ライダイハンは、ベトナム語の「Lai Đại Hàn」に由来する呼称である。「ライ(Lai)」は混血・異なる血統の混じり合いを意味し、「ダイハン(Đại Hàn)」は韓国を指す言葉だ。
つまり、言葉の成り立ちとしては「韓国系の血を引く混血の人々」という意味になる。主にベトナム戦争期に韓国人男性とベトナム人女性との間に生まれた子どもを指す。
ただし、この言葉には注意が必要だ。「ライ」には差別的・侮蔑的な響きが含まれる場合があり、当事者の尊厳を損なう呼称として問題視されている。歴史問題を説明する際には広く使われているものの、個々の人々を呼ぶ場合には本人の希望や自己認識を尊重する必要がある。
ライダイハンは全員が性暴力によって生まれたのかここは特に誤解されやすい部分だ。
ライダイハンと呼ばれる人々の背景には、複数の事情がある。
- 韓国軍兵士による性的暴力の結果として生まれた子ども
- 韓国人の軍属や民間人労働者とベトナム人女性との関係から生まれた子ども
- 当時の交際や婚姻関係に由来する子ども
したがって、ライダイハン全員がレイプによって生まれたと断定するのは正確ではない。
一方、女性への強制的な性的行為や、妊娠後に男性が帰国して母子を残したという証言が複数報告されていることも事実である。
この問題を理解するには、子どもたちの出生背景と、母親たちが経験した戦時性暴力を区別しながら考えることが欠かせない。
【ベトナム戦争と韓国軍の派兵】1964年から1973年までの経緯

ライダイハン問題の歴史的背景には、韓国のベトナム戦争への大規模な軍事介入がある。
当時の韓国は朴正熙(パク・チョンヒ)政権下にあり、冷戦構造の中で反共産主義政策を強く推進していた。
アメリカは南ベトナム政府を支援するため、同盟国に軍事協力を求めた。韓国もその要請に応じ、当初の医療・支援部隊から戦闘部隊へと派兵規模を拡大していった。
韓国がベトナムへ軍を派遣した理由主な理由は次の3つに整理できる。
1.アメリカとの軍事同盟を強化するため
朝鮮戦争後の韓国にとって、アメリカの安全保障支援は極めて重要だった。ベトナムへの派兵は、米韓同盟を強化する外交・安全保障上の意味を持っていた。
2.反共産主義政策を推進するため
北朝鮮と対峙していた韓国政府は、ベトナムでの戦争を自国の安全保障とも結び付けて捉えていた。
3.経済発展と軍事近代化を進めるため
1965年の米韓間のブラウン覚書には、韓国軍の装備近代化、派兵費用の負担、経済支援、韓国企業によるベトナム関連事業への参加などが盛り込まれた。
ベトナム派兵は、韓国の外交・軍事政策だけでなく、当時の経済発展にも影響を与えた。
主要な派兵年表| 年月 | 出来事 | 歴史的な意味 |
|---|---|---|
| 1964年9月 | 医療部隊130人、テコンドー教官10人を派遣 | 最初の派兵 |
| 1965年3月 | 約2,000人規模の非戦闘部隊を派遣 | 後方支援を拡大 |
| 1965年10月 | 首都師団・海兵第2旅団などの戦闘部隊を派遣 | 本格的な戦闘参加 |
| 1966年 | 白馬師団などを追加派遣 | 派兵規模が拡大 |
| 1968年 | ベトナム各地で韓国軍による民間人殺害が問題化 | 戦争犯罪をめぐる議論の対象 |
| 1971~1972年 | 段階的な撤収を実施 | 軍事介入を縮小 |
| 1973年3月23日 | 南ベトナム駐留部隊の撤収完了 | 韓国軍の派兵が終了 |
韓国の国家記録院によると、1964年から1973年までの派兵人数は累計312,853人に上る。これは同じ兵士が交代で派遣された人数を含む延べ人数であり、同時に現地にいた兵士の数とは異なる。
ピーク時には約4万7,860人の韓国軍兵士がベトナムに駐留していた。
こうした大規模な軍事展開によって、韓国人兵士とベトナム人住民が接触する機会も増加した。その中で生まれた子どもたちが、戦争終結後に取り残されることになった。
【戦時性暴力と当事者の証言】母親と子どもたちが経験した現実
ライダイハン問題の中でも、特に深刻なのがベトナム人女性に対する性暴力の問題だ。
韓国軍兵士による性的暴力については、ベトナム人女性の証言、韓国の調査報道、支援団体の活動を通じて複数の事例が公になってきた。
一方、被害の総数や組織的な命令系統、個々の事件に関与した兵士の身元などについては、十分な調査が行われていない。
Tran Thi Ngaiさんの証言代表的な証言者の一人が、ベトナム中部フーイエン省で暮らしてきたTran Thi Ngaiさんだ。
韓国紙コリア・ヘラルドの2019年の取材や、2024年の英紙ガーディアンへの寄稿で、彼女は戦争中に韓国軍兵士から性的暴力を受けた経験を語っている。
当時24歳だったNgaiさんは、韓国軍関係者による暴力を受け、3人の子どもを育てることになった。加害者側の男性たちは子どもたちを残して去り、彼女は生活を支えるために苦労を重ねたという。
彼女の証言で浮かび上がるのは、暴力そのものだけではない。
妊娠した女性が家族から理解されず、地域社会でも孤立する。子どもたちは父親が不在であることや外見の違いを理由に差別される。母親は経済的な困難と精神的な苦痛を抱えながら子育てを続ける。
Ngaiさんは韓国政府に対して謝罪を求めてきた。
息子Tran Dai Nhatさんが語る差別Ngaiさんの息子であるTran Dai Nhatさんも、ライダイハンの当事者として自身の経験を公表している。
彼は幼少期、父親が韓国人であることを理由に学校などで侮辱され、教師から暴力を受けた経験を語っている。
母親が自身の出生の背景を説明したのは、彼が18歳になってからだったという。
この証言が示しているのは、戦争の被害が戦闘終結と同時に消えるわけではないということだ。
母親が受けた暴力は、子どものアイデンティティーや教育機会、社会参加にまで影響を及ぼしている。
2025年にも続いた被害者の証言収集英国の支援団体Justice for Lai Dai Hanは、2025年7月にTran Dai Nhatさんがベトナム各地を訪問し、被害女性から証言を聞き取ったと公表した。
同団体の発表では、Thạch Thị HữuさんやNguyễn Thị Nhãnさんらが韓国軍関係者による性的暴力を訴えている。
これらは支援団体が公表した当事者証言であり、独立した司法判断によって個々の事実関係が確定したという意味ではない。しかし、戦争から数十年が経過した後も、被害を語る女性や家族が存在することを示す重要な記録である。
【ライダイハンの人数と現在】推計が一致しない理由と社会的実態
ライダイハンの人数について、確定した公式統計は存在しない。
報道や研究、支援団体の資料では、数千人から数万人という幅のある推計が紹介されている。
| 情報源・時期 | 推計・報告内容 | 数字の性格 |
|---|---|---|
| 2003年の韓国報道 | 約1万人 | 当時紹介された推計 |
| 2019年のコリア・ヘラルド | 少なくとも5,000人 | 韓国人研究者の推計として紹介 |
| 2023年の民間提出報告書 | 約1,500~30,000人 | 国連人権規約委員会の審査に提出された民間側の報告 |
| 同報告書の別の記述 | 約5,000~20,000人 | 推計幅を示す記述 |
ここで重要なのは、これらの数字を国連や韓国政府が確定した公式人口統計として扱わないことだ。
国連人権規約委員会への提出資料に記載された数値も、民間側の報告に基づく推計である。国連がライダイハンの総数を正式認定したわけではない。
なぜ正確な人数が分からないのか主な理由は4つある。
- 出生記録の不足: 戦時下に生まれた子どもについて、父親の情報や出生記録が残されていないケースがある。
- 父親の不明: 韓国人男性が帰国した後、連絡が途絶えた事例がある。
- 差別による身元の隠蔽: 出自を知られたくないため、自分の背景を公表しない人もいる。
- 定義の違い: 軍人との間に生まれた子どもだけを対象とするのか、韓国人の民間人労働者との間に生まれた子どもも含むのかによって数字が変わる。
このため、特定の数字だけを取り上げて「ライダイハンは正確に何万人」と説明することはできない。
現在の生活と社会的な課題ライダイハンの人々が直面してきた問題は、出生時の事情だけではない。
教育、就職、医療、社会保障、家族関係など、生活のさまざまな場面に影響が及んでいる。
特に、父親の認知を受けられなかった人にとって、自分のルーツを確認することは重要な課題だ。
一部の当事者は韓国を訪問し、父親を探したり、韓国人としての血縁関係を確認したりする活動を続けている。
DNA鑑定による父親捜しDNA鑑定は、ライダイハンの人々が父親との血縁関係を確認するための有力な手段となっている。
2003年には、韓国でベトナム人男性が父親と主張する韓国人男性との親子関係を争った裁判で、父親としての認知を命じる判断が報道された。
韓国の中央日報によると、原告は父親を探すために韓国へ渡り、親子関係を法的に確認する手続きを進めた。
また、Tran Dai Nhatさんも父親の身元確認に取り組み、2019年には英国でDNA鑑定を受けたと報道されている。
ただし、DNA鑑定を受ければ必ず父親が見つかるわけではない。
比較対象となる父親本人や近親者のDNAが必要になる場合があり、相手が検査を拒否する可能性もある。鑑定結果が得られた場合でも、国籍取得や相続などの法的問題は別途検討しなければならない。
血縁関係の確認は、単なる科学的な検査ではない。自分が誰の子どもなのかを知りたいという、長年の願いに関わる問題なのである。
【韓国政府の対応と謝罪要求】英国の支援団体が求める正義
ライダイハン問題が国際的に知られるようになった背景には、韓国国内の歴史検証と海外の人権活動がある。
韓国とベトナムは1992年12月に国交を樹立し、その後、経済・外交関係を急速に発展させてきた。しかし、ベトナム戦争における過去の被害については、両国の関係改善と並行して十分な検証が進んできたとは言い難い。
韓国大統領による過去への言及韓国政府が過去の戦争について何も発言してこなかったわけではない。
金大中(キム・デジュン)大統領や盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は、ベトナム戦争への参戦とベトナム国民の苦痛について遺憾の意を示してきた。
2018年3月23日には、文在寅(ムン・ジェイン)大統領がベトナムのチャン・ダイ・クアン国家主席との首脳会談で、両国間に残る不幸な歴史について遺憾の意を表明した。
この発言は、韓国軍による民間人被害をめぐる問題に対する重要な政治的メッセージだった。
ただし、過去への遺憾表明と、個々の性暴力被害の公式認定、加害者の特定、被害者への補償、国家としての正式な謝罪は同じものではない。
2026年時点でも、ライダイハンの母子全体を対象とする包括的な国家調査や、性暴力問題についての包括的な公式認定・救済制度が実現したとは確認できない。
英国の「Justice for Lai Dai Han」とはJustice for Lai Dai Hanは、ライダイハンと母親たちの権利回復を訴える英国を拠点とする支援・啓発団体である。
同団体は、性的暴力の被害者の声を国際社会に届けるとともに、韓国政府に対して次のような取り組みを求めている。
- 戦時中の性的暴力についての公的な調査
- 被害女性と子どもたちへの公式な認知と謝罪
- 被害者の尊厳と社会的地位の回復
- 教育や医療などの支援
- 国際社会による問題への関心と継続的な検証
活動には、ノーベル平和賞受賞者のナディア・ムラド氏や、英国のウィリアム・ヘイグ元外相らも支持を表明してきたと同団体は紹介している。
韓国軍による民間人虐殺問題との関係ライダイハン問題と並んで議論されるのが、韓国軍によるベトナム人民間人の殺害問題だ。
1999年、韓国のハンギョレ21などが、韓国軍による民間人殺害を証言や資料に基づいて報道した。これをきっかけに、韓国国内でも過去の軍事行動を検証する動きが広がった。
2018年には、韓国軍のベトナム戦争中の戦争犯罪を扱う民間法廷も開かれた。ただし、これは国家の司法機関による正式な刑事裁判ではない。
その後、ベトナム人被害者が韓国政府の責任を問う民事訴訟を起こした。
特に重要なのが、1968年2月12日に発生したフォンニ・フォンニャット事件である。
ベトナム中部クアンナム省で韓国軍海兵隊によって多数の民間人が殺害されたとされる事件で、被害を受けたNguyễn Thị Thanhさんが韓国政府に損害賠償を求めた。
2023年2月、ソウル中央地方法院は韓国政府の責任を認め、3,000万ウォンの賠償を命じた。
さらに2025年1月17日、控訴審でも原判決が維持された。
これは韓国の裁判所がベトナム戦争中の民間人殺害について韓国政府の賠償責任を認めた重要な判断である。
ただし、この訴訟は民間人虐殺の被害に関するものであり、ライダイハン全体の親子関係や性暴力被害を直接認定した裁判ではない。
両問題には共通する歴史的背景があるが、法的には別の問題として整理する必要がある。
【プロの結論】ライダイハン問題の真相を理解するための3つの視点
ライダイハン問題を理解する際には、単純な国家間の対立や歴史論争に置き換えないことが大切だ。
特に、次の3つの視点が重要になる。
1.戦争の責任と個人の尊厳を分けて考えないライダイハンの人々は、戦争の意思決定に参加したわけではない。
生まれた環境を選ぶことも、父親が帰国してしまうことを防ぐこともできなかった。
それにもかかわらず、母親とともに社会的な偏見を受け、教育や生活の機会を失った人々がいる。
問題の中心にあるのは、国家間の外交関係だけではなく、被害者とその子どもたちの尊厳をどう回復するかという人権上の課題だ。
2.人数の議論よりも被害の実態を検証するライダイハンの人数は、資料によって大きく異なる。
そのため、特定の推計値だけを強調して問題の規模を論じるのは適切ではない。
必要なのは、出生記録、軍事資料、母親の証言、当事者の家族関係などを照合し、個々の事例を積み重ねていくことだ。
人数が確定していないからといって、証言された被害まで否定されるわけではない。
3.外交的な友好関係と歴史的な責任は両立する韓国とベトナムは、経済や安全保障など幅広い分野で協力関係を築いている。
しかし、過去の被害を検証することは、現在の友好関係を否定することではない。
むしろ、被害者の証言を尊重し、必要な調査や救済を進めることが、長期的な信頼関係につながる。
ライダイハン問題の解決には、韓国政府による透明性のある歴史検証、ベトナム側の協力、そして当事者の意思を尊重した支援が求められている。
【ライダイハンとは】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:ライダイハンとは、具体的にどのような人々ですか?
A1:ベトナム戦争期に韓国人男性とベトナム人女性との間に生まれた人々を指す呼称です。韓国軍兵士だけでなく、韓国人の民間人労働者との間に生まれた子どもも含まれる場合があります。
Q2:ライダイハンは何人いるのですか?
A2:正確な人数は分かっていません。報道や民間団体の資料では約1,500人から3万人まで幅のある推計が紹介されていますが、確定した公式統計ではありません。
Q3:韓国軍による性暴力は確認されているのですか?
A3:ベトナム人女性による具体的な被害証言や、調査報道、支援団体が収集した証言が公表されています。ただし、被害の全体像や組織的な関与の範囲については、包括的な調査が必要です。
Q4:韓国政府はライダイハンに謝罪したのですか?
A4:韓国の歴代大統領はベトナム戦争の過去について遺憾の意を表明しています。ただし、ライダイハンと母親たちへの性暴力を包括的に認定し、正式な謝罪や救済制度を実施したこととは区別する必要があります。
Q5:DNA鑑定で韓国人の父親を探せますか?
A5:父親本人や近親者のDNAが比較対象として利用できれば、血縁関係を確認できる可能性があります。ただし、父親の特定や法的な親子関係の認定には、別途手続きが必要です。
Q6:英国のJustice for Lai Dai Hanは何をしている団体ですか?
A6:ライダイハンと母親たちの証言を国際社会に伝え、韓国政府による調査、謝罪、被害者の尊厳回復を求める活動を行っています。
ライダイハンとは、ベトナム戦争期に韓国人男性とベトナム人女性との間に生まれた人々を指す呼称であり、その背景には韓国軍の派兵、戦時性暴力、父親の不在、社会的差別など、複雑な歴史がある。
1964年から1973年までに累計約31万人が派兵された韓国軍。その歴史の中で生まれた子どもたちの人数や被害の全容は、現在も明らかになっていない部分が多い。
一方、当事者の証言、DNA鑑定による父親捜し、英国の支援団体による活動、2023年と2025年の民間人虐殺をめぐる韓国の裁判など、歴史的責任を問う動きは続いている。
この問題を理解するうえで大切なのは、韓国人全体やベトナム人全体を一括りにして評価することではない。被害を受けた女性と子どもたちの声に耳を傾け、歴史的事実を検証し、個人の尊厳を回復するために何が必要なのかを考えることだ。
戦争は1973年に終わった。しかし、その戦争によって生まれた人々の苦しみまで終わったわけではない。ライダイハン問題は、戦争の責任を次の世代にどのように引き継ぎ、被害者の権利を回復するのかを問い続けている。
主な参考資料・根拠
- 韓国国家記録院「ベトナム戦争派兵政策」
- 韓国の歴史資料館「ブラウン覚書」
- コリア・ヘラルド「ライダイハンの人々は謝罪を求め、韓国にルーツを探す」(2019年)
- ガーディアン「Children of Vietnam war’s rape survivors unjustly bear the burden of others’ crimes」(2024年)
- ISEAS – Yusof Ishak Institute「Forgiving Without Forgetting」(2023年)
- 韓国聯合ニュース「ベトナム民間人虐殺被害者への賠償命令を控訴審が維持」(2025年)
- Justice for Lai Dai Hanの2025年被害者証言収集報告