2026年現在、久米宏さんの妻として知られるのは、スタイリストとしても活躍してきた久米麗子(くめ・れいこ)さんです。2人は学生時代に演劇サークルを通じて出会い、1969年に結婚。56年にわたって夫婦として歩み、麗子さんは仕事面でも久米さんを支えてきました。
2026年1月1日、久米宏さんは肺がんのため81歳で亡くなりました。13日に所属事務所から訃報が発表されると、妻の麗子さんも追悼コメントを公表。そこには、長年連れ添った夫への愛情と、テレビ界を駆け抜けた久米さんらしい最期を振り返る言葉が記されていました。
妻の顔写真やプロフィール、スタイリストとしての経歴、学生時代の出会い、子供がいない理由、夫婦の暮らし、そして2026年の訃報後の状況まで、報道や出版記録をもとに整理します。
【結論】久米宏の妻は久米麗子さん!顔写真やプロフィールを紹介

久米宏さんの妻は、久米麗子さんです。
麗子さんは一般的な芸能人の妻とは異なり、自身もファッションやスタイリングの分野で仕事をしてきた人物です。モデル経験があり、テレビ出演者のスタイリング、講演、執筆などにも携わっていました。
2000年8月の日本食糧新聞のインタビューでは、スタイリストとしての仕事やファッションに対する考え方、家庭での過ごし方などを語っています。
久米麗子さんのプロフィール| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 久米麗子(くめ・れいこ) |
| 生年 | 1945年 |
| 出身地 | 兵庫県明石市 |
| 学歴 | 共立女子大学卒業 |
| 職業 | スタイリスト、モデル経験者、著述・講演活動 |
| 主な活動 | テレビ出演者のスタイリング |
| 夫 | 久米宏さん |
| 結婚年 | 1969年 |
| 子供 | いないと報道されている |
プロフィールの生年や出身地、大学卒業後の活動については、2000年の日本食糧新聞の人物紹介にも記録されています。
久米宏の妻・麗子さんの顔写真はある?麗子さんの顔写真は公開されています。
特に、2001年に「いい夫婦の日」を記念したトークショーに登場した際の写真が、日刊スポーツの写真記事に掲載されています。また、女性セブンプラスにも、2001年3月に撮影された久米さんを支える麗子さんの写真が掲載されています。
テレビで全国的に知られた久米さんに比べると、麗子さん自身がメディアの前に立つ機会は限られていました。
そのため、妻の顔写真や若い頃の姿を探す人が多いのも、彼女が長年にわたって表舞台よりも仕事の現場で活動してきたことと関係しています。
【馴れ初め】久米宏と妻・麗子の出会いは学生時代!1969年に結婚
久米宏さんと麗子さんの出会いは、大学生の頃です。
女性セブンプラスの2026年1月15日の記事によると、2人は学生演劇のサークルを通じて知り合いました。
久米さんは早稲田大学政治経済学部に在籍し、演劇活動にも熱中していました。学生時代に培った舞台経験は、後にアナウンサーとして独自の話術や表現力を発揮するうえでも重要な背景となっています。
交際から結婚までの経緯2人は学生時代に知り合い、その後交際を経て、1969年に結婚しました。
女性セブンプラスは、結婚に至るまでの興味深いエピソードも紹介しています。
当時、麗子さんには別の男性との縁談が持ち上がっていたといいます。久米さんは仕事や体調面で悩んでいた時期でしたが、麗子さんをほかの男性に取られたくないという思いからプロポーズした、という知人の証言が掲載されました。
ただし、これは知人による証言として紹介されたエピソードです。本人が公の場で語った発言と同一視することはできません。
「ミステリアスな結婚」という夫婦共著著者:久米麗子・久米宏
出版:世界文化社
刊行:2001年3月
2005年には講談社文庫版も刊行されています。
2人の関係を知るうえで重要なのが、2001年に出版された共著『ミステリアスな結婚』です。
講談社の書籍紹介によると、この本は久米さんと麗子さんが夫婦のプライベートについて語り合った対話形式の作品です。
大学時代の出会い、プロポーズ、結婚生活、仕事、親の介護など、夫婦として歩んできた時間が取り上げられています。
タイトルにある「ミステリアス」という言葉から、秘密の多い結婚や特殊な家庭事情を想像する人もいる可能性があります。しかし、実際には2人が自分たちの結婚や生活について語った共著です。
むしろ、夫婦の関係を本人たちの視点から知ることができる貴重な資料といえます。
【職業・経歴】久米麗子はスタイリスト!モデルや執筆活動でも活躍
麗子さんの職業を語るうえで欠かせないのが、スタイリストとしてのキャリアです。
久米宏さんの妻という立場だけでなく、ファッション業界で独自の活動を続けてきました。
モデル経験からスタイリストへ2000年の日本食糧新聞のインタビューでは、麗子さんの経歴について、次のように紹介されています。
- 1945年、兵庫県明石市生まれ。
- 共立女子大学を卒業。
- マミフラワーデザインスクールで学び、後に講師も務める。
- 20代からテレビ出演や服飾雑誌などのモデルとして活動。
- 1985年からテレビ番組のパーソナリティーのスタイリングを中心とする「Kパック」を主宰。
- 講演や執筆活動にも携わる。
特に注目したいのは、麗子さんが夫の仕事だけに依存せず、自身の専門分野を持っていた点です。
ファッションを単に流行の服を着ることではなく、自分らしい生き方を表現するものとして捉えていました。
同紙のインタビューでも、年齢によって服装の選択肢を狭めるのではなく、自分の好きな服を楽しむことの大切さを語っています。
久米宏の個人事務所も支えた妻女性セブンプラスの2026年の記事では、麗子さんが久米さんの個人事務所の社長を務め、専属スタイリストとしても活動していたことが紹介されています。
つまり、2人の関係は家庭内だけにとどまりませんでした。
久米さんがフリーアナウンサーとして独立した後は、仕事の運営やテレビ出演時の衣装など、複数の面から夫を支える立場になっていきました。
夫婦でありながら、仕事上でも信頼関係を築いていたことが分かります。
【ニュースステーション】久米宏の衣装を妻・麗子が担当!夫婦の仕事上の関係
久米宏さんの代表的な仕事といえば、テレビ朝日系の報道番組『ニュースステーション』です。
1985年10月にメインキャスターに就任し、2004年3月の番組終了まで18年を超えて出演しました。
この長期間にわたる出演を、衣装面から支えたのが妻の麗子さんでした。
久米宏の独特なファッションを作ったスタイリスト2013年のオリコンニュースの記事では、久米さん本人が『ニュースステーション』時代の服装について語っています。
久米さんは、番組出演者のファッションも情報の一部だと考えており、衣装だけでなく眼鏡やペン、フリップの見せ方まで気を配っていたといいます。
加えて、最新のファッションを着こなすための体形維持についても、スタイリストである妻の麗子さんから助言を受けていました。
ニュース番組では、出演者の言葉や表情が注目されます。
しかし、毎日視聴者の前に立つキャスターにとって、服装や身だしなみも画面上の印象を形作る重要な要素です。
久米さんの洗練されたスタイルは、本人の表現力だけでなく、麗子さんの専門知識と美意識によって支えられていたのです。
夫婦の歩みと仕事の転換点を年表で整理| 時期 | 出来事 | 夫婦・仕事の関係 |
|---|---|---|
| 大学時代 | 学生演劇サークルで出会う | 交際につながる |
| 1969年 | 結婚 | 夫婦生活が始まる |
| 1985年 | Kパックを主宰 | 麗子さんがスタイリストとして活動 |
| 1985年10月 | ニュースステーション開始 | 久米さんの衣装を支える |
| 2000年 | 夫婦対談が家庭画報に掲載 | 31年目の夫婦の時間を紹介 |
| 2001年3月 | 『ミステリアスな結婚』刊行 | 2人の結婚生活を共著で紹介 |
| 2004年3月 | ニュースステーション終了 | 18年超の出演に幕 |
| 2026年1月1日 | 久米宏さん死去 | 81歳、肺がん |
| 2026年1月13日 | 訃報と妻のコメント公表 | 麗子さんが夫を追悼 |
この年表から見えてくるのは、麗子さんのキャリアが久米さんのテレビ出演と並行して展開していたことです。
単に夫の衣装を選ぶという役割ではなく、テレビに映る久米宏という人物のイメージを一緒に作り上げていた点に、彼女の仕事の特徴があります。
【夫婦エピソード】久米宏と麗子の結婚生活は?休日の庭いじりと家庭料理
テレビで見る久米宏さんは、テンポのよい話し方と独特の存在感で知られていました。
一方、家庭ではどのような夫だったのでしょうか。
報道や過去のインタビューからは、仕事場での緊張感とは異なる、落ち着いた家庭生活がうかがえます。
休日は2人で庭いじり女性セブンプラスの2026年1月15日の記事では、以前の自宅に家庭菜園があり、休日には夫婦で庭いじりをすることが日課だったと、テレビ局関係者の証言を紹介しています。
麗子さんはオーガニック食材にもこだわり、採れた野菜を使った常備菜を作っていたそうです。
久米さんも外食より自宅での食事を好んでいたと伝えられています。
麗子さんが大切にしていた家庭料理2000年の日本食糧新聞のインタビューでは、麗子さん自身が家庭での食事や料理について語っています。
特に印象的なのは、野菜の皮やブロッコリーの茎など、普段なら捨ててしまう部分も料理に活用していたことです。
野菜くずを冷凍保存し、ある程度たまったらパスタソースなどに利用する工夫も紹介されていました。
また、仕事から帰った後でも、なるべく自宅で食事をする生活を好んでいたといいます。
こうしたエピソードからは、麗子さんがファッションだけでなく、食生活や住まいの環境にも自分なりの美意識を持っていたことが伝わります。
忙しいキャスターと家庭を守る妻『ニュースステーション』の放送期間中、久米さんは平日の生放送を中心に多忙な日々を送っていました。
女性セブンプラスの記事では、その忙しさから麗子さんが「未亡人」と呼ばれるほどだったという関係者の話も紹介されています。
しかし、仕事が忙しいことと夫婦関係が希薄であることは同じではありません。
休日の家庭菜園や自宅での食事など、夫婦には仕事とは別の時間もあったようです。
【家族構成】久米宏と妻に子供はいない?理由は公表されている?
久米宏さんと麗子さんの家族について、検索されることが多いのが子供の有無です。
報道によると、2人の間に子供はいません。
スポニチなどの報道でも、麗子さんとの間に子供がいなかったことが紹介されています。
子供がいない理由は何?ここで注意したいのは、子供がいないという事実と、その理由は別の問題だということです。
2人が子供を持たなかった理由について、本人たちが公に明確な説明をしたという確かな情報は確認できません。
そのため、次のような解釈を事実として扱うことはできません。
- 仕事を優先したため子供を持たなかった。
- 夫婦で意識的に子供を持たない選択をした。
- 何らかの身体的事情が理由だった。
いずれも本人たちの明確な説明がなければ断定できない内容です。
2001年刊行の『ミステリアスな結婚』には、夫婦の出会いや結婚生活、親の介護などが取り上げられていますが、子供がいない理由について、一般に確認できる形で断定的な説明が公表されているわけではありません。
久米宏の家族構成は?公に確認できる家族関係を整理すると、次のようになります。
| 家族 | 関係・情報 |
|---|---|
| 久米宏さん | 夫、元TBSアナウンサー・フリーキャスター |
| 久米麗子さん | 妻、スタイリスト |
| 子供 | いないと報道されている |
2人は1969年に結婚してから、2026年1月に久米さんが亡くなるまで夫婦として歩んできました。
家族構成だけでなく、共著の出版や仕事上の協力関係からも、2人が長年にわたって深い信頼関係を築いていたことがうかがえます。
【2026年最新】久米宏が1月1日に死去!妻・麗子の追悼コメント全文の意味
2026年1月13日、久米宏さんの所属事務所「オフィス・トゥー・ワン」が公式サイトで訃報を発表しました。
久米さんは2026年1月1日、肺がんのため81歳で亡くなりました。
通夜と葬儀は遺族の意向により、近親者のみで静かに執り行われたと発表されています。
妻・久米麗子が公表した追悼コメント訃報とともに注目されたのが、妻の麗子さんが発表したコメントです。
所属事務所の公式発表に掲載され、TBS NEWS DIGやテレビ朝日などの報道各社も内容を伝えました。
麗子さんは、夫の最期について次のように振り返っています。
「久米は、最後まで“らしさ”を通したと思います。」 出典:2026年1月13日、久米麗子さんの公式追悼コメント
加えて、久米さんが大好きだったサイダーを一気に飲んだ後に旅立ったことを明かしました。
その様子を、2004年3月26日の『ニュースステーション』最終回で、久米さんが最後にビールを飲み干した場面になぞらえています。
また、夫について次のような人物像を伝えました。
- 最後まで自由な表現者として生きた。
- 常に新しいことに挑戦していた。
- 世の中の疑問を純粋な心で見つめていた。
- 若いスタッフとの冗談や交流を楽しんでいた。
- 自分の思いを偽らず、多くの人に発信できることを大切にしていた。
最後には、久米さんを支えてくれた人々への感謝を述べています。
ニュースステーション最終回とサイダーの共通点麗子さんのコメントで特に印象的なのは、久米さんの最期と『ニュースステーション』の最終回を重ね合わせた部分です。
2004年3月26日、18年半続いた番組の最終回で、久米さんは最後にビールを飲み干し、視聴者に別れを告げました。
テレビ史に残るこの場面は、久米さんの個性を象徴する演出として記憶されています。
そして2026年、麗子さんは夫が好物のサイダーを飲んで旅立ったことを明かしました。
約22年前の番組最終回と人生の最期を重ねたコメントには、長年そばにいた妻だからこそ伝えられる久米さんの姿が表れています。
妻・久米麗子の現在は?2026年11月現在、麗子さんは久米宏さんの妻として、夫の死去に際して追悼コメントを公表した人物です。
広く報じられた訃報後の情報としては、1月13日の公式コメントが大きな節目となっています。
一方、現在の生活場所や健康状態、仕事の再開状況など、個人的な近況については公表された情報が限られています。
久米さんの訃報発表時には、事務所から遺族への取材や弔問を控えるよう報道各社に要請も出されました。
そのため、麗子さんの現在を知るうえでは、本人や所属関係者から公表された情報と、第三者による推測を区別する必要があります。
【久米宏と妻に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:久米宏の妻の名前は何ですか?
A1:久米麗子さんです。スタイリストとして活動し、夫のテレビ出演時の衣装も担当していました。
Q2:久米宏と妻の出会いはいつですか?
A2:大学生の頃です。学生演劇のサークルを通じて知り合ったと報じられています。
Q3:久米宏と妻はいつ結婚しましたか?
A3:1969年です。2026年1月に久米さんが亡くなるまで、約56年間夫婦として過ごしました。
Q4:久米麗子の職業は何ですか?
A4:スタイリストです。モデル経験もあり、テレビ出演者のスタイリングや講演、執筆活動にも携わっていました。
Q5:久米宏と妻の間に子供はいますか?
A5:2人の間に子供はいません。その理由については、本人たちから明確な説明は公表されていません。
Q6:久米宏の妻の顔写真は公開されていますか?
A6:公開されています。2001年の「いい夫婦の日」関連イベントで撮影された写真などが報道媒体に掲載されています。
Q7:久米宏の妻は2026年現在どうしていますか?
A7:2026年1月13日に夫への追悼コメントを発表しています。それ以降の詳しい生活状況については、広く公表された情報が限られています。
Q8:『ミステリアスな結婚』とは何ですか?
A8:2001年に久米麗子さんと久米宏さんが共同で出版した書籍です。2人の出会い、プロポーズ、結婚生活、仕事や家族について語った対話形式の作品です。
久米宏さんの妻・久米麗子さんは、1969年に結婚して以来、家庭と仕事の両面で夫を支えてきたスタイリストです。
2人の関係を振り返ると、次の5つの事実が重要です。
1. 大学時代の学生演劇サークルを通じて出会った。
2. 1969年に結婚し、56年間連れ添った。
3. 麗子さんはモデル経験を持ち、スタイリストとして独自のキャリアを築いた。
4. 『ニュースステーション』時代には久米さんの衣装やイメージづくりを支えた。
5. 2026年1月1日の久米さんの死去後、麗子さんは夫への追悼コメントを公表した。
特に注目したいのは、麗子さんが単に有名キャスターの妻だったのではなく、自身の仕事を持ち、夫婦で共著まで出版していたことです。
『ミステリアスな結婚』や過去のインタビュー、そして2026年の追悼コメントを読み合わせると、テレビの画面には映らなかった夫婦の関係が見えてきます。
久米宏さんが最後まで自分らしい表現者であり続けられた背景には、長年にわたって仕事と生活をともにしてきた麗子さんの存在がありました。
2026年の訃報によって、久米さんのテレビ人生だけでなく、2人が築いてきた56年間の夫婦の歩みにも改めて注目が集まっています。