1980年代のお笑い界を彩った人気トリオ「コント赤信号」。渡辺正行、ラサール石井、小宮孝泰の3人が繰り広げた暴走族コントは、当時のテレビ視聴者に強烈な印象を残した。『花王名人劇場』でのテレビデビューや『オレたちひょうきん族』への出演を経て、人気お笑いグループとして知られるようになった彼らだが、2026年現在はどのような活動をしているのだろうか。
結論からいえば、コント赤信号が正式に解散したとする公表情報は確認できない。2023年には3人そろって赤信号劇団の28年ぶりとなる演劇公演『誤餐』に出演している。一方、現在の活動はそれぞれ異なる方向へ広がっており、渡辺正行は司会や若手芸人の育成、ラサール石井は参議院議員としての政治活動、小宮孝泰は俳優や落語家としての活動を続けている。
【結成秘話】コント赤信号は1977年に誕生!3人が出会ったきっかけ

コント赤信号の歴史は、1970年代後半の学生演劇や小劇場の文化と深く結びついている。
明治大学の落語研究会とテアトル・エコーが出会いの場渡辺正行と小宮孝泰は、明治大学の落語研究会で知り合った同世代の仲間だった。2人は大学生活のなかでコントを演じるようになり、やがて本格的に演劇の世界を志す。
その過程で接点が生まれたのが、喜劇を中心とする劇団テアトル・エコーの養成所だった。そこで出会ったのが、早稲田大学に在籍していたラサール石井である。
ラサール石井はもともとお笑いへの関心が強く、渡辺と小宮が取り組んでいたコントに自ら加わることを希望した。こうして3人の組み合わせが成立し、1977年にコント赤信号を結成。同年からトリオとしての活動を始めた。
チケットぴあのグループ紹介によると、3人が初めて「コント赤信号」の名前を名乗ったのは、国立音楽大学の学園祭で司会とコントを担当した際だったという。グループ名を考えたのは渡辺正行だった。
ストリップ劇場で身につけた実践的なコント技術結成後の3人がすぐにテレビで活躍できたわけではない。コント赤信号は、渋谷道頓堀劇場というストリップ劇場で舞台経験を積み、コメディアンの杉兵助に師事した。
当時のストリップ劇場では、幕間に芸人がコントや漫談を披露する文化があった。限られた時間で観客を笑わせる必要があり、反応を見ながら演技を調整する実践的な修業の場でもあった。
後年のインタビューで小宮孝泰は、当時の劇場での経験について振り返っている。3人は舞台での経験を積み重ねながら、テレビで通用する芸を磨いていった。
この下積み時代が、後の暴走族コントに代表されるテンポのよい掛け合いや、3人の役割分担につながっていく。
【80年代の全盛期】暴走族コントとオレたちひょうきん族で大ブレイク
コント赤信号の名前が広く知られるようになった最大のきっかけは、1980年のテレビ進出だった。
解散を考えていた時期に生まれた暴走族コント意外なことに、テレビデビューにつながったネタが生まれたのは、グループの将来が見えず、渡辺正行が解散を考えていた時期だった。
2023年の日刊スポーツのインタビューで、渡辺は当時の状況を明かしている。ライブに出演するために新しく作ったのが、渡辺自身が暴走族の兄貴役となって登場する暴走族コントだった。
このネタがライブで好評を得たことで、フジテレビ系の演芸番組『花王名人劇場』への出演が決定。1980年、コント赤信号はテレビデビューを果たした。
このエピソードで注目したいのは、解散を考えていたことと、実際に解散したことはまったく別だという点だ。むしろ、グループの存続が揺らいでいた時期に生まれた一本のネタが、その後の人気を切り開いたのである。
『オレたちひょうきん族』への出演で全国区に1980年のテレビ進出後、コント赤信号は出演番組を増やしていく。
1982年からは、フジテレビ系の人気バラエティ番組『オレたちひょうきん族』にレギュラー出演。明石家さんまやビートたけしら、当時のお笑い界を代表する出演者たちと同じ番組で活躍するようになった。
さらに『笑ってる場合ですよ!』などにも出演し、テレビでの存在感を強めていった。テレビ朝日POSTが2023年に紹介した当時の回顧記事では、全盛期には3人のレギュラー番組が10本以上あったとも伝えられている。
なぜ暴走族コントは人気を集めたのか当時の暴走族コントの魅力は、若者文化を誇張したキャラクターと、3人の掛け合いのわかりやすさにあった。
渡辺が兄貴分として場を仕切り、ラサール石井と小宮孝泰がそれぞれの個性を生かして応じる。強気な態度や大げさな言動を笑いに変える構成は、短時間でも伝わりやすく、テレビのバラエティ番組との相性がよかった。
また、当時は漫才ブームによってお笑い番組への関心が高まっていた時代でもある。コント赤信号は漫才とは異なる芝居仕立ての笑いで存在感を示し、1980年代のお笑いを代表するグループの一つになった。
【年表・人物相関】コント赤信号の結成から2026年までの歩み
3人の歩みを理解するには、トリオとしての活動と、それぞれの個人キャリアを分けて見ることが大切だ。主な出来事を時系列と人物の関係から整理した。
| 時期 | 人物・出来事 | 主な内容と意味 |
|---|---|---|
| 1977年 | 渡辺正行・ラサール石井・小宮孝泰 | 3人でコント赤信号を結成。コント活動を開始。 |
| 1978年 | コント赤信号 | 渋谷道頓堀劇場で杉兵助に師事し、舞台で修業。 |
| 1980年 | コント赤信号 | 『花王名人劇場』に出演しテレビデビュー。 |
| 1982年 | コント赤信号 | 『オレたちひょうきん族』のレギュラー出演で知名度を拡大。 |
| 1984年 | 赤信号劇団 | 演劇に特化した劇団を旗揚げ。第1回公演『マゼラン・ブルー』。 |
| 1995年 | 赤信号劇団 | 第14回公演『イメルダ』を上演。その後、長期間の公演休止へ。 |
| 2023年 | 渡辺・ラサール・小宮 | 赤信号劇団第15回公演『誤餐』で28年ぶりに3人が舞台共演。 |
| 2025~2026年 | 3人それぞれの活動 | 渡辺は司会・後進育成、ラサールは国政、小宮は俳優・落語活動を展開。 |
この年表から分かるのは、コント赤信号がテレビのお笑いトリオとしてだけでなく、演劇集団としての活動も続けてきたことだ。
特に1984年に始まった赤信号劇団は、コントとは異なる舞台作品に挑戦するために立ち上げられた。第1回公演は鴻上尚史作『マゼラン・ブルー』。1995年の第14回公演『イメルダ』では三谷幸喜が作を担当し、渡辺えりが演出を務めた。
3人には、テレビで人気を得た芸人という顔だけでなく、芝居を続けたいという共通の志もあったのである。
【解散説の真相】コント赤信号は本当に解散したのか?
検索エンジンで「コント赤信号」と入力すると、「解散」「現在」「メンバー」といった関連語が表示されることがある。3人が同じ番組にそろって出演する機会が少なくなったことも、解散説が生まれる背景と考えられる。
しかし、実際の公演履歴を見ると、正式に解散したと判断できる材料は見当たらない。
2023年に28年ぶりの赤信号劇団公演を実施大きな根拠となるのが、2023年3月に上演された赤信号劇団第15回公演『誤餐(ごさん)』だ。
公演は3月25日から4月2日まで、東京・下北沢のザ・スズナリで開催された。出演者には渡辺正行、ラサール石井、小宮孝泰の3人が名を連ね、室井滋、那須凜、岩男海史、若狭勝也らも参加した。
これは1995年の第14回公演以来、実に28年ぶりの赤信号劇団による新作演劇だった。3人が再び同じ舞台に立ったことは、グループのつながりが続いていることを示す重要な出来事である。
「解散」ではなく、それぞれの仕事を優先する関係2023年の公演発表資料では、コント赤信号の活動状況について「現在はつかず離れず活動中」と紹介されていた。
この表現が、現在の3人の関係を理解するうえで参考になる。
全盛期のように毎週テレビで一緒にコントを披露するスタイルではなくなったものの、それぞれが個人の仕事を持ちながら、必要な場面でグループとして集まる関係が続いている。
したがって、次のように整理するのが適切だ。
- 正式な解散発表:確認できない。
- 3人の共演実績:2023年の赤信号劇団『誤餐』で確認できる。
- 2026年のグループ活動:個人活動が中心で、3人そろった新たなコント公演は確認できない。
つまり、テレビで見かけなくなったことと、グループが解散したことを同一視するのは正確ではない。現在は全盛期とは異なる活動形態になっていると捉えるべきだろう。
【2026年現在】渡辺正行・ラサール石井・小宮孝泰の活動を徹底比較
2026年11月4日時点で、3人はそれぞれ異なる分野で活動している。年齢やキャリアの変化だけでなく、現在の仕事の中心にも大きな違いがある。
渡辺正行:司会者として活躍し、若手芸人の育成にも力を注ぐ渡辺正行は1956年1月24日生まれ、2026年11月現在70歳。コント赤信号ではリーダーとして親しまれ、テレビ進出後は司会者としても大きな実績を築いてきた。
代表的な仕事として知られるのが、『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』などの司会業だ。コントで培った進行力や瞬発力を生かし、バラエティ番組の司会者として長く活動している。
2026年も所属先のホリプロコムの出演情報には、テレビ東京『昼めし旅』、NHK『NHK新人お笑い大賞2026』、テレビ東京『よじごじDays』などの出演が掲載されている。
渡辺のもう一つの大きな仕事が、若手芸人の育成だ。1986年1月に始めた「ラ・ママ新人コント大会」は、2026年に40周年を迎えた。
このライブからはウッチャンナンチャン、ダチョウ倶楽部、爆笑問題、くりぃむしちゅーなど、多くの人気芸人が世に出ている。2026年3月の日刊スポーツの取材記事でも、渡辺が主催する同大会の現場が紹介された。
また、剣道にも熱心に取り組んでおり、2026年2月には剣道七段に昇段したことが剣道関連メディアのインタビューで紹介されている。
かつての人気コメディアンから、現在はテレビ出演と若手育成の両方を担う存在へ。渡辺正行の活動は、コント赤信号が残したものを次の世代につなぐ仕事にも広がっている。
ラサール石井:俳優・声優から参議院議員へ、新しいキャリアを築くラサール石井は1955年10月19日生まれ、2026年11月現在71歳。コント赤信号のメンバーとして人気を得た後、俳優、声優、演出家、タレントなど幅広い分野で活動してきた。
特に若い世代にも知られている代表的な仕事が、テレビアニメ『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の主人公・両津勘吉役だ。1996年から放送された同作品で、長く親しまれるキャラクターを演じた。
舞台演出家としても実績があり、ミュージカル『HEADS UP!』では読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞している。
そして2025年、ラサール石井は大きな転機を迎えた。第27回参議院議員通常選挙で社会民主党の比例代表候補として出馬し、初当選を果たしたのである。
2026年4月30日には、社民党の新執行部で幹事長、国会対策委員長、選挙対策委員長に選出された。参議院の公式議員情報でも、2026年11月3日現在、財政金融委員会やデジタル社会の形成及びAI活用等に関する特別委員会などでの役職が掲載されている。
かつてテレビで笑いを届けていた芸人が、現在は国会で政策や社会問題に向き合っている。3人のなかでも、最も大きく活動領域が変化した人物といえる。
小宮孝泰:俳優・舞台人・落語家として独自の道を歩む小宮孝泰は1956年3月11日生まれ、2026年11月現在70歳。コント赤信号の活動と並行して俳優としての仕事を広げ、現在は舞台、映画、テレビドラマ、落語などを中心に活動している。
1990年代以降は俳優としての存在感を強め、映画やドラマにも出演。テレビ朝日系『相棒』などの作品でも知られている。
2004年には文化庁文化交流使としてロンドンに演劇留学し、英語による一人芝居にも挑戦した。単にテレビで知られるコメディアンにとどまらず、演劇そのものに向き合い続けてきた人物だ。
2026年には、小宮孝泰プロデュースの第10回公演『知らぬが仏、見ぬは極楽』を4月28日から5月3日まで東京・小劇場楽園で上演。自身のプロデュース活動も継続している。
加えて、2026年8月31日には著書『役者の落語はお父さんのカレー』を刊行した。国立国会図書館の書誌情報にも登録されており、304ページにわたって役者としての視点から落語を語る内容となっている。
役者が落語を演じることの面白さや、落語と芝居の関係を掘り下げるなど、小宮らしい活動が現在も続いている。
2026年11月には、演劇ユニット「星屑の会」の『星屑の町~忘却篇』にも出演。11月8日から12日にかけて北海道各地での公演が予定されている。これはコント赤信号の公演ではなく、別の演劇ユニットでの活動である。
【2026年最新】コント赤信号の活動状況と近年の公演
2026年の活動を整理すると、コント赤信号として3人が定期的にコントを披露する形よりも、それぞれの得意分野を生かした仕事が中心になっている。
3人そろった直近の大きな舞台は2023年の『誤餐』2023年の赤信号劇団第15回公演『誤餐』は、グループの歴史を振り返るうえで重要な舞台だった。
28年ぶりの劇団公演ということもあり、往年のファンにとっては3人が再び舞台にそろった貴重な機会となった。コントではなく演劇作品だった点も特徴である。
2026年11月4日時点で確認できる公演情報では、その後の3人そろった新作コント公演は確認できない。一方で、個々の出演や舞台活動は継続している。
2026年の3人の主な活動- 渡辺正行:テレビ出演、番組司会、ラ・ママ新人コント大会の主催。後進の芸人を育てる活動も継続。
- ラサール石井:参議院議員として国会活動。社民党の幹事長など党運営の要職も担当。
- 小宮孝泰:舞台公演、俳優業、落語会、個人プロデュース公演、著書の刊行。
ここで注意したいのが、3人の名前が同じ舞台作品に登場する場合でも、必ずしもコント赤信号としての活動とは限らないことだ。
例えば小宮が出演する「星屑の町~忘却篇」は、ラサール石井や小宮孝泰らが関わってきた演劇ユニット「星屑の会」の作品であり、コント赤信号の再結成公演ではない。
一方、渡辺正行が続けているラ・ママ新人コント大会も、コント赤信号の新作コントとは別の活動だ。こちらは若手芸人に出演機会を提供するライブとして、長年続いている。
こうした違いを理解すると、2026年のコント赤信号の現状がより明確になる。グループとしての定期的な活動は少なくなったものの、3人の芸能活動そのものが止まったわけではない。
【コント赤信号の現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:コント赤信号は解散したのですか?
A1:正式な解散発表は確認できません。2023年3月には渡辺正行、ラサール石井、小宮孝泰の3人が赤信号劇団の『誤餐』に出演しています。現在はそれぞれの個人活動が中心です。
Q2:コント赤信号のメンバーは誰ですか?
A2:渡辺正行、ラサール石井、小宮孝泰の3人です。渡辺がリーダーとして知られ、3人とも俳優やタレントとして幅広い活動をしてきました。
Q3:コント赤信号はいつ結成され、いつテレビデビューしましたか?
A3:1977年に結成され、1980年にフジテレビ系『花王名人劇場』でテレビデビューしました。1982年からは『オレたちひょうきん族』にもレギュラー出演しています。
Q4:2026年にコント赤信号の3人がそろう公演はありますか?
A4:2026年11月4日時点で、3人がコント赤信号名義でそろう新たな公演情報は確認できません。渡辺は司会や若手育成、ラサールは政治活動、小宮は舞台や落語など、それぞれの分野で活動しています。
Q5:ラサール石井は現在も芸能活動をしているのですか?
A5:ラサール石井は2025年に参議院議員に初当選し、2026年には社民党幹事長などの役職を務めています。俳優・声優・演出家としての経歴も持つ人物です。
コント赤信号は1977年の結成から、1980年のテレビデビュー、1980年代の人気獲得、そして演劇活動への展開と、長い歴史を持つグループだ。
解散説については、正式な解散発表が確認できず、2023年には3人そろって赤信号劇団の舞台に出演していることから、単純に解散したと判断することはできない。
2026年現在、渡辺正行は司会者・若手育成者として、ラサール石井は参議院議員として、小宮孝泰は俳優・落語家として、それぞれ異なる分野で存在感を発揮している。
コント赤信号の魅力は、単なる懐かしのお笑いトリオという枠に収まらない。テレビで培った笑いの技術を、それぞれが司会、政治、演劇という異なる舞台へ発展させてきたことにもある。
今後、3人が再び同じ舞台に立つ機会があるのかは注目したいところだ。定期的なコント活動の再開が発表されたわけではないが、2023年の共演実績が示すように、3人のつながりは現在もコント赤信号の歴史の一部として続いている。
1980年代にテレビを通じて笑いを届けた3人は、70代を迎えた2026年も、それぞれの場所で現役の表現者として歩みを続けている。