大東翔生さんの読み方は、「おおひがし しょうい」です。コンビ名のダブルヒガシと同じく「東」という漢字が入る珍しい名字が特徴です。
吉本興業の公式プロフィールに掲載されている情報を中心に、基本データをまとめました。
| 項目 | プロフィール |
|---|---|
| 名前 | 大東翔生 |
| 読み方 | おおひがし しょうい |
| 生年月日 | 1993年1月16日 |
| 年齢 | 33歳(2026年11月現在) |
| 出身地 | 大阪府大阪市 |
| 血液型 | A型 |
| 身長 | 174cm |
| 体重 | 92kg(公式掲載情報) |
| 所属事務所 | 吉本興業 |
| コンビ名 | ダブルヒガシ |
| 相方 | 東良介 |
| 出身 | NSC大阪校36期 |
| 趣味 | TV・PCゲーム、麻雀、パチンコ、競馬 |
| 特技 | ボクシング |
大東翔生さんは1993年1月16日生まれです。
2026年1月16日に33歳の誕生日を迎え、同年11月現在も33歳です。
同じコンビの東良介さんは1992年8月25日生まれ。東さんが約5か月年上という関係になります。
高校時代からの付き合いがある2人は、芸歴だけでなく、長い時間を共有してきた相棒同士です。
出身地は大阪府大阪市大東さんの出身地は大阪府大阪市です。
相方の東さんも大阪市出身で、2人とも大阪で学生時代を過ごしました。
大阪の劇場を中心に活動してきたこともあり、漫才には関西ならではのテンポや言葉の掛け合いが生きています。
父親譲りのボクシング経験も特技公式プロフィールには、特技としてボクシングが掲載されています。
その背景には、格闘技界で活躍した父親の存在があります。
父親の経歴については、後ほど詳しく紹介します。
【芸人への道】NSC大阪校36期からダブルヒガシ結成まで

大東翔生さんの芸人人生を語るうえで欠かせないのが、相方・東良介さんとの出会いです。
2人は最初から芸人を目指していたわけではありません。高校時代の友人関係から始まり、卒業後の進路選択を経て、同じNSCに入学することになりました。
東良介との出会いは高校1年生2人が出会ったのは高校時代です。
2022年の関西カルチャー媒体MARZELのインタビューでは、東さんが初対面のエピソードを振り返っています。
共通の友人に誘われたお泊まり会で大東さんと初めて顔を合わせたそうです。
当初、東さんは大東さんに対して少し怖い印象を持ったものの、話してみると非常に面白い人物だったといいます。
印象的なのが、共通の友人から「面白いことを言って」と無茶振りされた大東さんが、間髪入れずに「猫のしっぽ!」と答えたエピソードです。
その独特な発想と瞬発力が、東さんに強い印象を残しました。
この頃から、大東さんは周囲を笑わせる存在だったことがうかがえます。
大学の留年をきっかけにNSC入学を決意高校卒業後、大東さんは大学へ進学。一方、東さんは一般企業に就職しました。
転機となったのは、大東さんの大学での留年です。
本人は2026年7月のマイナビニュースのインタビューで、留年が決まったことをきっかけに大学を辞める理由を考え、NSCへの入学を決めたと説明しています。
もともと周囲から面白いと言われることが多く、芸人という道を選択肢に入れたのでしょう。
ただし、1人で芸人を目指すことには不安がありました。
そこで声をかけたのが、親しかった東さんです。
当時の東さんは会社員として働いていましたが、仕事にやりがいを感じられなくなっていた時期でもありました。
大東さんから誘われたことが、人生の方向を変えるきっかけになったのです。
マイナビニュースの取材では、大東さん自身が、芸人になる決断について当時の心境を率直に語っています。
NSC大阪校36期で本格的に芸人活動を開始2人はNSC大阪校36期生として入学しました。
NSCは吉本興業が運営する芸人養成所で、数多くのお笑い芸人を輩出してきた教育機関です。
同期として学びながら、漫才師としての基礎を身につけていきました。
コンビ名の「ダブルヒガシ」は、2人の名字に由来します。
東良介さんの「東」と、大東翔生さんの「大東」。どちらにも「東」が入っていることから、高校時代から周囲にダブルヒガシと呼ばれていたそうです。
その呼び名をそのままコンビ名に採用しました。
2014年4月1日、ダブルヒガシとして正式にコンビを結成。
高校時代の友人関係が、プロのお笑いコンビへと発展したのです。
【受賞歴を時系列で整理】ABCお笑いグランプリとytv漫才新人賞の優勝
ダブルヒガシが全国的な注目を集めるようになった大きな理由は、賞レースでの実績です。
特に2023年は、ytv漫才新人賞決定戦とABCお笑いグランプリの両方で優勝。関西の若手漫才師の中でも、実力を強く印象づけた年になりました。
ダブルヒガシの主な受賞歴・賞レース成績吉本興業の公式プロフィールに掲載された受賞歴を中心に整理します。
注目したいのは、ytv漫才新人賞決定戦での成長です。
2022年の第11回大会では準優勝。翌2023年の第12回大会では、見事に優勝を果たしました。
読売テレビの歴代受賞者一覧にも、2023年3月19日の第12回大会の優勝者としてダブルヒガシの名前が掲載されています。
一度の成功に満足するのではなく、試行錯誤を続けた結果が優勝につながりました。
第44回ABCお笑いグランプリで令和ロマンと同点に2023年7月9日に開催された第44回ABCお笑いグランプリでも、ダブルヒガシは優勝しました。
決勝では、ファイナルステージで令和ロマンと史上初の同点になる展開がありました。
朝日放送テレビの公式インタビューでは、大東さんが優勝への自信について、決勝に進むことには手応えがあったと振り返っています。
また、ネタ選びについても基本的に自分が担当すると説明しています。
この大会は、ネタ作りを担う大東さんの構成力と、東さんとのコンビネーションが評価された重要な実績です。
2024年には上方漫才協会大賞も受賞2024年には第9回上方漫才協会大賞で大賞を受賞しました。
2023年の2つの大型賞レース制覇に続く受賞であり、単発の大会だけでなく、上方漫才界全体からも実力を認められたことを示す実績です。
2025年12月のインタビューでは、大東さん自身も、賞を獲得したことによって周囲の評価が変わり、自分たちの漫才にも自信がついたと振り返っています。
【ネタ作りと芸風】大東翔生のボケ・発想力がダブルヒガシの武器
大東翔生さんの芸人としての大きな特徴は、ネタ作りを中心的に担っていることです。
単にボケを担当するだけでなく、漫才の方向性や題材を考え、相方の東さんと一緒に完成させていく役割を担っています。
ネタ作りは基本的に大東翔生が担当朝日放送テレビの第44回ABCお笑いグランプリ公式インタビューでは、大東さんがネタの選定を基本的に自分で行っていると説明しています。
東さんも、ネタについては大東さんに任せている部分が大きく、持ってきたネタを基本的に受け入れていると話しています。
また、関西カルチャー媒体MARZELの過去のインタビューでは、大東さんがまずネタを書き、それを2人で合わせて完成させる制作方法を明かしています。
つまり、大東さんが原案や構成の中心を担い、東さんが舞台上での掛け合いを通して完成度を高めるスタイルです。
ダブルボケを取り入れた独自の漫才スタイルダブルヒガシの芸風を理解するうえで重要なのが、ダブルボケです。
一般的な漫才では、ボケとツッコミの役割を明確に分けるケースが多くあります。
しかし、ダブルヒガシは従来の役割分担にこだわらず、2人がともにボケるスタイルも取り入れてきました。
2025年12月のインタビューで、大東さんは、優勝するまでにボケとツッコミを入れ替えたり、2人ともボケを担当したりと、さまざまな試行錯誤をしてきたと説明しています。
加えて、2023年のytv漫才新人賞で優勝する約1年前が、ダブルボケへと向かうスタイルの転換点だったと振り返っています。
同級生だからこそ生まれる自然な掛け合いダブルヒガシの漫才には、2人が楽しそうに会話をしているような空気感があります。
高校時代からの友人であり、互いの考え方や笑いの感覚を理解していることが、舞台上の自然な掛け合いにつながっています。
2025年のインタビューでは、大東さんが、2人が高校の同級生だからこそ、楽しそうにわちゃわちゃしている雰囲気が自然に出ていると話しています。
これは、単に仲が良いというだけではありません。
長い付き合いの中で、どこまでふざけても成立するのか、どのタイミングで相手が反応するのかを理解していることが、漫才の強みになっています。
東良介との関係は役割分担だけでは説明できない東良介さんは、大東さんのネタ作りを高く評価しています。
2026年3月のスポニチの報道では、東さんが大東さんについて、ネタ作りをすべて担っていることや、賞を獲得できたのは大東さんのおかげだと語ったことが紹介されました。
さらに東さんは、大東さんが気持ちよくお笑いに取り組める環境を整えることが自分の役割だという考えも示しています。
この関係性は、単なるボケとツッコミの分業を超えたものです。
大東さんが笑いの設計を担い、東さんが相方としてその才能を生かす。
2人の信頼関係こそ、ダブルヒガシの漫才を支える土台といえます。
【父親は元K-1ファイター】大東旭さんのボクシング経歴とは?
大東翔生さんについて検索すると、父親が元K-1ファイターという情報も見つかります。
これは吉本興業の公式プロフィールにも掲載されている情報です。
ただし、父親の競技歴を詳しく見ると、もともとはプロボクサーとして活躍し、その後K-1ファイターとしてもリングに上がった人物です。
父親の名前は大東旭さん2025年5月6日付のスポニチの記事によると、大東さんの父親は大東旭さんです。
元プロボクサーで、世界ランキング5位まで上り詰めた経歴を持ち、ボクシングの日本王座を10回防衛した選手として紹介されています。
その後、K-1ファイターとしても活動しました。
特に知られているのが、2005年大みそかの魔裟斗選手との試合です。
大東さんは日本テレビ系「有吉ゼミ」に出演した際、父親の格闘技歴について明かしました。
ボクシングからK-1へと転身した父親の経歴は、かなり異色といえます。
大東翔生自身もボクシングが特技大東さん自身もボクシングを特技としており、父親の影響を受けてきたことがうかがえます。
ただし、現在の活動の中心はあくまでお笑いです。
格闘家としてプロ活動をしているという意味ではなく、ボクシング経験を持つ芸人として紹介するのが適切です。
父親の話題も笑いに変えるトーク力スポニチが紹介した「有吉ゼミ」でのエピソードでは、父親が自身のLINEスタンプを作っていることも明かされました。
大東さんは父親から送られてきたスタンプに対してツッコミを入れ、番組内で笑いを生み出していました。
父親の華やかな格闘技歴だけでなく、親子のやり取りにも大東さんらしいユーモアが表れています。
【2026年最新】大東翔生が東京進出した理由と現在の活動
2026年の大東翔生さんを語るうえで、最も大きな転機となったのが東京進出です。
ダブルヒガシは2026年1月末、同年4月から活動拠点を東京へ移すことを発表しました。
大阪で築いてきた実績を土台に、全国的な知名度を獲得するための新しい挑戦です。
2026年4月から東京へ活動拠点を移転2026年1月29日、ダブルヒガシは自身のYouTubeチャンネル「ダブルヒガシの列伝チャンネル」で東京進出を発表しました。
翌30日には日刊スポーツやテレビ朝日系のニュースでも報じられました。
大東さんはSNSでも、4月から東京へ行くことを報告し、大阪への感謝を伝えています。
また、東京進出前の2026年3月31日には、大阪・なんばグランド花月で単独ライブ「ビッジョーイ!」を開催しました。
12年間活動してきた大阪への区切りとなる公演でもありました。
東京進出の理由は全国的な知名度とM-1決勝への挑戦なぜダブルヒガシは、実績を築いた大阪を離れて東京へ進出したのでしょうか。
この疑問について、2026年7月14日公開のマイナビニュースのインタビューが詳しく伝えています。
東さんによると、東京進出については約2年前からマネージャーも交えて話し合っていたそうです。
当初はM-1グランプリの決勝に進出できたら東京へ行くという考えもあったものの、最終的には2026年春のタイミングで移籍を決断しました。
大東さんも、大阪で十分に仕事をしてきた一方、東京でも知名度を上げなければ、将来的になんばグランド花月の舞台に立ち続けることが難しくなるのではないかという考えを明かしています。
ここで重要なのが、東京進出は大阪での活動がうまくいかなかったための移籍ではないという点です。
むしろ、関西で賞を獲得し、一定の評価を得たからこそ、次の目標として全国的な認知度を求めたと考えられます。
さらに2人は、M-1グランプリ決勝への進出を大きな目標に掲げています。
マイナビニュースのインタビューでは、M-1決勝に進めていないことをコンプレックスとして捉え、東京でさまざまな仕事を経験しながら漫才の力を伸ばしたいという考えも語っています。
東京進出後は渋谷よしもと漫才劇場を中心に活動2026年7月3日、吉本興業はダブルヒガシの上京後初となる単独ライブの開催を発表しました。
ダブルヒガシ単独ライブ「たまちゃん!」
- 開催日:2026年8月7日
- 会場:ルミネtheよしもと
- 開演:19時30分
- 出演:ダブルヒガシ
- 配信チケット:2,000円
吉本興業の2026年7月3日発表
同ライブは、東京進出後初の単独ライブとして開催されました。
吉本興業の発表によると、東京では渋谷よしもと漫才劇場を中心に活動しています。
また、2026年7月のインタビューでは、東京での仕事について、さまざまなメディアへの出演機会があることや、時間を活用してYouTubeの編集にも取り組んでいることが明かされています。
2026年11月現在の主な活動2026年11月現在、ダブルヒガシは東京を拠点に舞台・メディア・配信などの活動を続けています。
吉本興業の公式プロフィールに掲載されている主な番組・コンテンツは次のとおりです。
| 番組・コンテンツ | 内容 |
|---|---|
| MBS「せやねん!」 | テレビ出演 |
| 「はちくちダブルヒガシ」 | ラジオ関西のPodcast |
| 「ダブルヒガシのもうええてRadio」 | stand.fmの配信 |
| 「推してまえ!ダブルヒガシ」 | GAORA、不定期 |
| 「ダブルヒガシの列伝チャンネル」 | YouTube |
東京移籍後も、ラジオやYouTubeなど、舞台以外の活動を続けている点が特徴です。
また、2026年11月11日にはルミネtheよしもとの公演への出演も予定されています。東京の劇場での活動が定着しつつあることが分かります。
東京進出で今後注目したい3つのポイント今後のダブルヒガシを追うなら、次の3点が重要です。
1. M-1グランプリでの決勝進出
2人が明確に目標としているのがM-1決勝です。ABCお笑いグランプリなどで実績を残したコンビが、全国的な漫才の頂点を目指す展開に注目です。
2. 東京のテレビ・メディアへの露出
関西ではすでに知名度を築いていますが、東京ではまだコンビを知らない視聴者もいます。大東さんのトーク力や大喜利、バラエティーでの対応力がどのように生かされるかが見どころです。
3. 大阪で培った漫才スタイルの進化
東京進出によって活動環境が変わっても、ダブルヒガシならではのダブルボケやテンポの良い掛け合いが大きな武器になるはずです。
【大東翔生をもっと知る】よくある質問(FAQ)
Q1:大東翔生の読み方は?
A1:おおひがし・しょういです。お笑いコンビ・ダブルヒガシのメンバーで、ボケとネタ作りを担当しています。
Q2:大東翔生は何歳?出身地はどこ?
A2:1993年1月16日生まれで、2026年11月現在33歳です。出身地は大阪府大阪市です。
Q3:大東翔生の父親は元K-1ファイター?
A3:はい。父親の大東旭さんは元プロボクサーで、日本王座を10回防衛した経歴を持ち、その後K-1ファイターとしても活動しました。
Q4:大東翔生と東良介はいつからコンビ?
A4:高校時代からの同級生で、NSC大阪校36期を経て2014年4月1日にダブルヒガシを結成しました。
Q5:大東翔生はネタ作りを担当している?
A5:はい。ネタの原案や選定を主に担当しています。東良介さんとネタ合わせを重ね、舞台で披露する漫才に仕上げています。
Q6:ダブルヒガシが東京進出したのはいつ?
A6:2026年4月です。全国的な知名度の獲得やM-1グランプリ決勝進出を目指し、大阪から東京へ活動拠点を移しました。
大東翔生さんは、1993年1月16日生まれ、大阪府大阪市出身の芸人です。
NSC大阪校36期を経て、東良介さんと2014年にダブルヒガシを結成。ネタ作りを中心的に担当し、独自の発想力と相方との掛け合いで実力を伸ばしてきました。
2023年には第12回ytv漫才新人賞決定戦と第44回ABCお笑いグランプリで優勝。2024年には第9回上方漫才協会大賞も受賞しています。
そして2026年4月には東京進出を果たしました。
【プロの結論】大東翔生の本当の強みは漫才を進化させる構成力大東さんのキャリアを振り返ると、単に面白いボケを生み出す芸人というだけではないことが分かります。
大学の留年をきっかけに芸人を志し、相方を誘ってNSCに入学。賞レースで結果が出ない時期にも漫才の形を模索し、従来の役割分担にとらわれないダブルボケへと進化させてきました。
その背景には、ネタを作る大東さんと、それを信頼して受け止める東さんの関係があります。
また、東京進出も重要な転換点です。関西で実績を残したからこそ、全国区の知名度やM-1決勝という新しい目標に挑戦できる段階に入りました。
今後、大東翔生さんの活動を追う際には、テレビ出演の数だけでなく、漫才の変化や賞レースでの挑戦、東さんとのコンビネーションにも注目したいところです。
大阪で磨いた笑いを東京でどう進化させるのか。2026年は、大東翔生さんとダブルヒガシにとって新たなキャリアの出発点となる1年です。