放駒親方と若嶋津の関係は、単なる部屋の継承者と前師匠というだけではありません。
岡部新親方は、現役引退後に若嶋津が率いていた松ヶ根部屋へ移籍し、二所ノ関部屋付き親方として活動していました。若嶋津の指導を受けながら、部屋運営や弟子の育成を学んできた関係です。
若嶋津から受け継いだもの2026年3月15日、元大関・若嶋津の日高六男さんが肺炎のため69歳で亡くなりました。
日本相撲協会も訃報を発表し、相撲界から惜しむ声が寄せられました。
翌16日の大相撲春場所では、放駒親方が報道陣の取材に応じ、前師匠への思いを語っています。
日刊スポーツやデイリースポーツの報道によると、放駒親方は、若嶋津について、弟子を叱るときの厳しさと、その中にある優しさを振り返りました。
また、継承時には若嶋津から「好きなようにやっていいから」と背中を押されたことも報じられています。
特に印象的なのは、放駒親方が部屋について語った次の言葉です。
「家族みたいな温かい部屋」
この言葉には、前師匠が作り上げた部屋の雰囲気を大切にしたいという思いが表れています。
若嶋津と放駒親方の関係を整理| 項目 | 若嶋津 | 放駒親方 |
|---|---|---|
| 本名 | 日高六男 | 岡部新 |
| 現役時代の最高位 | 大関 | 関脇 |
| 部屋との関係 | 松ヶ根・二所ノ関部屋の師匠 | 部屋付き親方から師匠へ |
| 年寄名跡 | 松ヶ根→二所ノ関→荒磯 | 西岩→放駒 |
| 関係 | 前師匠 | 部屋の継承者 |
| 2026年の状況 | 3月15日死去 | 放駒部屋の現師匠 |
ここも誤解されやすいポイントです。
2021年12月の名跡変更によって、若嶋津が率いていた旧二所ノ関部屋は放駒部屋になりました。
一方、元横綱・稀勢の里が率いていた荒磯部屋は、年寄「二所ノ関」を襲名したことに伴って二所ノ関部屋に名称変更しています。
したがって、2026年現在の二所ノ関部屋と放駒部屋は別々の部屋です。
若嶋津の名前が二所ノ関と結び付いて検索されるのは、かつてその名跡を襲名し、部屋を率いていたためです。
【プロの結論】放駒親方を理解するための3つの判断基準

放駒親方について調べる際、特に押さえておきたい要点は3つあります。
1.親方の名前と現役時代の四股名を区別する
放駒新は岡部新の年寄名であり、玉乃島は現役時代の四股名です。3つの名前を同じ人物の経歴として理解すれば、人物の取り違えを防げます。
2.年寄名跡の継承と部屋の継承を混同しない
魁傑が率いた旧放駒部屋と、岡部新が率いる現在の放駒部屋は、同じ名称でも系譜が異なります。
魁傑から受け継いだのは年寄名跡であり、現在の部屋は若嶋津が築いた松ヶ根部屋を起点とするものです。
3.師匠としての評価は弟子の育成実績から見る
玉乃島時代の関脇という実績は、放駒親方の指導者としての背景を理解する材料です。
ただし、現役時代の成績と親方としての成果は別の評価軸です。幕内の一山本だけでなく、島津海や幕下以下の力士がどのように成長するかにも注目する必要があります。
放駒部屋の本当の意味での実力は、所属力士が長期的にどれだけ成長し、新たな関取を輩出できるかによって見えてきます。
放駒親方に関するよくある質問(FAQ)
Q1:現在の放駒親方は誰ですか?
A1:2026年現在の放駒親方は、第18代放駒の岡部新です。現役時代は玉乃島の四股名で活動し、最高位は関脇でした。現在は東京都足立区の放駒部屋で師匠を務めています。
Q2:放駒親方と元大関・魁傑は同一人物ですか?
A2:別人です。魁傑は第17代放駒で、1981年に旧放駒部屋を創設した人物です。現在の岡部新親方は第18代放駒で、元関脇・玉乃島です。旧放駒部屋は2013年に閉鎖されています。
Q3:放駒親方は若嶋津から部屋を継承したのですか?
A3:はい。2021年12月24日、岡部新親方が若嶋津こと日高六男さんから二所ノ関部屋を継承し、放駒部屋へ改称しました。若嶋津は2026年3月15日に69歳で亡くなっています。
Q4:放駒親方の玉乃島時代の生涯戦歴は?
A4:557勝583敗4休、通算82場所です。最高位は関脇で、敢闘賞5回、技能賞1回、金星2個を獲得しました。
Q5:2026年の放駒部屋には何人の力士が所属していますか?
A5:日本相撲協会の2026年11月場所の公式部屋紹介では11人です。幕内の一山本、幕下の島津海をはじめ、三段目や序二段の力士が在籍しています。
2026年現在の放駒親方は、元関脇・玉乃島の岡部新です。
2011年の現役引退後、西岩、放駒と年寄名跡を変えながら親方として経験を積み、2021年12月に若嶋津から二所ノ関部屋を継承しました。
歴代放駒親方としては、元大関・魁傑が第17代、岡部新が第18代にあたります。ただし、両者が率いた部屋は同じ系譜ではありません。
また、若嶋津の逝去は、放駒部屋にとって前師匠を失う大きな出来事でした。岡部親方が受け継ぐのは、部屋の名称や所属力士だけではなく、若嶋津が長年築いてきた指導の伝統でもあります。
今後の注目点は、一山本の幕内での活躍、島津海の再浮上、そして幕下以下から新たな関取が誕生するかどうかです。
放駒親方の歩みを理解するには、玉乃島としての現役実績、魁傑から受け継いだ年寄名跡、そして若嶋津から継承した部屋の歴史を、それぞれ分けて見ることが大切です。