鳥貴族の経営体制で最も混同されやすいのが、大倉忠司氏と青木繁則氏の肩書です。両者は同じ会社の社長を交代で務めているわけではありません。それぞれ異なる法人のトップを務めています。
大倉忠司氏はグループ全体の代表取締役社長CEO大倉忠司氏が代表を務めるのは、東京証券取引所プライム市場に上場する株式会社エターナルホスピタリティグループです。
同社の公式会社概要では、代表者を「代表取締役社長CEO 大倉忠司」と記載しています。2026年7月31日現在の情報として掲載されており、グループ全体の経営戦略策定や経営管理を担う持株会社のトップという立場です。
つまり、大倉氏は鳥貴族を創業しただけでなく、2026年現在もグループ全体の経営を統括する最高経営責任者です。
青木繁則氏は国内事業を統括する会社の社長一方、青木繁則氏が代表取締役社長を務めるのは、株式会社エターナルホスピタリティジャパンです。
同社は2025年5月15日に設立されたエターナルホスピタリティグループの100%子会社です。公式会社概要に記載された主な事業内容は、国内における焼鳥事業の企画・推進と運営会社の管理です。
加えて、2026年5月20日付の同社公式プレスリリースでも、青木氏は代表取締役社長として紹介されています。鳥貴族の国内ブランド事業を展開する会社の代表者として、現在もその肩書が確認できます。
両者の違いを整理すると、次のようになります。
| 人物 | 会社・役職 | 主な役割 |
|---|---|---|
| 大倉忠司氏 | エターナルホスピタリティグループ代表取締役社長CEO | グループ全体の経営戦略・経営管理 |
| 青木繁則氏 | エターナルホスピタリティジャパン代表取締役社長 | 国内焼鳥事業の企画・推進、運営会社の管理 |
この関係を理解すると、「鳥貴族の社長が大倉氏から青木氏に交代した」という説明が正確ではないことが分かります。
正しくは、グループ全体を統括する大倉氏と、国内事業を統括する青木氏が、それぞれ異なる会社の代表者を務める経営体制です。
【経歴を解説】大倉忠司はどんな人物?25歳で鳥貴族を創業

大倉忠司氏は、飲食業界での経験を積んだ後、自ら焼鳥店を立ち上げ、全国規模のチェーンへと成長させた経営者です。
その歩みは、単に飲食店を開業したというだけではありません。料理人としての経験を基礎に、価格設定や店舗運営の仕組みを考え、全国展開を目指した起業家としての歴史でもあります。
飲食業界に入ったきっかけは高校時代2014年のITmediaエグゼクティブのインタビューによると、大倉氏が飲食業に興味を持ったきっかけは高校2年生のときのビヤガーデンでのアルバイトでした。
接客を通じて、お客様が食事やお酒を楽しむ空間を提供する仕事に魅力を感じたといいます。
高校卒業後は調理師専門学校に進学。その後、ホテルのイタリアンレストランに就職しました。
当初から焼鳥店の経営者を目指していたわけではなく、飲食業に携わる中で自身の進む方向を見つけていったことが分かります。
22歳で焼鳥店に入り、25歳で独立ホテル勤務の後、大倉氏は近所の焼鳥店の店主から誘いを受け、22歳で焼鳥業界に入りました。
その店主は、焼鳥店を大きなチェーンに育てるという構想を持っていました。大倉氏はその夢に共感し、店主の右腕として店舗展開に携わります。
しかし、経営方針の違いなどから独立を決意。25歳だった1985年に、自らの店として鳥貴族を創業しました。
この経緯は2025年に関西大学が開催した経営者セミナーでも紹介されています。
1985年5月、東大阪市に鳥貴族1号店を開業鳥貴族の創業は1985年5月です。
大阪府東大阪市に開業した1号店は「鳥貴族俊徳店」。現在の近鉄大阪線・俊徳道駅周辺に位置する店舗として知られています。
当時の店舗は小規模で、創業初期から全国展開を見据えていたことが大倉氏のインタビューでも語られています。
鳥貴族という名前には、お客様を貴族のように大切にもてなしたいという思いが込められています。
なお、現在の俊徳店については注意が必要です。
創業時の店舗は2008年に駅前再開発のため閉店しました。その後、創業40周年に合わせて2025年5月に1号店を再現した店舗が営業を開始しています。2026年4月には復活1周年も報じられました。
したがって、現在営業している俊徳店は、創業時の店舗がそのまま営業を続けているという意味ではなく、1号店を再現した店舗です。
【創業から2026年まで】鳥貴族の歴代社名・経営体制の変遷
鳥貴族の歴史を理解するうえで重要なのが、店舗ブランドと運営会社の変化です。
1985年の個人事業としての創業から、法人設立、株式上場、持株会社化、そしてグローバル展開を目指す現在まで、会社の組織は段階的に変わってきました。
鳥貴族の主要な歴史年表| 年・時期 | 出来事 | 経営上の意味 |
|---|---|---|
| 1985年5月 | 東大阪市に鳥貴族1号店を開業 | 大倉氏が25歳で独立 |
| 1986年9月 | 株式会社イターナルサービス設立 | 法人化して店舗展開を開始 |
| 1986年 | 全品250円均一を導入 | 価格の分かりやすさを確立 |
| 1995年 | 鳥貴族単一業態に集中 | ブランドの専門性を強化 |
| 2009年8月 | 株式会社鳥貴族に商号変更 | 店舗ブランドと会社名を統一 |
| 2014年 | 東証JASDAQに上場 | 資本市場への進出 |
| 2021年2月 | 持株会社体制に移行 | グループ経営へ転換 |
| 2024年5月1日 | エターナルホスピタリティグループに社名変更 | 海外展開を見据えた新体制 |
| 2025年5月 | エターナルホスピタリティジャパン設立 | 国内事業の統括機能を整備 |
| 2025年8月 | 国内事業の統括機能を同社に承継 | 国内事業の管理体制を再編 |
| 2026年 | 大倉氏がグループCEO、青木氏が国内統括会社社長 | グループ経営と国内事業の役割分担 |
この年表は、エターナルホスピタリティグループの公式沿革、会社概要、上場関連資料に基づいて整理したものです。
特に注目したいのは、2009年、2021年、2024年、2025年という4つの転換点です。
単なる社名変更ではなく、事業の拡大に合わせて会社の役割そのものが変わっています。
【社名変更の真相】鳥貴族からエターナルホスピタリティグループへ
2024年5月1日、株式会社鳥貴族ホールディングスは株式会社エターナルホスピタリティグループへと社名を変更しました。
この変更は、鳥貴族というブランドを捨てたという意味ではありません。グループ全体を世界市場で展開するための企業戦略上の転換です。
1986年の会社設立時はイターナルサービス法人としての出発点は、1986年9月に設立された株式会社イターナルサービスです。
創業時の社名には、お客様や社会に永続的に奉仕することで、永遠に続く会社を目指すという考えが込められていました。
その後、鳥貴族の事業拡大に伴い、2009年8月に株式会社鳥貴族へ商号を変更します。
さらに2021年2月には持株会社体制への移行に伴い、株式会社鳥貴族ホールディングスへと変更しました。
2024年の変更は海外進出への意思表示2024年の社名変更には、海外展開を本格化させる狙いがありました。
エターナルホスピタリティグループが2024年4月30日に発表した公式資料では、新ビジョンとして「Global YAKITORI Family」を掲げています。
社名に「ホスピタリティ」を加えた背景には、海外の人々にも外食企業であることを認知してもらう意図があります。
また、「エターナル」には創業時からの永続的な企業を目指す思いが引き継がれています。
ここで押さえておきたいのは、変更されたのは親会社の商号であって、店舗ブランドとしての鳥貴族ではないという点です。
現在も焼鳥チェーンの名称は「鳥貴族」です。
2025年の国内事業再編で青木繁則氏が登場2025年には、国内事業の管理体制にも大きな変化がありました。
5月15日にエターナルホスピタリティジャパンが設立され、同年8月には国内事業の統括機能が同社へ承継されました。
この会社は国内焼鳥事業の企画・推進と、各運営会社の管理を担います。
つまり、親会社がグループ全体の経営戦略を担い、国内統括会社が国内事業を管理する構造へと整理されたのです。
この組織再編を、大倉氏から青木氏への単純な社長交代と捉えるのは正確ではありません。
大倉氏はグループ全体の経営トップ、青木氏は国内事業を統括する会社の経営トップという役割分担が、現在の実態です。
【経営哲学を分析】大倉忠司が鳥貴族を成長させた3つの考え方
鳥貴族が全国的なブランドに成長した背景には、大倉氏の経営哲学があります。
その特徴は、単純に安い商品を販売することではありません。お客様にとっての価値を明確にし、店舗を増やしても同じ価値を提供できる仕組みを作ることにありました。
1. 目先の利益よりお客様の満足を優先ITmediaの2014年のインタビューで、大倉氏はダイエー創業者の中内功氏によるチェーンストア理論に影響を受けたと説明しています。
高価格帯の商品で短期的な利益を追求するより、多くのお客様に喜んでもらえる価格で提供し、全国に店舗を展開することを重視していました。
この考え方が、鳥貴族の均一価格戦略につながっています。
2. 均一価格によって選びやすさを実現鳥貴族の特徴として知られる全品均一価格制は、1986年に全品250円均一で導入されました。
均一価格には、利用者が注文時に価格を細かく計算する必要がなく、会計の見通しを立てやすいという利点があります。
一方、店舗側にとっても価格体系を標準化しやすく、ブランドの特徴を明確にできます。
ただし、均一価格を維持するには、食材調達や商品開発、店舗運営の効率化が欠かせません。
安さだけを追求して品質を落とせば、長期的なブランド価値は維持できないからです。
3. 単一業態への集中と組織づくり鳥貴族は1987年に居酒屋業態「えんにち」を出店しましたが、1995年には居酒屋業態から撤退し、鳥貴族単一業態に集中しました。
これは、事業の幅を広げることより、主力ブランドの強化を優先した判断です。
さらに2019年には京セラの「アメーバ経営」を導入し、採算管理体制を強化しました。
こうした取り組みからは、創業者個人の力量だけに依存せず、組織として店舗運営を続けられる仕組みを整えてきたことが読み取れます。
4. 国内チェーンから世界のYAKITORIブランドへ2024年以降の経営戦略では、焼鳥を日本国内だけで展開するのではなく、海外市場へ広げることが大きなテーマになっています。
グループ公式の沿革では、米国、台湾、韓国、上海、香港などへの進出が記録されています。
2025年には米国ロサンゼルスへの出店や上海1号店の展開なども進みました。
「Global YAKITORI Family」というビジョンには、焼鳥を中心にしながら、国や地域を越えてブランドを育てる考え方が表れています。
【プロの結論】鳥貴族の社長を調べるなら会社の階層を見る鳥貴族の経営体制を理解する際、最も大切なのは「誰が社長か」という名前だけで判断しないことです。
確認すべきなのは、次の3点です。
- グループ全体の経営責任者: 大倉忠司氏
- 国内事業を統括する会社の代表者: 青木繁則氏
- 店舗ブランド: 焼鳥屋「鳥貴族」
社名変更や組織再編が続く企業では、親会社と事業会社の代表者が異なることは珍しくありません。
鳥貴族の場合も、創業者がグループ経営を担い、国内事業を別会社の代表者が統括する体制へ発展しています。
したがって、青木氏の就任を大倉氏の引退や創業者の退任と結びつけるのではなく、事業規模の拡大に伴う経営機能の分担として理解するのが適切です。
【鳥貴族の社長】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:2026年現在、鳥貴族の社長は誰ですか?
2026年現在、グループ親会社であるエターナルホスピタリティグループの代表取締役社長CEOは創業者の大倉忠司氏です。一方、国内事業を統括するエターナルホスピタリティジャパンの代表取締役社長は青木繁則氏です。
Q2:青木繁則氏は大倉忠司氏の後任ですか?
単純な後任ではありません。青木氏は2025年設立のエターナルホスピタリティジャパンの代表取締役社長です。大倉氏はグループ親会社の代表取締役社長CEOを引き続き務めています。
Q3:鳥貴族は2024年に店名を変更したのですか?
いいえ。2024年5月1日に変更されたのは、親会社の株式会社鳥貴族ホールディングスという商号です。株式会社エターナルホスピタリティグループへ変更されましたが、店舗ブランドの鳥貴族は継続しています。
2026年現在の鳥貴族の経営体制を整理すると、創業者の大倉忠司氏がグループ全体を率い、青木繁則氏が国内事業を統括する会社の代表を務めています。
大倉氏は1985年、25歳で東大阪市に鳥貴族1号店を開業しました。その後、均一価格制や単一業態への集中によってブランドを成長させ、株式上場や持株会社化を実現しています。
2024年のエターナルホスピタリティグループへの社名変更、2025年のエターナルホスピタリティジャパン設立は、海外展開と国内事業の管理体制強化を進めるための大きな転換点でした。
今後注目したいのは、創業者の経営理念を維持しながら、国内事業の効率化と海外市場でのブランド確立をどこまで両立できるかという点です。
鳥貴族の社長を調べる際は、創業者、親会社の代表者、国内事業会社の代表者を区別することが、情報を正しく理解するための要点になります。