「あると思います!」という独特の決めゼリフで一世を風靡した芸人は、お笑いコンビ・天津の木村卓寛(きむらたくひろ)です。詩吟と下ネタを融合させた「エロ詩吟」で2008年にブレイクし、2009年には「あると思います」が新語・流行語大賞にノミネートされました。相方は向清太朗で、現在もコンビとしての活動を続けています。
かつて全国のテレビ番組で見かけた天津木村ですが、2021年に岩手県へ移住してからは活動の舞台が大きく変化しました。2026年現在は岩手朝日テレビの『Go!Go!いわて』や『KICK OFF! IWATE』、青森朝日放送の『ハレのちあした』、エフエム岩手のラジオ番組などに出演しています。テレビから姿を消した理由、岩手移住の背景、相方との現在の関係まで詳しく整理します。
【あると思います芸人は誰?】天津の木村卓寛とエロ詩吟の正体

木村卓寛(天津木村)
- 生年月日:1976年5月22日
- 出身地:兵庫県姫路市
- 職業:お笑い芸人
- コンビ名:天津
- 相方:向清太朗
- 代表ネタ:エロ詩吟
- 2026年現在:岩手を拠点に活動
「あると思います芸人」と検索したときに該当する人物は、天津の木村卓寛です。
木村は、伝統芸能である詩吟にユーモラスな下ネタを組み合わせた独自の芸風で知られています。
ネタの基本構成は、和装姿で「吟じます!」と宣言し、男女の恋愛や日常のちょっとした出来事を詩吟独特の節回しで表現するというもの。
最後に「あると思います!」と締めくくることで、独特の間と笑いを生み出していました。
相方は天津の向清太朗
向清太朗(むかいせいたろう)
木村卓寛と1999年にお笑いコンビ「天津」を結成した相方です。アニメ好きとしても知られ、アニメ関連の仕事を中心に個人活動を展開しています。
天津は木村のエロ詩吟ばかりが注目されがちですが、もともとは漫才コンビです。
木村がピン芸的なエロ詩吟で注目を集める一方、向も独自の得意分野を開拓してきました。
現在はそれぞれの個人活動が中心ですが、コンビ自体が解散したわけではありません。
【あると思いますの由来】エロ詩吟はどのように誕生した?
「あると思います」というフレーズは、単独で考案されたキャッチコピーというより、エロ詩吟のネタを完成させる過程で定着した決めゼリフです。
その誕生には、木村の家庭環境と先輩芸人との交流が関係しています。
祖父の代から続く詩吟の経験が土台木村は、もともと詩吟に親しんでいました。
日刊ゲンダイの2015年のインタビューでは、祖父の代から詩吟教室を開いており、自身も師範代の免許を持っていたことを明かしています。
つまり、エロ詩吟は単なる思いつきのモノマネではありません。
伝統的な詩吟の節回しや表現方法を身につけていたからこそ成立した芸風でした。
誕生のきっかけは麒麟のラジオ番組エロ詩吟が生まれたきっかけとして知られているのが、お笑いコンビ・麒麟のラジオ番組です。
当時、漫才師としてなかなか結果を出せず、芸人を辞めることまで考えていた木村。
そんなとき、ラジオ番組で先輩から特技を尋ねられ、詩吟の経験を生かして即興の下ネタ詩吟を披露しました。
これが好評を博し、エロ詩吟という独自のスタイルにつながっていきます。
加えて、ブラックマヨネーズやサバンナなどの先輩芸人からの助言もあり、「吟じます!」や「あると思います」という定番の流れが形になりました。
「あると思います」が人気になった理由このフレーズが幅広い世代に浸透した理由は、短く覚えやすいことだけではありません。
大きく分けて3つの特徴があります。
- 独特の間: 詩吟を披露した後に少し間を置いて締める。
- 意外性: 格式ある詩吟とくだけた題材のギャップがある。
- 汎用性: 恋愛や日常のさまざまな場面に応用できる。
とくに最後の「あると思います」は、ネタの内容を知らない人でも使いやすい言葉でした。
こうして芸人の決めゼリフが、日常会話でも使われる流行語へと広がっていったのです。
【2008年ブレイクから2026年まで】天津木村の経歴と関係者一覧
木村の芸人人生は、長い下積み、全国的なブレイク、人気の急落、地方移住による再起という大きな転換点を経験しています。
特に重要なのは、2008年のブレイクだけでなく、2021年の岩手移住もキャリアを変えた出来事だったことです。
天津木村の年代別キャリア以下は、本人のインタビューや報道、テレビ局の公式情報などをもとに整理した経歴です。
| 時期 | 出来事・関係者 | キャリア上の意味 |
|---|---|---|
| 1999年 | 向清太朗と天津を結成 | コンビとして芸人活動を開始 |
| 2007年ごろ | 麒麟のラジオ番組などをきっかけにエロ詩吟が誕生 | 独自の芸風を確立 |
| 2008年 | エロ詩吟でブレイク | 全国的な知名度を獲得 |
| 2009年 | 「あると思います」が流行語大賞候補に | 決めゼリフが社会的に浸透 |
| 2016年 | ロケバス運転手などの仕事も経験 | テレビ出演減少後の生活を立て直す |
| 2021年 | 岩手県へ移住 | 『Go!Go!いわて』のMCに就任 |
| 2022年 | 『天津木村のへぇ~ 岩手、それ あると思います』開始 | 岩手の魅力を紹介する活動を拡大 |
| 2024年 | 天津結成25周年 | コンビ活動の継続を確認 |
| 2026年 | 岩手・青森のテレビやラジオに出演 | 地域密着型の芸人として活動 |
ここは間違えやすいポイントです。
「あると思います」は、2009年の新語・流行語大賞にノミネートされた言葉です。
ただし、年間大賞やトップテンに選ばれたわけではありません。
2009年の年間大賞は「政権交代」で、トップテンには「こども店長」「草食男子」「歴女」などが選ばれました。
J-CASTニュースの当時の報道でも、天津木村の「あると思います」はトップテンに入らなかった芸人の決めゼリフとして取り上げられています。
天津木村を取り巻く主要人物と関係性木村のキャリアを理解するには、相方だけでなく、芸風の誕生や岩手移住に関わった人物も押さえておく必要があります。
| 人物・組織 | 木村との関係 | 主なエピソード |
|---|---|---|
| 向清太朗 | 天津の相方 | 1999年にコンビ結成。現在もコンビ活動を継続 |
| 麒麟 | 芸人仲間 | ラジオ番組がエロ詩吟誕生のきっかけ |
| ブラックマヨネーズ・サバンナ | 先輩芸人 | エロ詩吟のスタイル形成に関わる助言 |
| ヒロミ | 元仕事仲間 | 専属運転手だった木村に岩手移住を後押しする言葉をかけた |
| 岩手朝日テレビ | 番組制作局 | 『Go!Go!いわて』のMCとして木村を起用 |
| 岩手県の地域関係者 | 活動の協力者 | 地域情報や観光、文化を発信する活動を支える |
【天津木村がテレビから消えた理由】エロ詩吟のブームと人気急落
2008年に全国的な人気を獲得した木村ですが、数年後には全国ネットのバラエティ番組で見かける機会が減りました。
なぜ、あれほど人気だった芸人がテレビから姿を消したのでしょうか。
その背景には、エロ詩吟という芸風の特徴と、ブームが過ぎた後の需要の変化がありました。
理由1:下ネタが過激化しすぎた2016年、木村はテレビ朝日系『しくじり先生 俺みたいになるな!!』に出演し、ブレイク後の失敗について語りました。
当初は斬新な笑いとして受け入れられていたエロ詩吟でしたが、次第に過激な内容へと傾いていきます。
その結果、詩吟の世界から反発を受けたほか、女性やファミリー層にも受け入れられにくい芸風になってしまいました。
本人が自身の芸風を振り返る機会となったのが、この『しくじり先生』への出演でした。
理由2:ブームが終わるとネタの需要も減少テレビ東京の2022年の番組紹介記事では、木村がブレイク後に経験した苦労が紹介されています。
ブームの最中はエロ詩吟を披露するだけで笑いが起きていたものの、人気が落ち着くと観客の反応も変化しました。
加えて、笑いを取ろうとしてネタを過激化させたことで、本人のイメージが特定の芸風に固定されてしまったといいます。
木村は当時の状況を、一発屋芸人が避けられない厳しい現実として振り返っています。
理由3:芸人以外の仕事にも取り組んだテレビ出演が減った木村は、芸人としての仕事だけに依存しない働き方を模索しました。
2016年にはロケバスの運転手として働き始め、その後はタレント・ヒロミの専属運転手も務めました。
2021年の岩手移住までには、芸能活動と別の仕事を両立させながら生活を支えていた時期もあります。
これは芸人を辞めたという意味ではありません。
むしろ、仕事が減った時期にも芸人としての活動を続けるため、生活基盤を整えようとしていた時期と捉えられます。
テレビから消えた=芸能界引退ではないここは重要な誤解です。
木村は全国ネットのテレビで目立つ機会こそ減りましたが、芸人活動を完全に停止したわけではありません。
地方番組への出演やイベント、ラジオ、コンビとしての活動など、仕事の中心が変わっていきました。
全国区の人気芸人から地域に根差したタレントへ。
木村のキャリアは、単純な人気低下だけでは説明できない変化を経験しているのです。
【天津木村が岩手に移住した理由】ヒロミの言葉が人生の転機に
2021年、木村は兵庫県出身で東京を中心に活動していた生活から一転し、岩手県への移住を決断しました。
この決断の直接的なきっかけは、岩手朝日テレビの新番組『Go!Go!いわて』でMCのオファーを受けたことです。
移住のきっかけは『Go!Go!いわて』のMC就任岩手朝日テレビは2021年3月12日、新番組の発表資料で木村を新しい司会者として起用することを公表しました。
加えて、木村は同年3月中旬から岩手に住み始めることを決断。
単に東京から週1回通うのではなく、現地で生活しながら岩手の魅力を伝えるという姿勢を示しました。
当時のテレビ局の発表では、木村を「いわて応援芸人」の第一号として位置づけています。
ヒロミが移住を後押しした移住を決めるうえで大きな影響を与えたのが、当時専属運転手として働いていたヒロミの言葉です。
ENCOUNTの2022年のインタビューによると、木村は最初、週1回の番組出演なら東京から通うことも考えていました。
しかし、ヒロミから生放送のMCという大きな仕事を任されたことの意味や、現地に住んで地域の人たちと関係を築くことの大切さを指摘されました。
ヒロミの後押しを受け、木村は岩手への移住を決断します。
木村自身も、当時は芸人としての将来に不安を感じていたと振り返っています。
家族も後から岩手へ移住最初は単身での移住を考えていた木村ですが、家族とも相談を重ねました。
2022年のENCOUNTのインタビューでは、家族は本人の移住から約4か月後の2021年8月に岩手へ引っ越したと紹介されています。
家族全員で新しい土地での生活を始めることになったのです。
岩手移住後に得た新しい仕事と役割移住後の木村は、単なる番組MCにとどまらず、岩手の観光、食文化、地域の人々を紹介する役割を担うようになりました。
2022年には、もりおか魅力発信大使にも就任しています。
また、地元の人々と交流しながら地域の魅力を発信する姿勢が、エロ詩吟時代とは異なる新しいイメージにつながっています。
【天津木村の現在2026年最新】出演番組と岩手での活動
2026年11月現在、天津木村は岩手を中心に、東北地方のテレビやラジオで活動しています。
全国ネットのバラエティ番組に頻繁に出演していた時代とは違い、地域に密着した情報番組やスポーツ番組、ラジオ番組などが現在の活動の柱です。
1. 『Go!Go!いわて』岩手朝日テレビ
『Go!Go!いわて』
- 放送局:岩手朝日テレビ
- 放送:毎週土曜日
- 時間:午前7時30分~11時
- 役割:MC
現在の木村を代表する番組が『Go!Go!いわて』です。
2021年4月3日にスタートした地域密着型の生放送番組で、岩手県内の観光地やグルメ、暮らしに役立つ情報などを紹介しています。
木村は石田瑠美子アナウンサーらとともに番組を進行し、県内各地を訪れるロケにも参加しています。
岩手朝日テレビの公式番組ページでは、2026年11月7日の次回放送予定も掲載されており、現在もMCとして活動していることが確認できます。
2. 『KICK OFF! IWATE』岩手のサッカーを応援
『KICK OFF! IWATE』
- 放送局:岩手朝日テレビ
- 役割:MC
- 内容:岩手のサッカー情報、いわてグルージャ盛岡、育成年代のサッカーなど
木村はスポーツ分野でも活動しています。
『KICK OFF! IWATE』は岩手県のサッカーを応援する番組で、プロ・地域クラブの情報だけでなく、小学生や中学生のサッカーにも焦点を当てています。
2026年11月時点の岩手朝日テレビ公式番組表にも、MCとして天津木村の名前が掲載されています。
3. 『ハレのちあした』青森朝日放送
『ハレのちあした』
- 放送局:青森朝日放送
- 担当:火曜日
- 出身地:兵庫県姫路市
岩手だけでなく、青森県の番組にも出演しています。
青森朝日放送の公式出演者ページでは、火曜日のMCとして天津木村が紹介されています。
岩手での活動を土台に、隣県にも仕事の範囲を広げていることが分かります。
4. 『天津木村の、今夜ええコトあると思います!』エフエム岩手
エフエム岩手のラジオ番組
- パーソナリティ:木村卓寛
- 放送:毎週金曜日
- 時間:午後7時~7時30分
- 内容:リスナーとの交流、岩手の情報、音楽など
木村はラジオでも活動しています。
『天津木村の、今夜ええコトあると思います!』は、テレビとは違うリラックスした雰囲気でリスナーと交流する番組です。
番組では岩手の食べ物や文化、地域特有の風習などを取り上げています。
2026年10月には戸田久感謝祭で公開収録も実施され、同月31日には特別番組として放送されました。
5. 『天津木村のへぇ~ 岩手、それ あると思います』岩手での活動を象徴する番組のひとつが、『天津木村のへぇ~ 岩手、それ あると思います』です。
2022年6月3日に放送が始まった番組で、岩手県民でも意外と知らない歴史や文化、風習、食などを木村が現地で取材する人情紀行バラエティーでした。
番組のコンセプトは、木村自身が岩手の魅力を発見し、県民と交流しながら新たな知識を紹介すること。
かつての「あると思います」という決めゼリフを、岩手の魅力を発見する番組タイトルに生かした点も印象的です。
2026年の出演状況まとめ| 番組名 | 放送局 | 2026年の位置づけ |
|---|---|---|
| Go!Go!いわて | 岩手朝日テレビ | 現在の中心的なレギュラー |
| KICK OFF! IWATE | 岩手朝日テレビ | サッカー番組のMC |
| ハレのちあした | 青森朝日放送 | 火曜日MC |
| 天津木村の、今夜ええコトあると思います! | エフエム岩手 | ラジオパーソナリティー |
| 天津木村のへぇ~ 岩手、それ あると思います | 岩手朝日テレビ | 2022年開始の地域密着番組 |
2026年の木村は、単に昔の人気芸人として懐かしまれている存在ではありません。
テレビ、ラジオ、地域イベントなど、複数の媒体で活動している点が現在の大きな特徴です。
【天津は解散した?】向清太朗とのコンビ活動と2026年の関係
木村が岩手へ移住したことで、気になる人が増えたのが相方・向清太朗との関係です。
別々の地域で活動しているため、天津は解散したのではないかと思われることもあります。
しかし、天津は解散していません。
向清太朗はアニメ関連の仕事を中心に活動向清太朗は、木村とは異なる方向で仕事の幅を広げています。
アニメ好きとして知られ、アニメ関連の仕事を数多く担当しています。
2023年の日刊スポーツの報道でも、木村は岩手を拠点に活動し、向はアニメ関連の仕事を中心に活躍するという、それぞれの仕事の違いが紹介されました。
天津のコンビ活動は継続している2024年2月、ラジオ関西の取材で木村はコンビ活動について語っています。
当時、天津は結成25周年を迎えており、月1回のリモート配信「天津定例報告会」を実施。
さらに毎年、単独ライブを開催し、2人で新しいネタを作る活動も続けていました。
離れて暮らしていても、コンビとしてのつながりは維持されていたのです。
2026年には『麒麟&天津のわらす旅』で共演2026年には、岩手朝日テレビの開局30周年特別番組『麒麟&天津のわらす旅』が放送されました。
放送日は2026年6月3日。
麒麟と天津のメンバーが岩手を舞台に再会し、NSC時代から付き合いのある4人が思い出を語りながら過ごす特別番組です。
若手時代からの仲間が集まり、現在も交流や共演を続けていることが伝わる企画でした。
つまり、天津の現在は次のように整理できます。
- 木村卓寛:岩手を中心にテレビ・ラジオ出演。
- 向清太朗:アニメ関連など個人の仕事を展開。
- コンビ天津:個人活動と並行してコンビ活動を継続。
コンビの活動スタイルは変化していますが、解散という事実はありません。
【あると思います芸人に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:あると思います芸人は誰ですか?
A1:お笑いコンビ・天津の木村卓寛です。詩吟と下ネタを組み合わせた「エロ詩吟」の最後に「あると思います!」と締めくくるネタで2008年にブレイクしました。
Q2:天津木村は2026年現在何をしていますか?
A2:岩手県を拠点に活動しています。岩手朝日テレビの『Go!Go!いわて』『KICK OFF! IWATE』、青森朝日放送の『ハレのちあした』、エフエム岩手のラジオ番組などに出演しています。
Q3:天津木村は2009年の流行語大賞を受賞しましたか?
A3:「あると思います」は2009年の新語・流行語大賞にノミネートされました。ただし、年間大賞やトップテンには選ばれていません。
Q4:天津木村がテレビから消えた理由は何ですか?
A4:本人が2016年の『しくじり先生』で振り返った内容によると、エロ詩吟の過激化によって詩吟界から反発を受け、女性やファミリー層にも受け入れられにくくなったことなどが背景にあります。
Q5:天津木村が岩手に移住した理由は何ですか?
A5:2021年に岩手朝日テレビの『Go!Go!いわて』のMCに起用されたことがきっかけです。当時、専属運転手を務めていたヒロミからも移住を後押しされ、現地で本格的に活動することを決めました。
Q6:天津の相方・向清太朗とは現在も活動していますか?
A6:はい。天津は解散していません。個人活動を中心としながら、リモート配信やライブ、テレビでの共演などコンビとしての活動も続けています。
「あると思います芸人」の正体は、天津の木村卓寛です。
2008年のエロ詩吟によるブレイク、2009年の流行語大賞ノミネート、そして人気急落を経て、2021年には岩手県への移住を決断しました。
2026年現在は『Go!Go!いわて』をはじめとするテレビ番組やラジオに出演し、地域に根差した芸人として新しいキャリアを築いています。
今回の経歴から見えてくるのは、芸人の成功が全国的な知名度やテレビ出演の本数だけで決まるわけではないということです。
木村の場合、エロ詩吟という強烈な個性で全国的な知名度を獲得した後、地元の人々との関係づくりや地域情報の発信という新しい仕事に挑戦しました。
また、相方の向清太朗もアニメ関連の仕事を中心に活動し、天津というコンビ自体も継続しています。
2026年の天津木村を評価するなら、かつての流行語だけでなく、岩手で築いた現在の活動にも注目すべきです。
「あると思います」という言葉は、今では岩手の魅力を発信する場面にも生かされています。
一度のブームで終わらず、自分の強みを別の場所で生かしていく。その芸人人生の変化こそ、天津木村の現在を知るうえで最も興味深いポイントです。