元関脇・安美錦として活躍した安治川親方は、2026年現在、東京都江東区にある安治川部屋の師匠として後進の育成に取り組んでいる。現役時代の本名は杉野森竜児。2019年7月に引退して年寄・安治川を襲名し、2022年12月1日には伊勢ヶ濱部屋から独立して自身の相撲部屋を創設した。
現役時代の実績は、生涯戦歴907勝908敗55休、金星8個、技能賞6回。最高位は関脇で、横綱5人から金星を獲得した実力者だ。現在は大関・安青錦を育てた師匠としても知られている。日本相撲協会の最新プロフィールや安治川部屋の公式情報をもとに、現役時代から2026年の活動までを時系列で整理する。
【2026年最新】安美錦親方の現在は?安治川部屋の師匠として活躍

安美錦親方は、現役引退後も日本相撲協会に所属し、2026年現在は安治川部屋の師匠を務めている。
日本相撲協会の年寄プロフィールに掲載されている現在の正式な年寄名は安治川竜児(あじがわ・りゅうじ)。本名は杉野森竜児で、現役時代の四股名が安美錦竜児だ。
現在のプロフィール- 現在の年寄名:安治川竜児
- 現役時代の四股名:安美錦竜児
- 本名:杉野森竜児
- 生年月日:1978年10月3日
- 出身地:青森県西津軽郡深浦町
- 現役時代の最高位:関脇
- 現在の所属部屋:安治川部屋
- 年寄名履歴:安治川竜児
安治川部屋の所在地は東京都江東区石島4-1。日本相撲協会の部屋紹介でも、安治川親方が師匠として掲載されている。
2026年は安青錦の活躍にも注目2026年の安治川部屋を語るうえで欠かせないのが、大関・安青錦新大の存在だ。
日本相撲協会の2026年11月場所時点のプロフィールでは、安青錦は安治川部屋所属の大関として掲載されている。2025年11月場所で初優勝を果たし、同年11月26日に大関昇進が正式決定。その後、2026年9月場所から大関に復帰し、11月場所も東大関に位置している。
つまり、安美錦親方は単に現役時代の名声を引き継いだ親方ではない。独立した部屋から大関を育て上げた指導者として、相撲界で存在感を示している。
【経歴・年表】安美錦こと安治川竜児はどんな力士だった?
安治川親方は1978年10月3日、青森県西津軽郡深浦町生まれ。1996年12月に安治川部屋(現在の伊勢ヶ濱部屋)へ入門し、翌1997年1月場所で初土俵を踏んだ。
入門当初の四股名は本名と同じ「杉野森」。1997年7月場所から「安美錦」に改名し、以降22年半にわたって土俵に立ち続けた。
安美錦の主な経歴と転換点| 時期 | 出来事 | 主な内容・実績 |
|---|---|---|
| 1996年12月 | 安治川部屋に入門 | 青森県から角界へ |
| 1997年1月 | 初土俵 | 杉野森の四股名でデビュー |
| 1997年7月 | 安美錦に改名 | 現在まで知られる四股名に変更 |
| 2000年1月 | 新十両 | 関取への昇進 |
| 2000年7月 | 新入幕 | 幕内初場所で10勝、敢闘賞 |
| 2003年1月 | 初金星 | 横綱・貴乃花を破る |
| 2006年11月 | 新小結 | 三役に昇進 |
| 2007年9月 | 新関脇 | 最高位の関脇に昇進 |
| 2019年7月 | 現役引退 | 年寄・安治川を襲名 |
| 2022年3月 | 大学院修了 | 早稲田大学大学院スポーツ科学研究科 |
| 2022年12月1日 | 安治川部屋を新設 | 伊勢ヶ濱部屋から独立 |
| 2026年11月 | 師匠として活動 | 大関・安青錦らを指導 |
安美錦の名前が大きく知られるきっかけの一つが、2003年1月場所での横綱・貴乃花からの金星だった。
当時の貴乃花は相撲界を代表する横綱。安美錦はその貴乃花を破り、初めて金星を獲得した。しかも、貴乃花にとって現役最後の対戦相手となったことでも話題を集めた。
度重なる大けがを乗り越えた土俵人生安美錦の現役生活は、順風満帆ではなかった。
2003年7月場所では右膝の前十字靱帯と半月板を損傷。2016年5月場所では左脚のアキレス腱を断裂するなど、競技生活を揺るがす大けがを経験している。
それでも土俵への復帰を重ね、2017年11月場所には敢闘賞を獲得。39歳で幕内に復帰したことも、長いキャリアを象徴する出来事となった。
早稲田大学の紹介記事や安治川部屋の公式経歴からも、引退後の学びと指導者への転身が、現役時代の経験と連続していることが分かる。
【現役時代の成績】生涯907勝・金星8個・技能賞6回の実力
安美錦の現役時代を数字で振り返ると、最大の特徴は長期間にわたって関取として戦い続けたことにある。
日本相撲協会の公式プロフィールに掲載されている生涯戦歴は、907勝908敗55休(135場所)。幕内だけでも678勝730敗47休(97場所)を記録している。
安美錦の主要な通算成績- 生涯戦歴:907勝908敗55休
- 通算場所数:135場所
- 幕内戦歴:678勝730敗47休
- 最高位:関脇
- 関脇在位:6場所
- 小結在位:9場所
- 関取在位:117場所
- 三賞:12回
- 金星:8個
安美錦の実績で特に目を引くのが、金星8個という数字だ。
日本相撲協会の公式プロフィールと安治川部屋の経歴紹介によると、金星を獲得した横綱は次の5人。
- 貴乃花:1個
- 武蔵丸:1個
- 朝青龍:4個
- 白鵬:1個
- 鶴竜:1個
なかでも朝青龍から4個の金星を獲得している点は印象的だ。安美錦は対戦相手の力を正面から受け止めるだけでなく、相手の重心や動きに応じて攻め方を変える取り口を得意としていた。
技能賞6回が示す「業師」としての評価安美錦は三賞を合計12回受賞している。その内訳は殊勲賞4回、敢闘賞2回、技能賞6回だ。
技能賞は、優れた技術や巧みな取り口を見せた力士に贈られる賞。安美錦の6回受賞は、単純な勝ち星だけでは測れない相撲技術の高さを示している。
得意技は右四つ、寄り、出し投げ、叩き込みなど。特に出し投げを軸とした多彩な攻めで、体格や力量に勝る相手にも対抗してきた。
また、幕内優勝こそなかったものの、関取在位117場所という長期実績を残した。これは大関・魁皇と並ぶ歴代1位タイとして、引退当時の報道でも取り上げられた記録だ。
【2019年引退から2022年独立へ】年寄名跡「安治川」を襲名した理由
安美錦は2019年7月場所で現役を引退した。
引退の背景には、長年抱えていた右膝の問題がある。2019年7月の名古屋場所では2日目に右膝を痛めて休場。翌場所の幕下陥落が見込まれる状況となり、22年半の現役生活に区切りをつけた。
引退後に襲名した年寄名は「安治川」。ここから、力士としてではなく、指導者として相撲界に携わる新たな人生が始まった。
安治川親方の本名は杉野森竜児検索されることの多い「安治川竜児 本名」という疑問への答えは、杉野森竜児だ。
それぞれの名前の関係を整理すると、次のようになる。
- 本名:杉野森竜児
- 現役時代の四股名:安美錦竜児
- 引退後の年寄名:安治川竜児
つまり、安美錦と安治川は別人ではない。同じ人物が現役時代と引退後で異なる名前を使っている。
引退後は早稲田大学大学院で学ぶ安治川親方の引退後の歩みで特徴的なのが、大学院での研究だ。
2019年の現役引退後、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科に進学し、2022年3月に修士課程を修了した。
研究テーマは「相撲部屋におけるおかみさんの役割について」。早稲田大学の2024年の紹介記事では、相撲部屋のおかみさん6人にインタビューを実施して研究した経緯も紹介されている。
現役時代の経験だけに頼らず、相撲部屋の運営や組織づくりを学術的な視点から考えたことは、独立後の部屋運営にもつながる重要な背景だ。
2022年12月1日に安治川部屋を新設大きな転機となったのは、2022年12月1日だ。
日本相撲協会は同日付で、年寄・安治川こと杉野森竜児が伊勢ヶ濱部屋から独立し、相撲部屋を新設することを承認した。
当初は東京都江東区千田の仮住まいからスタートし、その後、江東区石島に拠点を移す計画が発表された。現在の日本相撲協会の部屋紹介に掲載されている所在地は江東区石島4-1となっている。
この独立によって、安美錦は自分の名前を冠した部屋を持つ師匠となった。現役時代に積み重ねた技術や経験を、若い力士へ直接伝える立場へと変わったのである。
【安青錦との関係】安美錦親方はどのように弟子を育てている?
2026年の安治川部屋を象徴する力士が、大関・安青錦新大だ。
安青錦は2004年3月23日生まれ、ウクライナ出身。本名はヤブグシシン・ダニーロ。安治川部屋に所属する力士であり、安美錦親方の指導を受けて成長してきた弟子の一人だ。
安青錦が安治川部屋に入門するまで安治川部屋の公式情報によると、安青錦は2022年春から関西で稽古を積み、同年12月に安治川部屋の研修生となった。
2023年に新弟子検査を受け、同年9月場所で初土俵。その後、2024年11月場所で新十両、2025年3月場所で新入幕、同年9月場所で新三役へと昇進した。
そして2025年11月場所で幕内初優勝を達成。11月26日には大関昇進が決定した。
2026年には幕内優勝を重ね、日本相撲協会のプロフィールでは幕内優勝3回を記録。2026年9月場所から大関に復帰し、同年11月場所も大関として土俵に上がる番付となっている。
安治川部屋が掲げる3つの柱安治川部屋の公式サイトでは、部屋の基本的な考え方として、次の3つを掲げている。
- 社会貢献する心
- 学び続ける意欲
- 感謝する姿勢
また、相撲部屋を単に勝敗を競う場所ではなく、人格形成の場として位置付けている。
安治川親方自身、現役時代には数々のけがを乗り越えてきた。加えて、引退後に大学院で学び、相撲部屋の運営や組織のあり方について研究した経験も持つ。
そのため、指導者としての特徴は、相撲の技術だけでなく、力士が長く競技生活を送るための環境や人間的な成長にも目を向けている点にある。
安青錦だけではない安治川部屋の所属力士日本相撲協会の2026年11月場所時点の部屋紹介では、安治川部屋には安青錦のほか、安響、安大翔、川副、安強羅、安琉海、安寿真、安氣乃山、安櫻らが掲載されている。
大関という看板力士だけでなく、幕下以下の若い力士も在籍している。安治川親方にとっては、現在の大関を支えるだけでなく、次の関取を育てることも重要な役割となっている。
【誤解されやすい点】安美錦と安治川部屋について知っておきたいこと
安美錦親方について調べる際には、名前や部屋の歴史に関して混同しやすい点がある。
安美錦と安治川は同じ人物の名前最初に、安美錦と安治川親方は別々の人物ではない。安美錦は現役時代の四股名、安治川は引退後に襲名した年寄名だ。
また、杉野森竜児は本名である。人物を特定する際には、この3つの名前を区別すると分かりやすい。
2019年の引退と2022年の独立は別の出来事もう一つ重要なのが、引退と部屋創設の時期だ。
安美錦が現役を引退したのは2019年7月。年寄・安治川を襲名したのも引退後だ。一方、安治川部屋が新設されたのは2022年12月1日であり、引退から約3年4か月後に当たる。
したがって、2019年から安治川部屋の師匠として独立していたわけではない。引退後は親方として経験を積み、大学院で学び、その後に独立を実現したという順番になる。
旧安治川部屋と2022年新設の安治川部屋加えて、安治川部屋という名称には相撲部屋の歴史が関係している。
安美錦が入門した当時の安治川部屋は、現在の伊勢ヶ濱部屋につながる旧安治川部屋だ。旧部屋は2007年11月に伊勢ヶ濱部屋へ名称を変更している。
その後、2022年12月に安美錦の安治川親方が独立し、新たな安治川部屋を創設した。同じ名称ではあるが、2022年の新設は親方の独立による新しい部屋の設立という位置付けだ。
【プロの結論】安美錦親方の評価は現役成績と指導者としての実績の両方にある
安美錦親方のキャリアを評価するとき、907勝という数字だけに注目するのでは十分ではない。
注目すべきなのは、135場所にわたって土俵に立ち、度重なるけがを経験しながらも関取として117場所を過ごしたこと。そして、金星8個、技能賞6回という技術面の実績を残したことだ。
現役時代の経験が指導者としての強みになる安美錦は、体格や力だけに頼らず、相手の動きや状況を読みながら勝機を見つける力士だった。
こうした取り口は、若い力士にとって技術的な手本となる。単に強く押す、力で寄るといった単純な指導ではなく、相手に応じた戦術を考えるうえで、経験豊富な師匠の存在は大きい。
大学院での学びと部屋経営を両立また、大学院で相撲部屋のおかみさんの役割を研究したことも、安治川親方のキャリアを考えるうえで重要だ。
相撲部屋の運営には、稽古や番付だけでなく、生活環境、後援者との関係、若い力士の教育など、多くの要素が関わっている。
現役時代の経験と大学院で得た知識を組み合わせ、自ら部屋を運営する立場に進んだことは、安美錦ならではの経歴といえる。
今後注目すべき3つのポイント- 安青錦のさらなる成長:大関としての安定した成績と横綱昇進への挑戦。
- 次世代の関取育成:幕下以下の所属力士から新たな関取が誕生するか。
- 安治川部屋の運営:独立から数年を経て、どのような指導方針と部屋の特色を確立するか。
安美錦親方の価値は、過去の記録だけで決まるものではない。自身が培った技術と経験を、どれだけ多くの力士の成長につなげられるか。2026年以降は、師匠としての実績も評価の大きな軸となる。
安美錦親方の現在に関するよくある質問(FAQ)
Q1:安美錦親方の現在の名前と本名は何ですか?
A1:現在の年寄名は安治川竜児で、本名は杉野森竜児です。安美錦竜児は現役時代の四股名です。
Q2:安美錦はいつ引退し、安治川部屋を創設しましたか?
A2:2019年7月場所で現役を引退し、年寄・安治川を襲名しました。その後、2022年12月1日に伊勢ヶ濱部屋から独立し、安治川部屋を新設しています。
Q3:安青錦の師匠は安美錦親方ですか?
A3:はい。安青錦は安治川部屋所属の力士で、師匠は安治川竜児親方です。2025年11月場所で初優勝し、同年11月26日に大関昇進が決定しました。2026年11月場所も大関として在位しています。
安美錦親方こと安治川竜児は、現役時代に生涯907勝、金星8個、技能賞6回という実績を残した元関脇だ。
2019年7月の引退後は年寄・安治川を襲名し、早稲田大学大学院でスポーツ科学を学んだ。そして2022年12月1日、伊勢ヶ濱部屋から独立して安治川部屋を創設した。
2026年現在は、大関・安青錦をはじめとする所属力士を指導する師匠として活動している。
現役時代の技術、けがを乗り越えた経験、大学院での研究、そして独立後の部屋運営。これらを一つにつなげているのが安治川親方の歩みだ。
今後は安青錦のさらなる飛躍だけでなく、安治川部屋から次世代の関取が何人育つのかにも注目したい。元関脇・安美錦の挑戦は、現役引退後も指導者として続いている。
主な事実確認資料
- 日本相撲協会「安治川竜児・年寄プロフィール」「安治川部屋紹介」「安青錦プロフィール」
- 日本相撲協会「令和4年12月1日 理事会発表事項」
- 安治川部屋公式サイト「親方紹介・経歴」
- 早稲田大学競技スポーツセンター「安治川親方と稲門相撲會」
- 日刊スポーツ「関取在位117場所は歴代1位タイ/安美錦略歴」