2026年現在の熊ヶ谷親方を正確に知るには、2025年9月28日以前と、翌29日以降を分けて考える必要があります。
日本相撲協会が2025年9月29日付で承認したのは、次の二つの名跡の交換です。
- 元大竜の大嶽親方が、熊ヶ谷を襲名する。
- 元玉飛鳥の熊ヶ谷親方が、大嶽を襲名して大嶽部屋を継承する。
つまり、元大竜が現在の熊ヶ谷親方、元玉飛鳥が現在の大嶽親方という関係です。
日本相撲協会の2026年掲載プロフィールでも、熊ヶ谷忠博と大嶽大輔は、それぞれ別の年寄として登録されています。
二人の現在の立場
熊ヶ谷忠博(元大竜)
本名:佐藤忠博/1960年9月30日生まれ
- 所属:大嶽部屋
- 役職:参与
- 現役最高位:十両四枚目
- 2025年9月29日に熊ヶ谷を襲名
大嶽大輔(元玉飛鳥)
本名:高橋大輔/1983年1月26日生まれ
- 所属:大嶽部屋
- 役職:委員
- 現役最高位:前頭九枚目
- 2025年9月29日に大嶽を襲名
ここで重要なのは、二人とも大嶽部屋に所属している点です。
熊ヶ谷親方は部屋の師匠ではなく、部屋付きの親方として後進を支える立場です。大嶽親方が部屋の運営と力士の指導を担っています。
【人物比較】元大竜・佐藤忠博と元玉飛鳥・高橋大輔の経歴

二人は現役時代の四股名も、出身地も、相撲人生も異なります。
熊ヶ谷親方の経歴を調べる際に混同しやすいのが、元大竜の佐藤忠博さんと、元玉飛鳥の高橋大輔さんです。
元大竜・佐藤忠博のプロフィールと経歴
熊ヶ谷忠博(くまがたに・ただひろ)
- 生年月日:1960年9月30日
- 出身地:大阪府大阪市西成区
- 本名:佐藤忠博
- 四股名:大竜
- 最高位:十両四枚目
- 初土俵:1976年5月場所
- 引退:1997年7月場所
日本相撲協会の公式プロフィールによると、元大竜は1976年5月場所で初土俵を踏み、1988年3月場所に新十両となりました。
現役時代の最高位は十両四枚目。幕内には昇進していませんが、長く土俵に立ち、通算128場所で555勝509敗28休という戦績を残しています。
1997年7月場所を最後に現役を引退しました。
引退後は年寄名跡を継承し、親方として指導者の道へ進みます。
公式プロフィールに記載された年寄名履歴は、次のとおりです。
大嶽 → 佐ノ山 → 山響 → 二子山 → 大嶽 → 熊ヶ谷
この履歴からも、熊ヶ谷親方という呼称が、元大竜の現役時代から一貫して使われていたわけではないことが分かります。
元玉飛鳥・高橋大輔のプロフィールと経歴
大嶽大輔(おおたけ・だいすけ)
- 生年月日:1983年1月26日
- 出身地:愛知県名古屋市熱田区
- 本名:高橋大輔
- 四股名:玉飛鳥
- 最高位:前頭九枚目
- 初土俵:1998年3月場所
- 引退:2016年11月場所
元玉飛鳥は1998年3月場所で初土俵を踏み、2004年11月場所に新十両、2005年7月場所に新入幕を果たしました。
最高位は前頭九枚目です。
日本相撲協会の公式記録では、生涯戦歴は580勝569敗29休。十両優勝2回、幕下優勝2回を記録しています。
2016年11月場所で現役を引退した後は、荒磯を経て2018年4月20日に熊ヶ谷を襲名しました。
その後、片男波部屋付きの親方として指導経験を積み、2025年9月に大嶽部屋の師匠へと就任しました。
二人の違いが分かる比較表| 比較項目 | 元大竜 | 元玉飛鳥 |
|---|---|---|
| 本名 | 佐藤忠博 | 高橋大輔 |
| 生年月日 | 1960年9月30日 | 1983年1月26日 |
| 出身地 | 大阪府 | 愛知県 |
| 現役最高位 | 十両四枚目 | 前頭九枚目 |
| 初土俵 | 1976年5月 | 1998年3月 |
| 引退場所 | 1997年7月 | 2016年11月 |
| 2025年9月28日まで | 大嶽親方 | 熊ヶ谷親方 |
| 2025年9月29日以降 | 熊ヶ谷親方 | 大嶽親方 |
| 2026年の役職 | 参与 | 委員 |
| 部屋での立場 | 部屋付き親方 | 師匠 |
この表から分かるように、元大竜は十両経験者、元玉飛鳥は幕内経験者です。
現役時代の番付にも違いがありますが、現在の二人を見分ける最も確実な方法は、本名と年寄名を照合することです。
【年寄名跡の歴史】熊ヶ谷はなぜ元玉飛鳥から元大竜に変わったのか
今回の混乱の根本には、日本相撲協会の年寄名跡制度があります。
年寄名跡とは何か年寄名跡とは、引退した力士が日本相撲協会の年寄として活動する際に襲名する名称です。
一般に「親方株」とも呼ばれます。
年寄名跡は一人の人物の生涯に固定された名前ではありません。協会が管理する名跡を、所定の資格と手続きを経て別の人物が継承することがあります。
日本相撲協会の公式解説では、年寄名跡は105の名称がある制度として説明されています。
例えば、同じ「熊ヶ谷」という名前でも、2018年から2025年9月28日までは元玉飛鳥が名乗り、その翌日から元大竜が名乗っています。
名前が同じでも人物は異なるのです。
熊ヶ谷の直近の襲名履歴熊ヶ谷の名跡について、今回の交代に関係する主な動きを整理すると次のようになります。
| 時期 | 熊ヶ谷の名跡をめぐる動き | 関係人物 |
|---|---|---|
| 2018年4月20日 | 荒磯から熊ヶ谷を継承 | 元玉飛鳥・高橋大輔 |
| 2025年7月31日 | 9月29日付の名跡交換が承認される | 元大竜・元玉飛鳥 |
| 2025年9月28日まで | 熊ヶ谷を襲名 | 元玉飛鳥・高橋大輔 |
| 2025年9月29日以降 | 熊ヶ谷を襲名 | 元大竜・佐藤忠博 |
| 2026年現在 | 熊ヶ谷親方として大嶽部屋に所属 | 元大竜・佐藤忠博 |
2018年4月20日の日本相撲協会の発表では、当時の荒磯親方だった高橋大輔さんが熊ヶ谷を継承したことが記録されています。
その約7年半後、今度は元大竜が熊ヶ谷を襲名することになりました。
年寄名跡の履歴と人物の履歴は別物ここは特に間違えやすい部分です。
日本相撲協会のプロフィールに掲載されている「年寄名履歴」は、その親方個人が過去に名乗ってきた年寄名の履歴です。
一方、「熊ヶ谷の歴代」は、その名跡を過去に誰が襲名してきたかという履歴を指します。
両者を混同すると、元大竜が以前から熊ヶ谷だったかのような誤解につながります。
検索結果に古いプロフィールが表示された場合は、掲載日や襲名日を確認することが大切です。
【襲名交代の経緯】2025年9月29日に大嶽部屋で何が起きたのか
今回の交代は、単なる親方の名前変更ではありません。
大嶽部屋の存続と、師匠の世代交代が同時に行われた重要な出来事でした。
2025年7月31日:日本相撲協会が新体制を承認2025年7月31日、日本相撲協会は東京・両国国技館で理事会を開催しました。
この理事会で承認されたのが、元玉飛鳥による大嶽部屋の継承と、元大竜との年寄名跡の交換です。
当時の元玉飛鳥は、二所ノ関一門の片男波部屋付きの熊ヶ谷親方でした。
一方、元大竜は大嶽部屋の師匠を務めていました。
元大竜が2025年9月30日に65歳を迎え、協会の定年に達することから、後継者への引き継ぎが必要になったのです。
なぜ元玉飛鳥が後継者に選ばれたのか背景には、大嶽部屋に所属する親方の構成がありました。
当時の大嶽部屋には、元大竜以外に部屋付き親方がいませんでした。
そのため、同じ二所ノ関一門の中から、部屋の師匠を務められる親方を探す必要がありました。
そこで後継者として決まったのが、片男波部屋付きだった元玉飛鳥です。
元玉飛鳥はすでに引退後の指導経験を積んでおり、同じ一門に所属していたことも、新しい師匠として迎えられる背景になりました。
2025年9月26日:元大竜が定年会見秋場所13日目の2025年9月26日、元大竜の大嶽親方は定年に関する記者会見を行いました。
この会見で注目されたのが、大嶽部屋を存続させるまでの経緯です。
日刊スポーツの報道によると、元大竜は2年前には部屋の合併という方向も検討していたと説明しています。
しかし、師匠だった元横綱・大鵬から部屋を残してほしいと託されていたこともあり、最終的には大嶽部屋の存続を優先する決断をしました。
二所ノ関一門の理事にも相談し、元玉飛鳥への継承が実現しました。
この出来事からは、今回の襲名交代が単なる定年対応ではなく、歴史ある相撲部屋を次世代につなぐための判断だったことが読み取れます。
2025年9月29日:正式に名跡と部屋を継承2025年9月29日、日本相撲協会は次の二つの継承・襲名を正式に承認しました。
- 大嶽親方(元大竜、本名・佐藤忠博)が熊ヶ谷を襲名。
- 熊ヶ谷親方(元玉飛鳥、本名・高橋大輔)が大嶽を襲名し、大嶽部屋を継承。
この日を境に、元玉飛鳥は大嶽部屋の新師匠となりました。
元大竜は再雇用によって日本相撲協会に残り、熊ヶ谷親方として引き続き大嶽部屋で指導に携わることになりました。
【大嶽部屋の現在】元玉飛鳥の継承後、2026年はどうなった?
大嶽部屋の歴史を理解するには、元大竜と元玉飛鳥の交代だけでなく、部屋そのものの由来も押さえておきたいところです。
大鵬が創設した大鵬部屋がルーツ大嶽部屋は、元横綱・大鵬が1971年に二所ノ関部屋から独立して創設した大鵬部屋の流れをくむ相撲部屋です。
大鵬は「昭和の大横綱」と呼ばれた存在で、現在の大嶽部屋にもその伝統が受け継がれています。
2010年7月には元大竜が部屋を継承し、師匠として部屋を守ってきました。
その後、2025年9月に元玉飛鳥へと師匠の座が引き継がれたのです。
2025年10月6日:新体制で初稽古部屋の継承後、2025年10月6日には新しい師匠のもとで初めての稽古が行われました。
元玉飛鳥の大嶽親方は、約4年ぶりに白まわしを締め、弟子たちと一緒に汗を流しました。
スポーツ報知や共同通信の報道では、親方自身が稽古に参加し、力士たちの成長を支えていく姿勢を示したことが伝えられています。
単に部屋の運営を引き継ぐだけではなく、現場で弟子と向き合う指導者として新たなスタートを切ったわけです。
2026年2月11日:大嶽部屋の継承披露祝賀会2026年2月11日には、東京・両国国技館で大嶽部屋の継承披露祝賀会が開催されました。
スポニチなどの報道によると、会には約300人が出席。
二所ノ関一門の親方らに加え、部屋に関係する多くの人々が新体制の門出を祝いました。
元玉飛鳥の大嶽親方は、元横綱・大鵬がつくった部屋を次の世代につなげていく決意を表明しています。
また、大鵬の三女で、力士・王鵬の母でもある納谷美絵子さんも出席し、新師匠への感謝を伝えました。
2026年の祝賀会は、2025年9月の継承が形式的な名跡交換だけで終わらず、部屋の新しい体制として関係者に受け入れられたことを示す出来事です。
2026年現在の大嶽部屋の指導体制日本相撲協会の部屋紹介では、師匠として大嶽大輔、年寄として熊ヶ谷忠博が掲載されています。
つまり、現在の体制は次のように整理できます。
| 役割 | 人物 | 担当 |
|---|---|---|
| 師匠 | 大嶽大輔(元玉飛鳥) | 部屋の運営・弟子の指導 |
| 年寄 | 熊ヶ谷忠博(元大竜) | 部屋付き親方として指導を支援 |
この体制の特徴は、前師匠が部屋を離れず、新師匠を支える形になっていることです。
部屋の看板や伝統を守ることと、新しい指導者による運営を両立させる仕組みになっています。
【誤解を解消】熊ヶ谷親方について間違えやすい5つのポイント
検索結果や過去の記事を読むときに注意したいポイントを整理します。
1.熊ヶ谷親方は元玉飛鳥ではないの?2025年9月28日までは元玉飛鳥が熊ヶ谷親方でした。
しかし、2025年9月29日以降は元大竜が熊ヶ谷を襲名しています。
現在の人物を調べるなら、元大竜・佐藤忠博という情報が正解です。
2.元玉飛鳥は相撲界を引退したの?元玉飛鳥は2016年11月場所で現役を引退しています。
ただし、相撲界から離れたわけではありません。
年寄として協会に残り、2025年9月から大嶽親方として部屋を率いています。
3.高橋大輔は大嶽部屋の誰?高橋大輔は、元玉飛鳥の本名です。
日本相撲協会のプロフィールでも、現在の大嶽親方の本名として記載されています。
したがって、「高橋大輔」と「大嶽親方」は同一人物を指しています。名前だけで別分野の著名人と混同しないよう、元玉飛鳥という四股名と照合することが大切です。
4.元大竜は大嶽部屋を離れたの?いいえ。
元大竜は師匠の座を元玉飛鳥に譲りましたが、部屋そのものを離れたわけではありません。
現在は熊ヶ谷親方として大嶽部屋に所属し、参与の立場で協会に残っています。
5.熊ヶ谷親方と大嶽親方は同じ人?いいえ。別人です。
混同の原因は、同じ日に二人がそれぞれ年寄名跡を交換したことにあります。
- 熊ヶ谷親方=元大竜・佐藤忠博
- 大嶽親方=元玉飛鳥・高橋大輔
この区別を覚えておけば、2025年以前の記事を読んでも混乱しにくくなります。
【プロの結論】熊ヶ谷親方の交代から見える大相撲の継承制度
今回の出来事から読み取れるのは、大相撲における「親方の交代」と「相撲部屋の継承」は、必ずしも同じ意味ではないということです。
元大竜は65歳の定年を迎え、部屋の師匠としての役割を終えました。しかし、参与として協会に残り、後進の指導に関わっています。
一方、元玉飛鳥は熊ヶ谷から大嶽へ名跡を変更し、師匠として新しい部屋の運営を担うことになりました。
ここには三つの要点があります。
第一に、年寄名跡は人物そのものを表す名前ではないこと。
熊ヶ谷という名跡を元玉飛鳥が名乗っていた時期もあれば、元大竜が名乗る時期もあります。過去のニュースと現在のプロフィールが異なるのは、必ずしも誤情報だからではありません。
第二に、定年後も相撲界で指導を続ける道があること。
元大竜は再雇用によって参与となり、部屋付き親方として後輩の育成を支えています。師匠の交代が、そのまま指導者としての活動終了を意味するわけではありません。
第三に、部屋の伝統を次世代に引き継ぐことの重要性です。
大嶽部屋は元横綱・大鵬が創設した歴史を持ち、2025年には存続と継承が大きな課題となりました。元大竜が部屋を残す決断をし、元玉飛鳥がそれを引き受けたことは、部屋の歴史をつなぐ重要な転換点でした。
2026年2月の継承披露祝賀会で示された新師匠の決意も、この流れの延長線上にあります。
【熊ヶ谷親方の現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:2026年現在の熊ヶ谷親方は誰ですか?
A1:元十両・大竜の佐藤忠博さんです。2025年9月29日付で熊ヶ谷を襲名し、現在は大嶽部屋の参与として所属しています。
Q2:元玉飛鳥は現在、何という親方ですか?
A2:元玉飛鳥の高橋大輔さんは、現在の大嶽親方です。2025年9月29日に熊ヶ谷から大嶽へ名跡を変更し、大嶽部屋を継承しました。
Q3:元大竜の本名は佐藤忠博ですか?
A3:はい。日本相撲協会の公式プロフィールに、本名は佐藤忠博と記載されています。1960年9月30日生まれで、大阪府出身です。
Q4:元玉飛鳥の本名は高橋大輔ですか?
A4:はい。1983年1月26日生まれ、愛知県名古屋市出身の元幕内力士です。現在は大嶽親方として活動しています。
Q5:熊ヶ谷親方が元玉飛鳥から元大竜に変わったのはいつですか?
A5:2025年9月29日です。日本相撲協会が同日付の年寄名跡継承と大嶽部屋の継承を承認しました。
Q6:元大竜は現在も大嶽部屋にいますか?
A6:はい。定年後に再雇用され、熊ヶ谷親方として大嶽部屋に所属しています。現在の役職は参与です。
Q7:大嶽部屋の現在の師匠は誰ですか?
A7:元玉飛鳥の大嶽大輔親方です。2025年9月29日に正式に部屋を継承し、2026年も師匠を務めています。
2026年現在の熊ヶ谷親方は、元十両・大竜の佐藤忠博さんです。
元幕内・玉飛鳥の高橋大輔さんは、現在の大嶽親方であり、大嶽部屋の師匠を務めています。
二人の名前が混同される最大の理由は、2025年9月29日に年寄名跡が交換されたことです。
今回の継承を理解するために覚えておきたいのは、次の3点です。
- 熊ヶ谷親方=元大竜・佐藤忠博
- 大嶽親方=元玉飛鳥・高橋大輔
- 大嶽部屋の継承日=2025年9月29日
元大竜が守ってきた大嶽部屋を、元玉飛鳥が引き継いだ今回の出来事は、単なる親方の交代ではありません。大鵬から続く相撲部屋の歴史を次の世代につなぐ、大きな節目となりました。
今後、大嶽部屋の動向を追う際には、師匠である大嶽親方と、部屋付きの熊ヶ谷親方を区別して見ることが、正確な情報を理解するためのポイントです。