2026年11月現在、中井卓大が所属しているのは、愛媛県今治市を本拠地とするFC今治だ。
FC今治は2026年7月22日、スペインのCDレガネスから中井が完全移籍で加入すると発表した。背番号は80。クラブの公式プロフィールでは、MFとして登録されている。
今回の移籍は、中井にとって初めてのJリーグ挑戦となる。10歳前後からスペインで育成を受けてきた選手が、日本のプロサッカーに活動の場を移した点で、大きなキャリアの転換点だ。
FC今治加入時に発表された本人コメント加入発表では、中井自身も次のように意気込みを伝えている。
はじめまして。このたびFC今治でプレーすることになりました、ピピです。この1年、J1昇格に向けて全力を尽くします。みんなで頑張りましょう。よろしくお願いします! バモス!
このコメントからも、単に日本へ帰国するだけでなく、チームの目標達成に貢献したいという姿勢がうかがえる。
加入前には北海道・室蘭で行われたFC今治のキャンプに練習生として参加。チームの環境や指導体制を確認したうえで、正式加入に至った。クラブ公式発表とJリーグの選手登録情報でも、所属と背番号80が確認できる。
Jリーグでの出場記録は?2026年11月5日時点で確認できる試合履歴は、次のとおり。
| 項目 | 成績 |
|---|---|
| 所属 | FC今治 |
| 大会 | J2リーグ |
| 初出場 | 2026年8月9日 |
| J2出場試合数 | 9試合 |
| 出場時間 | 669分 |
| 得点 | 0 |
| アシスト | 0 |
| 背番号 | 80 |
※2026年11月3日の札幌戦までの試合別履歴を集計。ルヴァンカップは別途1試合出場している。
Jリーグデビューは8月9日のいわきFC戦。先発メンバーとしてピッチに立ち、87分間プレーした。
その後も大宮、富山、山形、大分、鳥栖、横浜FCなどとの試合で出場機会を得ている。8月15日の大宮戦、8月22日の富山戦では、それぞれ90分間プレーした。
9月以降も先発出場を重ね、10月31日の甲府戦では途中出場、11月3日の札幌戦では先発して90分間プレーしている。
注目したいのは、加入直後から実戦の出場機会を得ていることだ。
得点やアシストという数字はまだ残せていないものの、669分の出場は、チーム内でプレー経験を積み重ねていることを示している。今後は中盤での組み立てや攻撃への関与を、どれだけ直接的な結果につなげられるかが焦点になる。
【プロフィール】中井卓大の身長・年齢・ポジションを整理

中井卓大(なかい・たくひろ)
Takuhiro Nakai / Pipi
23歳
2026年11月5日時点
中井卓大の基本プロフィールを
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 名前 | 中井卓大 |
| 読み方 | なかい・たくひろ |
| 愛称 | ピピ |
| 生年月日 | 2003年10月24日 |
| 年齢 | 23歳 |
| 出身地 | 滋賀県 |
| 身長 | 182cm |
| 体重 | 73kg |
| ポジション | MF |
| 利き足 | 右足 |
| 所属クラブ | FC今治 |
| 背番号 | 80 |
出典はFC今治の加入時プロフィールとJリーグ公式選手情報。
「ピピ」という愛称の由来中井卓大を語るうえで欠かせないのが、「ピピ」という愛称だ。
幼少期、思いどおりにプレーできないと泣いてしまうことがあったことから、この呼び名が定着したと報じられている。
その後、レアル・マドリードの育成組織に所属する日本人選手として知られるようになり、愛称も日本のサッカーファンの間に広まった。
現在も本人はFC今治の加入コメントで「ピピです」と自己紹介している。クラブの選手登録でも「中井 卓大 ピピ」と表記されており、本人とファンをつなぐ親しみやすい呼び名として定着している。
【経歴・年表】レアル・マドリードからFC今治までの歩み
中井卓大のキャリアは、日本の一般的なプロサッカー選手とは大きく異なる。
国内の高校や大学を経由するのではなく、少年時代からスペインの名門クラブで育成を受け、各年代のチームで経験を積んできた。
その歩みを時系列で整理する。
| 時期 | 所属・出来事 | キャリア上の意味 |
|---|---|---|
| 2013年 | レアル・マドリードの育成組織入り | 9歳でスペイン挑戦 |
| 2018年 | U-15日本代表選出 | 世代別代表に初招集 |
| 2022年 | U-19日本代表選出 | 日本代表活動に復帰 |
| 2022-23年 | レアル・マドリード・カスティージャ | Bチームでプロカテゴリーを経験 |
| 2023-24年 | CFラージョ・マハダオンダ | スペイン3部相当で実戦経験 |
| 2024-25年 | SDアモレビエタ | 新たなクラブでプレー |
| 2025年 | ラージョ・カンタブリア | スペイン4部相当で経験 |
| 2025年6月 | レアル・マドリード退団 | 長年所属したクラブを離れる |
| 2025年8月 | CDレガネスB | スペインで新たな挑戦 |
| 2026年4月 | 右膝の負傷から実戦復帰 | 半月板手術後の復帰 |
| 2026年7月22日 | FC今治へ完全移籍 | Jリーグ初挑戦 |
| 2026年8月9日 | Jリーグ初出場 | 国内公式戦デビュー |
中井が大きな注目を集めたきっかけは、小学生時代に参加したレアル・マドリード関連のトレーニングキャンプだった。
2013年、9歳で同クラブの育成組織への入団が決定。日本人選手がレアル・マドリードのカンテラに入るというニュースは、日本のサッカー界でも話題になった。
当時の中井は、卓越したボールタッチやドリブル技術を持つ少年として知られていた。
特に、ブラジル代表DFマルセロらトップチームの選手の前で披露したボールさばきは、多くのサッカーファンの記憶に残っている。
その後、カデーテ、フベニールといった育成年代を順に経験。世界各国から集まる才能豊かな選手たちと競い合いながら、トップチームに近いカテゴリーを目指した。
レアル・マドリード・カスティージャへの昇格2022年夏、中井はレアル・マドリードのBチームにあたるカスティージャへ昇格した。
カスティージャはトップチームの一つ下に位置するリザーブチームで、スペインのプロカテゴリーで戦う。
当時の監督は、元レアル・マドリードの名選手であるラウール・ゴンサレス。若手選手がトップチーム昇格を目指す競争の激しい環境だった。
しかし、昇格後は思うように出場機会を確保できなかった。
2022年11月のスポルティーバによる取材では、当時の中井がカスティージャの公式戦12試合中、出場1試合・4分間だったことが紹介されている。
トップチームの練習に呼ばれる機会もあった一方、Bチームで継続的に出場することは簡単ではなかった。
この経験が、後の期限付き移籍へとつながっていく。
スペイン国内の複数クラブで武者修行カスティージャで出場機会を増やすことが難しくなった中井は、2023年以降、スペイン国内の別クラブへ移籍しながら経験を積んだ。
主な所属先は次のとおり。
- CFラージョ・マハダオンダ
- SDアモレビエタ
- ラージョ・カンタブリア
- CDレガネスB
いずれもトップチームへの昇格を目指す過程で経験したクラブだ。
ここで重要なのは、レアル・マドリードを離れてからも、スペインでプレーする道を模索していた点である。
単に所属先を変えたというより、カテゴリーやチーム環境を変えながら、自分のプレーを発揮できる場所を探していたと捉えられる。
2025年6月にはレアル・マドリードを退団。同年8月からはCDレガネスBでプレーすることになった。
【移籍経緯】なぜ中井卓大はスペインから日本へ戻ったのか
2026年のFC今治加入は、単純な海外挑戦の終了ではない。
本人のインタビューを読むと、日本でプレーすることは以前から考えていた選択肢だったことが分かる。
2026年8月6日公開のサッカーダイジェストWebの単独インタビューでは、中井が移籍を決断した背景を率直に語っている。
日本でプレーしたい気持ちは以前からあった中井は、2〜3年前から日本でプレーしたいという思いを持っていたと明かしている。
スペインでのキャリアを振り返ると、3部カテゴリーまでは経験できたものの、その先の2部、1部へのステップアップには難しさを感じていたという。
そこで、日本に戻ってJリーグで活躍し、再び海外に挑戦する道を考えるようになった。
本人はインタビューで、カテゴリーにこだわらず、まず自分のプレーを日本のファンに見てもらいたいという趣旨の話もしている。
これは移籍の背景を理解するうえで要点だ。
レアル・マドリードという世界的クラブの育成組織にいた経歴だけでは、現在の実力を評価することはできない。日本の公式戦でプレーし、実績を積み重ねることが必要だった。
FC今治を選んだ理由は監督との相性今回の移籍で大きな役割を果たした人物が、FC今治のアベル・モウレロ監督だ。
中井のインタビューによると、最初から正式オファーを受けたというより、室蘭キャンプへの練習参加を打診されたことが始まりだった。
本人は、スペイン人指導者であるモウレロ監督の過去の仕事やチームの戦い方に関心を持っていた。
また、FC今治の会長を務める岡田武史氏の存在も以前から認識していたという。
練習参加を通じて実際のチーム環境を確認し、最終的に加入を決断した。
この経緯は、クラブの知名度や待遇だけでなく、指導者の戦術的な考え方と自分のプレースタイルが合うかどうかを重視した選択だったことを示している。
移籍決断の背景にあった負傷と出場機会の減少もう一つ見逃せないのが、2025年末から2026年春にかけての負傷だ。
中井は2025年12月1日に右膝の半月板の手術を受けた。
本人の説明によると、以前から痛めていた右膝を練習中に再び負傷し、手術とリハビリが必要になった。
2026年4月19日のCDモストレス戦で実戦復帰。約半年に及ぶ離脱期間を経て、再びピッチに戻った。
加えて、サッカーダイジェストWebのインタビューでは、2025-26シーズンの出場が約10試合、約450分にとどまったことも語っている。
中井自身、以前より移籍先の選択肢が少なくなっていたと振り返っている。
つまり、今回の日本復帰には、本人の希望だけでなく、負傷からの復帰、試合勘の回復、次の所属先を確保するという現実的な事情も重なっていた。
【プレースタイル分析】中井卓大の武器はボールタッチとパスの精度
中井卓大のプレースタイルを理解するには、少年時代と現在の変化を分けて見る必要がある。
幼少期の中井は、細かなボールタッチとドリブルを生かして相手をかわすプレーヤーとして知られていた。
一方、身長が伸びた10代後半以降は、中盤でパスをつなぎ、周囲と連係するプレーにも比重を置くようになった。
得意なプレーは視野の広さと正確なパス2026年8月のサッカーダイジェストWebのインタビューで、中井自身はストロングポイントとして次の要素を挙げている。
- 視野の広さ
- パスの正確さ
- ファーストコントロールの技術
- トラップの質
- ボールを受ける前に周囲を確認する習慣
特に注目したいのは、ボールを受ける前の状況把握だ。
中盤の選手は、ボールを受けてから次のプレーを考えていては、相手のプレスに対応できないことがある。
そのため、受ける前に周囲を確認し、次のパスコースや相手の位置を把握しておく必要がある。
中井が重視しているのも、こうした中盤の基本技術だ。
身長の変化によってプレーも変わった2022年のスポルティーバのインタビューでは、中井自身が15歳から18歳までの3年間で身長が約30cm伸びたと説明している。
それに伴い、プレーの特徴も変化した。
以前はドリブルで相手を抜くことを得意としていたが、成長後は2タッチで味方につなぐプレーや、パスを優先する場面が増えたという。
これは単純にドリブル能力が失われたという意味ではない。
身体的な成長とともにプレーの選択肢が増え、中盤の選手としてチーム全体を動かす役割も意識するようになったということだ。
現在の課題は90分間を通じたプレーの継続性一方で、中井自身も課題を認識している。
2026年8月のインタビューでは、身体の強さそのものよりも、体力面のフィジカルや、良いプレーを90分間継続する能力を改善点として挙げた。
この自己分析は、現在の中井を評価する際にも重要だ。
技術的な能力が高くても、試合の終盤まで運動量や判断の質を維持できなければ、チームの中心選手として定着することは難しい。
FC今治で継続して出場しながら、コンディションとプレー強度を高められるかが、今後の成長を左右する。
【日本代表歴】中井卓大は日本代表に選ばれている?
中井卓大には、年代別日本代表の招集歴がある。
ただし、2026年11月時点で、A代表(日本代表トップチーム)の公式出場記録はない。
U-15日本代表に初選出2018年10月、中井はU-15日本代表に初招集された。
当時はレアル・マドリードの下部組織に所属しており、スペインで育成を受けながら日本代表の活動にも参加する立場だった。
JFAが発表したフランス遠征のメンバーに名前が掲載され、世代別代表としてのキャリアが始まった。
2022年にはU-19日本代表に選出2022年11月にはU-19日本代表のスペイン遠征メンバーに選ばれた。
JFAの公式記事には、中井本人のコメントも掲載されている。
本人は、U-15日本代表のフランス遠征以来、4年ぶりの代表活動だったことに触れ、普段のプレーを発揮してチームの勝利に貢献したいという意気込みを示していた。
スペインを活動拠点とする中井にとって、同世代の日本人選手と一緒にプレーできる貴重な機会でもあった。
A代表入りは今後の目標2026年8月のJリーグ初出場後、日刊スポーツの報道では、中井が4年後のワールドカップで日本代表になることを目標に掲げたことが伝えられている。
FC今治への加入は、日本代表への道を考えるうえでも新たなスタートとなる。
もっとも、年代別代表への選出とA代表入りは別の段階だ。
Jリーグで継続的に出場し、チームの勝利に貢献する実績を積むことが、代表入りを目指すうえでの現実的な課題となる。
【プロの結論】中井卓大の現在地と今後の評価ポイント
中井卓大の2026年は、キャリアの再構築という意味で大きな転換期になった。
少年時代にレアル・マドリードの育成組織へ入り、カスティージャまで昇格した実績は確かなものだ。
一方、スペインでのキャリアでは、継続的な出場機会の確保やカテゴリーのステップアップに苦労した時期もあった。
さらに右膝の半月板手術による離脱も経験している。
そのうえで選んだのが、FC今治でのJリーグ挑戦だった。
今後の評価で注目したい3つのポイント1. 出場時間の積み重ね
まずは継続的に試合へ出場することが重要だ。2026年11月初旬までにJ2で9試合、669分を記録している。今後は出場時間を増やし、先発メンバーとして定着できるかが注目される。
2. 得点やアシストにつながるプレー
中井の武器はパスやボールコントロールだが、MFとしては攻撃の結果も求められる。チャンスメークやラストパス、ゴール前への進入など、数字に表れる成果が期待される。
3. コンディションと90分間の安定性
右膝の手術を経験しただけに、コンディション管理は重要だ。本人も体力面とプレーの継続性を課題に挙げている。シーズンを通じて安定したパフォーマンスを発揮できるかが評価の分かれ目になる。
背番号80に込められた意味中井がFC今治で選んだ80番については、日刊スポーツが憧れの選手であるロナウジーニョに由来すると報じている。
背番号の選択にも、少年時代から培ってきたサッカーへの思いが表れている。
ただし、番号そのものよりも大切なのは、ピッチ上でどのようなプレーを見せるかだ。
FC今治で結果を残し、日本のサッカーファンに現在の実力を示せるか。ここからの成長が注目される。
【中井卓大の現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:中井卓大は現在どこのクラブに所属していますか?
A1:2026年11月現在、J2リーグのFC今治に所属している。2026年7月22日にスペインのCDレガネスから完全移籍で加入した。
Q2:中井卓大の背番号は何番ですか?
A2:FC今治での背番号は80番。ポジションはMF(ミッドフィールダー)として登録されている。
Q3:中井卓大の身長は何cmですか?
A3:182cm、体重73kg。右足を利き足とするミッドフィールダーだ。
Q4:中井卓大はレアル・マドリードのトップチームでプレーしましたか?
A4:レアル・マドリードの育成組織とBチームのカスティージャでプレーしたが、トップチームの公式戦出場記録は確認されていない。トップチームの練習に参加した経験は報じられている。
Q5:中井卓大は日本代表に選ばれていますか?
A5:U-15日本代表とU-19日本代表に選出された経験がある。ただし、2026年11月時点でA代表の公式出場記録は0試合となっている。
Q6:中井卓大のJリーグでの成績は?
A6:2026年11月3日までの試合履歴では、J2リーグ9試合、669分出場、0得点、0アシスト。Jリーグ初出場は2026年8月9日だ。
Q7:中井卓大はなぜスペインから日本に戻ったのですか?
A7:以前から日本でプレーしたい気持ちがあり、スペインでの出場機会や上位カテゴリーへのステップアップの難しさ、負傷からの復帰などを踏まえてFC今治への加入を決断した。本人は将来的に再び海外でプレーする希望も語っている。
中井卓大は、レアル・マドリードの下部組織で育った経験を持つ23歳のミッドフィールダーだ。
2026年7月にFC今治へ完全移籍し、背番号80でJリーグに初挑戦。8月9日のJリーグデビューから出場を重ね、11月初旬にはJ2で9試合、669分のプレー時間を記録している。
これまでのキャリアには、レアル・マドリード・カスティージャへの昇格、スペイン国内での複数回の移籍、右膝の手術と復帰など、さまざまな転機があった。
現在の中井を評価するうえで大切なのは、少年時代の「神童」という肩書だけで判断しないことだ。
FC今治でどれだけ試合に出場し、持ち味であるパスやボールコントロールを勝利につなげられるか。
それが、今後のキャリアを占う重要な基準になる。
スペインで過ごした約12年間を経て、日本で新たな一歩を踏み出した中井卓大。FC今治での成長と、その先にある再びの海外挑戦、そして日本代表入りへの可能性に注目したい。
主な参考資料
- FC今治公式サイト「中井卓大選手 完全移籍での加入のお知らせ」
- Jリーグ公式サイト「中井卓大 ピピ 選手プロフィール・出場履歴」
- JFA公式サイト「U-19日本代表スペイン遠征」
- サッカーダイジェストWeb「日本へ行くことに葛藤はなかった」2026年8月6日
- web Sportiva「ピピ中井卓大、4年ぶりの日本代表」2022年11月22日
- 日刊スポーツの2026年移籍・復帰関連報道