森永卓郎さんの最期を振り返るうえで、大きな注目を集めたのが、亡くなる前日の2025年1月27日に出演した文化放送の『大竹まこと ゴールデンラジオ!』です。
所属事務所も、この番組を森永さんの生前最後の生放送出演として発表しています。
2025年1月27日、急激に悪化した体調を自ら説明実は森永さんは、この日、文化放送だけでなくTBSラジオの『生島ヒロシのおはよう一直線』にも電話で出演していました。
両番組で、直近の体調悪化について説明しています。
本人によると、1週間ほど前から容体が急変し、右脇腹に強い痛みが出ていたとのことです。ほとんど動けず、1週間近く食事も十分に取れていない状態だったと明かしました。
加えて、がんの転移が本格的に始まった可能性にも触れ、自身の体調について厳しい見通しを語っています。
文化放送の番組では、阿佐ヶ谷姉妹がパーソナリティーを務める中、自宅からリモートで出演しました。
苦しい体調のなかでも、森永さんは出演を続けようとし、次のように話しています。
「今日いけるとこまで行きます。根性で」
この言葉は、亡くなる前日の出演を象徴する発言として報道されました。
大竹まことさんが語った森永卓郎さんへの思い森永さんの訃報を受け、番組で長年共演してきた大竹まことさんも、2025年1月29日に報道陣の取材に応じました。
大竹さんは、最後のリモート出演時の様子について、森永さんが激しい痛みに耐えながら番組に参加していたことを振り返っています。
また、森永さんが長年にわたって番組に出演してきたことにも触れ、自分の意志を貫く姿勢を評価しました。
森永さんは2008年10月から約17年間、同番組のレギュラーとして出演していました。
単発のゲスト出演ではなく、長年にわたり番組を支えた存在だったのです。
最後の出演が亡くなるわずか1日前だったことは、共演者やリスナーに大きな衝撃を与えました。
【経歴と代表作】森永卓郎さんはどんな経済アナリストだった?

森永卓郎さんは、単なるテレビの経済コメンテーターではありません。
専門的な経済理論を、一般の生活者にも理解できる言葉に置き換えて説明することで、多くの読者や視聴者から支持を集めました。
東京大学卒業から経済アナリストへの道森永さんは1957年7月12日、東京都に生まれました。
1976年に東京都立戸山高校を卒業し、1980年に東京大学経済学部経済学科を卒業。同年、日本専売公社に入社しています。
その後、経済企画庁への出向や三井情報開発、三和総合研究所などでの勤務を経験しました。
2002年にはUFJ総合研究所の経済・社会政策部長兼主席研究員となり、2006年からは獨協大学経済学部教授を務めました。
専門分野はマクロ経済、計量経済、労働経済です。
官公庁や民間シンクタンクでの実務経験を持ちながら、テレビ・ラジオ・新聞・書籍など幅広い媒体で活動したことが、森永さんの特徴でした。
『年収300万円時代を生き抜く経済学』が社会に与えた影響
『年収300万円時代を生き抜く経済学』
光文社・2003年2月刊行
発売後6カ月で18万部突破
収入の伸びだけを成功の尺度にせず、限られた収入のなかで幸福な生活を築くという視点を提示した代表作。
森永さんの名前を広く知らしめた代表作が、2003年刊行の『年収300万円時代を生き抜く経済学』です。
当時の日本では、終身雇用や年功序列を前提とした働き方が揺らぎ、雇用や所得の格差が社会的な問題になっていました。
森永さんは、今後の所得環境が厳しくなる可能性を指摘し、高収入や出世だけを追い求めるのではなく、自分にとって幸福な生活を考える必要性を訴えました。
同書は発売後6カ月で18万部を突破。さらに「年収300万円」という言葉は、2003年の新語・流行語大賞トップテンにも選ばれました。
単なる節約術ではなく、収入と幸福の関係を問い直した点が、この本の大きな特徴です。
晩年の代表作『書いてはいけない』と社会への発信
『書いてはいけない 日本経済墜落の真相』
2024年刊行
日本の政治・経済・社会の構造に独自の視点から切り込んだ晩年の著作。
闘病中にも刊行された著書の一つが『書いてはいけない』です。
森永さんは、財務省のあり方や日本経済の問題などについて、従来のメディアでは十分に取り上げられないと考えるテーマを論じました。
また、テレビやラジオでも、専門家としての立場から政治や経済について率直な発言を続けました。
2026年1月17日には、集英社新書から『森永卓郎の戦争と平和講座』が刊行されています。
これは2005年から2023年までの18年間にわたり、ウェブ週刊誌「マガジン9」に寄稿した連載コラムから38タイトルを選んだ追悼的な作品です。
経済だけでなく、平和、政治、国家、格差などについて森永さんが考えてきたことを振り返れる内容になっています。
【プロの結論】森永卓郎さんの死去から2026年に考えたい3つのこと
森永卓郎さんの訃報は、単に一人の著名な経済評論家が亡くなったというニュースにとどまりません。
経済の専門家が、病気と向き合いながら自らの意見を発信し続けたこと、そしてその言葉が書籍やラジオを通じて残されていることにも意味があります。
1. 膵臓がんと原発不明がんは混同しない最も大切なのは、病名に関する情報を正確に理解することです。
森永さんは2023年12月にステージ4の膵臓がんと公表しましたが、2024年6月には検査結果を踏まえて原発不明がんと診断された経緯を説明しています。
したがって、2025年1月の公式発表に記載された死因は原発不明がんです。
検索結果で「膵臓がんで死去」とだけ説明されている場合は、最初の診断と最終的な公表内容が混同されていないか確認する必要があります。
2. 最後まで仕事を続けたことと、治療の成果は別に考える森永さんは病状を公表した後も仕事を続けました。
しかし、本人が仕事を続けられたことを、同じ病気の患者全員に当てはまる話として解釈するべきではありません。
がんの種類や進行度、治療方法、体力、生活環境は一人ひとり異なります。
森永さんの姿から読み取れるのは、本人が自分の仕事や発信を大切にしていたということです。
治療効果や生存期間を一般化するのではなく、一人の人間が自分の価値観を持って生きた記録として受け止めることが大切です。
3. 2026年も著書や過去の発言から経済思想を学べる2026年現在、森永さん本人による新たなテレビ出演やラジオ出演はありません。
一方、過去の著書や連載、追悼出版を通じて、その考え方に触れることができます。
特に、次のような読者には森永さんの著作が参考になります。
- 収入と生活の幸福について考えたい人:『年収300万円時代を生き抜く経済学』
- 日本の政治や経済の仕組みに関心がある人:『書いてはいけない』
- 平和や格差、国家と経済の関係を考えたい人:『森永卓郎の戦争と平和講座』
ただし、2003年の経済予測や当時の社会状況を、2026年の経済環境にそのまま当てはめることはできません。
出版当時の時代背景と現在の統計・制度を比較しながら読むことが、森永さんの主張をより深く理解する方法です。
【森永卓郎さんの死去】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:森永卓郎さんはいつ亡くなりましたか?
A1:2025年1月28日午後1時33分です。自宅で原発不明がんのため亡くなりました。享年67歳でした。
Q2:森永卓郎さんの死因は膵臓がんですか?
A2:最初はステージ4の膵臓がんと公表されましたが、その後の検査で原発不明がんと診断されました。所属事務所が発表した最終的な死因は原発不明がんです。
Q3:森永卓郎さんの最後のラジオ出演は何ですか?
A3:2025年1月27日放送の文化放送『大竹まこと ゴールデンラジオ!』です。自宅からリモート出演し、体調の急激な悪化について説明しました。
Q4:森永卓郎さんの息子は誰ですか?
A4:長男は経済アナリストの森永康平さんです。2025年1月28日に父親の死去を報告し、闘病中に応援してくれた人々への感謝を伝えました。
Q5:森永卓郎さんの葬儀はどのように行われましたか?
A5:所属事務所は、近親者のみの家族葬として執り行うと発表しました。香典、供花、供物についても辞退する意向を示しています。
Q6:森永卓郎さんは2026年現在、何をしていますか?
A6:2025年1月28日に逝去しているため、現在の本人による活動はありません。2026年1月17日には、過去の連載をまとめた『森永卓郎の戦争と平和講座』が集英社新書から刊行されました。
Q7:『年収300万円時代を生き抜く経済学』は森永卓郎さんの著書ですか?
A7:はい。2003年2月に光文社から刊行された代表作です。発売後6カ月で18万部を突破し、「年収300万円」という言葉も同年の新語・流行語大賞トップテンに選ばれました。
森永卓郎さんは、2025年1月28日、原発不明がんのため67歳で亡くなりました。
2023年12月にステージ4の膵臓がんを公表し、その後、原発不明がんと診断された経緯を自ら説明。治療を続けながら経済アナリストとしての活動を続け、亡くなる前日の2025年1月27日にも『大竹まこと ゴールデンラジオ!』に出演しました。
長男・森永康平さんのコメントからも、父親が余命宣告を受けた後も仕事を続け、周囲の応援に支えられていたことが伝わります。
2026年には『森永卓郎の戦争と平和講座』も刊行され、経済だけでなく政治や平和についての発信も改めて注目されています。
森永卓郎さんが残した最大の功績は、難しい経済の問題を生活者の目線で語り続けたことにあります。
『年収300万円時代を生き抜く経済学』から晩年の社会批評まで、その著作を読み返すことは、日本の経済や社会の変化を考える手がかりにもなるはずです。