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長瀬智也とTOKIOの31年を総整理|2026年の音楽活動とバイクレースの現在

高杉 葵 高杉 葵 • 更新: • 公開: • 読了約 20 分
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長瀬智也とTOKIOの関係は、2021年3月末の脱退・退所によって大きな転換点を迎えた。その後、長瀬はテレビや映画を中心とする従来の芸能活動から距離を置き、音楽プロジェクト「Kode Talkers(コード・トーカーズ)」やバイクレースなど、自分の感性を生かした活動を続けている。一方、かつて5人で歩んだTOKIOは、2025年6月25日に正式に解散した。

2026年11月現在、長瀬の姿は本人のInstagramやレース関連の報道を通じて伝えられている。2026年4月には筑波サーキットのバイクレースで2位に入賞。10月にもバイクや自動車に関する近況を発信している。長瀬の脱退理由、山口達也を含む歴代メンバーの変遷、TOKIO解散と株式会社TOKIOの廃業、そして現在の活動まで、時系列に沿って整理する。

【長瀬智也とTOKIOの関係】5人時代から国民的バンドへの成長

長瀬智也tokio

長瀬智也は、TOKIOのボーカルとしてグループの音楽的な個性を支えてきた中心人物の一人だ。TOKIOは1994年7月に城島茂、山口達也、国分太一、松岡昌宏、長瀬智也の5人で結成され、同年9月にシングル「LOVE YOU ONLY」でCDデビューした。

当初からTOKIOの特徴だったのは、アイドルグループでありながらメンバー自身が楽器を演奏するバンドスタイルである。長瀬の力強いボーカルは、グループの音楽的な印象を決定づける重要な要素だった。

「LOVE YOU ONLY」で始まった5人の歴史

デビュー曲「LOVE YOU ONLY」は、TOKIOの代表曲として現在も知られている。1994年12月にはNHK紅白歌合戦に初出場。以降、2017年まで24年連続で出場する実績を残した。

音楽活動だけでなく、ドラマ、映画、バラエティーなど、それぞれのメンバーが異なる分野でも活躍した。長瀬は俳優としても存在感を発揮し、音楽と映像の両方でTOKIOの知名度を押し上げた。

「ザ!鉄腕!DASH!」で築いたグループの個性

1995年11月に始まった日本テレビ系「ザ!鉄腕!DASH!」も、TOKIOの歴史を語るうえで欠かせない番組だ。

農業、建築、海洋調査、自然との共生など、一般的なアイドル番組とは異なる企画にメンバーが挑戦。体を張った企画や長期間にわたるプロジェクトを通じて、TOKIOは幅広い世代から支持される存在になった。

長瀬も番組初期から出演し、メンバーとともに数々の企画に参加している。2021年3月28日には、退所に伴って番組を卒業。初回収録の場所にメンバーが集まる企画を通じて、長年の番組出演に一区切りをつけた。日刊スポーツも、この放送を長瀬のDASH卒業として報じている。

つまり、長瀬の脱退は単に音楽グループから一人が抜けたという話ではない。TOKIOの音楽、テレビ、そして長年積み重ねてきた番組の歴史が、一つの転換期を迎えた出来事だった。

【2021年3月末の脱退・退所理由】長瀬智也が選んだ新しい道とは?

長瀬智也の退所が公表されたのは2020年7月22日。旧ジャニーズ事務所が公式に発表し、2021年3月末をもって退所することが明らかになった。

この発表では、城島茂・国分太一・松岡昌宏の3人が株式会社TOKIOを設立してグループ活動を継続する一方、長瀬は個人として別の道に進むと説明された。

退所理由は方向性の転換とクリエイティブ分野への挑戦

旧ジャニーズ事務所の発表では、長瀬について、長年培ってきた表現者としての創造性を生かし、他事務所に所属せず、裏方としてゼロから新しい仕事の形を創り上げていく方針が示された。

また、TOKIOのメンバー3人も、長い時間をかけて話し合いを重ねた結果、長瀬が選んだ新しい道を尊重することになったと説明している。

この経緯から読み取れるのは、グループ内の単純な対立や突然のトラブルによる脱退ではなく、本人の将来設計を含めた長期的な話し合いの末に決まった進路変更だったということだ。

2021年3月31日、芸能活動に一区切り

2021年3月31日、長瀬はフジテレビ系「TOKIOカケル」に出演。これが退所前最後の出演となり、番組からも卒業した。

同日の番組では、長年にわたる関係者やメンバーへの感謝を伝え、TOKIOと番組が今後も続いていくことに触れた。

その前の3月28日には「ザ!鉄腕!DASH!」も卒業している。こうして、長瀬は2021年3月末をもってTOKIOから離れ、ジャニーズ事務所を退所した。

「芸能界引退」は完全な表現活動の終了ではなかった

長瀬の退所は当時、芸能界引退という言葉とともに報じられた。しかし、その後の活動を見ると、表現そのものをやめたわけではないことが分かる。

俳優やテレビタレントとしての活動から距離を置き、自分で企画し、自分の感性を反映できる音楽やバイク関連の活動に軸足を移している。

2023年にはKode Talkersのボーカル&ギターとして音楽活動を再び本格化させた。これは、2020年の退所発表で示された「クリエイティブな仕事への挑戦」という方向性ともつながっている。

【TOKIO歴代メンバーの変遷】5人から3人、そして解散までの年表

TOKIOの歴史を理解するには、5人時代、4人時代、3人時代を分けて考える必要がある。特に2018年の山口達也の脱退と2021年の長瀬智也の脱退は、グループの構成を大きく変えた出来事だった。

歴代メンバーと活動の変化
時期 メンバー・出来事 主な内容
1994年7月 城島茂・山口達也・国分太一・松岡昌宏・長瀬智也 5人組TOKIO結成
1994年9月 5人 「LOVE YOU ONLY」でCDデビュー
1995年11月 5人 「ザ!鉄腕!DASH!」放送開始
2018年5月 山口達也が脱退・退所 4人体制へ移行
2021年3月末 長瀬智也が脱退・退所 3人体制への移行が決定
2021年4月 城島・国分・松岡 株式会社TOKIOが本格始動
2025年6月25日 城島・国分・松岡 TOKIO解散を発表
2025年7月2日 株式会社TOKIO 所定の手続き終了後の廃業を正式発表
2025年12月31日 株式会社TOKIO・STARTO ENTERTAINMENT エージェント契約終了
山口達也の脱退で変わったTOKIO

2018年4月、山口達也をめぐる問題が報道され、同年5月に本人のTOKIO脱退と事務所退所が発表された。

これによって、長瀬、城島、国分、松岡の4人体制となった。5人で築いてきたバンドとしての構成も変化し、グループは新たな形で活動を継続することになった。

長瀬の脱退後は城島・松岡・国分の3人体制へ

2021年4月以降、TOKIOは城島茂、松岡昌宏、国分太一の3人で活動した。株式会社TOKIOでは、城島が社長、国分と松岡が副社長を務める体制がスタートした。

ここで押さえておきたいのは、長瀬の脱退と山口の脱退は、それぞれ異なる時期、異なる事情によるものだという点だ。長瀬の退所は本人が選んだ新しい仕事の形への転換として発表されており、山口の問題と同一視することはできない。

日刊スポーツが報じたTOKIOの歩みによれば、1994年の結成から2025年の解散まで、メンバー構成は大きく変化しながらも、グループとして31年間の歴史を刻んだ。

【2025年6月25日のTOKIO解散】国分太一の問題と株式会社TOKIOの廃業

2025年6月25日、TOKIOはグループの解散を正式に発表した。長瀬の脱退から約4年後の出来事であり、解散時のメンバーは城島茂、松岡昌宏、国分太一の3人だった。

解散の直接的なきっかけは国分太一のコンプライアンス問題

2025年6月20日、日本テレビは国分太一について、過去にコンプライアンス上の問題行為が複数あったことを確認したとして、「ザ!鉄腕!DASH!」からの降板を発表した。国分本人も同日付で無期限の活動休止を表明した。

その後、6月25日に株式会社TOKIOが公式サイトで解散を発表。公表文では、国分のコンプライアンス違反によって関係者に迷惑や心配をかけたことを謝罪し、メンバー間で意思を確認した結果、グループとして再び信頼と応援を得ることは難しいと判断したと説明した。

この発表で重要なのは、解散の直接的な理由が、2021年に退所した長瀬ではなく、2025年に発生した国分をめぐる問題だったという点である。

長瀬はすでにTOKIOを離れており、2025年の解散発表における当事者ではない。過去の脱退と後年の解散を混同しないことが大切だ。

株式会社TOKIOはなぜ廃業することになったのか

株式会社TOKIOは、長瀬の退所が発表された2020年7月に設立が公表され、2021年4月から本格始動した会社だ。城島茂、国分太一、松岡昌宏の3人が中心となり、グループ活動と個人の仕事を進めるための新しい事業体として運営されていた。

しかし、グループ解散を受け、2025年7月2日、株式会社TOKIOは公式サイトで廃業する方針を正式に発表した。発表内容は、所定の事務手続きや関係者への説明などを終えた後に廃業するというものだった。

また、福島県西郷村で展開していたプロジェクト「TOKIO-BA」も閉園・事業終了の対象となり、関連会社も廃業する方針が伝えられた。

2025年末にはSTARTOとの契約も終了

2025年11月30日、STARTO ENTERTAINMENTは株式会社TOKIOとのエージェント契約を同年12月31日付で終了すると発表した。公式発表では、30年以上にわたって支えたファンや関係者への感謝が述べられている。

加えて、2026年1月1日には株式会社TOKIOの公式サイトが閲覧できない状態になったことが報じられた。

したがって、TOKIOの終幕は6月25日のグループ解散だけではない。7月の廃業方針発表、11月の契約終了発表、12月末の契約終了と、会社としての整理も段階的に進んだ経緯がある。

【長瀬智也の現在2026年】Kode Talkersとバイクレースで見せる新しい姿

2026年の長瀬智也を語るうえで欠かせないのが、ロックバンド「Kode Talkers」とバイクレースだ。テレビドラマやバラエティー番組への出演を中心としていたTOKIO時代とは異なり、自らの趣味や表現を活動の中心に据えている。

Kode Talkersとは?長瀬智也がボーカル&ギターを務めるバンド

Kode Talkersは、長瀬智也と音楽家の久保田光太郎を中心に結成されたロックバンドだ。長瀬はボーカルとギターを担当する。

2023年6月には、自主レーベルCHALLENGER RECORDSから1stアルバム「Kode Talkers」をリリースした。同年にはライブ活動も展開している。

音楽雑誌GOETHEのインタビューでは、長瀬と久保田がバンドの制作姿勢について語っている。特徴は、音数を抑えたシンプルなロックサウンドと、長瀬のストレートなボーカルだ。

また、バンドは長瀬と久保田の2人をコアメンバーとし、ドラムの中畑大樹、ベースのFIRE、キーボードの浦清英を加えた5人編成で活動している。

長瀬はインタビューで、自分たちが好きな音楽を自然体で表現することを重視する姿勢を明かしている。これは、既存の芸能活動の枠組みから離れ、自分たちで音楽を作り上げる現在の活動スタイルを理解する手がかりになる。

2026年4月19日、筑波サーキットのレースで2位入賞

2026年の長瀬の近況で特に注目されたのが、4月19日に茨城県の筑波サーキットで開催されたMCFAJ主催のクラブマンロードレースだ。

長瀬はA.V.C.C.(アメリカン・ビンテージ・コンペティション・クラブマンロードレース)のFSCRクラスに、CHALLENGER RACINGのライダーとして参戦した。

使用したのはショベルヘッドエンジンを搭載したレーサー。予選では3位につけ、決勝では序盤から順位を上げて2位でフィニッシュした。

TBS NEWS DIGの2026年4月19日付の報道によれば、長瀬はこのレースをその年唯一の参戦として位置づけていた。また、ほかのクラスの入賞者へのインタビューにも参加し、表彰式を盛り上げる役割も担った。

レース後には、本人もInstagramを通じて入賞を報告している。単にバイクを所有して楽しんでいるだけでなく、実際の競技に参加し、結果を残していることが分かる。

バイクレースは長瀬にとってどのような活動なのか

長瀬のバイクへの関心は、退所後に突然始まったものではない。以前からバイクやアメリカンカルチャーへの関心をSNSなどで発信してきた。

現在はレースへの参戦だけでなく、カスタムバイクや仲間との交流、レースイベントへの参加など、モーターサイクル文化に深く関わっている。

2025年11月には、筑波サーキットで行われた2025クラブマンロードレース第3戦にもエントリー。雨天によって出走を見送ったことが週刊プレイボーイの現地取材記事で紹介された。

このように、長瀬のバイク活動は単なる趣味の写真公開にとどまらず、競技参加や仲間との共同プロジェクトを含む継続的な取り組みになっている。

【長瀬智也のInstagram最新近況】現在の姿と芸能界復帰の可能性

長瀬の近況を知るうえで、本人のInstagramは重要な発信源となっている。テレビへの出演が少なくなった現在も、バイク、自動車、音楽、友人との交流などを写真や投稿で紹介している。

2026年秋は短髪やチョッパー姿が話題に

2026年9月には、長年のロングヘアから短髪へと変わった姿が報じられた。10月15日付のスポーツ報知の報道でも、ひげを生やした近影や新しいヘアスタイルが取り上げられている。

また、9月30日には黄色いカスタムバイク、いわゆるチョッパーに乗る姿を投稿。10月には自動車やホットロッドに関する投稿も紹介されており、現在もアメリカンカルチャーとの関わりが続いている。

10月25日には、Ford Model Aの屋根を改造する前の自身の姿を撮影した写真について、雑誌の企画とともにInstagramで紹介したことも伝えられた。

これらの発信からは、長瀬が芸能人としての近況報告よりも、趣味や制作活動を通じて自分の世界観を表現している様子がうかがえる。

長瀬智也は芸能界に復帰するのか

2026年11月現在、長瀬が俳優やテレビタレントとして本格復帰するという公式発表は出ていない。

一方、Kode Talkersの音楽活動やバイクレースへの参加など、表現者として人前に出る機会はある。したがって、現在の長瀬を「完全に表舞台から消えた人物」と理解するのは正確ではない。

重要なのは、従来の芸能事務所に所属してテレビや映画の仕事を中心に活動する形と、自分が関心を持つ分野で表現活動を行う形は別だということだ。

2021年の退所発表で示された裏方・クリエイティブ分野への転身という方向性は、その後の音楽やバイク関連の活動にもつながっている。

ネット上で混同されやすい3つのポイント

1. 長瀬の退所とTOKIO解散は同じ理由ではない。 長瀬は2021年3月末に本人の新しい進路を選んで脱退した。TOKIOの解散は2025年6月の国分太一をめぐる問題を受けた別の出来事だ。

2. 芸能界引退は音楽活動の終了を意味しない。 Kode Talkersでの活動やライブ出演があるため、芸能活動をすべて停止したと考えるのは誤りだ。

3. 2026年のバイク活動は実際のレース参加を伴っている。 筑波サーキットでの2位入賞は、本人のSNSだけでなくTBS NEWS DIGでも報じられた具体的な競技結果だ。

【長瀬智也とTOKIOに関するよくある質問(FAQ)】

Q1:長瀬智也がTOKIOを脱退したのはいつですか? A1:2021年3月末です。同時に旧ジャニーズ事務所も退所し、個人として新しい道を歩むことになりました。

Q2:長瀬智也のTOKIO脱退理由は何ですか? A2:公式発表では、本人が長年培ってきたクリエイティビティーを生かし、裏方として新しい仕事の形を創り上げる道を選んだと説明されています。メンバーとの長期的な話し合いを経た決断でした。

Q3:TOKIOはなぜ2025年6月25日に解散したのですか? A3:国分太一のコンプライアンス違反を受け、メンバー間で話し合った結果、グループとして活動を続けて信頼を取り戻すことは難しいと判断したためです。

Q4:長瀬智也は2026年現在、何をしていますか? A4:Kode Talkersのボーカル&ギターとして音楽活動を行うほか、バイクレースやカスタムバイク関連の活動に取り組んでいます。2026年4月には筑波サーキットのレースで2位に入賞しました。

Q5:Kode Talkersとはどのようなバンドですか? A5:長瀬智也と久保田光太郎を中心とするロックバンドです。2023年6月に1stアルバム「Kode Talkers」をリリースし、長瀬はボーカルとギターを担当しています。

Q6:長瀬智也の公式Instagramでは何が見られますか? A6:バイク、カスタムカー、音楽、友人との交流などの投稿が見られます。2026年秋には短髪姿やチョッパーに乗る姿も話題になりました。

Q7:株式会社TOKIOはどうなりましたか? A7:2025年7月2日にグループ解散に伴う廃業方針を正式発表しました。STARTO ENTERTAINMENTとのエージェント契約も2025年12月31日をもって終了しています。

長瀬智也とTOKIOの関係を振り返ると、1994年の5人組でのデビューから2021年の長瀬の脱退、2025年のグループ解散まで、約31年間にわたる大きな変化が見えてくる。

長瀬の退所は、本人がクリエイティブ分野で新しい仕事の形を追求するために選んだ進路だった。その後、Kode Talkersでの音楽活動やバイクレースへの参加を通じて、従来の芸能活動とは異なる表現の場を築いている。

一方、TOKIOは国分太一をめぐる2025年のコンプライアンス問題をきっかけに解散し、株式会社TOKIOも廃業に向けた手続きを発表した。長瀬の脱退とグループ解散は、時期も背景も異なる出来事である。

2026年の長瀬智也を理解するキーワードは「自分の表現を自分で選ぶこと」だ。 俳優やテレビタレントとしての復帰だけを基準に現在の活動を評価するのではなく、音楽、バイク、クリエイティブな制作活動を含めて見る必要がある。

TOKIOの5人時代を知るファンにとって、長瀬が再び音楽やレースの世界で存在感を示していることは、グループ時代とは違う形でその個性を感じられる機会でもある。今後のKode Talkersの活動やバイクレースへの参戦が、長瀬の新しいキャリアを読み解くうえで注目される。

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高杉 葵

アイドル・グラビア担当。所属事務所の公式発表を一次情報とし、憶測は書きません。

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