大森家が暮らしていたのは、兵庫県の山間部です。家族は都市生活から離れ、食べ物や生活に必要なものを自分たちでつくる暮らしを実践していました。
電気も食料も自分たちでつくる生活番組で紹介された大森家の暮らしには、次のような特徴がありました。
- 農業: 畑を耕し、米や野菜を栽培する。
- 水力発電: 川の水を利用して電気をつくる。
- 畜産: 豚、鶏、ヤギなどを育てる。
- 食料の確保: 家畜を食肉にする作業も家族で担う。
- 生活の共同作業: 子どもたちも農作業や家事に参加する。
特に視聴者に強い印象を残したのが、鶏を食用にする場面です。
スーパーで肉を買うのではなく、自分たちで育てた動物の命をいただく。その過程を子どもたち自身が経験していました。
これは単なる農業体験ではありません。食べ物がどこから来るのか、自分が生きるために何をしているのかを、毎日の生活を通じて学ぶ環境でした。
「勉強より労働」という父の教育観昌也さんの教育方針を象徴するのが、「勉強より労働」という考え方です。
子どもたちは学校生活だけでなく、農作業や家畜の世話、家事にも多くの時間を費やしました。農繁期などには、仕事を優先することで学校に行けない日もありました。
昌也さんが重視したのは、机上の知識だけでは身につかない、生きるための実践力だったと考えられます。
しかし、この教育には難しい側面もありました。
子どもたちが成長して町に出ると、同世代の人々との生活環境や教育機会の違いに直面します。双子の姉妹も、学歴の壁や都会の生活になじめない苦しさを経験しました。
一方、2025年の取材では、子どものうち一人が定時制高校に通い、看護師養成の学校で学んで資格を取得したことも、込山ディレクターによって紹介されています。
つまり、大森家の子どもたちは父の教育方針だけに人生を左右されたわけではありません。大人になってから必要な学びを取り直し、それぞれの道を探していったのです。
【大森家6人の子どもたち】ケンタ・げん・ユキト・3姉妹のその後

大森家の6人の子どもたちは、長男から双子の姉妹まで、それぞれ違う人生を選びました。
2025年のフジテレビ公式番組紹介と、制作に関わったディレクター・プロデューサーの証言をもとに整理します。
6人それぞれの人生と現在
長男・ケンタさん
寡黙で働き者だったケンタさんは、山での暮らしを続けながら成長し、やがて恋愛を経験。結婚して家庭を築きました。父のもとを離れ、別の場所で自分の家族を持つ道を選んでいます。
次男・げんさん
畑仕事が好きだったげんさんは、6人の中でも父の生き方を色濃く受け継いだ存在です。結婚して家庭を築き、山に残りました。2025年の再取材では、父の自給自足を現代の暮らしに合わせて発展させている様子が紹介されました。
三男・ユキトさん
幼い頃から山の生活に強い憧れを持っていたわけではなく、15歳の頃には都会に出たいという思いを示していました。その後、東京へ移住し、役者を目指して舞台にも立ちました。2025年以降の具体的な職業については、詳細な公表情報が限られています。
長女・ちえさん
家族の長女として成長し、父との生活を経験しました。父の2016年のお別れ会にも出席し、家族と農場で過ごした日々について語っています。現在の詳しい職業や生活については、公表情報が限られています。
双子・れいさん、あいさん
山で育った双子の姉妹は、成長後に都会へ出て、それぞれの夢を追いました。番組では学歴の壁や都市生活の難しさに直面する姿も描かれています。2025年の取材では、姉妹を含む子どもたちの成長と、それぞれが身につけた知識や力も紹介されました。
検索されることが多いのが、次男げんさんの現在です。
げんさんは、幼い頃から農作業に親しみ、父の考え方に近い生活を選んだ人物でした。
2016年の昌也さんのお別れ会では、げんさんが父との関係を振り返っています。
父の厳しさに苦労したことを認めながらも、亡くなって初めて、その存在の大きさを実感したという趣旨の言葉を残しました。
そして、自分は父と同じやり方をそのまま続けるのではなく、自分らしい百姓として家族と生きる意思を示しました。
2025年10月の再取材で、込山正徳ディレクターは、げんさんの生活について次のように説明しています。
「お父さんの自給自足を、現代に当てはめてやっているんです。」
この証言は、げんさんの現在を理解するうえで重要です。
父が追求した生活を完全に再現するのではなく、現代の環境や家族の状況に合わせて変化させているのです。
長男ケンタさんの結婚と家族ケンタさんについても、結婚後の人生が注目されています。
フジテレビの番組紹介では、ケンタさんが恋愛を経て結婚したことが紹介されています。また、元番組プロデューサーの味谷和哉さんも、ケンタさんが結婚し、子どもを持って別の場所で家庭を築いたことを振り返っています。
兄弟の中で先に自立したケンタさんですが、父や兄弟との関係が途切れたわけではありません。
父のお別れ会にも家族とともに出席し、参列者へのお礼を述べています。
結婚相手の詳しいプロフィールや、2026年現在の生活の詳細については、公表された情報が限られています。
三男ユキトさんと3姉妹の選択ユキトさんは、山の生活より都会での暮らしを望んだ人物です。
15歳の頃から山を離れたい気持ちを持ち、東京で役者を目指しました。
一方、姉妹たちは都会に出た後、教育や生活環境の違いに苦しむこともありました。
ここで注目したいのは、子どもたち全員が父と同じ価値観を持ったわけではないということです。
山に残ることも、都会に出ることも、それぞれの人生における選択でした。
父がつくった環境は6人の子どもたちに共通していますが、その環境から何を受け取り、どんな人生を歩むかは一人ひとり異なっています。
【2025年30周年特別企画】8年ぶりの再会で明かされた大森家の現在
2025年10月12日、フジテレビは「ザ・ノンフィクション」放送30周年特別企画の第2弾として、「われら百姓家族」を放送しました。
この放送は、過去の名場面を並べただけの総集編ではありません。
2017年の完結編から約8年が経過した大森家を再訪し、子どもたちが現在どのような生活を送っているのかを追った内容です。
30周年特別企画の番組情報| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 番組名 | ザ・ノンフィクション |
| 特別企画 | 30周年記念第2弾 |
| 放送日 | 2025年10月12日 |
| 放送時間 | 14時~14時55分 |
| 放送尺 | 45分 |
| 初回シリーズ | 2000年 |
| 取材開始 | 1998年 |
| 語り | 大坪千夏・宮﨑あおい |
| 演出 | 込山正徳ほか |
| 制作著作 | フジテレビ |
今回の特別企画で、番組が改めて取り上げた主なテーマは次のとおりです。
- 父・昌也さんが亡くなった後の家族の変化
- 次男げんさんが続ける山の暮らし
- 長男ケンタさんの結婚と家庭
- 三男ユキトさんの都会での挑戦
- 姉妹たちが経験した学歴や社会生活の壁
- それぞれが父の生き方をどう受け止めているか
番組では、かつて父に反発した子どもたちが、年月を経て父の生き方をどう考えるようになったのかも重要なテーマになっています。
込山正徳ディレクターが8年ぶりに再会2025年の再取材を担当した込山正徳ディレクターは、長年にわたって大森家を見守ってきた人物です。
マイナビニュースのインタビューでは、子どもたちとの関係について、取材を重ねるうちに親戚のおじさんのような存在になっていたと振り返っています。
取材する側と取材される側という関係を超え、長い時間を共有してきたことが、このシリーズの大きな特徴です。
また、2026年1月のテレビ東京のインタビューでも、込山さんは「われら百姓家族」について、20年以上にわたって家族の中に入り、密着した作品として振り返っています。
2025年放送後の評判と反響特別企画の放送後には、視聴者からさまざまな感想が寄せられました。
マイナビニュースが紹介した込山ディレクターの話によると、視聴者からは、家族の姿に衝撃を受けたという感想や、父の教育方針は厳しいものだったが、子どもたちが成長した姿を見て安心したという反応があったそうです。
また、げんさんの妻も、放送後に寄せられた温かい言葉や、販売しているパン、生蜂蜜への注文が増えたことについて感謝を示したと紹介されています。
この反響から見えてくるのは、視聴者が自給自足の生活だけに関心を持っているわけではないということです。
- 子どもたちは厳しい環境をどう乗り越えたのか。
- 父の教育は子どもたちに何を残したのか。
- 自給自足を続ける人と、都会で暮らす人の違いは何か。
- 親の理想と子どもの人生は、どこまで両立できるのか。
こうした問いが、放送後の関心につながっています。
【再放送・配信情報】われら百姓家族を2026年に見る方法
「昔のシリーズをもう一度見たい」「2017年の遺言を見たい」という人も少なくありません。
2026年11月5日時点で確認できる情報を整理します。
フジテレビ公式サイトのバックナンバーフジテレビの「ザ・ノンフィクション」公式サイトには、2025年10月12日の30周年特別企画の番組紹介が掲載されています。
放送内容や出演者、制作スタッフなどを確認する際には、公式バックナンバーが基本資料になります。
ただし、番組紹介ページが残っていることと、過去の映像を自宅で視聴できることは別です。
TVer・FODでの配信TVerやFODは「ザ・ノンフィクション」の見逃し配信や過去作品を探す際の候補です。
ただし、2025年10月12日放送の「われら百姓家族」特別企画や、2000年代のシリーズ全編について、2026年11月時点の継続配信を確認できる公式情報は見当たりません。
配信サービス内で作品名を検索する場合は、次のタイトルも試すとよいでしょう。
- われら百姓家族
- われら百姓家族・遺言
- ザ・ノンフィクション 30周年特別企画
過去の見逃し配信が終了している場合もあるため、配信期間には注意が必要です。
放送ライブラリーでの視聴情報放送番組センターが運営する放送番組の保存・公開施設です。
2025年の30周年特別企画「われら百姓家族」は番組ID 219864で登録されています。視聴ブースで番組IDから作品を選べる旨も案内されています。
加えて、2026年6月5日から28日まで、放送ライブラリーで「ザ・ノンフィクション放送30周年セレクション」が開催されました。
全23作品の上映企画には「われら百姓家族」も含まれていました。ただし、この特別上映会はすでに終了しています。
したがって、過去の映像を探すなら、公式配信の有無と放送ライブラリーの収蔵情報を分けて確認するのが現実的です。
【プロの結論】われら百姓家族が20年以上にわたって伝えたもの
「われら百姓家族」の価値は、自給自足という珍しい生活を映したことだけではありません。
この作品の本質は、親が理想とした生き方と、子どもが自分で選び取る人生は必ずしも同じではないという現実を、長い時間をかけて描いたことにあります。
自給自足は成功か失敗かという二択ではない大森昌也さんの生活には、現代の都市生活では得にくい経験がありました。
食べ物を自分でつくり、動物を育て、自然の変化と向き合う。こうした経験は、子どもたちに働くことや命について考える機会を与えました。
しかし、学校教育や社会経験の面では、別の難しさも生じました。
ここで重要なのは、父の生き方を全面的に肯定することでも、否定することでもありません。
2025年の取材で示されたように、げんさんは父の考えを現代の生活に合わせて変化させています。姉妹たちも必要な教育を受け直すなど、自分たちの人生に合わせた選択をしています。
この作品をおすすめしたい人- 自給自足や地方移住に興味がある人
- 家族と教育の関係について考えたい人
- 子どもの成長を長期取材したドキュメンタリーが好きな人
- 親の価値観から独立して生きることに関心がある人
- 2000年代から2020年代までの日本の生活観の変化を知りたい人
反対に、田舎暮らしの成功例や、理想的な家族の美談だけを期待する人には、厳しい現実や親子の葛藤が重く感じられる可能性があります。
この作品は、簡単な答えを提示する番組ではなく、見る側にも考える余地を残すドキュメンタリーです。
【われら百姓の家族】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:われら百姓家族の父・大森昌也さんは現在どうしていますか?
A1:昌也さんは2016年3月24日に、74歳で亡くなりました。兵庫県朝来市のあーす農場でお別れの会が開かれています。
Q2:次男げんさんは現在も山で暮らしていますか?
A2:はい。2025年のフジテレビ特別企画では、山に残って家族を築き、父の自給自足の考えを現代の生活に合わせて実践している姿が紹介されました。
Q3:長男ケンタさんは結婚していますか?
A3:はい。番組公式紹介や制作関係者の証言で、結婚して家庭を築いたことが紹介されています。
Q4:6人の子どもたちは全員自給自足を続けていますか?
A4:いいえ。次男げんさんは山に残りましたが、三男ユキトさんは東京で役者を目指し、姉妹たちも都会で自立する道を選びました。
Q5:2025年の30周年特別企画はいつ放送されましたか?
A5:2025年10月12日(日)14時から14時55分まで、フジテレビで放送されました。
Q6:2017年の「われら百姓家族・遺言」は再放送や配信で見られますか?
A6:2026年11月時点では、継続的な公式配信や次回再放送の日時を確認できる情報はありません。フジテレビの公式番組情報や放送ライブラリーの収蔵情報が確認先になります。
「われら百姓家族」は、1998年に取材が始まり、2000年の初回放送から2017年の完結編まで、番組史上最長となる20年間の家族の記録を残しました。
2025年10月12日の30周年特別企画では、さらに時間を経た大森家の姿が紹介されました。
最後に要点を振り返ります。
- 父・大森昌也さんは2016年に74歳で亡くなった。
- 長男ケンタさんは結婚して家庭を築いた。
- 次男げんさんは山に残り、父とは異なる現代的な自給自足を実践している。
- 三男ユキトさんは東京で役者を目指した。
- 3人の姉妹もそれぞれ自分の人生を選んで歩んでいる。
- 2025年10月12日に30周年特別企画が放送された。
この家族の物語を見ていると、親が子どもに残せるものは、財産や生活環境だけではないことに気づかされます。
昌也さんが残した自給自足の思想は、子どもたち全員に同じ形で受け継がれたわけではありません。それでも、山に残る人、都会に出る人、それぞれが自分の人生を選んでいます。
父の理想を受け継ぐことと、父とは違う人生を歩むこと。その両方が、大森家の物語の続きなのです。
2026年現在も、「われら百姓家族」は家族とは何か、教育とは何か、そして自分らしく生きるとはどういうことなのかを考えさせる、貴重な長期ドキュメンタリーとして記憶されています。