原千晶アナウンサーは、1988年12月18日生まれ、福岡県出身です。2026年11月現在37歳。セント・フォースに所属し、テレビ、ラジオ、動画配信など幅広い分野で活動しています。
所属事務所の公式プロフィールに掲載されている基本情報は次のとおりです。
| 項目 | プロフィール |
|---|---|
| 名前 | 原千晶(はら・ちあき) |
| 生年月日 | 1988年12月18日 |
| 年齢 | 37歳(2026年11月現在) |
| 出身地 | 福岡県 |
| 身長 | 161cm |
| 血液型 | O型 |
| 最終学歴 | 福岡大学理学部応用数学科卒業 |
| 所属事務所 | セント・フォース |
| 趣味 | スポーツ観戦、旅行、食べ歩き |
| 特技 | 書道、短距離走 |
| 資格 | 世界遺産検定3級、日本遺産検定3級 |
特に注目したいのは、理系学部出身という点です。
アナウンサーというと文学部や社会学部などの出身者をイメージする人もいますが、原さんは福岡大学理学部応用数学科を卒業しています。
また、大学時代には神社の福娘や宝くじの「幸運の女神」として活動した経験もあります。
こうした人前で話す仕事が、後のアナウンサー志望につながりました。
【原千晶アナウンサーはなぜ6浪した?】医学部を目指した理由と福岡大学への進学

原千晶アナウンサーを語るうえで欠かせないのが、大学受験で経験した6年間の浪人生活です。
単に大学受験に失敗したという話ではありません。医学部への進学を目指し、長い期間にわたって受験勉強を続けたという背景があります。
医学部を志したきっかけは高校3年生の秋2026年2月28日公開のENCOUNTのインタビューで、原さんは医学部を目指した経緯を詳しく語っています。
父親は開業医、母親は歯科医師。医療に携わる両親の姿を見て育ったことも、進路選択に影響したようです。
高校3年生の秋、友人の兄が医学部に合格した話を聞いたことをきっかけに、自ら医学部受験を決意しました。
最初の受験は記念受験に近いものだったものの、浪人生活に入ってからは私立大学医学部を中心に受験を続けました。
6浪目は久留米大学医学部にあと2点届かず特に印象的なのが、最後の受験にまつわるエピソードです。
原さんは6浪目に最も自信があった久留米大学医学部を受験しました。しかし、結果は不合格。
その後、自ら得点開示を請求したところ、合格ラインまでわずか2点だったことが分かったといいます。
あと少しで長年の目標に届いていたという事実は、本人にとっても大きな悔しさを残した出来事でした。
ただし、6浪に入る前から家族で話し合い、6年目を最後にすると決めていました。
そのため医学部への再挑戦は断念し、後期日程で福岡大学理学部数学系の学科を受験。合格後、大学生活をスタートさせます。現在の所属事務所のプロフィールでは、卒業学科は理学部応用数学科と記載されています。
2026年の「踊る!さんま御殿!!」でも6浪時代を告白2026年2月3日放送の日本テレビ系「踊る!さんま御殿!!」では、浪人を経験した有名人の一人として出演しました。
番組では、3浪目に友達を作らず勉強に集中しようと決めたものの、結局合格できなかったというエピソードを披露。
予備校で休憩時間に友人と話すことも勉強の妨げになると考え、誰とも目を合わせず壁を見て過ごしていたそうです。
その結果、受験終了後に同級生から「原さんっていっつも壁見てるよね」と言われたという話は、スタジオの笑いを誘いました。
6浪という数字だけを見ると苦しい受験生活を想像しますが、原さんのエピソードには、目標に向かって努力する姿勢と、失敗を後から笑いに変えられる人柄の両方が表れています。
【原千晶アナウンサーの経歴年表】テレビ山口からセント・フォースへ
原さんのキャリアは、福岡での大学生活からテレビ山口への入社、そして東京でのフリーアナウンサー活動へと展開していきました。
主な転換点を整理すると、次のようになります。
| 時期 | 出来事・活動 | 関連人物・組織 |
|---|---|---|
| 高校卒業後 | 医学部を目指して6年間浪人 | 福岡県内・京都の予備校 |
| 大学時代 | 福岡大学理学部応用数学科に進学・卒業 | 福岡大学 |
| 大学時代 | 福娘、宝くじの幸運の女神などを経験 | 地元メディアなど |
| 2017年4月 | テレビ山口にアナウンサーとして入社 | tys |
| 在局中 | 「ちぐスマ!」サブMC | テレビ山口 |
| 在局中 | 「mix!」MCなどを担当 | テレビ山口 |
| 2023年9月 | テレビ山口を退社 | tys |
| 2023年10月 | セント・フォース所属でフリーに転身 | セント・フォース |
| 2024年4月 | 「ラジオのタマカワ」アシスタントに就任 | 玉川徹、TOKYO FM |
| 2025年11月 | 「THE TIME,」取材中に骨折 | TBS |
| 2026年1~2月 | 番組出演、ロケ業務に順次復帰 | TBS |
| 2026年11月 | 文化放送の特別番組に出演予定 | 文化放送 |
2017年4月、原さんはテレビ山口に入社しました。
在局期間は約6年半。山口県の情報や地域の魅力を伝えるアナウンサーとして、地元の視聴者に親しまれてきました。
代表的な担当番組は次の2つです。
- 「ちぐスマ!」:サブMCを担当。
- 「mix!」:MCを担当。
そのほか、ラジオ番組「耳からウロコナイト」などにも携わっています。
地方局のアナウンサーは、番組出演だけでなく、取材、原稿執筆、ディレクター業務などを担当することもあります。
ENCOUNTのインタビューで原さん自身も、テレビ山口時代の取材や原稿執筆、ディレクター経験を大切な財産として振り返っています。
地方局で幅広い仕事を経験したことが、現在のテレビ・ラジオ双方での活動を支える基礎になっています。
【2026年最新】原千晶アナウンサーの現在の出演番組は?
2026年11月現在、セント・フォースの公式プロフィールには、原さんの主な活動として以下が掲載されています。
1.TBS「THE TIME,」TIMEマーケティング部朝の情報番組「THE TIME,」では、TIMEマーケティング部のメンバーとして活動しています。
番組で注目を集めたのが、学習塾の生徒に向けて受験についてアドバイスする場面でした。
このとき、自身が6浪した経験を明かしたことで、視聴者の間で大きな話題になりました。
安住紳一郎アナウンサーも驚いたというエピソードは、原さんの知名度を高めるきっかけの一つになっています。
2026年1月20日には、骨折後初めて約2カ月ぶりに生出演し、「早朝グルメ」のコーナーを担当しました。
その後もロケに復帰しており、同番組は現在の主要な活動の一つです。
2.TOKYO FM「ラジオのタマカワ」2024年4月からは、TOKYO FMの「ラジオのタマカワ」にアシスタントとして出演しています。
パーソナリティーは、元テレビ朝日社員の玉川徹さんです。
番組ではビジネス、キャリア、マネー、カルチャー、エンタメ、人生相談など幅広いテーマを扱います。
原さんは玉川さんとの掛け合いを通じて、テレビとは異なる一面を見せています。
ENCOUNTのインタビューでは、ラジオは念願だったと語り、声のトーンと言葉だけで情報を届ける難しさとやりがいについても触れていました。
2026年10月29日の第135回放送でも原さんが出演。玉川さんの代演としてガクテンソクの奥田修二さんと番組を進行しました。
このことからも、2026年秋時点で番組への出演が続いていることが分かります。
3.YouTube「ふわり愛」「ふわり愛」は、全国各地の地域や人々との出会いを通して、地方の魅力を紹介する旅・バラエティー番組です。
原さんは出演者として、各地の観光スポットやグルメ、地域の人々との交流を伝えています。
2026年10月の放送内容にも原さんの名前が掲載されており、11月の放送予定にも出演者として記載されています。
番組は複数の地方局で放送されているため、地域によって放送日時が異なります。
4.2026年11月23日には文化放送の特別番組にも出演予定2026年10月20日、文化放送は特別番組「文化放送 就活支援プログラム 原千晶のリケジョのトビラ」の放送を発表しました。
文化放送「原千晶のリケジョのトビラ」
11月23日 13:00~15:00
2026年・放送予定
- パーソナリティー:原千晶
- ゲスト:倉澤陽子(文化放送キャリアパートナーズ キャリア支援部長)ほか
- テーマ:理系女子の就職活動、キャリア形成、企業選び
- Podcast:11月24日から順次配信予定
出典:文化放送公式発表(2026年10月20日)
この番組は、福岡大学理学部応用数学科を卒業した原さんの経歴とも親和性の高い企画です。
単なる進行役ではなく、自身の理系大学出身という背景を生かして、学生の進路やキャリアの悩みに向き合う内容となっています。
テレビのリポーター、ラジオのアシスタント、旅番組の出演者、そして理系女子のキャリアをテーマにした特別番組のパーソナリティー。
2026年の活動を見ると、原さんは仕事の幅を着実に広げています。
【テレビ山口を退社した理由は?】フリー転身の背景と現在の評判
原さんは2023年9月にテレビ山口を退社し、翌10月にセント・フォースに所属しました。
退社の背景については、2026年2月のENCOUNTのインタビューで本人が詳しく説明しています。
退社理由は新しい挑戦への思い意外なのは、原さん自身が当初、テレビ山口で働き続けるつもりだったという点です。
フリーアナウンサーへの転身を最初から計画していたわけではありません。
現在の所属事務所との縁ができたことが転機となり、新しい環境で挑戦することを決意しました。
インタビューでは、そのときの心境を次のように振り返っています。
挑戦しないで後悔するより、挑戦して失敗して後悔した方がいい
この言葉からは、6年間の浪人生活を経て身につけた、失敗を恐れずに前に進む姿勢がうかがえます。
したがって、退社については、職場とのトラブルや人間関係の問題というより、本人が新しい仕事に挑戦する機会を得たことが大きな転機だったと整理できます。
セント・フォース所属後に仕事が広がった理由セント・フォースとの契約後、原さんは東京に活動拠点を移しました。
そして、すぐに「THE TIME,」のレポーターオーディションに合格。2024年4月には「ラジオのタマカワ」のアシスタントにも就任しています。
注目したいのは、地方局で身につけた現場対応力と、フリー転身後の活動領域の広がりです。
地方局時代には地域取材、原稿執筆、番組制作などを経験。その実務経験が、東京での仕事にも生かされていると考えられます。
原千晶アナウンサーの現在の評判は?原さんの評判を考えるうえで、特に目立つのは次の3点です。
1.6浪という経験を隠さず話せる親しみやすさ
2024年1月の「THE TIME,」で6浪を明かした際には、視聴者から驚きや応援の声が寄せられました。
日刊スポーツが紹介した反応には、努力を評価する声や、人柄を好意的に受け止めるコメントがありました。
2.玉川徹さんとの自然な掛け合い
ENCOUNTの取材では、「ラジオのタマカワ」における原さんと玉川さんのやり取りはリスナーから支持されていると紹介されています。
原さん自身も、玉川さんから番組の進行や視聴者・リスナーの目線について学んでいると語っています。
3.挫折を前向きに伝える姿勢
6浪という経歴はインパクトがありますが、原さんの魅力は数字だけではありません。
長期間の受験生活で経験した失敗を、現在は後輩や学生へのメッセージとして伝えています。
本人は浪人経験について、努力した時間や悔しさを乗り越えた精神力は、その後の人生で役立つという考えを示しています。
なお、こうした評価は報道やインタビュー、紹介された視聴者の反応に基づくものです。視聴者全体を対象とした客観的な人気ランキングや満足度調査が公表されているわけではありません。
【原千晶アナウンサーの骨折と復帰時期】2026年は仕事に復帰
2025年11月末、原さんは「THE TIME,」の取材中に左足を負傷しました。
このニュースはTBSの発表を受けて報道各社が伝え、大きな心配を集めました。
2025年11月30日に左脛骨高原骨折TBSの発表によると、原さんが負傷したのは2025年11月30日。
千葉県内にある「SASUKE」のエリアを自作で再現した施設を取材していた際、障害物エリア「クワッドステップス」を体験して負傷しました。
その後の診断は、左脛骨高原骨折(ひだりけいこつこうげんこっせつ)で全治3カ月。
手術は行わず、自然治癒を目指す方針が発表されました。
TBSは負傷について謝罪し、番組の安全管理を徹底する考えも示しています。
2025年12月末には松葉杖での回復状況を報告2025年12月31日、原さんは自身のSNSで骨折後の状況を報告しました。
当初は松葉杖を2本使用していましたが、その後は1本で歩けるようになり、少しずつ復帰に向けて治療を続けていることを伝えました。
また、2026年は健康を第一にしながら、さまざまなことに挑戦したいという意欲も示していました。
2026年1月20日に「THE TIME,」へ生出演2026年1月20日、原さんはTBS「THE TIME,」の人気コーナー「早朝グルメ」に出演しました。
約2カ月ぶりの生出演で、当時はまだリハビリ中。
座ったままでできる仕事を中心に、無理のない範囲で番組に復帰しました。
安住紳一郎アナウンサーとの久しぶりの掛け合いも実現し、番組内で復帰を祝福されました。
2026年2月13~14日にはロケ復帰を報告さらに2月には、約2カ月半ぶりにロケの仕事を再開したことを報告しました。
原さんは、周囲の支えや視聴者からの応援に感謝を伝え、仕事を再開できた喜びを明かしています。
スポニチや日刊スポーツも、このロケ復帰を報道しました。
2026年11月現在の整理
- 2025年11月30日:取材中に負傷
- 2025年12月1日:左脛骨高原骨折、全治3カ月と発表
- 2025年12月31日:松葉杖での回復状況を報告
- 2026年1月20日:「THE TIME,」に生出演
- 2026年2月13~14日:約2カ月半ぶりのロケ復帰を報告
現在の所属事務所プロフィールにも出演情報が掲載されており、仕事に復帰して活動を続けていることが確認できます。
ただし、骨折の医学的な完治日や、その後の詳細な診断内容までは公表されていません。
【原千晶アナウンサーに関するよくある質問(FAQ)】
Q1:原千晶アナウンサーは現在何歳ですか?
A1:1988年12月18日生まれです。2026年11月5日現在は37歳で、2026年12月18日に38歳を迎えます。
Q2:原千晶アナウンサーはなぜ6浪したのですか?
A2:医学部への進学を目指していたためです。高校3年生の秋に医学部受験を決意し、6年間受験勉強を続けました。最後の久留米大学医学部の受験では、合格ラインまであと2点だったと本人が明かしています。
Q3:原千晶アナウンサーの大学はどこですか?
A3:福岡大学理学部応用数学科です。医学部受験を断念した後、後期日程で合格し、卒業しています。
Q4:テレビ山口を退社した理由は何ですか?
A4:所属事務所との縁があり、新しいことに挑戦したいという思いが生まれたためです。2023年9月に退社し、同年10月にセント・フォース所属のフリーアナウンサーになりました。
Q5:原千晶アナウンサーは現在も「ラジオのタマカワ」に出演していますか?
A5:はい。2026年10月のTOKYO FM公式番組情報にも原さんの出演が掲載されています。玉川徹さんとともに番組を進行し、玉川さんの代演回では別の出演者と進行することもあります。
Q6:骨折からいつ復帰しましたか?
A6:2026年1月20日に「THE TIME,」へ生出演し、2月13~14日には約2カ月半ぶりのロケ復帰を報告しています。
原千晶アナウンサーのキャリアを振り返ると、6年間の医学部受験、福岡大学への進学、テレビ山口での約6年半の勤務、そしてセント・フォース所属のフリーアナウンサーへの転身という、いくつもの転換点があります。
2026年現在は、TBS「THE TIME,」、TOKYO FM「ラジオのタマカワ」、YouTube「ふわり愛」などを中心に活動。骨折からも仕事に復帰し、11月23日には文化放送の特別番組「原千晶のリケジョのトビラ」への出演も予定されています。
【プロの結論】
原千晶アナウンサーを評価する際に注目したいのは、6浪という過去そのものよりも、その経験を現在の仕事にどう生かしているかという点です。
地方局で培った取材力、理系大学で学んだ経験、ラジオでのコミュニケーション力、そして受験生活を通じて身につけた精神的な強さ。これらが組み合わさることで、単なる番組進行役にとどまらない活動につながっています。
特に今後は、情報番組やラジオに加え、理系出身という個性を生かした教育・キャリア分野での仕事にも期待が集まります。
遠回りをした経験を強みに変えてきた原さん。2026年後半から2027年にかけて、どのような新しい仕事に挑戦するのかにも注目です。
主な参考資料
- セント・フォース公式プロフィール
- TBS「THE TIME,」関連発表
- TOKYO FM「ラジオのタマカワ」公式番組情報
- 文化放送「原千晶のリケジョのトビラ」放送発表
- ENCOUNT(2026年2月28日、本人インタビュー)
- 日刊スポーツ、スポニチ、デイリースポーツの関連報道
記事基準日:2026年11月5日