ホーム 芸能人プロフィール・現在 小林旭の妻は誰?美空ひばりとの結婚・離婚、青山京子との再婚と2026年現在

小林旭の妻は誰?美空ひばりとの結婚・離婚、青山京子との再婚と2026年現在

水沢 陽菜 水沢 陽菜 • 更新: • 公開: • 読了約 19 分
目次

2026年現在、俳優・歌手の小林旭さんの妻について調べると、名前が挙がるのは美空ひばりさんと青山京子さんです。小林さんは1962年に美空さんと結婚式を挙げ、1964年に離婚。その後、1967年に元女優の青山京子さんと再婚しました。しかし、長年連れ添った青山さんも2020年1月に84歳で亡くなっています。現在、小林さんに妻はいるのでしょうか。

注目されたのは、2026年5月14日放送のテレビ朝日系『徹子の部屋』です。小林さんは亡き妻・青山さんとの別れや、美空さんとの短い結婚生活について改めて語りました。さらに同年10月にはコンサートを開催し、11月3日に88歳を迎えています。過去の結婚歴、浅丘ルリ子さんとの交際、子供や家族構成まで、報道と本人の回顧をもとに整理します。

【2026年最新】小林旭に現在の妻はいる?青山京子との死別後の暮らし

小林旭妻

最初に結論を整理すると、小林旭さんの最後に確認されている妻は、2020年に亡くなった青山京子さんです。

青山さんは1967年11月21日に小林さんと結婚し、約52年間にわたって夫婦として歩みました。しかし、2020年1月12日午後6時45分、肺がんのため東京都内の病院で84歳で亡くなっています。

日刊スポーツやスポーツニッポンの訃報によると、青山さんは1950~60年代に映画やテレビドラマで活躍した元女優でした。結婚後は芸能界を引退し、家庭から小林さんを支えていました。

2026年現在、小林さんが再婚したという公表情報はありません。そのため、現在の妻がいるとする情報は確認できず、青山さんとの死別後は再婚していないとみるのが妥当です。

2026年5月14日『徹子の部屋』で語った亡き妻への思い

2026年5月14日放送の『徹子の部屋』では、小林さんが青山さんとの別れを振り返りました。

2026年は青山さんの七回忌に当たります。小林さんは、妻の死から時間が過ぎたことについて、寂しさをにじませながら語りました。

番組で明かされたのは、青山さんの病気と最期の様子です。

青山さんは最初に頭部にがんが見つかり、手術を受けました。その後、がんは肺にも転移。さらなる手術を提案されたものの、本人が強く拒否したため、手術は行わなかったと小林さんは説明しています。

最期の日、小林さんは夕方まで病院にいましたが、その後、息子さんと交代して自宅に戻りました。間もなく息子さんから訃報の電話が入り、病院へ駆けつけたといいます。

加えて、息子さんから聞いた青山さんの最期の言葉について、次のように振り返りました。

「幸せな人生だった」

小林さんは、この言葉を聞いて「そういうふうに言ってくれただけ良かったのかな」と話しています。

長年連れ添った妻を亡くした後も、その思い出を大切にしている様子が伝わるエピソードです。

2025年1月6日放送の同番組でも、青山さんが病気の苦しさを夫にあまり伝えなかったことや、夫を気遣い続けた様子を語っていました。

2026年の出演は、単なる過去の結婚生活の回顧ではなく、長年連れ添った伴侶との別れを改めて振り返る機会になりました。

【小林旭の歴代妻と女性関係】美空ひばり・青山京子・浅丘ルリ子との関係

小林旭さんの女性関係を理解するには、結婚した相手と、結婚には至らなかった交際相手を分けて考える必要があります。

広く知られているのは、美空ひばりさんとの結婚、その前の浅丘ルリ子さんとの交際、そして青山京子さんとの再婚です。

小林旭の結婚歴・女性関係を時系列で整理
時期 人物・出来事 関係と確認できる内容
20歳前後 浅丘ルリ子 交際していたことを浅丘本人が回顧。結婚には至らなかった
1961~1962年ごろ 美空ひばり 雑誌の人気投票をきっかけに対談し、親交を深める
1962年11月5日 美空ひばり 東京・日比谷の旧日活国際会館で結婚披露宴
1964年6月25日 美空ひばり 離婚を発表
1966年8月 青山京子 芸能人ボウリング大会で出会う
1967年11月21日 青山京子 再婚。青山さんは芸能界を引退
2020年1月12日 青山京子 肺がんのため84歳で死去
2026年5月14日 小林旭 『徹子の部屋』で2人の妻との思い出を語る

この年表で重要なのは、浅丘ルリ子さんは結婚相手ではなく、過去に交際していた女性だという点です。

浅丘ルリ子とは結婚寸前だった?

小林さんと浅丘さんは、若い頃に交際していました。

2015年の女性自身のインタビューで、浅丘さん本人が当時の関係について振り返っています。

浅丘さんによれば、小林さんは父親に結婚を申し込んだことがありました。しかし、父親からは、女優としてこれから活動していかなければならないため、今は結婚させられないという趣旨の返答があったといいます。

その後、2人は次第に疎遠になりました。

浅丘さんは、小林さんの撮影現場に美空ひばりさんが姿を見せるようになり、やがて結婚に至った経緯についても語っています。

つまり、浅丘さんとの関係は単なる共演者や仕事仲間ではなく、結婚の申し込みまであった交際だったのです。

ただし、浅丘さんとの結婚が正式に決まっていたわけではありません。結婚に至らなかった理由として本人が語っているのは、当時の父親の判断と女優活動の事情です。

【美空ひばりと小林旭の結婚理由】出会いから1962年の結婚まで

さんと美空ひばりさんの結婚は、昭和の芸能史に残る大きな出来事でした。

当時、小林さんは日活の看板スターとして人気を集め、美空さんは歌謡界を代表する国民的歌手でした。

2人の結婚は、単に有名人同士が結ばれたというだけではありません。それぞれが異なる分野でトップスターとして活躍していたため、世間から大きな注目を浴びました。

出会いは雑誌『明星』の対談企画

2026年5月14日の『徹子の部屋』で、小林さんは美空さんとの出会いを改めて説明しました。

きっかけは、1961~1962年ごろの雑誌の人気投票でした。

男女それぞれの人気投票で1位になった人物同士が対談するという企画があり、小林さんと美空さんが顔を合わせることになったのです。

小林さんは、対談の際に美空さんから恋人がいるのかと尋ねられたことを回顧しています。

実際には、当時は浅丘ルリ子さんと親しくしていた時期でした。しかし、小林さんはその場で恋人はいないという趣旨の返答をしたと語っています。

その後、美空さんから食事に誘われる機会が増え、2人の距離は縮まっていきました。

1962年11月5日に結婚披露宴

2人が結婚式を挙げたのは、1962年11月5日です。

場所は東京・日比谷の旧日活国際会館でした。

当時24歳だった小林さんと25歳だった美空さんの結婚は、戦後の芸能界を代表する大型カップルの誕生として報じられました。

文藝春秋の2023年掲載の小林さんの回顧録によると、披露宴には片岡千恵蔵さん、鶴田浩二さん、中村錦之助さんら多くの著名人が出席しました。

当時の2人は、映画界と歌謡界をそれぞれ代表する存在でした。

2026年に明かした美空ひばりの妻としての一面

2026年5月14日の『徹子の部屋』で、小林さんは短かった結婚生活についても語っています。

美空さんは仕事の時間以外には、家庭で料理を作ろうと努力していたそうです。

小林さんは、そうした姿を懐かしみ、感謝の気持ちを口にしました。

また、歌のレッスンや芝居の仕事に集中しているときには、家庭にいるときとは違う一面があったと振り返っています。

美空さんは家庭を大切にしようとする一方で、芸能界の第一線で活動し続けるスターでもありました。

この二つの顔を持っていたことが、2人の結婚生活を考えるうえで重要な背景になっています。

【小林旭と美空ひばりの離婚理由】わずか約1年半で別れた背景

1962年に結婚した小林さんと美空さんですが、結婚生活は長く続きませんでした。

1964年6月25日、2人は離婚を発表しています。

離婚までの期間は約1年半です。

ただし、離婚の背景を単純な不仲や浮気だけで説明することはできません。小林さん自身が後年の回顧録で語った内容からは、家庭観、仕事、周囲の人間関係など、複数の事情が浮かび上がります。

美空ひばりは家庭と芸能活動を両立しようとしていた

2023年の文藝春秋掲載の回顧録では、小林さんが結婚当時の美空さんについて詳しく振り返っています。

美空さんは結婚後、割烹着を着て台所に立ち、献立を考えて料理を作ることもあったとされています。

一方で、歌手としての活動は極めて多忙でした。

歌や芝居の仕事に向き合うときは、家庭にいるときとは異なる集中力を発揮していたと小林さんは回顧しています。

芸能界での活動を続けながら、一般的な夫婦生活を送ることには難しさがあったと考えられます。

母親との関係や夫婦の価値観の違い

文藝春秋の記事では、小林さんの回顧として、美空さんの母・喜美枝さんの影響が大きかったことも紹介されています。

小林さんは、美空さんの考えや生活に母親の意向が強く反映されていたと振り返っています。

加えて、小林さん自身の当時の家庭観と、美空さんが芸能人として生きていくうえでの考え方との間にも隔たりがあったようです。

夫婦だけで生活を築くことが難しく、周囲の関係者も含めた環境が結婚生活に影響していました。

離婚の決定的な背景は芸能人としての生き方

小林さんの回顧録では、離婚に至る際の印象的な出来事も紹介されています。

美空さんの興行を支えていた関係者から、彼女は一人の男性だけのものではなく、日本の人々に返すべき存在だという趣旨の話をされたといいます。

つまり、夫婦としての生活を優先することよりも、国民的スターとして活動する美空さんの人生を尊重する方向に話が進んだということです。

同回顧録では、1964年6月25日に離婚が発表されたことも記されています。

ここで押さえておきたいのは、離婚は単一の理由だけで説明できるものではなく、仕事への責任、家族関係、夫婦の価値観が複雑に重なっていたという点です。

なお、美空さんは1989年6月24日に52歳で亡くなっています。小林さんとの結婚は短期間でしたが、2026年のテレビ出演でも思い出が語られるほど、昭和芸能史に残る大きな出来事でした。

【青山京子との馴れ初めと再婚】52年間支え続けた妻の素顔

美空ひばりさんとの離婚後、小林さんが新たな伴侶として選んだのが、女優として活躍していた青山京子さんです。

青山さんとの結婚は1967年。2人はその後、約52年間にわたり夫婦として生活しました。

出会いは1966年の芸能人ボウリング大会

日刊スポーツの報道によると、2人の出会いは1966年8月に開催された芸能人ボウリング大会でした。

その後、お互いのパーティーに出席するなどして交流を深め、交際に発展しました。

そして、1967年11月21日に結婚。

披露宴には石原裕次郎さん、吉永小百合さん、浜田光夫さんら映画界を代表するスターが出席し、約300人が集まったと報じられています。

小林さんは当時、青山さんについて、自分にとって最高の妻になる女性だと信じているという趣旨の言葉を残していました。

青山京子はどんな女優だった?

青山京子さんは東京都出身で、1952年公開の映画『思春期』で女優デビューしました。

1954年公開の映画『潮騒』ではヒロインを演じ、清純派女優として人気を集めました。

その後も映画やテレビドラマで活動し、出演した映画・ドラマは約70本に上ると報じられています。

30歳を過ぎてからは時代劇にも活動の幅を広げ、勝新太郎さんらとも共演しました。

しかし、1967年に小林さんと結婚すると芸能界を引退。以降は家庭から夫を支える生活を選びました。

事業の失敗も支えた青山京子

青山さんの夫婦生活を語るうえで外せないのが、小林さんの事業上の苦労です。

スポーツニッポンの2020年の訃報記事では、小林さんが事業に失敗した際、青山さんが自宅を抵当に入れて金銭面を支えたというエピソードが紹介されています。

青山さんは表舞台に出ることなく、夫の仕事を陰から支え続けました。

女優としてキャリアを積んでいた女性が、結婚を機に芸能界を引退し、家庭を中心に生活するようになったことも、2人の夫婦関係を特徴づけています。

小林さんが2026年の『徹子の部屋』で亡き妻への感謝や最期の思い出を語った背景には、こうした長年の支えがありました。

2020年1月12日、84歳で死去

青山さんは2020年1月12日、肺がんのため84歳で亡くなりました。

報道によると、晩年は病気と向き合いながら入退院を繰り返していました。

2025年1月の『徹子の部屋』では、小林さんが妻の病気に気づいた頃の様子を回顧しています。

体調が悪そうな様子が続いていたにもかかわらず、青山さんは夫に心配をかけまいとして、大丈夫だと答えていたそうです。

小林さんは、もっと率直に体調を伝えてくれていれば、できることがあったのではないかという思いも語っていました。

長年連れ添った夫婦だからこそ、相手を気遣う気持ちが強かったことがうかがえます。

【小林旭の子供と家族構成】息子と娘は何人?2026年の活動も紹介

小林旭さんと青山京子さんの間には、1男1女の2人の子供がいます。

日刊スポーツの結婚・訃報関連の記事でも、長男と長女を授かったことが報じられています。

小林旭と青山京子の家族構成
家族 人物・関係 公表されている情報
父親 小林旭 俳優・歌手
母親 青山京子 元女優。2020年に84歳で死去
長男 息子 母親の最期に立ち会い、父親にも最期の言葉を伝えた
長女 娘 1男1女のうちの長女。詳細な私生活は公表情報が限られる

子供たちは芸能活動を中心に報じられているわけではなく、家族のプライベートについて詳しい情報は限られています。

息子が母親の最期を見届けた

2026年5月14日の『徹子の部屋』で小林さんが語ったのが、青山さんの最期の場面です。

小林さんは夕方まで病院にいましたが、その後、息子さんと交代しました。

その後、息子さんから母親が亡くなったという電話があり、小林さんは病院へ駆けつけたものの、すでに間に合わなかったといいます。

息子さんから聞いた母親の最後の言葉は、幸せな人生だったというものでした。

このエピソードからは、青山さんが夫婦生活や家族との時間を大切にしていたことが伝わります。

2026年、小林旭は88歳で現役を続ける

小林さんは2026年11月3日に88歳を迎えました。

同年は日活デビュー70周年にも当たり、歌手としての活動も続けています。

日テレNEWS NNNが2026年10月9日に報じたところによると、小林さんは前日の10月8日に都内でコンサートを開催しました。

加えて、2026年3月から2027年11月まで、88歳を記念した全国88か所に関連するイベントを展開しています。

代表曲には「昔の名前で出ています」「熱き心に」などがあり、俳優としてだけでなく歌手としても長く支持されています。

妻との死別という大きな出来事を経験した後も、舞台に立ち続ける姿は、現在の小林さんを理解するうえで欠かせない要素です。

【小林旭の妻に関するよくある質問(FAQ)】

Q1:小林旭の現在の妻は誰ですか?

A1:最後に確認されている妻は、元女優の青山京子さんです。青山さんは2020年1月12日に84歳で亡くなりました。2026年11月現在、新たな再婚の公表情報はありません。

Q2:小林旭は美空ひばりと結婚していたのですか?

A2:はい。1962年11月5日に結婚式を挙げ、1964年6月に離婚しました。結婚生活は約1年半でした。

Q3:小林旭と青山京子の子供は何人ですか?

A3:1男1女の2人です。長男と長女がいます。

Q4:小林旭と浅丘ルリ子は結婚していたのですか?

A4:結婚していません。浅丘さん本人が過去の交際を認めており、小林さんから父親に結婚を申し込まれたことも明かしています。

Q5:青山京子の死因は何ですか?

A5:肺がんです。2020年1月12日に84歳で亡くなりました。

Q6:2026年の『徹子の部屋』で小林旭は何を語りましたか?

A6:2026年5月14日の放送で、美空ひばりさんとの結婚生活や、2020年に亡くなった青山京子さんの闘病と最期について語りました。

小林旭さんの結婚歴を振り返ると、美空ひばりさんとの結婚、離婚、そして青山京子さんとの再婚という大きな転機がありました。

それぞれの関係を整理すると、次のようになります。

- 浅丘ルリ子さん: 若い頃の交際相手。結婚には至らなかった。
- 美空ひばりさん: 1962年に結婚式を挙げ、1964年に離婚。
- 青山京子さん: 1967年に再婚。1男1女をもうけ、2020年に84歳で死去。

2026年現在、小林さんに新しい妻がいるという公表情報はありません。青山さんとの死別後も、2026年5月の『徹子の部屋』では妻との思い出を語り、88歳を迎えた現在もコンサートなどで活動を続けています。

小林旭さんの結婚歴を理解するうえで大切なのは、短期間で終わった美空ひばりさんとの結婚と、約52年間にわたって続いた青山京子さんとの結婚を混同しないことです。

華やかな芸能界で生きたスター同士の結婚と、長年家庭から夫を支えた妻との人生。その両方が、小林旭さんの歩んできた人生を形づくっています。

同じカテゴリの記事

水沢 陽菜

美容・健康カテゴリを担当。引用元の研究・公的機関の資料を確認したうえで、誰にでも読める形に整えます。

おすすめの関連記事