2026年、JUDY AND MARY(ジュディ・アンド・マリー)のギタリストとして知られるTAKUYAが、タイ・バンコクに生活拠点を移していたことが明らかになった。2001年のバンド解散から25年。かつて「Over Drive」「クラシック」「くじら12号」などのヒット曲を生み出したギタリストは、現在どのような音楽活動を続けているのだろうか。
2026年2月のリアルサウンドのインタビューや、4月11日公開の文春オンラインのインタビューでは、海外移住の理由、心臓手術を経た生活の変化、YUKIや恩田快人との関係、そして再結成への考えが語られた。加えて、2026年には自身のメジャーデビュー35周年を記念したライブも開催。現在のTAKUYAを知るうえで見逃せない動きが続いている。
【2026年最新】ジュディマリTAKUYAの現在は?タイ・バンコク移住と音楽活動

2026年現在のTAKUYAは、タイ・バンコクを拠点に生活しながら、作曲、音楽制作、ライブ活動を続けている。
かつてのように日本の音楽業界を中心に仕事をするスタイルから、海外で暮らし、自分の時間を確保しながら作品を作るスタイルへと変化した。
2025年秋からバンコクへ移住TAKUYAは2023年から台湾・台北を生活拠点にしていたが、2025年秋ごろからタイのバンコクへ移住した。
2026年2月24日公開のリアルサウンドのインタビューでは、移住を決めた経緯を詳しく説明している。
台湾に約2年半住み、中国語をある程度習得した後、日本へ戻ることも考えていたという。
転機となったのは、2025年3月に友人とタイを訪れたことだった。
久しぶりに訪れたバンコクの街並みが大きく変化していたことに驚き、近代的なビルや住環境にも魅力を感じたという。
本人は、せっかく心臓の治療を終えたのだから、もう一歩新しい世界へ進んでみようと考えたと語っている。
また、海外移住の背景には語学への関心もある。10年以上前から中国語を学んでおり、現在はタイ語の勉強も始めている。
出典:2026年2月24日公開・リアルサウンド本人インタビュー
心臓手術を経て音楽制作を再開TAKUYAの近況を語るうえで、2024年の心臓手術も重要な出来事だ。
2023年12月の健康診断で心臓の異常が見つかり、詳しい検査によって心房細動と診断された。
その後、2024年11月にカテーテルアブレーション手術を受けている。
リアルサウンドのインタビューでは、手術前にはライブ終了後に苦しくなってうずくまることもあり、体調面で厳しい時期を過ごしていたと振り返った。
術後は激しい運動を控え、2025年春ごろからトレーニングを再開。2025年10月には約1年ぶりのライブにも出演した。
ただし、2026年4月の文春オンラインのインタビューでは、不整脈の症状が再び出ていることも明かしている。
そのため、完全に健康上の不安がなくなったわけではない。本人も体調と相談しながら活動を続けている。
新曲制作にも意欲的現在のTAKUYAは、仕事に追われる形ではなく、時間をかけて自分の作品を作ることに重点を置いている。
リアルサウンドのインタビューでは、手術前の約1か月間に50曲ほど制作したことを明かした。
加えて、以前から完成していた未発表曲や、ROBOTS時代に制作した音源も掘り起こし、2025年には現在の自分の声で歌い直していたという。
2026年2月の時点では、新しいアルバムの構想も語っている。ライブで披露した新曲2曲を起点に、さらに6〜8曲を加えて作品にまとめる考えだった。
これは単なる懐古的な活動ではない。過去の楽曲を再利用するだけでなく、現在の自分の声や表現に合わせて音楽を更新しようとしているのだ。
【経歴・プロフィール】TAKUYAはどんなギタリスト?ジュディマリ加入から現在まで
TAKUYA(タクヤ)
- 生年月日:1971年9月9日
- 出身地:京都府京都市
- 職業:ギタリスト、作曲家、音楽プロデューサー
- 主な活動:JUDY AND MARY、ROBOTS、ソロ活動、TAKUYA and the Cloud Collectors+
- ギター以外の活動:ボーカル、作詞・作曲、楽曲提供
TAKUYAは1993年、JUDY AND MARYのギタリストとしてメジャーデビューした。
しかし、彼の音楽キャリアはジュディマリだけで始まったわけではない。1991年にはSKAFUNKでメジャーデビューしており、1990年代初頭から音楽活動を続けていた。
TAKUYAの経歴を年表で整理| 時期 | 主な出来事 | 意味・転換点 |
|---|---|---|
| 1991年 | SKAFUNKでメジャーデビュー | プロの音楽活動を開始 |
| 1993年 | JUDY AND MARYでデビュー | ギタリストとして全国的に認知 |
| 1994年 | 「RADIO」などを制作 | 作曲家として存在感を高める |
| 1995年 | 「Over Drive」がヒット | 作曲家として大きな転機 |
| 1998年 | 東京ドーム公演 | バンドの人気が頂点へ |
| 2001年 | JUDY AND MARY解散 | 新たな音楽活動へ |
| 2002年 | ソロデビュー | 「i love you」を発表 |
| 2012年 | Cloud Collectors始動 | 独自のバンドサウンドを追求 |
| 2023年 | 台湾・台北へ移住 | 海外生活を本格化 |
| 2024年 | 心臓の手術 | 活動と生活を見直す契機 |
| 2025年 | バンコクへ移住 | アジアを拠点とする生活へ |
| 2026年 | 35周年記念ライブなどを開催 | ソロ・バンド活動を継続 |
2026年4月の文春オンラインのインタビューで、TAKUYAはJUDY AND MARYに最後に加入したメンバーだったと振り返っている。
当初はレコード会社の一部から、ギタリストとして特別な期待を受けていたわけではなかったという。
しかし、作曲への意欲は強かった。
1994年の「RADIO」をデモテープ発表会で披露したところ、ディレクターから高い評価を受けた。
TAKUYAはこの経験を通して、自分の楽曲をバンドに提供することへの手応えを得ていった。
解散後も続いたソロ活動と楽曲提供2001年の解散後、TAKUYAは2002年にソロデビューシングル「i love you」を発表。同年にはアルバム『THE WIDE WILD WORLD』もリリースしている。
また、自身のバンドROBOTSでも活動し、藤井フミヤ、猿岩石、Λuciferなどへの楽曲提供やプロデュースも手がけてきた。
2010年には、テレビ朝日系『仮面ライダーW』の主題歌「W-B-X ~W-Boiled Extreme~」で上木彩矢とのユニットに参加。ボーカル、ギター、アレンジを担当した。
こうした実績を見ると、TAKUYAは単に元人気バンドのギタリストというだけではない。作曲家、プロデューサーとしても長く活動してきた人物である。
【ギターテクニック・作曲】Over Driveの誕生と佐久間正英との関係
TAKUYAの代表的な仕事を語る際、外せないのが1995年6月19日に発売された「Over Drive」だ。
この曲はJUDY AND MARYの知名度を大きく押し上げた楽曲であり、TAKUYAの作曲家としての評価を決定づける転機にもなった。
Over Driveはどのように生まれたのか「Over Drive」のクレジットは次のとおり。
- 作詞:YUKI
- 作曲:TAKUYA
- 編曲:JUDY AND MARY
- 発売日:1995年6月19日
文春オンラインの2026年インタビューによると、同曲はCMタイアップのコンペを経て、TAKUYAが作った曲が採用されたものだった。
当時のバンドでは、初期に恩田快人が書きためていた楽曲のストックが少なくなり、忙しさから新曲を制作する時間も不足していた。
その状況でTAKUYAの作曲能力が伸び、バンド後期には彼の楽曲が増えていったという。
本人は「Over Drive」が採用されたことで、自分の人生が大きく変わったと振り返っている。
つまり、この曲のヒットは単なる人気曲の誕生ではなく、バンド内でのTAKUYAの役割が変化した出来事でもあった。
TAKUYAのギターテクニックの特徴TAKUYAのギターは、単純にメロディを支える伴奏にとどまらない。
彼の演奏の特徴として挙げられるのは、次の要素だ。
- 鋭いカッティング: リズムに独特の勢いと切れ味を与える。
- アルペジオ: 楽曲に透明感や立体感を生み出す。
- 変則的なフレーズ: 予想しにくい音の動きで楽曲に個性を加える。
- メロディアスなギターソロ: テクニカルでありながら歌のように印象に残る。
こうした特徴は、TAKUYAの公式プロフィールを掲載した活動紹介資料でも、エッジの効いた音色、激しいカッティング、アルペジオ、トリッキーでメロディアスなフレーズとして紹介されている。
彼のギターがJUDY AND MARYのポップな楽曲にロックの鋭さを加えていたことは、代表曲を聴き比べると理解しやすい。
佐久間正英はTAKUYAにとってどんな存在だった?もう一人、TAKUYAの音楽人生を語るうえで重要なのが、音楽プロデューサーの佐久間正英だ。
佐久間はJUDY AND MARYをはじめ、数多くのアーティストの作品に関わったプロデューサーである。
TAKUYAとの関係は、単なる仕事上のプロデューサーとギタリストという枠を超えていた。
2014年のMusicVoiceのインタビューでは、TAKUYAと佐久間が理想とする音楽を追求するために「TAKUYA and the Cloud Collectors」を結成した経緯が紹介されている。
TAKUYA自身も、佐久間と再び一緒に仕事をしたかったことが結成の大きな理由だったと説明している。
二人が目指したのは、一般的なJ-POPの市場性を優先する音楽ではなく、よりマニアックで自由な音楽だった。
佐久間が亡くなった後も、このプロジェクトはTAKUYAの音楽活動を考えるうえで重要な位置を占めている。
【JUDY AND MARY解散理由】2001年に何が起きた?恩田快人との関係も整理
JUDY AND MARYが解散を発表したのは2001年1月9日。最後の東京ドーム公演は同年3月7日、8日に開催された。
1990年代を代表する人気バンドだっただけに、突然の解散発表は大きな反響を呼んだ。
解散の理由については、メンバー間の対立や音楽性の違いなど、さまざまな見方が長く語られてきた。
しかし、2026年4月のTAKUYA本人のインタビューでは、当時の状況がより具体的に説明されている。
解散を最初に口にしたのは誰だったのか文春オンラインのインタビューでTAKUYAは、恩田快人がバンドを辞めるという話もあったと認めている。
ただし、彼の説明によると、解散を最初に口にしたのは当時の事務所の社長だった。
当時は関係会社から売り上げの話が出るようになり、スタッフも増えていた。バンドを継続するのか、終了するのかを明確にしなければ、スタッフの雇用にも影響する状況だったという。
一方、メンバーの間では、成功した状態でかっこよく解散するという考えが、ファーストアルバムのプリプロダクション合宿の頃から話題になっていた。
そして、いよいよ本格的に解散を話し合う段階になったとき、4人の間で「今、解散したら伝説になれる」という考えが共有された。
この証言から分かるのは、解散が一人のメンバーの感情だけで決まったものではなかったということだ。
恩田快人とTAKUYAは不仲だったのか
恩田快人
JUDY AND MARYのベーシストで、バンドのリーダー。初期の楽曲制作を支えた中心人物でもある。
恩田快人とTAKUYAの関係は、解散をめぐる話題で頻繁に取り上げられる。
恩田は初期のJUDY AND MARYで多くの楽曲を作曲していた。一方、バンドの活動が拡大するにつれ、TAKUYAの作曲による楽曲が増えていった。
この変化がメンバー間の役割や音楽的な方向性に影響を与えた可能性はある。
ただし、TAKUYAの2026年の証言では、恩田の脱退の話があったことと、バンド全体の解散を決めたことは区別して語られている。
また、2019年の週刊女性PRIMEによる五十嵐公太への取材では、TAKUYAと恩田について「何もわだかまりがない」という趣旨の証言が掲載された。
このため、二人の関係を単純に犬猿の仲だったと説明するのは正確ではない。
2001年の解散は失敗だったのかTAKUYAは2026年のインタビューで、JUDY AND MARYの解散について、むしろ良いタイミングだったと振り返っている。
東京ドーム公演は、本人にとっても長年の目標だった。
16歳の頃にBOØWYの解散ライブを東京ドームで観て、いつか自分も同じステージに立ちたいと考えていたという。
その目標をJUDY AND MARYとして実現できたことは、大きな達成だった。
加えて、現在も当時の映像や音楽が古びずに残っていることを、解散したからこその成果として捉えている。
人気が落ちてから解散したのではなく、成功している段階で活動に区切りをつけた。
これが、TAKUYAが2026年に語った解散の意味に近い。
【YUKIとの関係】TAKUYAとYUKIは現在も交流している?
JUDY AND MARYを語るとき、TAKUYAとボーカルのYUKIの関係も気になるところだ。
二人はバンドの代表的な楽曲を生み出してきた創作上のパートナーだった。
YUKIとの出会いはオーディション会場2026年4月11日の文春オンラインのインタビューで、TAKUYAはYUKIとの初対面について語っている。
初めて会ったのはオーディション会場のエレベーターだった。
当初、TAKUYAは男性ボーカルのバンドに憧れていたため、女性ボーカルで成功するイメージを持っていなかったという。
ところが、YUKIと初めて顔を合わせた瞬間、その強い意欲やハングリー精神に驚いた。
自分と同じような野心を持つ人物だと感じ、一緒に活動すれば大きなことができるかもしれないと直感したと振り返っている。
このエピソードからも、二人が音楽活動を始めた当初から強い刺激を与え合う関係だったことが分かる。
現在の二人の交流は?2026年のインタビューでTAKUYAは、YUKIとは東京ドームでの解散コンサート以降、一度も会っていないと説明した。
理由については、自身が作曲やスタジオでの裏方仕事を中心にしていたこと、日本にいる時間が少なかったことなどを挙げている。
つまり、少なくとも本人の2026年の説明では、現在も頻繁に連絡を取り合う関係ではない。
一方、二人の過去の関係については、インターネット上でさまざまな話が取り上げられることもある。
しかし、男女関係に関する噂と、音楽活動を通じて確認できる関係は分けて考える必要がある。
確かな事実として押さえられるのは、YUKIが作詞とボーカルを担い、TAKUYAがギターと作曲を担った重要な音楽上のパートナーだったということだ。
【再結成の可能性】TAKUYA本人は2026年に何と語った?
JUDY AND MARYの再結成を望むファンは少なくない。
しかし、2026年4月11日の文春オンラインのインタビューで、TAKUYAは再結成についてかなり明確な考えを示した。
「再結成なんて『エキシビジョンでOB戦をするんですか』みたいな感覚ですね。」
TAKUYAは、JUDY AND MARYをアスリートの集まりに近いものとして捉えている。
20年前の日本代表チームを再び集めて、同じ目標を目指すよう求めることはしない。それと同じように、かつてのメンバーで再び活動することに違和感があるという考えだ。
再結成が難しいと考える理由TAKUYAが語った内容から、再結成が難しい背景は大きく3つに整理できる。
1. 当時のバンドと現在のメンバーは同じではない
25年という時間が経過し、それぞれが異なる音楽活動や人生を歩んできた。
TAKUYA自身も、JUDY AND MARYは当時のメンバーが全力で活動したからこそ完成した作品だと考えている。
2. 音楽活動に対する現在の考え方が違う
TAKUYAは現在、自分のペースでソロ作品を制作することに力を入れている。
バンド再結成を目的に活動するより、今の自分が作りたい音楽を追求することを重視している。
3. 権利や運営面にも課題がある
TAKUYAはインタビューで、当時の事務所とレコード会社がソニーに集約されていたことや、当時のスタッフの多くが退職していることにも言及した。
古いコンテンツの契約関係を現在の担当者が把握しにくいことも、再結成を進めるうえでの難しさとして挙げている。
再結成に近い動きは過去にあった?TAKUYAは、過去にももいろクローバーZのメンバーなどがJUDY AND MARYの楽曲をカバーした際、YUKI以外のメンバーが集まって演奏したことに触れている。
ただし、これは正式なJUDY AND MARYの再結成とは異なる。
メンバーの一部が集まって演奏することと、オリジナルメンバー4人による正式な再始動は、明確に区別すべきだ。
2026年11月現在、今回確認できる本人インタビューや公式プロフィールには、4人での再結成を発表した情報はない。
【2026年最新ライブ】TAKUYA and the Cloud Collectors+と35周年記念活動
再結成に否定的なTAKUYAだが、現在もライブ活動には積極的に取り組んでいる。
その中心となっているのが、TAKUYA and the Cloud Collectors+だ。
このバンドは2012年のクリスマスごろに始動したプロジェクトを起源としている。
Cloud Collectors+のメンバー2026年のライブ告知で確認できるバンドメンバーは次のとおり。
| メンバー | 担当 |
|---|---|
| TAKUYA | ボーカル・ギター |
| 若菜拓馬 | ギター |
| 伊藤千明 | ベース |
| かどしゅんたろう | ドラム |
| 柴田敏孝 | キーボード |
このバンドの魅力は、JUDY AND MARY時代のヒット曲を再現することだけを目的としていない点にある。
佐久間正英とTAKUYAが目指した、商業性に縛られない音楽への姿勢を引き継ぎ、独自のギターロックを追求している。
2026年の35周年記念ライブはジュディマリの35周年なのか?ここは検索時に誤解されやすいポイントだ。
2026年に開催された35周年記念ライブは、JUDY AND MARYの35周年ではなく、TAKUYAが在籍していたSKAFUNKのメジャーデビューから35周年を記念する活動である。
SKAFUNKには1988年から1992年まで在籍しており、1991年にメジャーデビューしている。
2026年4月には「TAKUYA 初夏のLIVE 2026 Debut 35th Anniversary」が告知され、6月8日・9日に東京・KOENJI HIGHで開催された。
さらに8月25日には、秋の35周年記念ライブも発表された。
2026年秋の記念ライブ
10月13日・14日
2026年/東京・高円寺HIGH
公演名
変拍子だらけの数量限定アルバム、ジャケット新たに再発しますLIVE
出演
TAKUYA and the Cloud Collectors+
特別企画
2019年にライブ会場限定で販売された数量限定アルバムを、ジャケットをリニューアルして会場限定で再発売。
出典:CDジャーナル 2026年8月25日掲載記事
2026年8月28日、TAKUYAは自身のXで足の小指側にある第5中足骨を骨折したと報告した。
9月14日には、骨の位置がずれていたためギプスで固定していることも説明。10月のライブについては、椅子に座って演奏する方向で準備すると伝えていた。
10月13日・14日の公演は出演履歴にも掲載されている。
心臓手術を経て活動を再開した後も、こうした身体的な問題と向き合いながらステージに立っていることが、2026年のTAKUYAの活動を象徴する出来事となった。
【ジュディマリTAKUYAの現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:ジュディマリのTAKUYAは現在どこに住んでいますか?
A1:2025年秋ごろからタイのバンコクに移住しています。2026年のインタビューでも、バンコクを生活拠点としていることを明かしています。
Q2:TAKUYAは現在も音楽活動をしていますか?
A2:はい。ソロ作品の制作やライブ活動を続けています。「TAKUYA and the Cloud Collectors+」として2026年にも35周年記念公演や秋のライブを開催しています。
Q3:JUDY AND MARYの解散理由はTAKUYAと恩田快人の不仲ですか?
A3:単純な不仲だけが理由ではありません。TAKUYAは2026年のインタビューで、事務所側から解散の話が出たこと、運営やスタッフの問題、メンバー間で以前から解散について話していたことなどを説明しています。
Q4:TAKUYAとYUKIは現在も交流していますか?
A4:TAKUYA本人は2026年のインタビューで、東京ドームの解散コンサート以降、YUKIとは会っていないと語っています。
Q5:ジュディマリは再結成しますか?
A5:TAKUYAは2026年4月のインタビューで、再結成には否定的な考えを示しています。少なくとも同年11月現在、正式な再結成発表は確認されていません。
Q6:TAKUYAの代表曲「Over Drive」は誰が作曲しましたか?
A6:TAKUYAです。作詞はYUKI、編曲はJUDY AND MARY。1995年6月19日に発売され、バンドのブレイクを後押ししました。
Q7:TAKUYAの35周年記念ライブはジュディマリの35周年ですか?
A7:違います。2026年の35周年は、TAKUYAが1991年にSKAFUNKでメジャーデビューしてからの節目です。JUDY AND MARYの再結成記念ライブではありません。
2026年のTAKUYAは、JUDY AND MARYの元ギタリストという肩書にとどまらず、海外生活と音楽制作を両立させるアーティストとして活動している。
2025年秋からはタイ・バンコクへ移住。2024年の心臓手術を経て、現在は自分のペースで楽曲制作に取り組んでいる。
JUDY AND MARYの解散についても、本人はメンバーの不仲だけで説明できるものではないと振り返った。YUKIとの関係については、解散ライブ以降会っていないという具体的な証言がある。そして再結成については、本人が否定的な考えを明確に示している。
一方で、2026年にはSKAFUNKでのメジャーデビュー35周年を記念するライブを開催し、「TAKUYA and the Cloud Collectors+」として新しい音楽を届けている。
TAKUYAを理解するうえで大切なのは、JUDY AND MARYの再結成だけを現在の活動の評価軸にしないことだ。
「Over Drive」を生み出した作曲家としての才能、佐久間正英から受け継いだ音楽への姿勢、そして海外を拠点に自分の表現を追求する現在の姿。これらを合わせて見ることで、TAKUYAというミュージシャンの本当の現在地が見えてくる。
今後の注目点は、新しいソロアルバムの具体的な発表と、Cloud Collectors+でのライブ活動だ。ジュディマリ時代の名曲を大切にしながら、TAKUYAがこれからどのような音楽を生み出していくのかに注目したい。
記事の主要参照資料
- ソニーミュージック「JUDY AND MARY」公式プロフィール
- 文春オンライン「元JUDY AND MARY TAKUYAインタビュー」2026年4月11日
- リアルサウンド「心臓病は本当に怖かった、手術を経て台湾からタイへ移住」2026年2月24日
- CDジャーナル「TAKUYA 35周年記念ライブ」2026年4月6日・8月25日
- MusicVoice「元ジュディマリTAKUYA、佐久間氏と目指した音楽とは」
- 日刊スポーツ・テレビ朝日ニュースによる2026年の活動・骨折報道