「アンパンマンの原作には怪獣に襲われる怖い場面がある」という話も、原作の評判を調べるときによく出てくる。
この話の代表例が、1976年6月に「キンダーおはなしえほん」に初登場した『あんぱんまんとごりらまん』である。
子象を助けたアンパンマンを襲うごりらまん
『あんぱんまんと ごりらまん』
やなせたかし/作・絵、フレーベル館
2022年2月発行・28ページ
原作シリーズの一作。子象を助けたアンパンマンが、帰り道で恐ろしい敵に襲われる展開が描かれる。
物語の流れは次のとおりだ。
1. アンパンマンが穴に落ちた子象のジャンボを助ける。
2. 助けるために自分の顔を分け与える。
3. ジャンボを母親のもとへ連れていく途中、アンパンマンは力を失ってしまう。
4. そこへ森の中から恐ろしいごりらまんが現れ、襲いかかる。
この展開はフレーベル館の公式書籍紹介にも記載されている。
怖さの要点は、敵が強いということだけではない。
アンパンマンは、困っている子象を助けるために自分の力を使い果たしている。つまり、善意で行動した結果、自分が危険な立場に追い込まれるのだ。
現在のアニメであれば、仲間が駆けつけたり、新しい顔を受け取ったりする展開を想像する人も多いだろう。しかし、原作の物語には、助ける側にも危険が及ぶという厳しさがある。
1973年の絵本と混同してはいけないここで重要なのは、ごりらまんの登場する作品と、最初の『あんぱんまん』は別の絵本だということ。
- 1973年:『あんぱんまん』が初登場。
- 1976年:『あんぱんまんとごりらまん』が月刊絵本に掲載。
- 1978年:『あんぱんまんとごりらまん』が市販絵本として刊行。
「原作が怖い」という評判は、こうした複数の初期作品の特徴が一緒に語られることで、さらに強まっている。
特に、顔がなくなる描写と、ごりらまんに襲われる展開は、それぞれ別の作品に登場する要素として理解しておきたい。
【作者の真意】なぜアンパンマンは自分の顔を食べさせるのか?

原作の怖さを理解するうえで、最も大切なのが顔を食べさせる理由だ。
普通のヒーローは、強い力や武器を使って悪者を倒し、人々を守る。しかし、アンパンマンは自分自身の体の一部を他人に与えることで、人を救う。
なぜ、やなせたかしはこれほど極端な設定を考えたのだろうか。
背景には作者自身の戦争体験があった
(1919~2013年)
高知県出身。漫画家、絵本作家、詩人として活動。戦争体験や飢えの記憶を背景に、アンパンマンというヒーローを生み出した。
やなせたかしは、1941年に召集され、中国での戦争を経験した。
戦地では食糧不足に苦しみ、草を食べて飢えをしのいだこともあったという。また、終戦後には弟の千尋を戦争で失ったことを知らされた。
こうした体験は、やなせの正義に対する考え方に深い影響を与えた。
nippon.comに掲載された、やなせの伝記を執筆した作家・中野晴行による記事では、作者が戦争について語った言葉が紹介されている。
「ぼくは、戦争の原因は『飢え』と『欲』ではないか、と考えています。」
食べ物が不足する苦しさを知っていたからこそ、空腹の人に食べ物を与えることが、やなせにとって非常に大きな意味を持っていた。
「逆転しない正義」という考え方やなせたかしがアンパンマンに込めた重要な思想が、逆転しない正義である。
戦争では、昨日まで正義とされていたものが、敗戦によって否定されることもある。立場が変われば、正義と悪の評価も変わってしまう。
そうした経験から、やなせは誰にとっても分かりやすい正義の形を考えた。
それが、困っている人やお腹を空かせた人に、自分を犠牲にしてでも食べ物を分け与えることだった。
絵本『あんぱんまん』のあとがきには、次の考えが記されている。
「ほんとうの正義というものは、けっしてかっこうのいいものではない」
この言葉が示すように、正義とは必ずしも格好よく勝利することではない。誰かを助けるために、自分自身も傷つく覚悟を持つことなのだ。
アンパンマンが顔を食べさせる設定は、単なる奇抜なアイデアではない。
自分の身を削ってでも他人を救うという、やなせ自身の正義観を目に見える形にしたものだった。
なぜ顔が「あんパン」でなければならなかったのかここにも重要な意味がある。
食べ物を与えることをヒーローの使命にするなら、主人公自身が食べ物である必要がある。
普通のヒーローなら、食べ物を持って届けるだけでも救助は成立する。しかし、それでは自分自身が傷つくという表現は難しい。
アンパンマンは自分の顔を分け与えることで、他者を助ける行為と自分が傷つく行為を一つにした。
その結果、幼い子どもにも伝わる非常に分かりやすい表現が生まれたのである。
原作の怖さの裏側には、こうした深い思想が隠れている。
【原作絵本は現在も読める?】復刻版・評判・購入前に知りたいこと
「怖いと聞くと、実際に原作を読んでみたくなる」という人もいるだろう。
結論からいえば、1973年の原点となる絵本は、現在もフレーベル館の書籍情報で紹介されている。
2022年に50周年記念シリーズとして復刻
『あんぱんまん』
やなせたかし/作・絵
- 発行:フレーベル館
- 発行年月:2022年7月
- ページ数:32ページ
- ISBN:9784577050255
- 対象年齢:3~6歳
この復刻版は、絵本誕生50周年を記念して刊行されたものだ。
1973年の作品を原点として、当時のアンパンマンの世界を現在の読者にも伝える役割を持っている。
公式書誌には、読み聞かせ音声につながるQRコードの案内も掲載されている。
『あんぱんまんと ごりらまん』
やなせたかし/作・絵
- 発行:フレーベル館
- 発行年月:2022年2月
- ページ数:28ページ
- ISBN:9784577050231
- 対象年齢:3~6歳
こちらも50周年記念シリーズの一冊として刊行された作品だ。初期アンパンマンの冒険や、ごりらまんとの対決に興味がある人にとって注目したい絵本である。
原作の評判は本当に悪かった?興味深いのは、初期のアンパンマンが大人から必ずしも歓迎されていなかったことだ。
2025年5月のMANTANWEBの記事では、フレーベル館編集部への取材を通じて、出版当時の反応が紹介されている。
当初は出版社や絵本評論家から厳しい評価を受け、幼稚園の先生からも「顔を食べさせるなんて残酷だ」という趣旨の手紙が届いたという。
やなせ自身も当時の評判を「大悪評だった」と振り返っていた。
しかし、興味深いことに、子どもたちの反応は違っていた。
保育園や幼稚園などで絵本が読まれるうちに、子どもたちが『あんぱんまん』を気に入っているという話が広がった。フレーベル館も、何度も読まれてボロボロになった絵本が多くの園にあったことを紹介している。
つまり、初期の評判は大人と子どもで異なっていた。
大人は顔を食べさせるという行為の残酷さに注目した一方、子どもは困っている人を助けてくれるヒーローの姿に魅力を感じたのだろう。
原作を読むのがおすすめなのはどんな人?原作絵本は、現在のアニメとは違うアンパンマンの姿を知りたい人に向いている。
特におすすめなのは次のような人だ。
- やなせたかしの創作思想や戦争体験に関心がある人
- アンパンマンの誕生秘話を詳しく知りたい人
- 初期設定やキャラクターデザインの変化を比較したい人
- 子どもと一緒に、正義や思いやりについて考えたい人
一方、身体の一部がなくなる描写や、敵に襲われる展開が苦手な子どもには、最初から原作を読ませるのではなく、保護者が先に内容を確認しておくと安心だ。
怖いかどうかは、読者の年齢や感受性によっても変わる。現在のアニメと同じ雰囲気を期待するのではなく、昔の絵本ならではの表現を楽しめるかが判断のポイントになる。
【アンパンマンの原作が怖いといわれる理由】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:アンパンマンの原作は本当に怖いのですか?
A1:怖いと感じる描写は実際に存在する。1973年の絵本『あんぱんまん』では、自分の顔をすべて食べさせ、顔のない状態で飛ぶ場面がある。ただし、作品の中心にあるのは恐怖ではなく、困っている人を助ける自己犠牲の精神だ。
Q2:アンパンマンの原作は1973年が初出ですか?
A2:子ども向け絵本としての原点は1973年10月の『あんぱんまん』。ただし、アンパンマンという物語の原型は1969年に雑誌『PHP』で発表されている。最初の人間の姿をしたアンパンマンと、現在につながる絵本版は区別する必要がある。
Q3:原作ではアンパンマンの顔が完全になくなるのですか?
A3:1973年の絵本には、顔をすべて食べられ、顔のない状態で飛ぶ描写がある。京都国際マンガミュージアムのインタビューでも、やなせたかし本人が初期の絵本では顔がなくなる場面があったと説明している。
Q4:怪獣に襲われるのは1973年の原作ですか?
A4:代表的な例は、1976年に月刊絵本で初出した『あんぱんまんとごりらまん』。子象を助けて弱ったアンパンマンに、ごりらまんが襲いかかる。1973年の最初の絵本とは別作品である。
Q5:アンパンマンが顔を食べさせる理由は何ですか?
A5:やなせたかしが考えた「逆転しない正義」を表現するためだ。戦争で飢えを経験した作者にとって、空腹で苦しむ人に食べ物を分け与えることは、誰にとっても理解できる正義の形だった。
Q6:現在でも原作絵本を読むことはできますか?
A6:フレーベル館から2022年に50周年記念シリーズとして『あんぱんまん』などが刊行され、現在も公式書誌で紹介されている。初期のアンパンマンを知りたい場合は、1973年の原点となる作品から読むのがおすすめだ。
「アンパンマンの原作は怖い」という評判には、確かな理由がある。
1973年の絵本『あんぱんまん』には、顔をすべて食べさせてしまい、顔のない状態で空を飛ぶという、現在のアニメではほとんど見られない衝撃的な描写が存在する。
また、後続作品の『あんぱんまんとごりらまん』では、困っている子象を助けたアンパンマンが力を失い、恐ろしい敵に襲われるという厳しい展開も描かれている。
しかし、こうした表現を単に残酷な演出として片付けることはできない。
やなせたかしは戦争による飢えや弟の死を経験し、誰かを救うために自分を犠牲にすることこそ、立場によって覆らない正義だと考えた。
その思いが、顔を食べさせるという独創的な設定につながっている。
1988年にテレビアニメが始まってから、アンパンマンの姿や物語の見せ方は時代に合わせて変化してきた。それでも、困っている人を見捨てず、空腹の人に食べ物を分け与えるという原点は変わっていない。
原作の怖さを知ることは、アンパンマンがなぜこれほど長く愛されてきたのかを理解することにもつながる。
2026年に改めて原作を読むなら、顔のないアンパンマンという衝撃的な姿だけでなく、その姿を通してやなせたかしが伝えようとした「本当の正義」にも注目してほしい。
主な参考資料:フレーベル館公式「アンパンマンとフレーベル館」「書籍詳細」、アンパンマンポータルサイト、香美市立やなせたかし記念館、京都国際マンガミュージアム、国立国会図書館レファレンス協同データベース、MANTANWEB(2025年5月)、nippon.com(2025年3月)。