し、2025年には次女に第1子が誕生しています。
2026年現在の情報を整理するうえで、特に押さえておきたいのは次の3点です。
1. 海原しおりさんと海原さおりさんは別々の人物であること。 脳腫瘍で亡くなったのはしおりさんで、現在の吉本公式プロフィールに掲載されているのはさおりさんです。
2. 大木こだまさんの妻は海原さおりさんであること。 1985年に結婚し、2人の娘がいます。
3. コンビの受賞歴は主催者の公式記録も確認すること。 特に1981年の新人奨励賞は、ラジオ大阪の上方漫才大賞受賞者一覧で確認できます。
36年間にわたって築かれた2人の芸歴と、舞台復帰を最後まで望んでいた海原しおりさんの思い。海原さおり・しおりという名前が現在も検索され続ける背景には、関西の漫才文化に残した実績と、長年連れ添った相方への記憶があるのです。
主な事実確認資料: 吉本興業公式プロフィール、ラジオ大阪の上方漫才大賞歴代受賞者一覧、MANTANWEB、日刊スポーツ、デイリースポーツ、読売テレビ、ABCマガジン、TBS NEWS DIGの報道・公開資料。