2017年1月21日午前11時26分、松方弘樹さんは東京都内の病院で亡くなりました。享年74歳でした。
訃報が公表されたのは1月23日です。所属事務所の株式会社MAREが報道関係者にファクスを送り、脳リンパ腫のため亡くなったことを発表しました。
弟・目黒祐樹さんが伝えた兄の最期松方さんの訃報を受け、実弟で俳優の目黒祐樹さんが2017年1月23日に報道陣の取材に応じました。
目黒さんは兄が亡くなった時刻を伝えるとともに、最期の様子について次のように語っています。
とても穏やかな、安らかな顔で旅立ったのがせめてもの救いだと思っています。
この発言は、日刊スポーツが2017年1月23日に報じた目黒さんのコメントに基づくものです。
また、葬儀は松方さん本人の生前の意向を尊重し、近親者のみで執り行われました。一般の参列者を集める形式ではなく、身近な人たちによる見送りとなりました。
最期まで復帰を目指していた松方さんの闘病で印象的なのは、病名が公表された直後から復帰への意欲が伝えられていたことです。
2016年3月の病状発表では、本人が周囲からの激励を力にして病気を乗り越えようとしていたことが紹介されていました。
同年5月には腫瘍縮小という前向きな報道もありましたが、結果として俳優業への復帰はかないませんでした。
病気の発覚から約11か月後の死去でした。
【俳優・松方弘樹の生涯】『仁義なき戦い』から時代劇、バラエティーまで

松方弘樹さんの死を語るうえで、俳優として残した実績も欠かせません。
1942年7月23日、東京都に生まれた松方さんは、時代劇俳優の近衛十四郎さんと女優の水川八重子さんの長男です。弟は俳優の目黒祐樹さん。
1960年に東映へ入り、映画『十七歳の逆襲・暴力をぶっ潰せ』でデビューしました。
その後、任侠映画、実録映画、時代劇、現代ドラマ、バラエティーと活躍の場を広げています。
代表作と芸能界での関係| 人物・作品 | 松方さんとの関係 | 主な時期・内容 |
|---|---|---|
| 近衛十四郎 | 父親 | 時代劇俳優。松方さんの父 |
| 目黒祐樹 | 実弟 | 同じく俳優として活動 |
| 深作欣二 | 映画監督 | 『仁義なき戦い』シリーズなどで関係 |
| 『仁義なき戦い』 | 代表的な出演映画 | 1973年公開のシリーズ作品 |
| 『勝海舟』 | NHK大河ドラマ | 1974年放送 |
| 『名奉行 遠山の金さん』 | 代表的な時代劇 | 1988~1998年に出演 |
| 梅宮辰夫 | 俳優仲間・釣り仲間 | 釣り番組などでも知られる関係 |
松方さんの俳優人生を代表する作品の一つが、1973年に始まった『仁義なき戦い』シリーズです。
深作欣二監督による実録路線の作品群で、松方さんは任侠映画や実録やくざ映画で強い存在感を示しました。
一方、時代劇でも活躍し、『名奉行 遠山の金さん』などで幅広い視聴者に知られる存在となりました。
映画だけでなく、1980年代以降はバラエティー番組にも出演。『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』などでは、映画で見せる鋭い表情とは違う親しみやすい一面を披露しました。
加えて、釣り好きとしても有名でした。『松方弘樹・世界を釣る』などの番組では、盟友・梅宮辰夫さんとともに大物釣りに挑戦する姿が取り上げられています。
こうした幅広い活動があったからこそ、松方さんの訃報は映画ファンだけでなく、テレビやバラエティーを通じて親しんできた人々にも大きな衝撃を与えました。
【2026年現在】松方弘樹さんは何をしている?死因に関する誤解も整理
2026年現在、松方弘樹さんはすでに亡くなっています。
2017年1月21日の死去から約9年が経過しました。したがって、「松方弘樹さんの現在」という検索に対する答えは、現在も活動しているということではなく、残された出演作品や俳優としての功績を振り返ることになります。
死因に関する噂と公表された事実松方さんについては、病気の発覚から訃報まで約11か月の期間があったため、病気の公表時期や治療経過について混同されることがあります。
| よくある疑問・誤解 | 公表・報道された事実 |
|---|---|
| 最初から脳リンパ腫と発表されていた? | 最初は脳腫瘍の疑いで、その後確定診断が公表された |
| 2016年に亡くなった? | 死去日は2017年1月21日 |
| 死因は単なる脳腫瘍? | 公表された病名は脳リンパ腫 |
| 腫瘍が小さくなったので完治していた? | 2016年5月に縮小が報じられたが、完治したという発表はない |
| 事故や別の病気が死因だった? | 訃報で伝えられた死因は脳リンパ腫 |
| 2026年も芸能活動をしている? | 2017年に死去しており、現在の活動はない |
特に注意したいのは、腫瘍が小さくなったという2016年5月の報道です。
治療の効果が報じられたことは事実ですが、それを完治や退院、仕事復帰と同じ意味で受け取ることはできません。
また、脳リンパ腫を発症した具体的な原因についても、松方さん個人の情報として公表されたものはありません。
死因については、所属事務所側の発表と当時の複数の報道が一致しており、脳リンパ腫と確認できます。
【松方弘樹さんの死因】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:松方弘樹さんの死因は何ですか?
A1:脳リンパ腫です。2016年3月2日に所属事務所側が確定診断を公表し、2017年1月21日に同じ病気のため亡くなりました。
Q2:松方弘樹さんは何歳で亡くなりましたか?
A2:74歳です。1942年7月23日生まれで、2017年1月21日に東京都内の病院で亡くなりました。
Q3:松方弘樹さんは脳リンパ腫の治療で回復していたのですか?
A3:2016年5月には抗がん剤治療の効果によって腫瘍が縮小したと報じられました。しかし、完治したという公式発表はなく、2017年1月21日に亡くなっています。
Q4:松方弘樹さんの訃報を発表したのはどこですか?
A4:所属事務所の株式会社MAREです。2017年1月23日、報道関係者へのファクスを通じて、1月21日に脳リンパ腫のため亡くなったことを公表しました。
Q5:2026年現在、松方弘樹さんは存命ですか?
A5:いいえ。2017年1月21日に74歳で亡くなっています。現在は『仁義なき戦い』や『名奉行 遠山の金さん』などの出演作品を通じて、その功績を振り返ることができます。
松方弘樹さんの死因について、重要な事実を改めて整理します。
- 死因は脳リンパ腫。所属事務所側から2016年3月2日に確定診断が公表された。
- 2016年2月13日に検査入院し、2月23日に脳腫瘍の疑いによる長期療養を発表した。
- 2016年5月には抗がん剤治療による腫瘍縮小が報じられた。
- 2017年1月21日午前11時26分、74歳で死去。
- 1月23日に所属事務所MAREが訃報を発表した。
松方さんは、病気の公表後も俳優としての復帰を目指して治療を続けていました。しかし、その願いは実現しませんでした。
『仁義なき戦い』で見せた迫力ある演技、『遠山の金さん』での時代劇俳優としての存在感、そして釣り番組やバラエティーで見せた豪快で親しみやすい姿。
松方弘樹さんが残した作品と足跡は、2026年になった今も昭和・平成の日本映画やテレビ文化を振り返るうえで大切な記録となっています。
松方弘樹さんの最期を理解するうえで最も重要なのは、2016年の脳リンパ腫の確定診断、約11か月にわたる闘病、そして2017年1月21日の死去という事実です。