ホーム 芸能ニュース・ゴシップ 小林麻央さんの乳がんはいつ発覚?2014年の告知から2017年の逝去まで闘病の全経緯を徹底解説

小林麻央さんの乳がんはいつ発覚?2014年の告知から2017年の逝去まで闘病の全経緯を徹底解説

水沢 陽菜 水沢 陽菜 • 更新: • 公開: • 読了約 23 分
目次

小林麻央さんの乳がんが見つかったのは、2014年10月のことです。2014年2月の人間ドックですでに左胸の異常を指摘されていましたが、その後の再検査を経て、同年10月21日に乳がんの告知を受けました。

2016年6月9日には、夫の歌舞伎俳優・市川海老蔵さんが記者会見で病気を公表。同年9月には公式ブログ「KOKORO.」を開設し、肺や骨への転移、ステージ4という病状、抗がん剤治療や手術、放射線治療について、自らの言葉で発信しました。そして2017年6月22日、34歳で逝去しました。2026年現在、彼女が残したブログや当時の報道は、闘病の記録として読み継がれています。

【発覚はいつ?】小林麻央さんの乳がんは2014年に見つかっていた

小林麻央乳がん

小林麻央さんの乳がんについて、最初に押さえておきたいのは、異常が見つかった時期と、正式に乳がんと告知された時期は異なるという点です。

最初の異常は2014年2月の人間ドックで見つかりました。その後、同年10月に左胸のしこりを自覚し、再検査と生検を経て、10月21日に乳がんと告知されています。

2014年2月:人間ドックで左胸に異常

麻央さんは2014年2月、夫の市川海老蔵さんとともに人間ドックを受診しました。その際、左乳房に腫瘤が見つかり、医師からがんの可能性について説明を受けています。

本人が後に公式ブログで振り返ったところによると、当初はがんの可能性について五分五分と説明されたものの、その後の再検査では、がんを疑うようなものではないとの診断を受けました。

医師からは念のため半年後に再検査するよう勧められていました。しかし、仕事や家庭の用事などで忙しい日々を送るなか、予定していた8月の検査を受けられませんでした。

2014年10月:左胸にパチンコ玉ほどのしこり

2014年10月、麻央さんは長男の勸玄さんと遊んでいた際、左乳房にパチンコ玉ほどのしこりがあることに気づきました。

以前の検査で指摘された異常とは別に、自分の手で明確なしこりを感じたことから、すぐに病院へ連絡して再検査を予約します。

超音波検査では、左乳房だけでなく脇にも小さなしこりが確認されました。医師は脇のしこりについて、リンパ節が腫れている可能性もあるとして、生検を勧めています。

麻央さんは公式ブログで、検査中に医師からがんである可能性が95%と伝えられたことも振り返っています。

2014年10月21日:乳がんと正式に告知

生検から約10日後の2014年10月21日、麻央さんは乳がんと告知されました。

診察室に入った際の医師の表情から、結果を察したと本人は記しています。この時点ですでに脇のリンパ節への転移が確認されていました。

告知日については、2016年9月28日の公式ブログで本人が明らかにしています。誕生日が7月21日だったことにも触れ、10月21日という日付に特別な意味を感じていたことをつづりました。

このように、乳がんが発覚した時期を2014年10月とするだけでなく、最初の異常が見つかった2月から、告知に至るまでの経緯を分けて理解することが大切です。

【2014年〜2017年】小林麻央さんの乳がん闘病経緯を時系列で整理

小林麻央さんの闘病は、2014年10月の告知から2017年6月の逝去まで、約2年8カ月にわたりました。

この期間には、抗がん剤治療、肺や骨への転移の公表、局所コントロールを目的とした手術、放射線治療、在宅医療への移行など、複数の転機がありました。

本人の公式ブログ、夫の市川海老蔵さんの会見、当時の日刊スポーツなどの報道を基に、主な出来事を整理します。

時期 出来事 関係する人物・記録
2014年2月 人間ドックで左乳房に腫瘤が見つかる 市川海老蔵さんと受診
2014年10月 左胸にしこりを発見。脇にも異常が見つかる 本人のブログ
2014年10月21日 乳がんと正式に告知される 本人のブログ
2016年6月9日 市川海老蔵さんが乳がんを公表 緊急記者会見
2016年9月1日 公式ブログ「KOKORO.」を開設 小林麻央さん
2016年9月20日 肺や骨への転移を明らかにする 本人のブログ
2016年9月28日 告知日が2014年10月21日だったと公表 本人のブログ
2016年10月1日 根治目的ではない局所コントロール手術を報告 本人のブログ
2016年10月3日 ステージ4であることを明らかにする 本人のブログ
2016年12月 胸や脇などへの放射線治療を終える 本人のブログ
2017年1月 骨への放射線治療を受ける 本人のブログ
2017年5月29日 退院し、在宅医療に切り替える 本人のブログ
2017年6月20日 最後のブログを更新 「KOKORO.」
2017年6月22日 34歳で逝去 市川海老蔵さんが翌23日に会見

2016年6月9日:市川海老蔵さんが乳がんを公表

2016年6月9日、新聞報道をきっかけに、麻央さんの病気が公になりました。

同日、夫の市川海老蔵さんは東京都内で緊急記者会見を開き、妻が進行性の乳がんを患っていることを明らかにしました。

会見では、病気が分かったのは約1年8カ月前であり、抗がん剤治療を続けていることも説明しました。

海老蔵さんは病状について深刻であると説明しましたが、具体的なステージについては公表を控えています。

この会見は、麻央さん本人が病気を公表したものではなく、夫が家族として病状を説明したものです。本人が自身の言葉で闘病を発信するようになるのは、その約3カ月後でした。

【ステージ4と転移】小林麻央さんの乳がんは肺や骨にも広がっていた

小林麻央さんの闘病を振り返るうえで、大きな転機となったのが2016年9月の転移の公表と、同年10月のステージ4の告白です。

2016年9月20日:肺・骨への転移を公表

2016年9月20日、麻央さんは公式ブログで、乳がんが肺や骨にも転移していることを明らかにしました。

2014年10月の告知時点では脇のリンパ節への転移が確認されており、その後、肺や骨にも転移が判明したという経過です。

この発信によって、闘病が乳房や周辺のリンパ節だけの問題ではなく、遠隔転移を伴う段階に進んでいたことが広く知られるようになりました。

2016年10月3日:本人がステージ4と告白

さらに2016年10月3日、麻央さんはブログの「心の声」という記事で、自身の病状がステージ4であることを明らかにしました。

本人は、一般的には根治が難しい状態とされるかもしれないと理解したうえで、医師に治したいという思いを伝えたことを記しています。

その際、医師からは、奇跡を起こすためにも着実な一歩一歩が必要だという趣旨の言葉を受けたと紹介しました。

ブログには、5年後、10年後も生きたいという率直な願いも記されています。

「ステージ4だって治したいです!!!」 2016年10月3日、公式ブログ「KOKORO.」より

この言葉は、病状を理解しながらも、治療への希望を失わずにいた麻央さんの心境を伝えるものです。

ステージ4とはどのような状態なのか

乳がんのステージ4は、がんが乳房や周辺のリンパ節だけでなく、肺、骨、肝臓、脳などの離れた臓器や組織に転移した状態を指します。

麻央さんの場合、本人が2016年9月に肺や骨への転移を公表し、10月にステージ4であることを明らかにしました。

ただし、ステージ4という分類だけで、個々の患者の具体的な症状や治療内容、経過のすべてが決まるわけではありません。乳がんの性質や転移の部位、全身状態などによって治療方針は異なります。

麻央さんのケースで重要なのは、本人が病状を隠さず発信する一方で、治療を続け、生活の質を保つことにも向き合っていた点です。

【抗がん剤・手術・放射線治療】小林麻央さんはどのような治療を受けた?

小林麻央さんの乳がん治療では、抗がん剤治療を中心に、手術や放射線治療などが行われました。

治療の経過は本人のブログや2016年6月の海老蔵さんの会見で説明されています。特に重要なのは、手術を受けたことだけを取り上げて、がんが完治したと誤解しないことです。

抗がん剤治療:2016年6月の会見でも説明

2016年6月9日の会見で、海老蔵さんは抗がん剤治療が中心となっていることを明かしました。

当時は入院と通院を組み合わせながら治療を続けており、体調によっては入院が必要になる状況だったと説明しています。

同年9月には、麻央さん自身も抗がん剤治療による脱毛についてブログで紹介しました。

2016年9月2日の記事では、抗がん剤で髪が抜けるために試着した金髪のウィッグ姿を公開。家族に写真を送ったところ、予想以上に好評だったというエピソードも披露しています。

病気の進行や治療のつらさだけではなく、外見の変化に向き合う日常も記録されていたことが特徴です。

2016年10月:根治目的ではない手術を受ける

2016年10月1日、麻央さんは公式ブログで手術を受けたことを報告しました。

この手術について本人は、がんを根治させるための手術ではなく、局所コントロールとQOL(生活の質)のための手術だったと説明しています。

手術に至る前には、胸や脇の状態が深刻になり、手術そのものが選択肢に入らない時期もあったと振り返っています。

また、手術後も肺や骨にはがんが残っており、痛みも続いていたと記しています。

したがって、この手術は乳がんが完治したことを意味するものではありません。局所の状態をコントロールし、生活の質を改善することを目指した治療でした。

2016年12月:胸や脇などへの放射線治療

2016年12月7日、麻央さんは放射線治療が終了したことをブログで報告しました。

治療は平日に毎日通う形で行われ、胸、脇、鎖骨のリンパ節、首の半分あたりまで照射したと説明しています。

治療期間中は喉の痛みや倦怠感、胸や背中の圧迫感、息苦しさなどに悩まされ、不安の強い1カ月だったことも明かしました。

2017年1月:骨への放射線治療

2017年1月には、骨への転移に対する放射線治療が始まりました。

1月13日のブログでは、胸の皮膚にも転移が見つかり、おなかにも同様の可能性があるしこりが確認されたことを報告しています。

1月23日には骨への放射線治療が終了したことを伝えましたが、副作用による体調不良も抱えていました。

【公式ブログ「KOKORO.」】小林麻央さんが闘病記録を発信した理由

小林麻央さんの闘病を語るうえで欠かせないのが、2016年9月1日に開設された公式ブログ「KOKORO.」です。

このブログは、病気の経過を報告するだけの場所ではありませんでした。治療中の心境、家族との時間、日常の小さな喜び、将来への希望など、麻央さん自身の視点から綴られた記録です。

ブログを始めたきっかけは医師の言葉

2016年9月1日の最初の記事で、麻央さんはブログを始めた理由について説明しています。

医師から「癌の陰に隠れないで」と励まされたことが、開設を決めるきっかけになったといいます。

病気を抱えていることが、自分の心や生活を大きく支配していると感じていた麻央さんは、ブログを通じて、それまでの自分と向き合い直そうとしていました。

ブログのタイトルは「KOKORO.」。病状だけでなく、患者としての自分、母親としての自分、一人の人間としての自分を表現する場所になっていきました。

闘病だけではない日常を発信

「KOKORO.」には、抗がん剤治療による脱毛やウィッグの写真、入院生活、食事、子どもたちとの交流など、幅広い内容が記録されています。

特に印象的なのは、深刻な病状を伝える記事のなかにも、食事がおいしかったことや家族との何気ない出来事を喜ぶ記事があったことです。

2016年10月には、手術後の状況やステージ4という病状を公表しながらも、治療を続ける意志を示しました。

また、2017年5月には自宅へ戻り、在宅医療に切り替えることを報告しています。病院での治療だけでなく、家族と過ごす時間を大切にする姿勢も記録されていました。

「ブログ・オブ・ザ・イヤー2016」最優秀賞

「KOKORO.」は多くの読者に読まれ、2017年2月にはアメーバブログの「BLOG of the year 2016」で最優秀賞に選ばれました。

病気の情報を発信するブログとしてだけでなく、本人の言葉で日々の感情を記録する媒体として、大きな反響を呼んだことが評価につながりました。

麻央さんが残した文章は、乳がんという病気を知るきっかけになっただけでなく、闘病中の人やその家族が抱える不安、生活上の変化を知る手がかりにもなっています。

【2026年最新】小林麻央さんは現在どうしている?死去までの最期の経過

2017年6月22日逝去・享年34歳

「小林麻央さんの現在」を検索する人もいますが、麻央さんは2017年6月22日夜、乳がんの闘病の末、東京都内の自宅で亡くなりました。

2026年11月現在、逝去から約9年が経過しています。現在の新しい活動や本人による発信があるわけではなく、公式ブログや過去の報道、家族による発表などが、彼女の歩みを知る記録となっています。

2017年4月:体調が悪化し、再入院

2017年4月には、体調の悪化をブログで報告しています。

4月19日の記事では、息苦しさや発汗、痛みが続き、以前は普通に歩けていたのに、10歩歩くことも難しくなったと記していました。

その後、4月22日に再入院。痛み止めの調整や輸血、点滴などの治療を受けながら過ごしました。

2017年5月29日:在宅医療へ切り替え

約1カ月の入院を経て、2017年5月29日に退院しました。

麻央さんは公式ブログで、自宅に戻ったことを報告し、今後は在宅医療に切り替え、自宅で点滴などを続けると説明しました。

退院に際しては、家族に負担をかけることへの不安もあった一方、自宅に帰れた喜びを綴っています。

6月4日のブログでは、39.4度の高熱や痛みで苦しんだことも明かしていました。在宅医療の難しさと、家族が支える日々の現実が伝わる記録です。

2017年6月20日:最後のブログ更新

麻央さんが最後に更新したブログは、2017年6月20日の「オレンジジュース」という記事でした。

口内炎の痛みがあるなかでも、オレンジの甘酸っぱさをおいしく感じ、朝から笑顔になれたという内容でした。

最後の記事にも、日常の小さな喜びを見つけようとする姿勢が表れています。

2017年6月22日:自宅で逝去

2017年6月22日夜、麻央さんは自宅で亡くなりました。34歳でした。

翌23日、夫の市川海老蔵さんが東京都内で会見を開き、妻の死去を公表しました。

会見では、最期の時間を家族で過ごしたことや、麻央さんが亡くなる直前に海老蔵さんへ愛情を伝えたことなどが語られました。

この会見を通じて、長く続いた闘病生活が終わったことが広く伝えられました。

小林麻央さんのプロフィールと関係者

麻央さんは乳がんの闘病以前から、キャスターやタレントとして活動していました。病気の記録とともに、どのような人物だったのかを整理しておきます。

項目 内容
名前 小林麻央
生年月日 1982年7月21日
出身地 東京都
最終学歴 上智大学文学部卒業
主な活動 キャスター、タレント
主な出演番組 「恋のから騒ぎ」「めざましどようび」「NEWS ZERO」
結婚 2010年3月、市川海老蔵さんと結婚
家族 長女・麗禾さん、長男・勸玄さん
死去 2017年6月22日、34歳

麻央さんは日本テレビ系「NEWS ZERO」のサブキャスターとして知られ、2006年の番組開始時から出演しました。2010年3月に同番組を卒業し、同月に市川海老蔵さんと結婚しています。

また、姉はフリーアナウンサーの小林麻耶さんです。姉妹でテレビ番組に出演した経験もあり、麻央さんのキャリアを語るうえで関連する人物です。

こうした経歴を踏まえると、麻央さんは単に歌舞伎俳優の妻として知られた人物ではなく、報道番組のキャスターとして独自の活動歴を持っていたことが分かります。

【よくある誤解を検証】小林麻央さんの乳がんに関する疑問と事実

麻央さんの闘病については、発覚時期や病状、治療内容について、情報が混同されやすい部分があります。特に検索されやすいポイントを整理します。

2014年に乳がんを公表していた?

違います。2014年は乳がんの診断を受けた年です。一般に広く知られるようになったのは、2016年6月9日の市川海老蔵さんによる記者会見です。

2014年10月の脇のしこりは何だった?

本人のブログによると、2014年10月の再検査では乳房だけでなく脇にも異常が見つかり、その後、脇のリンパ節への転移が確認されました。単なる脇のしこりと、医師によって確認されたリンパ節転移は区別して理解する必要があります。

手術を受けたことで乳がんは完治した?

いいえ。2016年10月に受けた手術は、本人が局所コントロールとQOLのための手術と説明しています。肺や骨にはがんが残っていたため、完治を意味するものではありません。

乳がんの治療に使用した抗がん剤の名前は?

当時の会見やブログでは抗がん剤治療を受けていたことが明らかにされていますが、個々の薬剤名や詳細な投与内容については、本人の公開情報だけでは一律に特定できません。

治療内容を調べる際は、本人が実際に公表した内容と、報道による説明、第三者による推測を区別することが大切です。

【小林麻央さんの乳がん】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:小林麻央さんの乳がんが発覚したのはいつですか? A1:最初の異常は2014年2月の人間ドックで見つかりました。その後、2014年10月に左胸のしこりを発見し、再検査と生検を経て、同年10月21日に乳がんと告知されました。

Q2:小林麻央さんが乳がんを公表したのはいつですか? A2:2016年6月9日です。夫の市川海老蔵さんが東京都内で緊急記者会見を開き、妻が進行性の乳がんを患っていることを公表しました。

Q3:小林麻央さんの乳がんはステージ4だったのですか? A3:はい。2016年10月3日、本人が公式ブログ「KOKORO.」でステージ4であることを明らかにしました。9月20日には肺や骨への転移も公表しています。

Q4:小林麻央さんは抗がん剤治療を受けていましたか? A4:はい。2016年6月の海老蔵さんの会見で、抗がん剤治療が中心であることが説明されました。麻央さん自身も、治療による脱毛やウィッグについてブログで発信しています。

Q5:小林麻央さんはいつ亡くなりましたか? A5:2017年6月22日夜、東京都内の自宅で亡くなりました。享年34歳です。翌23日に市川海老蔵さんが会見で死去を報告しました。

Q6:小林麻央さんの公式ブログ「KOKORO.」はいつ始まりましたか? A6:2016年9月1日です。病気や治療の記録だけでなく、家族との時間、日々の生活、心境などを自分の言葉で発信していました。

小林麻央さんの乳がんは、2014年2月の人間ドックで最初の異常が見つかり、同年10月21日に正式に告知されました。2016年6月9日に市川海老蔵さんが公表し、同年9月には肺や骨への転移、10月にはステージ4であることを本人が明らかにしています。

その後も抗がん剤治療、局所コントロール手術、放射線治療などを続け、2017年5月には在宅医療へ移行。6月20日の最後のブログ更新から2日後、6月22日に34歳で亡くなりました。

今回の経緯から読み取れる重要な点は、次の3つです。

第一に、発覚・診断・公表はそれぞれ異なる出来事であること。2014年の異常発見と告知、2016年の社会的な公表を区別すると、闘病の時間軸を正確に理解できます。

第二に、ステージ4の診断後も治療や生活の質を重視する取り組みが続いていたこと。麻央さんの手術は根治目的ではなく、局所コントロールとQOLの改善を目指したものでした。治療の目的は一つではなく、患者の状態や希望によって変化します。

第三に、本人の発信が闘病の記録として大きな意味を持っていること。「KOKORO.」には、病気の進行だけではなく、家族との時間、日常の喜び、将来への願いが残されています。報道された病状だけでは見えない、一人の人間としての麻央さんの姿を伝える記録です。

2026年現在も、小林麻央さんの乳がんについて調べる際に最も重要な資料の一つが、本人の公式ブログ「KOKORO.」です。2014年の告知から2017年の逝去までの経過を理解するには、本人の発信と当時の報道を照らし合わせることが欠かせません。

麻央さんが残した言葉は、今も乳がんについて知る人、治療と向き合う人、そして家族を支える人にとって、読み返す意味のある記録となっています。

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水沢 陽菜

美容・健康カテゴリを担当。引用元の研究・公的機関の資料を確認したうえで、誰にでも読める形に整えます。

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