事件が発生したのは、2025年1月22日午後8時ごろ。現場はJR長野駅善光寺口にあるバス乗り場付近の歩道だった。
被害に遭ったのは、バスを待っていた長野市の会社員男性(当時49歳)、30代の男性会社員、40代の女性会社員の3人。男性1人が死亡し、ほかの2人も重軽傷を負った。
事件直後、襲撃した男は現場から逃走した。加えて、矢口容疑者と被害者3人には面識がなかったと報じられている。特定の人物を狙ったトラブルではなく、面識のない人々が突然襲われた事件として、地域社会に大きな衝撃が広がった。
県警は捜査本部を設置し、周辺の防犯カメラ映像の収集や解析、目撃情報の確認を進めた。10都県から応援の警察官が派遣されるなど、警戒態勢も強化された。
ここで重要なのは、事件から4日間、警察が捜査をしていなかったわけではないという点だ。逃走した人物の身元を特定し、映像や目撃情報を照合しながら逮捕に必要な証拠を積み重ねていた。
逮捕までに寄せられた情報提供は326件長野放送が報じた2025年1月26日の捜査本部会見によると、警察が設置したフリーダイヤルには、事件発生後の3日間で合計326件の情報提供が寄せられた。
- 1月23日:88件
- 1月24日:110件
- 1月25日:128件
捜査本部は、防犯カメラのリレー捜査に加え、報道を通じて寄せられた市民の情報も検挙につながったと説明している。
ただし、326件すべてが有効な目撃情報だったという意味ではない。重要なのは、映像による捜査と市民からの情報が組み合わさり、容疑者の特定を後押ししたことだ。
【防犯カメラのリレー捜査】逮捕の決め手は逃走経路だけではなかった

今回の事件で捜査の重要な手掛かりになったのが、防犯カメラの映像を連続的につなぎ合わせる「リレー捜査」だ。
リレー捜査とは、ある地点の防犯カメラに映った人物の姿を起点に、別の場所に設置されたカメラの映像を順番に確認し、移動経路や立ち寄り先を追跡する捜査方法である。
1台のカメラだけでは、人物がどこから来てどこへ向かったのかをすべて把握できない。しかし、複数の映像を時間軸に沿って照合すれば、離れた場所にあるカメラの記録も一連の移動情報として活用できる。
注目された「前足捜査」とは?今回の捜査について、SBC信越放送は2025年1月27日、容疑者の自宅特定に「前足捜査」が重要な役割を果たしたと報じた。
一般的な逃走経路の追跡では、犯行現場から立ち去った後の移動を調べる。しかし、今回の捜査で注目されたのは、事件現場から逃げた方向だけではなく、事件が起きる前に現場へ向かった経路を逆にたどった点だった。
報道によると、矢口容疑者の自宅はJR長野駅から東に約3キロの場所にあった。捜査関係者への取材では、事件前に自宅から現場へ向かったとみられる足取りを、防犯カメラなどの映像からさかのぼって調べ、自宅の特定につなげたとされる。
つまり、事件後の逃走方向だけを追い続けたのではなく、事件前の移動記録も手掛かりにしたのである。これが今回の捜査の特徴だった。
なぜ防犯カメラの映像だけで即座に逮捕できなかったのか防犯カメラが存在することと、映像だけで直ちに人物を特定できることは同じではない。
複数のカメラの映像を照合するには、撮影時刻や人物の特徴、移動の連続性などを確認する必要がある。加えて、映像に映った人物が事件の容疑者であると判断するには、ほかの証拠との照合も欠かせない。
今回の事件では、被害者と容疑者に面識がなかったことも、捜査上の背景として押さえておきたい。知人間のトラブルのように、被害者との交友関係から容疑者を絞り込むことが難しい状況だった。
したがって、4日間という時間は「防犯カメラが役に立たなかった期間」ではない。映像、目撃情報、周辺の捜査を積み重ね、逮捕につなげるための時間だったと理解するのが適切だ。
【逮捕から起訴までの時系列】矢口雄資被告に何があったのか
2025年1月26日に逮捕された矢口雄資容疑者は、その後、被害者それぞれに対する容疑で再逮捕され、長野地方検察庁による鑑定留置を経て起訴された。
事件の発生から2026年の裁判準備までを整理すると、次のようになる。
この時系列から分かるのは、1月26日の逮捕が捜査の終わりではなかったことだ。警察は被害者ごとに容疑を裏付け、検察は精神鑑定を含む検討を行ったうえで起訴に至っている。
特に、最初の逮捕から起訴まで約7か月を要した点は、今回の事件を理解するうえで重要だ。逮捕と起訴は別の手続きであり、容疑者の身柄を確保した後も、証拠の確認や刑事責任能力の判断が続いていた。
【鑑定留置の理由と経緯】なぜ起訴まで約5か月かかったのか
逮捕後の捜査で大きな焦点となったのが、矢口被告の事件当時の精神状態と刑事責任能力だった。
長野地方検察庁は2025年3月から、責任能力の有無などを調べるための鑑定留置を実施した。鑑定留置は、被疑者の精神状態などを専門的に調べるため、一定期間、身柄を確保して医学的な鑑定を行う手続きである。
鑑定留置は無罪を意味するものではない鑑定留置が実施されたからといって、被疑者に精神疾患があると確定したわけではない。また、精神的な問題があることと、刑事責任を問えるかどうかも別の問題だ。
刑事責任能力の判断では、事件当時に自分の行為の意味や違法性を理解できたか、行動をコントロールできたかといった事情が検討される。単に精神的な不調があったという理由だけで、刑事責任がなくなるわけではない。
今回の鑑定留置は、事件当時の精神状態を調べ、刑事裁判に進めるかを判断するために行われたものだ。
長野地検は「刑事責任を問える」と判断鑑定留置を経て、長野地検は2025年8月18日、矢口被告を殺人・殺人未遂などの罪で起訴した。
起訴時、長野地検の長沢範幸次席検事は、刑事責任について次のように説明している。
「刑事責任を問えると判断した」
これは検察側が鑑定結果などを踏まえて下した判断であり、裁判所による最終的な有罪認定とは異なる。今後の公判で、検察側と弁護側がそれぞれ証拠や主張を示し、裁判所が判断することになる。
また、鑑定留置の期間が長かったからといって、必ずしも裁判が長引くと決まるわけではない。鑑定結果をどのように法廷で扱うのか、弁護側が追加鑑定を求めるのかなどによって、審理の進行は変わってくる。
【2026年最新の裁判状況】無罪主張と公判前整理手続きの行方
2026年11月6日時点で、事件の焦点は逮捕の有無から、裁判で何が争われるのかに移っている。
矢口被告は逮捕当初、事件について黙秘していたと報じられている。その後の取り調べでは「無罪を主張します」「社会に復帰したい」といった趣旨の発言をしたと、長野放送が2026年1月に伝えた。
ここで注意したいのは、取り調べ段階での無罪主張と、法廷での正式な主張・立証は同じではないという点だ。被告が無罪を主張していることは報じられているが、裁判で具体的にどのような争点が設定されたのかは、公表された情報だけでは確定できない。
2026年1月20日、長野地裁で公判前整理手続きが開始事件発生から1年を迎える直前の2026年1月20日、長野地方裁判所で1回目の公判前整理手続きが行われた。
公判前整理手続きとは、正式な裁判を始める前に、検察側と弁護側が証拠や主張を整理し、裁判で何を審理するのかを明確にするための手続きである。
この段階では、証拠の確認や争点の整理、証人の予定などが検討される。重大事件の場合、証拠の量や争点の複雑さによって、準備に相当な時間がかかることもある。
長野放送が2026年1月22日に報じた時点では、手続きの具体的な内容は明らかになっておらず、初公判の日程も見通せない状況だった。
裁判の争点は「犯人性」と「刑事責任能力」2026年1月の報道で、刑事法の専門家としてコメントした法政大学法科大学院の水野智幸教授(元裁判官)は、裁判の争点として大きく2つの可能性を指摘している。
1つ目は、矢口被告が実際に事件を起こしたのかという「犯人性」。2つ目は、事件当時に刑事責任能力があったのかという問題だ。
仮に被告が事件への関与を認めない場合、検察側は防犯カメラ映像や目撃者の証言、捜査で得られた客観的証拠などを用いて、被告が犯人であることを立証する必要がある。
一方、犯人性が認められたとしても、事件当時の責任能力について別途判断が必要になる場合がある。検察側は起訴前の鑑定で刑事責任を問えると判断しているが、弁護側がその鑑定に異議を唱え、追加の精神鑑定を求める可能性も専門家から指摘されていた。
ただし、追加鑑定が実際に請求されたかどうかは、公開情報からは確認できない。専門家の見通しと、実際に裁判所で行われた手続きは区別する必要がある。
2026年11月現在、初公判の日程はどうなっている?最新の確認材料となるのが、長野地方裁判所の公式サイトに掲載された裁判員裁判の開廷期日情報だ。
同サイトは2026年11月5日に更新されているが、本庁の掲載欄には該当事件がない。したがって、11月6日時点で、一般に確認できる開廷期日情報から本事件の初公判日を特定することはできない。
ただし、裁判所は事件の内容によって開廷期日情報を掲載しない場合があること、掲載するのはすでに指定された期日のみであることも説明している。そのため、予定表に名前がないことだけを理由に、裁判手続きが停止した、あるいは事件が取り下げられたと判断することはできない。
現段階で押さえておくべきなのは、2026年1月20日に公判前整理手続きが始まったこと、そして11月6日現在、初公判の具体的な日程や判決は公表情報から確認できないことだ。
【プロの結論】逮捕までの4日間と、起訴後の長期化は別の問題
この事件を理解するうえで、最も大切なのは「逮捕までの4日間」と「逮捕後から裁判までの期間」を混同しないことだ。
2025年1月22日に発生した事件は、1月26日に容疑者が逮捕されたことで、逃走中の人物を特定する段階から、被害者ごとの容疑を裏付ける段階へ進んだ。
その後、2月と3月の再逮捕、約5か月間の鑑定留置、8月の起訴を経て、2026年1月には公判前整理手続きが始まった。時間がかかっているのは、事件の犯人が捕まらないからではなく、起訴後の刑事裁判に向けた準備と争点整理が必要だからだ。
また、今回の事件から読み取れる要点は、防犯カメラのリレー捜査が単独で機能したわけではないということだ。市民からの326件の情報提供、警察による映像解析、事件前の移動経路を調べる捜査など、複数の情報が組み合わさって逮捕につながった。
一方、起訴されたことは有罪判決が確定したことを意味しない。矢口被告は無罪を主張していると報じられており、最終的な判断は裁判所に委ねられている。
今後、読者が事件の最新情報を確認する際は、次の3点を基準にすると、誤解を避けやすい。
- 逮捕と起訴を区別する:逮捕は容疑に基づく身柄確保、起訴は検察が刑事裁判を求める手続きである。
- 鑑定留置と無罪を結び付けない:精神鑑定の実施だけでは、刑事責任能力の有無は確定しない。
- 裁判の進展は公式情報で確認する:公判前整理手続き、初公判、判決はそれぞれ異なる段階である。
被害に遭った3人とその家族、事件現場を利用する市民にとって、事件の真相が明らかになることは大きな意味を持つ。裁判では、被害の実態と証拠、責任能力を含めた争点が丁寧に審理されることが求められる。
【長野駅通り魔はなぜ捕まらない?】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:長野駅前3人殺傷事件の犯人は、現在も逃走中ですか?
A1:いいえ。矢口雄資被告は2025年1月26日に逮捕されています。事件が起きた1月22日から4日後の逮捕であり、現在は殺人・殺人未遂などの罪で起訴されています。
Q2:矢口雄資被告が逮捕された決め手は何ですか?
A2:防犯カメラのリレー捜査と市民からの情報提供です。特に、事件後の逃走経路だけでなく、事件前に現場へ向かったとみられる足取りをさかのぼる「前足捜査」が、自宅の特定につながったと報じられています。
Q3:矢口雄資被告はなぜすぐに起訴されなかったのですか?
A3:長野地方検察庁が事件当時の精神状態や刑事責任能力を調べるため、2025年3月から約5か月間の鑑定留置を実施したためです。検察は刑事責任を問えると判断し、同年8月18日に殺人・殺人未遂などの罪で起訴しました。
Q4:2026年現在、裁判は始まっていますか?
A4:2026年1月20日に長野地方裁判所で公判前整理手続きが始まっています。ただし、11月6日時点で初公判の具体的な日程は公開情報から確認できず、判決も確認されていません。
Q5:矢口雄資被告は無罪を主張しているのですか?
A5:報道によると、逮捕当初は黙秘していましたが、その後の取り調べで「無罪を主張します」と述べています。裁判では犯人性や刑事責任能力などが焦点になる可能性が指摘されています。最終的な有罪・無罪は裁判所が判断します。
「長野駅の通り魔はなぜ捕まらない?」という疑問への答えは、事件発生から4日後の2025年1月26日に矢口雄資被告が逮捕されている、ということだ。
逮捕の背景には、防犯カメラのリレー捜査、事件前の移動経路を調べる前足捜査、市民から寄せられた326件の情報提供があった。
その後、長野地検による鑑定留置を経て、2025年8月18日に殺人・殺人未遂などの罪で起訴。2026年1月20日には長野地裁で公判前整理手続きが始まった。
2026年11月現在の最大の注目点は、被告の無罪主張に対して検察側がどのような証拠を示すのか、そして刑事責任能力について裁判所がどのような判断を示すのかという点にある。
逮捕されたから事件のすべてが明らかになったわけではない。被害者と遺族の思いを踏まえながら、今後の公判の進展と司法判断を見守る必要がある。