King & Princeの髙橋海人は、いつからダンスを始め、どのような子ども時代を過ごしてきたのか。実は、彼がダンスに出会ったのは保育園の年長期。姉が踊るよさこいに憧れ、父親の後押しを受けてヒップホップを始めたことが、現在のアーティストとしての原点になっている。
2026年9月4日放送のTBS系『A-Studio+』では、11歳でのダンス全国大会優勝や、BE:FIRSTのSOTAとのコンテストでの交流、幼なじみの振付師KAITAとの関係など、知られざる少年時代が改めて語られた。さらに同年10月の渋谷PARCOのインタビューでは、泥団子作りや亀の飼育といった意外な幼少期の素顔も明らかになっている。
【ダンスの原点】髙橋海人は保育園の年長から!姉のよさこいに憧れた少年時代

髙橋海人のダンスの始まりは、姉の存在にある。
1999年4月3日生まれ、神奈川県出身の髙橋には、2歳年上の姉がいる。姉は幼い頃によさこいダンスを習っており、髙橋は祖母と一緒に練習を見に行くことがあった。
2023年4月9日放送の日本テレビ系『おしゃれクリップ』で、髙橋本人が当時の出来事を振り返っている。
姉ちゃんがよさこいダンスをやってたんです。
姉の踊る姿を見ているうちに、自分も踊りたいという気持ちが強くなった。練習中の姉たちの後ろで動きをまねして踊り、周囲の邪魔になって祖母から注意されることもあったという。
2026年9月の『A-Studio+』でも、このエピソードを改めて説明。髙橋は、みんながレッスンを受けている場所に料金を払わず参加するような格好になり、注意されていたと語った。
それでも踊ることをやめなかった。見ているだけでは満足できず、自分も踊りたいという気持ちが、幼いながらにはっきり芽生えていたのだ。
父親の提案でヒップホップダンスをスタート姉のよさこいを見て踊りたがる髙橋の様子に気づいたのが父親だった。
父親はもともとヒップホップが好きだったといい、本人がダンスを習いたいと伝えた際に、ヒップホップを勧めたという。こうして、姉のよさこいへの憧れが、現在まで続くストリートダンスの道につながった。
2023年の『おしゃれクリップ』で語られた内容によれば、父親は単に習い事を勧めただけではない。自分の好きなカルチャーを息子に紹介し、本人の興味を具体的な行動へとつなげた存在だった。
ダンスを始めた年齢については、2023年の番組取材では5歳、2026年の『A-Studio+』では小学校入学の1年前にあたる保育園の年長と説明されている。したがって、正確な目安は5〜6歳ごろの保育園年長期と捉えるのが自然だ。
幼い頃に姉の踊りをまねしていた少年が、やがて全国大会で優勝するダンサーへ成長していく。その出発点には、家族の日常の中にあったダンスとの出会いがあった。
【子供の頃の性格】泥団子・亀・ロボット作りに夢中だった素顔
泥団子を壊せないほど丁寧に作る少年髙橋海人の幼少期を知るうえで、2026年10月8日に公開された渋谷PARCOの本人インタビューは見逃せない。
インタビューでは、幼い頃の記憶や現在の創作活動につながる感性について、本人が具体的に語っている。
小学生時代から、授業で使った厚紙を余分にもらって帰り、自宅でオリジナルのロボットを作っていたという。図工や美術など、何かを自分の手で作り出すことが好きな子どもだった。
特に印象的なのが泥団子のエピソードだ。
髙橋は、ほかの子どもよりも丁寧に泥団子を作っていたと回想している。一緒に作った友達が完成した泥団子をすぐ壊してしまう一方、自分は手間をかけた作品を壊せなかったという。
この感覚は大人になった現在も変わっていない。自分が手がけた創作物を大切に保管しており、手をかけたものには特別な思いが宿ると考えている。
川で捕まえた亀を育てるほど生き物が好きだったもう一つの特徴が、生き物への強い関心だ。
本人によると、子どもの頃は動物や魚が大好きで、川で捕まえた亀を育てた経験もある。星を見ることも好きで、自宅の双眼鏡を使ってベランダから夜空を眺めたり、家族でキャンプに出かけた際に見た流星の景色を覚えていたりする。
2026年のインタビューでは、生き物について「言葉を話さないからこそ、何を考えているのか想像するのが楽しかった」という趣旨の思いも語っている。
相手が人間でなくても、その存在の特徴や気持ちを想像する。こうした感覚は、後年のオリジナルキャラクター制作にもつながっている。
のんびりしているけれど、何かをしていたい性格髙橋自身が振り返る子ども時代は、活発に競争するだけの少年像とは少し異なる。
泥団子を作り、生き物を観察し、星を眺め、ロボットを組み立てる。本人は、のんびりしていた一方で、ずっと何かをしていたかったと話している。
2026年の渋谷PARCOのインタビューでは、現在の自分についても、ファンタジーが好きで、のんびりした部分は子どもの頃から変わっていないと説明した。
性格を単純に「おとなしい」「活発」と分類するより、興味を持ったものに自分のペースで深く向き合うタイプと捉えると、幼少期のエピソードがよくつながる。
【小学生時代の経歴】F4・全国大会優勝・SOTAとの競争を時系列で整理
小学生でダンスチームF4を結成ヒップホップを始めた髙橋は、小学生になるとダンスへの取り組みをさらに本格化させていく。
2022年の週刊女性PRIMEの記事では、髙橋が小学生時代に「F4」というダンスグループを結成していたと報じられている。
同記事によれば、地元・神奈川県平塚市のダンススクールに通い、複数の大会に出場。小学校の授業が終わるとレッスンに向かい、自宅でも1〜2時間ほど自主練習をしていたと紹介されている。
ただし、F4のメンバー全員の詳細や個々の大会名については、広く確認できる報道情報が限られている。チーム名だけを手掛かりに、特定の人物をメンバーとして断定することはできない。
11歳でダンス全国大会優勝という実績小学生時代の大きな実績が、ダンスの全国大会での優勝だ。
2026年9月4日放送の『A-Studio+』で、髙橋は11歳のときに出場したダンスの全国大会で優勝したことを明かした。
過去の2021年放送のTBS系『ぴったんこカン・カン』でも、小学校時代にヒップホップダンスの全国大会で優勝した経験を語っている。
この実績は、単にダンスが好きだったというだけでは説明できない。幼少期から継続的に練習を積み重ね、同世代のダンサーと競い合う環境に身を置いていたことがうかがえる。
髙橋海人の幼少期から現在までの年表| 時期・年齢 | 主な出来事 | 関係者・ポイント |
|---|---|---|
| 保育園年長・5〜6歳ごろ | ヒップホップダンスを始める | 姉のよさこいと父親の影響 |
| 小学生時代 | ダンスグループF4で活動 | 大会出場や自主練習を重ねる |
| 11歳 | ダンス全国大会で優勝 | 本人が2026年の番組で回想 |
| 小学生時代 | ダンスコンテストで競い合う | BE:FIRSTのSOTA、KAITAとの交流 |
| 中学生時代 | ダンスの技術をさらに磨く | st kingzのNOPPOに師事 |
| 2013年・14歳 | ジャニーズ事務所に入所 | ダンスの道とアイドル活動の選択 |
| 2018年・19歳 | King & PrinceとしてCDデビュー | 「シンデレラガール」でデビュー |
| 2025年 | 幼なじみKAITAと公式ダンス作品で共演 | 長年の交流が仕事として実現 |
| 2026年9月 | 『A-Studio+』出演 | 幼少期のダンスや仲間との交流を回想 |
| 2026年9〜10月 | 初の個展を開催、ソロ名義KAITOで活動開始 | 音楽とアートの表現領域を拡大 |
この年表から見えるのは、ダンスが一時的な習い事ではなく、幼少期から人生の中心にあったということだ。
特に11歳での全国優勝は、芸能界に入る前から高い専門性を身につけていたことを示す転換点となっている。
【父親のスパルタ教育】厳しい練習と家族の愛情が育てたダンスの実力
父親はヒップホップ好きで、ダンスの道を後押し髙橋のダンス人生を語るうえで、父親の存在は欠かせない。
父親自身がヒップホップ好きだったため、姉のよさこいに憧れた息子にヒップホップを勧めた。本人が興味を持ったジャンルを理解し、練習できる環境につなげた存在だった。
一方、父親の指導は決して甘いものではなかった。
2021年4月のTBS系『A-Studio+』出演時に関する報道では、髙橋が父親の指導をスパルタだったと振り返り、怒られないよう必死で練習していたと紹介されている。
また、2022年の『徹子の部屋』出演時にも、父親は厳しかったと説明。息子に夢を託すのと同じくらい、厳しさもあったと語っている。
厳しさの中にあった父親への感謝注目したいのは、髙橋が父親の厳しさだけを語っているわけではないことだ。
2023年の『おしゃれクリップ』では、両親から現在もたくさんの愛情を受けていることへの感謝を口にした。両親の存在があるからこそ、人に優しく生きたいと思えるという趣旨の話もしている。
2026年の渋谷PARCOのインタビューでも、父親について、自分の人生で選んできた道を肯定できる人として紹介している。
幼少期にダンスを勧め、努力することを教え、時には厳しく接した父親。その姿勢は、髙橋自身が現在も大切にしている「努力を重ねて表現を磨く」という考え方につながっている。
ダンスへの恐怖を乗り越え、自分の表現を見つけた厳しい指導があったからといって、幼少期から常にダンスが楽しかったわけではない。
2026年4月の『フィガロジャポン』のインタビューでは、髙橋はダンスに恐怖感を覚えた時期もあったと振り返っている。
長年踊り続ける中で試行錯誤し、現在は自分なりの表現方法を導き出せたという。
ここには、幼少期の成功だけを切り取ると見えにくい成長の過程がある。全国大会で優勝した実力者であっても、技術を磨く過程には迷いや葛藤があった。現在のしなやかなパフォーマンスは、才能だけではなく、長い時間をかけた努力の積み重ねによって形作られたものだ。
【SOTA・KAITAとの関係】幼少期から競い合ったダンス仲間との再会
BE:FIRSTのSOTAとは小学生時代のコンテスト仲間2026年9月の『A-Studio+』で話題になったのが、BE:FIRSTのSOTAとの関係だ。
髙橋は、SOTAとは小学生の頃からダンスコンテストで競い合っていたと明かした。
同じ時代にキッズダンサーとして活動し、ステージやコンテストで実力をぶつけ合っていた2人。大人になってから音楽番組で一緒に踊る機会が訪れた際には、非常に感動したという。
このエピソードが興味深いのは、現在の芸能界で活躍するアーティスト同士が、実は子どもの頃から同じダンスシーンにいたという点だ。
髙橋とSOTAの関係は、単なる番組共演者ではない。幼少期の競争相手が、成長後には同じ音楽の現場でパフォーマンスを共有する仲間になったのである。
KAITAはキッズダンサー時代からの幼なじみもう一人、髙橋の幼少期を語るうえで欠かせないのが、ダンサー・振付師のKAITAだ。
KAITAはダンスクルーRht.のリーダーとして活動するダンサー。髙橋とはキッズダンサー時代から交流があり、長年の親交を持つ幼なじみとして知られている。
2025年2月には、髙橋とKAITAによるダンスセッション動画が公開された。日刊スポーツやBillboard JAPANも、2人を幼なじみとして紹介している。
仕事上の共演が実現したことについて、髙橋は親友と最高の作品を作れたという喜びを示した。
KAITAはKing & Princeの振り付けも担当2人の関係は、昔からの友人というだけではない。
KAITAはKing & Princeの楽曲「moooove!!」などの振り付けも担当している。2026年9月4日の『A-Studio+』では、笑福亭鶴瓶がKAITAにも取材し、髙橋との長年の関係や振付師としての思いが紹介された。
幼い頃に同じダンスの世界で競い合った2人が、現在はアーティストと振付師として作品を作る。これは、髙橋の幼少期の人間関係が大人になっても続いている象徴的な出来事だ。
なお、SOTAとKAITAはどちらもダンスを通じて髙橋とつながった人物だが、関係性は同一ではない。SOTAはコンテストで競い合った相手、KAITAは幼なじみとして長く親交を続ける友人という違いがある。
【プロの結論】幼少期の遊びとダンスが2026年の髙橋海人につながっている
2013年のジャニーズ入所は大きな転換点だった髙橋が芸能界に入ったのは2013年。14歳のときにジャニーズ事務所へ入所した。
2022年の『徹子の部屋』で本人が明かしたところによると、両親は本人に知らせる前に応募書類を送っていたという。
当時の髙橋はダンスの道に進みたい気持ちが強く、アイドルになることには戸惑いがあった。母親からレッスン料を誰が払っているのかと問われ、オーディション会場へ向かったというエピソードも残っている。
その後、2018年にKing & Princeのメンバーとして「シンデレラガール」でCDデビュー。ダンスを極めたいと考えていた少年は、アイドルという新しい表現の場所を見つけた。
2026年はソロ音楽活動とアートでも存在感2026年現在の髙橋は、King & Princeのメンバーとして活動しながら、個人の表現領域も広げている。
STARTO ENTERTAINMENTの公式発表によれば、2026年10月5日には「KAITO」名義で初のデジタルシングル「swim?」をリリース。加えて、11月25日には1st EP「SALT BOY」の発売が予定されている。
アートの分野でも大きな動きがあった。2026年9月には、初の個展「不思議なセロル展 created by 髙橋海人」を渋谷PARCOで開催。10月からは大阪などへの巡回展も始まった。
この活動を幼少期のエピソードと重ねると、興味深い共通点が浮かび上がる。
小学生の頃、授業で使った厚紙を持ち帰ってロボットを作っていた。泥団子を丁寧に仕上げ、川で捕まえた亀を育てていた。自分の頭の中にある世界を、手を動かして形にすることが好きだった。
現在のセロルというキャラクターの制作や個展も、そうした創作への関心の延長線上にある。もちろん、幼少期の遊びがそのまま現在の作品になったわけではない。しかし、想像したものを形にしたいという姿勢には、一貫したものが感じられる。
幼少期のエピソードから見える3つの本質髙橋の子ども時代を整理すると、現在の活動につながる特徴は大きく3つある。
第一に、好きなことを長く続ける継続力。姉の踊りをまねするところから始まり、全国大会で優勝するまでダンスを続けた。
第二に、物事を細かく観察する好奇心。生き物や星、泥団子、工作など、日常の中にあるものに興味を持ち、自分なりの発見を楽しんでいた。
第三に、想像したものを形にする創造力。厚紙のロボット作りから現在のキャラクター制作まで、表現することへの関心が続いている。
この3つは、ダンサー、俳優、アイドル、そしてクリエイターという複数の顔を持つ現在の髙橋を理解するうえで重要な手掛かりとなる。
【よくある質問】髙橋海人の幼少期に関するFAQ
Q1:髙橋海人は何歳からダンスを始めた?
A1:保育園の年長期、5〜6歳ごろに始めた。2026年9月の『A-Studio+』では、小学校入学の1年前だったと本人が説明している。
Q2:髙橋海人がダンスを始めたきっかけは?
A2:2歳年上の姉が習っていたよさこいダンスに憧れたこと。父親がヒップホップを勧めたことで、本格的に習い始めた。
Q3:髙橋海人は小学生時代に全国大会で優勝した?
A3:優勝経験がある。2026年9月の『A-Studio+』で、11歳のときに出場したダンスの全国大会で優勝したと本人が語っている。
Q4:髙橋海人のダンスチームF4とは?
A4:週刊女性PRIMEの記事で、小学生時代に結成していたと紹介されたダンスグループ。メンバーの詳細や大会ごとの記録は広く公表されていない。
Q5:髙橋海人とBE:FIRSTのSOTAは幼なじみ?
A5:小学生時代からダンスコンテストで競い合っていた関係。2026年の番組で、髙橋本人が当時の交流を振り返っている。
Q6:髙橋海人とKAITAはどのような関係?
A6:キッズダンサー時代から親交のある幼なじみ。2025年には公式ダンスセッションで共演し、KAITAはKing & Princeの楽曲の振り付けも担当している。
Q7:髙橋海人は子どもの頃どんな性格だった?
A7:本人の回想では、のんびりした一面がありながら、何かに夢中になっていたいタイプ。泥団子作りやロボット工作、生き物の飼育などが好きだった。
髙橋海人の幼少期を振り返ると、保育園の年長期に始めたダンス、姉のよさこいへの憧れ、父親の後押し、そして小学生時代の全国大会優勝という、現在の活動につながる重要な出来事が見えてくる。
加えて、F4での活動やSOTAとのコンテスト、幼なじみKAITAとの交流など、少年時代からダンスを通じて築いてきた人間関係も印象深い。
一方で、泥団子を丁寧に作り、亀を育て、厚紙でロボットを作っていたというエピソードからは、ステージ上の華やかな姿とは違う、好奇心旺盛で想像力豊かな素顔が浮かび上がる。
2026年にはKAITO名義でのソロ活動や初の個展も実現。ダンスだけでなく、音楽やアートへと表現の幅を広げている。
幼少期から変わらないのは、好きなものに夢中になり、自分の感性を大切にする姿勢なのかもしれない。全国大会で優勝したダンサーとしての経験と、泥団子や工作に夢中だった少年の感性。その両方が、現在の髙橋海人というアーティストを形作っている。