2026年11月現在、横浜DeNAベイスターズでプレーしていた左腕・松本隆之介は、現役引退を発表している。2020年ドラフト3位で横浜高校からプロ入りし、最速152キロの大型左腕として期待されたが、プロ生活では度重なる故障に苦しみ、1軍登板は2024年のわずか1試合にとどまった。
2025年には右膝前十字靱帯の再建手術を受け、育成契約で復帰を目指したものの、2026年9月29日に戦力外通告を受け、10月6日に球団が引退を正式発表した。高校時代からの親友・度会隆輝との関係や、本人が語った引退への思いも含め、松本隆之介のプロフィール、経歴、成績、怪我の歴史、そして現在までを時系列で振り返る。
【松本隆之介のプロフィール】188cmの大型左腕はどんな選手だった?

松本隆之介(まつもと・りゅうのすけ)は、神奈川県出身の元プロ野球投手。2002年7月31日生まれで、横浜高校から2020年ドラフト3位で横浜DeNAベイスターズに入団した。
188cmの長身と長いリーチを生かした角度のある直球が特徴で、左投左打の本格派投手として将来を期待されていた。
基本プロフィール一覧| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 名前 | 松本隆之介 |
| 読み方 | まつもと・りゅうのすけ |
| 生年月日 | 2002年7月31日 |
| 出身地 | 神奈川県 |
| 身長 | 188cm |
| 体重 | 94kg |
| 投打 | 左投左打 |
| ポジション | 投手 |
| 出身高校 | 横浜高校 |
| ドラフト | 2020年ドラフト3位 |
| 所属球団 | 横浜DeNAベイスターズ |
| 背番号 | 140 |
| プロ在籍期間 | 2021~2026年 |
| 引退発表 | 2026年10月6日 |
日本野球機構(NPB)の選手情報でも、188cm・94kgの左投左打の投手として登録されている。大型左腕という身体的な特徴に加え、ストレートの球速と変化球を組み合わせる投球スタイルが評価されていた。
DeNAがドラフト3位で指名した理由2020年のドラフト会議でDeNAは松本を3位指名した。
球団が公表したスカウトコメントでは、長いリーチを生かした140キロ台後半のストレート、制球力、変化球を器用に投げ分ける能力が評価されている。
特に注目されたのは、将来の先発投手としての成長余地だった。
即戦力というよりも、高校卒業後にプロの環境で経験を積み、身体能力と投球技術を伸ばしていく将来性の高い投手として迎えられたのである。
この指名時の評価は、松本がプロ入り後も期待を集め続けた理由の一つだった。
【横浜高校時代】最速152キロと度会隆輝との友情
松本隆之介の野球人生を語るうえで欠かせないのが、名門・横浜高校での3年間だ。
中学時代から速球派左腕として注目され、横浜高校入学後も大型投手として存在感を示した。1年春から招待試合に登板し、140キロ台のストレートを投げ込んでいた。
2年春にはセンバツに出場。U-18日本代表候補にも選ばれるなど、世代を代表する左腕候補として評価を高めていった。
3年時には最速152キロを記録高校最後のシーズンには、自己最速152キロを記録した。
2020年8月の神奈川県高校野球大会では、横浜高校の背番号1を背負って登板。岸根高校との試合では先発して3イニングを投げ、無安打、1四球、8奪三振という圧巻の投球を披露した。
6者連続三振を含む内容で、速球だけでなく、ツーシームやカーブも織り交ぜる投球術を見せている。
当時の報道では、188cmの長身から投げ下ろす角度のある直球が大きな魅力として取り上げられていた。
高校時代の152キロという数字は、プロ入り後の期待を裏付ける大きな実績だった。
度会隆輝とは中学時代からの親友もう一つ注目されるのが、現在DeNAで活躍する度会隆輝との関係だ。
2人は横浜高校時代の同級生で、単なるチームメートという関係にとどまらなかった。
日刊スポーツの2026年10月の報道によると、中学時代から親しく、高校でも毎日のように一緒に過ごしていたという。卒業後も横浜高校の仲良し4人組で年末年始に旅行するほどの交流が続いていた。
プロ入り後、松本と度会は同じDeNAのユニホームを着ることになった。
しかし、松本は故障の影響で1軍登板が限られ、度会と1軍の舞台で一緒にプレーするという夢は実現しなかった。
この関係は、2026年の引退発表前後に改めて注目されることになる。
【経歴・年表】DeNA入団から2026年引退までの6年間
松本隆之介のプロ野球人生は、期待、故障、復帰への挑戦、そして引退という大きな転換点を繰り返した6年間だった。
主な出来事を時系列で整理する。
| 年月 | 出来事 | 詳細 |
|---|---|---|
| 2019年春 | 横浜高校でセンバツ出場 | 2年生で全国大会を経験 |
| 2020年 | 高校野球で152キロ | 神奈川県大会で背番号1を着用 |
| 2020年10月 | DeNAドラフト3位指名 | 横浜高校からプロ入り決定 |
| 2021年 | プロ入り | DeNAでキャリアをスタート |
| 2022年3月 | 左肩手術 | クリーニング手術を実施 |
| 2023年 | ファームで成績向上 | 14イニング、防御率1.29 |
| 2024年10月5日 | プロ初登板・初先発 | 中日戦で5回2失点 |
| 2025年4月 | 右膝前十字靱帯を負傷 | 再建手術を受ける |
| 2026年 | 育成契約で復帰を目指す | ファーム公式戦登板は1試合 |
| 2026年9月29日 | 戦力外通告 | 来季契約を結ばないことを告げられる |
| 2026年10月6日 | 現役引退を正式発表 | 球団公式サイトで発表 |
この年表から分かるのは、プロ入り直後から順調に1軍へ駆け上がったわけではないということだ。
2023年にはファームで好成績を残し、2024年には念願の1軍デビューを果たした。しかし、故障による長期離脱が、その後のキャリアに大きな影響を与えた。
2024年10月5日、待望のプロ初登板松本にとって大きな節目となったのが、2024年10月5日の中日戦だった。
バンテリンドームで行われた試合で、プロ4年目にして初登板初先発を果たした。
188cmの長身から伸びのある直球を投げ込み、4回には一死二、三塁のピンチで代打カリステと岡林勇希を連続三振に仕留めるなど、見せ場をつくった。
最終的な投球内容は次のとおり。
- 投球回:5回
- 被安打:6
- 失点:2
- 奪三振:4
- 与四球:3
- 防御率:3.60
勝ち投手の権利を持って降板したものの、チームが6回に追いつかれ、9回にサヨナラ負け。プロ初勝利はならなかった。
試合後には、ストレートの出力を上げることや変化球の完成度を高めることを課題に挙げていた。
この初登板は、結果的に松本のプロ生活で唯一の1軍登板となった。
【松本隆之介の成績】1軍通算1試合に残された数字と実力
松本隆之介の成績を振り返ると、1軍での登板数と、ファームで積み重ねた経験には大きな差がある。
NPB公式記録によると、1軍での通算成績は2024年の1試合のみ。勝利や敗戦はつかなかったが、5イニングを投げて防御率3.60を記録している。
1軍通算成績| 項目 | 成績 |
|---|---|
| 登板 | 1試合 |
| 先発 | 1試合 |
| 勝利 | 0 |
| 敗北 | 0 |
| 投球回 | 5回 |
| 被安打 | 6 |
| 被本塁打 | 0 |
| 与四球 | 3 |
| 奪三振 | 4 |
| 失点 | 2 |
| 自責点 | 2 |
| 防御率 | 3.60 |
1試合だけの数字で投手としての能力を判断することは難しい。
むしろ注目したいのは、ファームで見せた成長だ。
高校野球ドットコムの報道によれば、2023年のファームでは9試合に登板し、14イニングで防御率1.29、20奪三振を記録した。
2024年にはファームで19試合に登板し、59回2/3を投げて防御率3.02という成績も残している。
1軍登板が1試合だったからといって、プロでの成長過程まで評価できないわけではない。
ファームで実戦経験を積み、2024年に1軍の先発機会をつかんだことは、松本のキャリアにおける重要な成果だった。
一方、2025年以降は故障とリハビリによって実戦機会が大きく減少した。2026年のファーム公式戦登板も1試合にとどまっている。
【怪我・故障歴と引退理由】右膝前十字靱帯の負傷が大きな転機に
松本隆之介の引退を理解するうえで、避けて通れないのが故障歴だ。
高校時代に152キロを投げ込んだ大型左腕は、プロ入り後、複数の手術や長期リハビリを経験することになった。
2022年3月:左肩のクリーニング手術最初の大きな転機は、プロ2年目の2022年だった。
DeNAは2022年3月24日、松本が横浜市内の病院で左肩のクリーニング手術を受け、無事終了したと発表した。
本人は当時、手術について次のような思いを球団を通じて明かしている。
手術を行うかすごく悩みましたが、自分の中の不安要素を無くすため決断しました。
投手にとって肩は生命線ともいえる部位だ。特に速球を武器とする投手にとって、肩の状態は投球の出力や安定性に関わる。
松本は手術後、リハビリを経て実戦復帰を目指した。
2025年4月:右膝前十字靱帯の再建手術さらに大きな試練となったのが、2025年の右膝の故障だった。
ファームの試合で負傷し、右膝前十字靱帯を損傷。2025年4月24日、所沢市内の病院で右前十字靱帯再建術を受けた。
球団は手術の終了を公式発表し、本人もコメントを発表している。
今年何としても活躍するとかけていた中で前十字靭帯を切ってしまい、やり切れない気持ちではあります。
このコメントからも、2025年シーズンに懸けていた思いの強さが伝わる。
右膝の前十字靱帯は、膝関節の安定性を支える重要な組織だ。再建手術後にはリハビリと段階的な競技復帰が必要になる。
投手の場合、投球動作では下半身の安定性が欠かせない。軸足や踏み出す足の状態は、フォームの再現性や投球動作にも関係する。
松本にとって、復帰に向けた道のりは決して簡単なものではなかった。
2026年:育成契約から戦力外通告へ2025年の手術後、松本はリハビリを続け、2026年シーズンは育成契約で再出発した。
しかし、1軍復帰には届かず、ファームでの公式戦登板も1試合にとどまった。
そして2026年9月29日、DeNAから戦力外通告を受けた。
当日、松本は今後について、いろいろな人と話をして決めたいという趣旨のコメントを残していたと日刊スポーツが報じている。
その後、現役続行ではなく引退という道を選択した。
引退理由は右膝の故障だけだったのか?ここは慎重に整理する必要がある。
松本の引退には、右膝前十字靱帯の負傷、2022年の左肩手術、長期にわたるリハビリ、そして2026年の戦力外通告という複数の出来事が関係している。
ただし、本人が公式発表で「右膝の故障だけが引退理由だった」と説明したわけではない。
球団の発表では、度重なる故障とリハビリに取り組んできた姿が紹介されている。一方、本人はプロ生活を振り返り、周囲への感謝と野球への愛情を語った。
したがって、引退理由を単一の故障に限定するよりも、長年の故障との戦いと、戦力外通告を受けた後の熟慮を経て下した決断として捉えるのが適切だ。
【2026年最新】松本隆之介の引退発表と現在、度会隆輝との最後の絆
2026年10月6日、横浜DeNAベイスターズは松本隆之介の現役引退を正式に発表した。
2020年のドラフトで入団してから6年間。高校時代から憧れたプロの世界で、故障と向き合いながらプレーを続けた野球人生に区切りをつけることになった。
球団公式発表と本人コメント球団は引退発表の中で、大型左腕として期待されながら故障との戦いが多くなったこと、2024年にプロ初登板初先発を果たしたこと、そしてリハビリ中も戦線復帰に向けて努力を続けていたことを紹介した。
松本本人は、球団を通じて次のようにコメントしている。
悔いがなく終われたと言うと嘘になりますが、大好きなチームで大好きな野球ができて、この上ない幸せでした。
また、今後については、ファンに戻ってチームを全力で応援したいという意向を示した。
18年間にわたって野球を続けられたことについても、これまで関わったすべての人への感謝を述べている。
このコメントからは、プロとして思い描いた結果に届かなかった悔しさと、それでもDeNAでプレーできたことへの充実感がうかがえる。
度会隆輝が引退前に見せた粋な演出松本の引退をめぐる報道で、多くのファンの関心を集めたのが度会隆輝とのエピソードだ。
2026年10月4日、DeNAは阪神とのレギュラーシーズン最終戦を迎えた。
この日は度会の24歳の誕生日でもあった。
試合前、引退を決断した松本に対し、度会からLINEが届いた。
1打席目、登場曲使わせてもらうからよろしく! 親友
度会は松本の登場曲だったBruno Marsの「24K Magic」を自身の第1打席で使用した。
高校時代からの親友が、プロ野球選手としての最後の節目に寄せた心遣いだった。
松本はこの演出をとても喜んだと日刊スポーツが伝えている。
松本自身も、度会と横浜スタジアムで一緒にプレーしたかったという思いを明かしていた。
高校時代から同じ道を歩み、プロでも同じ球団に所属した2人。しかし、松本は故障によって1軍での共闘を果たせなかった。
このエピソードは、単なるチームメート同士の交流ではなく、長い時間を共有してきた親友だからこその関係を感じさせる。
松本隆之介の現在は?引退後の進路は公表されている?2026年11月現在、松本は現役プロ野球選手ではない。
10月6日の球団公式発表によって引退が確定しており、DeNAの選手としてプレーを続けることはない。
一方、引退後の職業や具体的な活動については、球団の引退発表で明らかにされていない。
本人が示したのは、これからはファンとしてDeNAを応援していきたいという思いだ。
指導者への転身、球団スタッフへの就任、別の競技活動などを決定事項として扱える情報はない。
現時点で確認できる松本隆之介の現在は、6年間のプロ生活を終え、野球への感謝を胸に新しい人生へ進もうとしている段階である。
【プロの結論】松本隆之介の野球人生から見えるもの
松本隆之介のキャリアを振り返ると、プロ野球選手の評価は単純な球速やドラフト順位だけでは決まらないことが分かる。
高校時代に152キロを記録し、DeNAからドラフト3位で指名された大型左腕。ファームで好成績を残し、2024年には念願の1軍先発を経験した。
一方で、左肩と右膝の故障によって継続的な登板機会を得られず、プロ6年間で1軍登板は1試合に終わった。
特に注目したいのは、2025年の手術後も育成契約で復帰を目指したことだ。
育成契約は、支配下選手としての登録を外れた選手が再び支配下登録を目指すための制度である。松本もこの制度のもとで再出発を図ったが、最終的に実戦復帰の機会は限られた。
今回の引退は、才能がなかったからという単純な話ではない。
プロの世界では、能力を発揮できる身体の状態を維持し、継続的に試合へ出場することも重要な評価要素となる。
松本は高校時代に大きな期待を集め、プロでも一度は1軍のマウンドに立った。その一方で、故障によって本来描いていたキャリアを実現できなかった。
それでも、本人が最後に選んだ言葉は、周囲への感謝と野球への愛情だった。
この6年間を単なる戦力外や引退という結果だけで評価するのではなく、復帰を目指して努力し続けた時間も含めて記憶したい。
【松本隆之介の現在・引退】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:松本隆之介は2026年に引退したのですか?
A1:はい。2026年9月29日にDeNAから戦力外通告を受け、10月6日に球団が現役引退を正式発表しました。
Q2:松本隆之介の引退理由は右膝前十字靱帯の怪我ですか?
A2:右膝前十字靱帯の負傷と再建手術は、キャリアに大きな影響を与えた出来事です。ただし、本人は引退理由を右膝の故障だけに限定して説明していません。長年の故障とリハビリ、戦力外通告を経て引退を決断しています。
Q3:松本隆之介のプロ初登板はいつですか?
A3:2024年10月5日の中日戦です。プロ初登板初先発で5回6安打2失点、4奪三振を記録しました。
Q4:松本隆之介の最速は何キロですか?
A4:高校時代に最速152キロを記録しています。横浜高校時代から速球派左腕として注目されていました。
Q5:松本隆之介と度会隆輝は親友ですか?
A5:はい。横浜高校時代の同級生で、中学時代から親しい関係でした。2026年10月4日のDeNA最終戦では、度会が松本の登場曲を使用し、親友への思いを示しました。
Q6:松本隆之介は引退後に何をするのですか?
A6:2026年11月現在、具体的な職業や進路は公表されていません。本人は引退コメントで、今後はファンとしてDeNAを応援したいと述べています。
松本隆之介は、横浜高校で最速152キロを記録した大型左腕として注目され、2020年のドラフト3位でDeNAに入団した。
2024年10月5日にプロ初登板初先発を果たし、5回2失点の投球を披露。しかし、2022年の左肩手術、2025年の右膝前十字靱帯再建手術など、度重なる故障に苦しみ、1軍登板は通算1試合にとどまった。
2026年9月29日の戦力外通告を経て、10月6日に現役引退を正式発表。高校時代からの親友・度会隆輝が登場曲を使用したエピソードも、松本の野球人生を象徴する出来事となった。
本人は悔しさを残しながらも、大好きなチームで野球ができた幸せと、支えてくれた人々への感謝を語っている。
松本隆之介のプロ野球人生は2026年に幕を閉じた。しかし、横浜高校からDeNAへ進み、故障と向き合いながらマウンドを目指し続けた6年間は、野球ファンの記憶に残るものだ。
今後どのような道を歩むのかはまだ明らかになっていない。ファンとしてDeNAを応援したいという本人の言葉とともに、新たな人生の歩みに注目したい。
主な情報源・事実確認資料
- 横浜DeNAベイスターズ公式発表:2026年10月6日の引退発表と本人コメント。
- 日本野球機構(NPB):プロフィール・1軍年度別成績。
- 横浜DeNAベイスターズ:2020年ドラフト指名資料、2022年左肩手術、2025年右膝手術の発表。
- 日刊スポーツ:2024年プロ初登板、2026年戦力外通告・引退決断・度会隆輝との交流。
- 高校野球ドットコム:高校時代の実績、ファーム成績、故障歴。