2026年11月現在、元プロボクサーの赤井英五郎は、プロボクサーとしての現役生活に幕を下ろし、新たな人生のステージに進んでいる。父は「浪速のロッキー」として知られる俳優・元プロボクサーの赤井英和。英五郎自身も帝拳ジムに所属し、2023年には東日本ミドル級新人王を獲得するなど、ボクサーとして実績を積み重ねてきた。
大きな転機となったのは、2026年9月22日。32歳の誕生日に、自身のInstagramを通じてプロボクサー引退を表明した。プロ通算戦績は11戦6勝(5KO)5敗。引退の背景には、単純な敗戦や年齢の問題ではなく、競技に向き合う目的を見つめ直した本人なりの決断があった。
一方、英五郎には映画監督というもう一つの顔がある。2022年には父・赤井英和のボクシング人生を描いたドキュメンタリー映画『AKAI』で監督・編集を担当した。ボクシングを離れた後、映像制作を含めてどのような活動を展開していくのかにも関心が集まっている。
【2026年最新】赤井英五郎は9月に現役引退!現在の状況を解説

赤井英五郎の引退が報じられたのは2026年9月23日。日刊スポーツやスポーツ報知などが、本人による引退表明を伝えた。
発表日は、本人の32歳の誕生日である9月22日だった。
今回の発表は、単なる休養や一時的な活動停止ではない。本人がプロボクサーとしての現役生活を終えると決断したものだ。
2026年7月の試合が最後のリングに英五郎の現役最後の試合は、2026年7月4日に後楽園ホールで行われた。
韓国のヤン・セユルとの71.0キロ契約体重8回戦で、英五郎は2回TKO負けを喫した。
この試合は、A級(8回戦)に昇格してからの初戦だった。2026年1月にはベー・ドンミンに1回TKO勝ちを収め、11か月ぶりの再起戦を白星で飾っていただけに、次戦への期待もあった。
しかし、7月の敗戦後、本人は今後について精神的に大きな影響を受けたことを語っていた。
その約2か月半後、引退を正式に発表したのである。
2026年11月現在の活動状況現在の英五郎について、確実に整理できるのは次の3点だ。
- プロボクサーとしての現役引退を表明済み。
- 映画『AKAI』の監督・編集を担当した映像制作の経験がある。
- 引退発表では、今後も夢を持ち、挑戦を続ける意思を示している。
引退後の具体的な所属先や新作映画、次の職業については、2026年11月6日までに広く報じられた確定情報は見当たらない。
したがって、現段階では「ボクサーを引退したこと」と「今後の活動内容が正式発表されていること」は分けて考える必要がある。
【赤井英和の長男】赤井英五郎の年齢・生年月日とプロフィール
赤井英五郎は、俳優・元プロボクサーの赤井英和の長男として知られる。
ただし、彼の経歴は父親の知名度だけで説明できるものではない。アメリカでの学生生活、大学時代の映像制作の学習、20歳から始めたボクシングなど、独自の経験を重ねてきた人物だ。
赤井英五郎の基本プロフィール| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 赤井英五郎(あかい・えいごろう) |
| 生年月日 | 1994年9月22日 |
| 年齢 | 32歳(2026年11月現在) |
| 出身地 | 東京都世田谷区 |
| 父親 | 赤井英和 |
| 所属ジム | 帝拳ジム(現役時代) |
| 身長 | 179cm |
| アマチュア戦績 | 14戦8勝6敗 |
| プロ戦績 | 11戦6勝5敗 |
| プロ勝利KO数 | 5 |
| 主な獲得タイトル | 2023年度東日本ミドル級新人王 |
| 映画関連の実績 | 『AKAI』監督・編集 |
| 現在 | プロボクサー引退を表明 |
生年月日やアマチュア戦績、プロ通算成績は、帝拳ジムの選手プロフィールにも掲載されている。
父親の赤井英和とはどのような関係?父親の赤井英和は、1980年代にプロボクサーとして活躍し、「浪速のロッキー」の愛称で人気を集めた人物だ。
1980年にプロデビューし、21戦19勝16KO2敗という戦績を残した。引退後は俳優としても成功し、映画『どついたるねん』などに出演している。
英五郎は、その赤井英和の長男である。
映画『AKAI』の公式サイトによると、英五郎という名前は父親の「英和」と祖父の「五郎」から名付けられたという。
父と息子には、ボクシングという共通点がある。しかし、英五郎は父親と同じ道を歩むだけではなく、映像制作にも関心を持っていた。
アメリカで過ごした学生時代英五郎は12歳のときにハワイへ留学。その後、中学・高校・大学時代をアメリカで過ごした。
カリフォルニア州のウィッティア大学では映像制作を学んでいる。
スポーツ面では、9歳のころからラグビーに取り組み、高校時代にはアメリカンフットボールを経験した。
つまり、ボクシングだけに専念して育った人物ではない。
映像制作とスポーツの両方に関心を持っていたことが、後の映画監督としての活動にもつながっている。
【アマチュア時代の実績】全日本社会人選手権優勝から東京五輪への挑戦まで
英五郎が本格的にボクシングを始めたのは20歳のときだった。
父親が元プロボクサーという環境はあったものの、本人が競技を始めた動機について、帝拳ジムのプロフィールには「自分の可能性を確かめるため」と記されている。
競技開始が比較的遅かったにもかかわらず、アマチュア時代には着実に実績を積み上げた。
2018年に全日本社会人選手権ミドル級で優勝大きな実績となったのが、2018年の全日本社会人ボクシング選手権大会ミドル級優勝だ。
アマチュア戦績は14戦8勝6敗。勝利のうち4勝はKO・RSCによるものだった。
競技歴の短さを考えると、全国大会で優勝したことは特筆すべき実績である。
その後、英五郎は東京2020オリンピックへの出場を目指した。
2019年11月、東京五輪への道が閉ざされる五輪出場を目指す英五郎にとって、大きな転機となったのが2019年11月の第89回全日本ボクシング選手権だった。
2回戦で敗退し、東京オリンピック出場の夢は実現しなかった。
加えて、左足アキレス腱の断裂や左手首の手術など、故障にも苦しんだことが報じられている。
競技を続けるうえで、身体的な問題と進路の再検討を迫られた時期だった。
それでもボクシングをやめるのではなく、プロへの転向を決断する。
アマチュアからプロへ進んだ理由アマチュア競技での目標を失った後、英五郎は新たな挑戦の場としてプロボクシングを選んだ。
2021年9月11日、後楽園ホールでプロデビュー。
デビュー戦は1回TKO負けという厳しい結果だったが、ここからプロとしてのキャリアをスタートさせた。
【プロ戦績6勝5敗】帝拳ジムでの歩みと東日本ミドル級新人王
赤井英五郎のプロボクシング戦績は、11戦6勝(5KO)5敗。
所属していたのは、数多くの有力選手を輩出してきた帝拳ジムだ。
アマチュア時代から練習に通っていたジムであり、プロ転向後も同じ環境で競技を続けた。
2023年に東日本ミドル級新人王を獲得プロ転向後、英五郎は2021年、2022年と東日本新人王トーナメントに挑戦したが、いずれも準決勝で敗退した。
3度目の挑戦となった2023年、ついに東日本ミドル級新人王を獲得する。
決勝ではマッチョパパ一基に4回判定勝ち。判定は3対0だった。
その後、12月23日の全日本ミドル級新人王決定戦では冨永一季に3回TKO負けを喫し、全日本新人王の獲得はならなかった。
それでも、東日本新人王というタイトルは、プロとして積み重ねた努力を示す重要な実績となった。
赤井英五郎の主なキャリア年表| 時期 | 出来事 | 実績・意味 |
|---|---|---|
| 1994年9月22日 | 東京都世田谷区で生まれる | 赤井英和の長男 |
| 12歳 | ハワイへ留学 | アメリカで学生生活を送る |
| 20歳 | ボクシングを開始 | アマチュア競技に挑戦 |
| 2018年 | 全日本社会人選手権 | ミドル級優勝 |
| 2019年11月 | 全日本選手権 | 2回戦敗退、東京五輪出場を逃す |
| 2021年9月11日 | プロデビュー | 帝拳ジム所属 |
| 2022年9月 | 映画『AKAI』公開 | 監督・編集を担当 |
| 2023年11月3日 | 東日本新人王決勝 | ミドル級新人王を獲得 |
| 2023年12月23日 | 全日本新人王決定戦 | 3回TKO負け |
| 2026年1月17日 | 再起戦 | ベー・ドンミンに1回TKO勝ち |
| 2026年7月4日 | 最終試合 | ヤン・セユルに2回TKO負け |
| 2026年9月22日 | 引退を表明 | 32歳の誕生日に決断 |
2026年1月のベー・ドンミン戦では、1回TKO勝ちを収めている。
この勝利によってA級への昇格を決めた英五郎は、7月に初めての8回戦に臨んだ。
しかし、結果は2回TKO負け。
最終的なプロ戦績は6勝5敗となった。
注目したいのは、勝利した6試合のうち5試合がKO勝ちだった点だ。
KO率だけでなく、東日本新人王を獲得した実績や、A級昇格までたどり着いた過程も含めて評価する必要がある。
プロの世界では結果が数字として残る。しかし、英五郎の場合、アマチュア時代から含めると長い競技生活の中で、挫折と再挑戦を繰り返してきた。
【引退理由の真相】赤井英五郎は敗戦や年齢が原因で引退したのか?
今回の引退で最も注目されたのが、その理由だ。
2026年7月の敗戦から約2か月半後に引退を発表したため、「最後の試合で負けたことが直接の原因なのではないか」と考える人もいるだろう。
しかし、本人が発表したコメントを読むと、単純な敗戦による引退とは異なる事情が見えてくる。
本人が否定した3つの理由2026年9月22日の引退表明で、英五郎は自身の心境を説明した。
本人は、まだ強くなれるという気持ちが残っていることを伝えたうえで、引退について次のように述べている。
今でも「まだまだ強くなれる」という気持ちはあります。だから、体力や年齢が理由でも、負けたからでも、燃え尽きたからでもありません。
このコメントから読み取れるのは、競技能力への自信を完全に失ったわけではないということだ。
32歳という年齢や、最後の試合の敗北だけを引退理由として説明することは、本人の発言と一致しない。
本当の理由は競技に向き合う目的の変化さらに注目すべきなのは、帝拳ジムで競技を続ける中で感じるようになった心境の変化だ。
スポーツ報知の報道によると、英五郎は、実力者が集まる環境で努力すること自体が、いつしか目的になっていたように感じたと説明している。
本人のコメントには、次のような趣旨が示されていた。
- 自分がなりたい姿を追いかけること。
- 名門ジムの環境で努力を続けること。
- 自分自身が本当に進みたい方向を考えること。
これらの間に、少しずつズレが生まれていたという。
つまり、ボクシングが嫌になったという単純な話ではない。
むしろ、競技を続けることで得られる喜びを感じながらも、自分の人生において何を目指したいのかを再考した結果と受け取れる。
2026年1月の発言との違い興味深いのは、2026年1月の再起戦前後にも、引退を意識していたことだ。
デイリースポーツの報道によると、英五郎はベー・ドンミンとの試合について、負ければ現役生活を終える覚悟だったと語っていた。
その試合に勝利した後は、さまざまな意味で解放されたと話している。
一方、7月の試合後には精神的な負担の大きさを語り、9月には正式に引退を表明した。
この経緯を見ると、引退を決断するまでには、試合の勝敗だけではなく、自分の進路を考える時間があったことがうかがえる。
引退コメントに隠された重要なメッセージ英五郎は引退発表の中で、帝拳ジムの本田明彦会長やトレーナー、家族、友人、スポンサー、ファンに感謝を伝えた。
また、ボクシングが自分を強くしてくれたことを振り返り、次のような言葉を残している。
夢を見るのを止めないし、挑戦することを止めない。
この言葉は、ボクシングそのものを否定して引退するのではなく、競技を通じて得た経験を次の人生につなげようとする姿勢を示している。
少なくとも公表された引退コメントや報道からは、所属ジムとのトラブルや家族との対立が引退の原因だったとする情報は確認できない。
引退理由の核心は、本人が自分の目標と人生の方向性を見つめ直したことにある。
【映画監督としての現在】赤井英五郎が手がけた映画『AKAI』とは?
赤井英五郎を理解するうえで、ボクシングと同じくらい重要なのが映像制作だ。
英五郎は大学時代に映像制作を学び、2022年にはドキュメンタリー映画『AKAI』の監督・編集を担当した。
プロボクサーとして活動する一方で映画監督も務めるという、異色の経歴を持っている。
映画『AKAI』は父・赤井英和の人生を描いた作品『AKAI』は2022年9月9日に劇場公開されたドキュメンタリー映画だ。
作品では、父・赤井英和のプロボクサー時代に焦点を当てている。
<映画『AKAI』作品概要>
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | AKAI |
| 公開日 | 2022年9月9日 |
| ジャンル | ドキュメンタリー |
| 上映時間 | 88分 |
| 監督 | 赤井英五郎 |
| 編集 | 赤井英五郎 |
| 主な出演者 | 赤井英和 |
| 配給 | ギャガ |
映画では、1980年代に活躍した赤井英和の試合映像やインタビューを通して、ボクサーとしての人生を振り返る。
特に1985年の大和田正春戦は、作品の重要な要素となっている。
この試合で赤井英和はKO負けを喫し、急性硬膜下血腫と脳挫傷で緊急手術を受けた。選手生命を絶たれることになった出来事でもある。
英五郎は息子として父親にボクシングとの出会いを尋ね、父親の過去を映像作品としてまとめた。
父親の過去を息子が映像化した意味『AKAI』の特徴は、単なる有名ボクサーの記録映画にとどまらない点だ。
赤井英和は、現役時代の激しいファイトスタイルで知られる一方、引退後には俳優として成功した。
しかし、その人生には大きな事故や選手生命の終わりという苦難もあった。
英五郎は、父親の過去を映像として記録することで、リング上の英雄だけではない一人の人間としての赤井英和を描こうとした。
映画の公式サイトでは、阪本順治監督が製作に協力し、朝日放送テレビの映像協力による貴重な試合映像なども使用されたと紹介されている。
息子が父親の人生を取材し、作品として完成させたことは、親子の関係を考えるうえでも興味深い。
ボクシング引退後は映画監督に専念するのか?ここは慎重に考えたい部分だ。
映画監督として『AKAI』を手がけた実績は確かにある。しかし、2026年11月現在、引退後に映画監督一本へ進むという正式発表は確認されていない。
2025年の企業プレスリリースでは、英五郎について、AIを活用した新たな映像表現を追求している人物として紹介されていた。
そのため、映像制作は今後の活動を考えるうえで有力な分野の一つといえる。
ただし、次回作や新たな監督作品の公開時期などは公表されておらず、具体的な活動計画は今後の発表を待つ必要がある。
【プロの結論】赤井英五郎の引退が示すキャリア転換の意味
英五郎の引退を理解するうえで重要なのは、プロボクサーとしての成績だけで人生を評価しないことだ。
アマチュア時代には全国大会を制し、東京五輪を目指した。プロ転向後は東日本新人王を獲得し、A級昇格も果たした。
一方で、故障や敗戦を経験し、競技を続ける目的についても考え直した。
こうした歩みから見えてくるのは、キャリアの転換には必ずしも能力の限界や失敗だけが関係するわけではないということだ。
英五郎の経歴から読み取れる3つのポイント1. 遅いスタートでも実績を残せる
20歳から始めたボクシングで全日本社会人選手権を制したことは、競技開始時期だけで将来の可能性が決まるわけではないことを示している。
2. 成功している環境が必ずしも本人の最終目標とは限らない
帝拳ジムという名門環境で努力を続けた英五郎は、その環境で頑張ること自体が目的になっていたと振り返った。
これは競技に限らず、仕事や学業でも考えさせられる問題だ。
3. 一つのキャリアを終えても経験は残る
ボクシングを通じて得た経験は、映画制作や今後の活動にも生かせる可能性がある。
英五郎はボクサーとしての現役生活を終えたが、挑戦する意思そのものは変わっていない。
【赤井英五郎に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:赤井英五郎は現在何歳ですか?
A1:1994年9月22日生まれで、2026年11月現在32歳です。
Q2:赤井英五郎は赤井英和の息子ですか?
A2:はい。俳優・元プロボクサーの赤井英和の長男です。名前は父親の「英和」と祖父の「五郎」に由来しています。
Q3:赤井英五郎のボクシング戦績は?
A3:プロ通算11戦6勝(5KO)5敗です。アマチュア時代は14戦8勝6敗でした。
Q4:赤井英五郎はなぜ引退したのですか?
A4:本人は、年齢や体力、敗戦、燃え尽きが理由ではないと説明しています。競技環境で努力すること自体が目的になっていたと感じ、自分の目指す姿を改めて考えたことが決断につながりました。
Q5:赤井英五郎は東日本新人王を獲得していますか?
A5:はい。2023年度東日本ミドル級新人王を獲得しています。全日本新人王決定戦では冨永一季に敗れました。
Q6:赤井英五郎が監督した映画は何ですか?
A6:2022年公開のドキュメンタリー映画『AKAI』です。父親の赤井英和のボクシング人生を題材に、監督と編集を担当しました。
Q7:赤井英五郎は引退後もボクシングを続けますか?
A7:プロボクサーとしての現役引退を表明しています。今後、指導者や別の形でボクシングに関わるかどうかについては、具体的な発表はありません。
Q8:赤井英五郎の今後の活動は決まっていますか?
A8:映画監督・映像制作という経験がありますが、2026年11月現在、引退後の具体的な新作や職業について正式な発表は確認されていません。本人は引退コメントで、今後も夢を持って挑戦を続ける意思を示しています。
赤井英五郎は、2026年9月22日、32歳の誕生日にプロボクサーとしての現役引退を表明した。
プロ戦績は11戦6勝(5KO)5敗。2018年の全日本社会人選手権ミドル級優勝、2023年度東日本ミドル級新人王獲得など、アマチュア・プロの両方で実績を残してきた。
引退の背景には、最後の試合での敗北だけでは説明できない、自分自身の目標や競技への向き合い方を見つめ直す過程があった。
また、映画『AKAI』の監督・編集を担当した経験は、ボクシング以外にも活動の可能性があることを示している。
父・赤井英和と同じボクシングの世界に挑戦し、独自のキャリアを築いてきた英五郎。プロボクサーとしての物語はいったん幕を閉じたが、本人が示した「挑戦を止めない」という意思は変わらない。
今後は映画や映像制作を含め、どのような分野で新しい活動を展開していくのか。次の発表が注目される。
主な根拠資料: 帝拳ジム公式選手プロフィール、日刊スポーツ(2026年9月23日)、スポーツ報知(2026年9月23日)、映画『AKAI』公式サイト、映画.com、2025年の企業プレスリリース。