2026年現在、第71代横綱・鶴竜力三郎は、年寄「音羽山力三郎」として日本相撲協会に所属し、東京都墨田区向島にある音羽山部屋の師匠を務めています。現役時代には幕内優勝6回、技能賞7回を記録し、通算785勝497敗231休という実績を残しました。2021年3月場所で現役を引退した後も、相撲界に残り、現在は力士の育成と部屋の運営に携わっています。
本名はマンガラジャラブ・アナンダ。モンゴル・スフバートル出身で、2014年5月場所に第71代横綱へ昇進しました。引退後の年寄名の変遷、音羽山部屋の設立、現在の役職、そして横綱としての戦績まで、日本相撲協会の公開プロフィールや公式発表を中心に整理します。
【2026年最新】鶴竜力三郎の現在は音羽山部屋の師匠・協会委員

鶴竜は現在、現役力士ではなく、日本相撲協会の年寄として活動しています。日本相撲協会の年寄プロフィールでは、現在の名前は音羽山力三郎(おとわやま・りきさぶろう)。所属部屋は音羽山、役職は委員と掲載されています。
つまり、かつての横綱・鶴竜は、引退後に親方へ転身し、現在は自身の相撲部屋を率いる立場になっています。
現在のプロフィールと役職- 現在の年寄名:音羽山力三郎
- 現役時代の四股名:鶴竜力三郎
- 最高位:第71代横綱
- 所属部屋:音羽山部屋
- 現在の立場:音羽山部屋師匠
- 日本相撲協会での役職:委員
- 生年月日:1985年8月10日
- 2026年11月現在の年齢:41歳
この情報は日本相撲協会の年寄プロフィールと音羽山部屋の紹介ページで確認できます。特に、現在の役職が「委員」と明記されている点は、単に元横綱として相撲界に残っているだけではないことを示しています。
音羽山部屋はどこにある?音羽山部屋は東京都墨田区向島2丁目17番11号にあります。日本相撲協会の公式部屋紹介にも掲載されている相撲部屋です。
部屋の公式サイトでは、師匠である音羽山親方が、伝統を大切にしながら新しい時代の相撲部屋をつくる方針を紹介しています。若い力士の育成や新弟子の募集にも取り組んでおり、現役時代の経験を次世代へ伝える活動が現在の中心です。
【プロフィール】鶴竜の本名・出身地・身長・得意技を詳しく紹介
鶴竜の本名はマンガラジャラブ・アナンダです。モンゴルのスフバートル出身で、1985年8月10日に生まれました。
日本相撲協会の力士プロフィールによると、現役時代の身長は186センチ、体重は154キロ。得意技は右四つ・下手投げでした。
鶴竜の基本プロフィール一覧- 四股名:鶴竜力三郎
- 読み方:かくりゅう・りきさぶろう
- 本名:マンガラジャラブ・アナンダ
- 生年月日:1985年8月10日
- 出身地:モンゴル・スフバートル
- 身長:186センチ
- 体重:154キロ
- 得意技:右四つ・下手投げ
- 最高位:第71代横綱
- 現役引退:2021年3月場所
音羽山部屋の公式サイトに掲載された本人の紹介によると、鶴竜は2001年、体重わずか65キロで故郷のモンゴルを離れ、単身で日本にやって来ました。
現在の186センチ、154キロという体格からは想像しにくい出発点です。日本の相撲界で約20年間にわたって競技生活を続け、最高位である横綱まで上り詰めた背景には、異国での生活への適応と長年の稽古の積み重ねがありました。
右四つ・下手投げを得意とした相撲鶴竜の得意技は右四つと下手投げです。相手との組み合いで有利な体勢をつくり、相手の重心や動きを利用して勝負を決める技術を持っていました。
日本相撲協会のプロフィールに掲載されている決まり手の傾向では、寄り切りが29%、叩き込みが23%、押し出しが13%となっています。得意技として紹介される下手投げだけでなく、寄り切りなどの基本的な決まり手でも勝ち星を重ねていたことが分かります。
【経歴・年表】鶴竜の初土俵から第71代横綱への昇進まで
鶴竜は2001年11月場所に初土俵を踏みました。入門当初の所属は井筒部屋で、その後、師匠だった井筒親方(元関脇・逆鉾)の死去を受けて陸奥部屋へ所属を移しています。
着実に番付を上げ、2005年11月場所で新十両、2006年11月場所で新入幕。2009年5月場所には新三役となり、2012年5月場所で大関に昇進しました。
鶴竜の主要な経歴と転換点| 時期 | 出来事 | 主な内容・実績 |
|---|---|---|
| 2001年11月 | 初土俵 | 井筒部屋から大相撲の世界へ |
| 2005年11月 | 新十両 | 関取への昇進 |
| 2006年11月 | 新入幕 | 幕内力士となる |
| 2009年5月 | 新三役 | 小結・関脇の地位へ進出 |
| 2012年5月 | 大関昇進 | 三役での実績を経て大関へ |
| 2014年3月 | 幕内初優勝 | 春場所で14勝1敗 |
| 2014年5月 | 第71代横綱昇進 | 横綱として初めて土俵に上がる |
| 2019年7月 | 幕内優勝 | 名古屋場所で通算6回目の優勝 |
| 2021年3月 | 現役引退 | 春場所を最後に土俵を去る |
| 2023年12月 | 音羽山襲名・部屋新設承認 | 陸奥部屋から独立 |
| 2024年 | 音羽山部屋の活動 | 墨田区向島を拠点に後進を育成 |
鶴竜のキャリアにおける最大の転換点は2014年春場所です。
同場所では14勝1敗という好成績を残し、大関として初めて幕内優勝を達成しました。加えて、直前の2014年初場所でも14勝1敗を記録しており、優勝決定戦で白鵬に敗れたものの、横綱昇進に向けて十分な実績を積み重ねていました。
2014年3月26日、日本相撲協会は鶴竜の第71代横綱への昇進を正式に決定しました。これによって、鶴竜は横綱白鵬、日馬富士らと並び、最高位で戦う力士となったのです。
横綱昇進時に述べた口上は「一生懸命努力します」。日刊スポーツの当時の報道にも、この昇進伝達式での言葉が記録されています。
【横綱時代の実績】幕内優勝6回・通算785勝の記録を検証
鶴竜の現役時代を数字で振り返ると、横綱としての安定した実力と長い競技生活が見えてきます。
日本相撲協会の公式プロフィールに記載された生涯戦歴は、785勝497敗231休(115場所)。幕内優勝は6回、技能賞は7回です。
鶴竜の主な戦績- 生涯戦歴:785勝497敗231休
- 出場場所数:115場所
- 幕内戦歴:645勝394敗231休
- 幕内在位:85場所
- 幕内優勝:6回
- 技能賞:7回
- 殊勲賞:2回
- 敢闘賞:0回
- 金星:0個
幕内優勝6回は、鶴竜の実績を語るうえで欠かせない数字です。
2014年3月場所の初優勝によって横綱への道を切り開き、その後も優勝を重ねました。最後の幕内優勝は2019年7月の名古屋場所です。
横綱は一度昇進すると、常に高い成績を求められます。大関以下の地位とは異なり、休場や不調に対する注目も厳しくなります。その環境で複数回の優勝を達成したことは、鶴竜の競技能力を評価する重要な材料です。
技能賞7回が示す技術力鶴竜のもう一つの特徴が、技能賞7回という実績です。
三賞のうち技能賞は、相撲の技術や取り口が特に評価された力士に贈られる賞です。優勝回数だけでは見えにくい、相撲の組み立てや技術面での評価を示しています。
右四つや下手投げを得意としながら、寄り切りや叩き込みでも勝利していたことを踏まえると、特定の技だけに頼らない対応力が鶴竜の強みだったと考えられます。
【2021年3月に引退】鶴竜が現役生活に幕を下ろした理由とその後
鶴竜は2021年3月場所を最後に現役を引退しました。日本相撲協会は同年3月24日、引退と年寄「鶴竜」の襲名を承認したと発表しています。
度重なるけがとの戦い引退に至るまでには、けがによる休場が大きく影響していました。
日刊スポーツの2021年3月24日の報道によると、鶴竜は2020年7月場所以降、腰痛などの影響で休場が続いていました。2021年3月場所で再起を目指したものの、場所前に左太ももを負傷し、休場することになりました。
長く横綱として土俵に立ち続けるには、技術だけでなく身体の状態を維持することも必要です。鶴竜の場合、長年にわたるけがとの戦いが現役続行を難しくした要因の一つでした。
引退時点では35歳。横綱としての在位期間は2014年5月から2021年3月までです。
引退後は年寄「鶴竜」として後進を指導引退後の鶴竜は、すぐに相撲界を離れたわけではありません。
まず年寄「鶴竜」を襲名し、陸奥部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたりました。現役時代に培った技術や経験を若い力士に伝える立場へ移ったのです。
その後、2023年12月27日に大きな転機が訪れます。日本相撲協会は、年寄「鶴竜」から年寄「音羽山」への継承・襲名と、陸奥部屋から独立して音羽山部屋を新設することを承認しました。
音羽山力三郎への改名はいつ?2023年12月27日の年寄名跡変更によって、現在の音羽山力三郎という名前になりました。
日本相撲協会の年寄プロフィールには、年寄名履歴として「鶴竜力三郎→音羽山力三郎」と掲載されています。
そのため、2026年現在の正式な親方名を知りたい場合は、「鶴竜親方」だけでなく「音羽山力三郎」という表記を押さえておく必要があります。
【音羽山部屋の現在】師匠として取り組む力士育成と部屋運営
音羽山親方の現在の活動を理解するうえで重要なのが、2023年末に承認された音羽山部屋の新設です。
日本相撲協会の発表では、2023年12月27日に陸奥部屋から独立することが承認されました。音羽山部屋の公式サイトでは、2024年に東京都墨田区向島に部屋を設立したと紹介されています。
音羽山部屋に所属する力士日本相撲協会の公式部屋紹介では、音羽山親方が師匠として掲載されています。所属力士には大関・霧島鐵力、竜鳳和真らの名前が確認できます。
元横綱が自ら部屋を構え、現役力士の育成に取り組んでいる点は、鶴竜の引退後のキャリアを考えるうえで大きな特徴です。
横綱経験を後進に伝えるという役割親方の仕事は、単に稽古を見守ることだけではありません。力士の技術指導、日々の生活管理、番付上昇に向けた育成、部屋の運営など、幅広い役割を担います。
鶴竜は、モンゴルから65キロで来日し、十両、幕内、大関、横綱と段階的に番付を上げた経験を持っています。けがによる休場も経験しており、競技生活の成功だけでなく、苦しい時期の乗り越え方も知る人物です。
こうした経験は、若い力士の指導において一つの強みになります。特に、海外出身力士が日本の相撲部屋で成長する過程を自身で経験していることは、部屋の指導環境を考えるうえでも注目されます。
現役時代の実績をそのまま部屋の強さに置き換えることはできませんが、横綱経験者が師匠として育成に携わることには、技術と経験の継承という大きな意味があります。
【よくある誤解】鶴竜の現在の名前・所属・引退時期を整理
鶴竜について調べると、「鶴竜親方」「音羽山親方」「音羽山力三郎」など複数の名前が出てきます。これは別人ではなく、現役時代から引退後にかけての名称の変化によるものです。
現在も鶴竜という四股名なの?現役時代の四股名は鶴竜力三郎です。引退後は年寄「鶴竜」を襲名し、2023年12月に年寄「音羽山」を継承・襲名しました。現在の親方名は音羽山力三郎です。
現在も陸奥部屋に所属しているの?現在の所属部屋は音羽山部屋です。現役時代の所属は井筒部屋から陸奥部屋へ移り、引退後は陸奥部屋の部屋付き親方として活動しました。その後、2023年12月に独立が承認され、音羽山部屋を設立しています。
鶴竜は2021年に横綱を引退したの?はい。2021年3月場所を最後に現役を引退しました。引退発表は2021年3月24日です。横綱在位は2014年5月から2021年3月までとなります。
【鶴竜力三郎の現在に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:鶴竜力三郎は2026年現在、何をしている?
A1:年寄・音羽山力三郎として日本相撲協会に所属し、音羽山部屋の師匠を務めています。協会の年寄プロフィールでは役職は委員です。
Q2:鶴竜の本名は何?
A2:本名はマンガラジャラブ・アナンダです。モンゴル・スフバートル出身で、1985年8月10日生まれです。
Q3:鶴竜の通算成績と幕内優勝回数は?
A3:生涯戦歴は785勝497敗231休(115場所)です。幕内優勝は6回、技能賞は7回を記録しています。
Q4:鶴竜が横綱に昇進したのはいつ?
A4:2014年3月26日に第71代横綱への昇進が正式決定し、2014年5月場所から横綱として土俵に上がりました。
Q5:鶴竜が引退したのはいつ?
A5:2021年3月場所です。同年3月24日に日本相撲協会が引退と年寄「鶴竜」の襲名を承認しました。
Q6:音羽山親方と鶴竜親方は同じ人物?
A6:同じ人物です。現役時代の四股名が鶴竜で、引退後に年寄「鶴竜」を襲名。その後、2023年12月に年寄「音羽山」を継承しました。
Q7:鶴竜の得意技は何?
A7:右四つ・下手投げです。日本相撲協会の公式プロフィールに記載されています。
鶴竜力三郎は、第71代横綱として2014年5月から2021年3月まで土俵に立ち、幕内優勝6回、技能賞7回、生涯戦歴785勝497敗231休という記録を残しました。
2021年3月場所で現役を引退した後は、陸奥部屋の部屋付き親方を経て、2023年12月に年寄「音羽山」を襲名。同時に音羽山部屋の新設が承認され、現在は東京都墨田区向島を拠点に師匠として後進の指導に取り組んでいます。
2026年現在の正式な親方名は音羽山力三郎。日本相撲協会のプロフィールでは委員として掲載されています。
鶴竜のキャリアを理解する際には、現役時代の「横綱・鶴竜」と、引退後の「音羽山親方」を区別することが大切です。6度の幕内優勝を成し遂げた力士から、次世代の力士を育てる師匠へ。その役割の変化こそが、2026年現在の鶴竜力三郎を知るうえで最も要点です。
主な参照資料: 日本相撲協会の力士プロフィール・歴代横綱プロフィール・年寄プロフィール・音羽山部屋紹介・2023年12月27日付協会発表、音羽山部屋公式サイト、日刊スポーツの引退・昇進報道。