香川照之が歌舞伎界に入った背景には、単なる俳優としての新境地開拓とは異なる、家系と芸の継承という問題があった。
父は二代目市川猿翁、従兄弟は四代目市川猿之助香川照之は1965年12月7日生まれ。父は三代目市川猿之助(後の二代目市川猿翁)、母は女優の浜木綿子である。従兄弟には四代目市川猿之助がいる。
1989年にNHK大河ドラマ『春日局』で俳優デビュー。2002年の『利家とまつ』では豊臣秀吉、2010年の『龍馬伝』では岩崎弥太郎を演じるなど、映像作品で実績を積んできた。
一方、幼少期から歌舞伎の舞台で育ったわけではない。両親の離婚後は母のもとで生活し、歌舞伎とは距離のある環境で俳優活動を続けていた。
転機となったのは、長男の誕生だった。
2011年9月27日、香川照之は九代目市川中車を襲名することを発表。翌2012年6月に歌舞伎の初舞台を踏む計画が明らかになった。
当時の会見で、香川は長男の誕生と家系のつながりについて語り、歌舞伎の世界に入る決意を示した。長男に「政」の字を付けたことにも、曽祖父、祖父、父から続く名前への思いが込められていた。
歌舞伎界入りを決めた本当の理由2015年、東京弁護士会の機関誌『LIBRA』のインタビューで、香川は歌舞伎界入りを意識したきっかけを説明している。
子供が生まれて、ロープが下につながったのを見て、ふっと上を見たときに、あっ、すごくロープが上からつながっているなと思って。
この言葉は、歌舞伎入りの動機を理解するうえで重要だ。
香川は、自分の代で歌舞伎の家系が途切れることを、長男の誕生によって改めて意識した。自分だけの問題として考えていた家の歴史が、息子へつながる縦の関係として見えてきたのである。
また、息子だけを歌舞伎界に入れるのではなく、自分自身も舞台に立つ決断をした。
2013年に出版した著書『市川中車 46歳の新参者』でも、襲名までの経緯や稽古、父との関係、歌舞伎役者としての責任について振り返っている。
なぜ「九代目市川中車」だったのか市川中車は、澤瀉屋にゆかりのある歴史的な名跡である。
香川は九代目を襲名し、歌舞伎では市川中車、テレビや映画などでは従来どおり香川照之の名前を使用する形を取った。
同時に長男も五代目市川團子を襲名。父子が同じ襲名披露興行で歌舞伎界に入るという節目になった。
この襲名は、個人のキャリア変更だけではない。澤瀉屋の芸と名前を次世代につなぐという意味を持っていた。
【2012年から2026年まで】市川中車の初舞台と主な出演演目・経歴年表

市川中車の歌舞伎人生を理解するには、初舞台で何を演じ、その後どのような役柄に挑戦してきたかを見る必要がある。
2012年6月、新橋演舞場で歌舞伎デビュー初舞台となったのは、2012年6月の新橋演舞場「六月大歌舞伎」。
演目は『小栗栖の長兵衛』で、香川は主人公の長兵衛を演じた。
46歳で初舞台を踏み、しかも最初の演目で主役を務めたことは大きな話題となった。
同じ襲名披露興行では、息子の市川團子も五代目を名乗って初舞台を踏んでいる。
7月の「七月大歌舞伎」では『将軍江戸を去る』の山岡鉄太郎などを演じ、スーパー歌舞伎『ヤマトタケル』では帝を務めた。
市川中車の主な歌舞伎演目と歴代の役歌舞伎俳優名鑑の公式プロフィールには、新歌舞伎、世話狂言、上方芝居など、幅広い演目での出演歴が掲載されている。
代表的な役柄と活動の転換点を整理すると、次のようになる。
『楼門五三桐』
2013年1月の大阪松竹座で演じたのが、石川五右衛門役である。
この舞台では父の二代目市川猿翁と初共演を果たした。親子関係だけでなく、歌舞伎役者として同じ舞台に立ったという意味でも、重要な節目となった。
『一本刀土俵入』
茂兵衛を演じた作品。新歌舞伎を中心とする出演歴の一つで、人物の内面を描く演技が求められる。
『ぢいさんばあさん』
伊織役を担当。夫婦の長い年月と人間関係を描く作品である。
『恋飛脚大和往来』
治右衛門役を担当。上方芝居にも挑戦してきたことを示す演目だ。
『夏祭』
義平次役を担当。世話狂言における人物造形にも取り組んできた。
『牡丹燈籠』
伴蔵役を担当。新歌舞伎とは異なる作品世界にも活動の幅を広げている。
『芝浜革財布』
政五郎役を担当。市川中車の出演歴を語るうえで押さえておきたい世話物の一つである。
『瞼の母』
番場の忠太郎役を演じた。歌舞伎俳優名鑑では、生き別れた母への複雑な思いを表現する細やかな内面描写が評価されている。
このように、中車の出演歴は初舞台の話題性だけで終わっていない。さまざまな作品で異なる人物を演じながら、歌舞伎役者としての経験を積んできた。
【市川中車の歌舞伎役者としての評判】演技力と澤瀉屋の芸の継承
市川中車の評価を考える際、重要なのは映像俳優としての知名度と、歌舞伎役者としての技術を分けて見ることだ。
香川照之は映像作品で強烈な存在感を発揮してきた。『半沢直樹』の大和田暁役などで知られるように、表情や声、身体表現を駆使した演技を得意としている。
しかし、歌舞伎ではそれだけでは十分ではない。
映像演技と歌舞伎の演技は何が違う?歌舞伎には、独特の発声、せりふ回し、見得、立ち回り、型などがある。
現代劇で自然に見える演技が、そのまま歌舞伎の様式に適合するわけではない。
2014年の歌舞伎座出演をめぐる報道では、当初の中車について、歌舞伎独特の立ち居振る舞いやせりふの緩急には課題が残る一方、観客の目を引く存在感があるとの評価が紹介された。
この指摘は、映像分野で確立した演技力と、歌舞伎の専門的な技術が別のものであることを示している。
一方、歌舞伎俳優名鑑のプロフィールでは、その後の出演歴を踏まえ、細やかな内面描写に長け、役ごとに真摯に取り組んで実績を重ねていると紹介されている。
また、2017年度の第34回浅草芸能大賞では奨励賞を受賞している。
市川中車の強みは人物の内面を描く力中車の役柄を並べると、単純に派手な立役だけを演じてきたわけではないことが分かる。
『小栗栖の長兵衛』のような初舞台の主役から、『瞼の母』の忠太郎、『牡丹燈籠』の伴蔵など、心理的な表現が求められる人物まで幅広い。
特に映像作品で培ってきた人物分析や感情表現は、歌舞伎の役作りに生かせる部分がある。
ただし、歌舞伎の型は一人の俳優の個性だけで成立するものではない。先人から受け継いできた様式を理解し、舞台上で再現する必要がある。
中車の現在の課題と強みは、現代俳優としての個性を残しながら、澤瀉屋の伝統的な表現を身につけていく点にある。
澤瀉屋での立ち位置澤瀉屋は、二代目市川猿翁が復活・発展させた演目や独自の舞台表現で知られる一門だ。
中車にとって、父から受け継ぐものは名前だけではない。
『獨道中五十三驛』のように、父が復活上演した作品を自ら演じることは、澤瀉屋の芸を次の世代へつなぐ具体的な活動でもある。
ここに、市川中車という歌舞伎役者の存在意義がある。
【市川團子との親子共演】2026年の歌舞伎町大歌舞伎『獨道中五十三驛』
2026年の市川中車を語るうえで、息子の市川團子との共演は外せない。
5月3日から26日まで、新宿のTHEATER MILANO-Zaで上演された「歌舞伎町大歌舞伎」。演目は、四世鶴屋南北作の『獨道中五十三驛(ひとりたびごじゅうさんつぎ)』だった。
『獨道中五十三驛』とはどんな作品?『獨道中五十三驛』は、1827年に江戸の河原崎座で初演された作品である。
その後長く上演が途絶えていたが、1981年に三代目市川猿之助、後の二世市川猿翁が歌舞伎座で復活上演させた。
澤瀉屋にとって重要な演目の一つであり、三代猿之助四十八撰にも数えられている。
今回の上演では、従来の歌舞伎に声優による朗読劇「こえかぶ」を組み合わせた。
京都から江戸へ向かう道中を描く物語の一部を声優陣が演じ、歌舞伎俳優による舞台と異なる表現を融合させた構成だ。
中車は初の化け猫役で宙乗りに挑戦今回、中車が担当したのは「岡崎無量寺の場」に登場する猫の怪、そして赤堀水右衛門。
特に注目されたのが、十二単をまとった猫の怪による宙乗りである。
THEATER MILANO-Zaでの宙乗りは初の試みとなった。
中車にとっても初めての化け猫役だった。
歌舞伎美人のインタビューでは、父・猿翁が長年演じてきた猫の怪について、不気味さだけでなくチャーミングさも重要だと語っている。
単に父の演技を再現するのではなく、役の持つ怖さと愛嬌をどう表現するかという点に挑戦した。
市川團子は13役の早替り舞踊一方、市川團子は大詰の『写書東驛路』で十三役の早替りに挑戦した。
老若男女に加え、雷なども含む多彩な役を短時間で演じ分ける構成である。
團子自身も、さまざまな作品のパロディを含む舞踊であることから、元となる作品の本質を理解して稽古したいという姿勢を示していた。
親子がそれぞれ異なる大役を担ったことは、今回の公演の大きな見どころだった。
2026年5月公演の主な関係者
| 人物 | 公演での役割 |
|---|---|
| 市川中車 | 猫の怪・赤堀水右衛門 |
| 市川團子 | 十三役の早替り |
| 市川笑也 | 重の井姫 |
| 市川笑三郎 | 民部女房お袖 |
| 市川青虎 | 由井民部之助 |
| 声優陣 | 「こえかぶ」の朗読出演 |
この共演には、単なる親子共演以上の意味がある。
祖父の猿翁が復活させた演目を父子で演じることで、澤瀉屋の芸の継承を舞台上で表現したのである。
【2026年11月最新】立川立飛歌舞伎で市川中車が『俊寛』に初挑戦
2026年11月現在、最も注目される市川中車の出演情報が「TACHIHI presents 立川立飛歌舞伎特別公演」だ。
公演は11月3日から8日までの6日間、東京・立川ステージガーデンで開催されている。
2023年に始まった同公演は、今回で4回目。中車は4年連続で出演している。
60歳で初役となる『俊寛』今回の最大の注目点は、中車が『俊寛』で主人公の俊寛僧都を初役で演じることだ。
『俊寛』は近松門左衛門による時代物の名作で、歌舞伎でも広く知られている演目である。
物語の舞台は、平家が権勢を誇っていた時代。
謀反を企てた罪で鬼界ヶ島に流された俊寛は、丹波少将成経、平判官康頼とともに島で暮らしている。
やがて都から赦免船が到着し、島を離れられると思った三人。しかし、読み上げられた赦免状には俊寛の名前だけがなかった。
ほかの二人が帰京するなか、俊寛だけが島に残される。
船が遠ざかっていく場面は、歌舞伎屈指の印象的な幕切れとして知られる。
なぜ60歳での初役が注目されるのか俊寛は、身体表現と心理描写の両方が求められる難役だ。
2026年8月の製作発表で、中車は父の猿翁も若い頃から演じていた役であることに触れ、自身がこの年齢で初役を務めることへの不安を語ったうえで、澤瀉屋の型が突き詰めてきた表現を目指す考えを示していた。
実際、11月3日の初日公演では、中車が60歳で俊寛に初挑戦したことが報じられた。
今回の舞台では、澤瀉屋の型による演出が採用されている。
報道によれば、俊寛が小刀ではなく大刀を使い、瀬尾太郎兼康(市川猿弥)と激しい立ち回りを繰り広げる点も特徴だ。
船を見送る幕切れでは、客席から大きな拍手が起きたという。
2026年立川立飛歌舞伎の主な演目と配役| 演目 | 主な配役 |
|---|---|
| 『寿曽我対面』 | 工藤祐経:片岡仁左衛門、曽我五郎:市川團子 |
| 『俊寛』 | 俊寛僧都:市川中車 |
| 『蜘蛛の拍子舞』 | 中村壱太郎、市川笑也らが出演 |
このほか、片岡孝太郎、中村壱太郎、市川猿弥、市川青虎、市川笑也、市川笑三郎らが出演している。
特に『俊寛』では、中車と團子が同じ作品に出演し、父が俊寛、息子が丹波少将成経を担当する。
親子で同じ物語の主要人物を演じる点も、2026年の舞台を理解するうえで見逃せない。
2026年の活動から見える市川中車の現在地5月の『獨道中五十三驛』では、父・猿翁が復活させた作品に取り組んだ。
11月の『俊寛』では、父が演じてきた役に初挑戦した。
この二つの公演には共通点がある。
それは、澤瀉屋の過去の芸を振り返るだけでなく、自分自身が舞台に立ち、次の世代に引き継ぐという姿勢だ。
中車は、歌舞伎の世界に入った時点ですでに46歳だった。幼少期から修練を積んだ俳優とは異なる経歴を持つからこそ、名跡を継ぐ責任と、実際の舞台で実力を示す必要性を同時に背負ってきた。
2026年の『俊寛』は、その積み重ねを確認する舞台になっている。
【香川照之の現在】市川中車としての活動と映像俳優との違い
香川照之と市川中車は別人ではない。同じ人物が活動分野によって名前を使い分けている。
- 香川照之: テレビドラマ、映画など映像分野で使用する名前。
- 市川中車: 歌舞伎俳優として使用する名前。
- 九代目: 市川中車という名跡を継いだことを示す。
- 澤瀉屋: 所属する歌舞伎の屋号。
この区別を理解しておくと、出演情報を探すときにも混乱しにくい。
2022年の報道後、歌舞伎の舞台に復帰香川照之は2022年8月、一部週刊誌で過去の行為をめぐる報道があり、出演していた情報番組やドラマ、CMなどを降板した。
その後、同年12月6日、歌舞伎座「十二月大歌舞伎」の『鞘當』に市川中車として出演し、舞台復帰を果たした。
演じたのは、武士同士の争いを仲裁する茶屋亭主の留男。舞台では「澤瀉屋!」の大向こうも掛かったと報じられている。
この経緯から分かるのは、映像分野での活動状況と歌舞伎俳優としての活動状況は、必ずしも同じではないということだ。
2026年には、歌舞伎町大歌舞伎、立川立飛歌舞伎と大きな公演への出演が続いている。
現在の市川中車を評価する際は、過去の映像作品の出演歴だけでなく、実際にどの演目で何の役を務めているのかを確認する必要がある。
【香川照之の歌舞伎に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:香川照之が歌舞伎を始めたのは何年ですか?
A1:2012年6月です。新橋演舞場の「六月大歌舞伎」で九代目市川中車を襲名し、『小栗栖の長兵衛』の長兵衛役で初舞台を踏みました。
Q2:市川中車と香川照之は同一人物ですか?
A2:同一人物です。香川照之は映像作品などで使用する名前、市川中車は歌舞伎俳優としての名前です。
Q3:市川團子は香川照之の息子ですか?
A3:はい。長男が五代目市川團子です。2012年に父と同じ襲名披露興行で初舞台を踏み、2026年の『獨道中五十三驛』や立川立飛歌舞伎でも共演しています。
Q4:2026年、市川中車は何の演目に出演していますか?
A4:5月の「歌舞伎町大歌舞伎」では『獨道中五十三驛』に出演。11月の「立川立飛歌舞伎特別公演」では『俊寛』の俊寛僧都を初役で演じています。
Q5:市川中車が演じた代表的な歌舞伎の役は何ですか?
A5:『小栗栖の長兵衛』の長兵衛、『ヤマトタケル』の帝、『将軍江戸を去る』の山岡鉄太郎、『楼門五三桐』の石川五右衛門、『瞼の母』の番場の忠太郎などがあります。
Q6:市川中車の歌舞伎役者としての評判はどうですか?
A6:歌舞伎俳優名鑑では、細やかな内面描写と役柄への真摯な取り組みが評価されています。2017年度には浅草芸能大賞奨励賞を受賞しています。
香川照之が市川中車として歩んできた道は、一般的な歌舞伎役者の経歴とは大きく異なる。
46歳で歌舞伎界に入り、2012年に九代目市川中車を襲名。『小栗栖の長兵衛』を初舞台として、『ヤマトタケル』『楼門五三桐』『瞼の母』など、さまざまな演目に挑戦してきた。
その背景には、父・市川猿翁から続く澤瀉屋の芸を途切れさせず、息子の市川團子へつなぎたいという思いがあった。
2026年は、5月の『獨道中五十三驛』で父が復活させた演目に挑み、11月には『俊寛』の俊寛僧都を初役で担当。60歳という年齢で新しい役に挑戦している。
市川中車の現在を知るうえで大切なのは、香川照之という映像俳優の知名度だけで評価しないことだ。
初舞台からの出演歴、澤瀉屋の芸との関係、團子との親子共演、そして新しい役への挑戦を合わせて見ることで、歌舞伎役者としての現在地が見えてくる。
今後の注目点は、今回の『俊寛』で得た経験をどのような役柄につなげていくのか、そして市川團子とともに澤瀉屋の舞台をどう発展させていくのかという点にある。
2026年の市川中車は、名跡を継いだ俳優から、舞台経験を積み重ねながら次の世代へ芸をつなぐ歌舞伎役者へと歩みを進めている。