向川桜子(むこうがわ さくらこ)
日本代表・スキークロス選手
北京2022・ミラノ2026の2大会連続オリンピック出場
まずは、向川桜子選手の基本プロフィールを整理します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 向川桜子 |
| 読み方 | むこうがわ さくらこ |
| 生年月日 | 1992年1月20日 |
| 年齢 | 34歳(2026年11月現在) |
| 出身地 | 秋田県横手市 |
| 身長 | 161cm |
| 体重 | 61kg |
| 最終学歴 | 早稲田大学教育学部教育学科 |
| 所属 | 富士フイルムBI秋田株式会社 |
| 競技 | アルペンスキー・スキークロス |
| 五輪出場 | 北京2022・ミラノ2026 |
上記は本人の公式プロフィールと日本オリンピック委員会(JOC)の選手情報を中心に整理したものです。
名前の読み方は「むこうがわ さくらこ」「向川」は「むこうがわ」と読みます。
初見では読み方に迷いやすい名字ですが、本人の公式サイトやJOCの選手紹介でも「向川桜子(むこうがわ さくらこ)」と表記されています。
国際大会では「Sakurako Mukogawa」の名前で登録されています。
出身地は秋田県横手市向川選手の出身地は秋田県横手市です。
本人の公式プロフィールには、秋田県横手市城南町出身と記載されています。
スキーとの出会いも地元の環境が関係していました。本人の公式サイトによると、幼い頃から自宅の近くにスキー場があり、両親もスキーをしていたことから、自然に競技に親しむようになったといいます。
本人は自身の歩みを振り返るページで、偶然の環境から始まったスキーが人生の中心になっていったことを紹介しています。
早稲田大学では教育学部に在籍向川選手は秋田県立角館高校を卒業後、早稲田大学教育学部教育学科に進学しました。
2014年に同学部を卒業しています。
早稲田大学の競技スポーツセンターによると、大学のスキー部に所属していた時代から、全日本学生選手権や全日本選手権の回転種目で優勝するなど、国内トップレベルの成績を残していました。
大学卒業後も競技を継続し、ワールドカップや世界選手権を目指す選手として活動しています。
【経歴年表】高校時代から北京五輪、2026年全日本優勝まで

向川選手の競技人生を理解するうえで重要なのは、アルペンスキーで実績を積んだ時代と、スキークロスに転向した時代を分けて見ることです。
両競技で国内外の大会に出場しており、単純な競技歴の長さだけでは評価できないキャリアを築いています。
向川桜子の主な経歴・戦績一覧向川選手の競技人生は、順風満帆だったわけではありません。
本人の公式サイトによると、2008年の中学3年生の春に前十字靱帯を断裂。再建手術を受け、同年秋には競技に復帰しました。
その後も3度の手術を経験しながら、国内大会で数々のタイトルを獲得しています。
高校時代には高校選抜や国体の少年女子で優勝。世界ジュニア選手権の日本代表にも選ばれました。
早い段階から国内トップクラスの選手として活躍していたことが分かります。
【北京2022】アルペンスキーの戦績と五輪代表入りの経緯
向川選手が初めてオリンピックに出場したのは、2022年の北京冬季大会です。
このときの競技は、現在のスキークロスではなくアルペンスキーでした。
北京五輪代表に選ばれた理由2021年12月29日、オーストリアのリエンツで開催されたワールドカップの回転種目で27位に入りました。
その後、2022年1月21日に全日本スキー連盟が北京五輪の追加代表選手を発表。FISによる出場枠の再配分を受け、向川選手も代表に内定しました。
早稲田大学の発表によると、W杯で派遣推薦基準の一つとなるポイントを獲得していたことが選出につながっています。
本人にとっては初めてのオリンピックでした。
北京2022の公式成績
女子大回転(GS)
31位
記録:2分06秒8
女子回転(SL)
35位
記録:1分52秒7
大回転は31位、回転は35位という結果でした。
メダル獲得や入賞には届かなかったものの、国内で競技を続けてきた選手が世界最高峰の大会に出場した実績は大きな節目です。
また、向川選手は2019年のアルペンスキー世界選手権にも出場しています。
公式プロフィールには、ワールドカップ通算27戦出場、ユニバーシアード日本代表3回、最高7位という実績も掲載されています。
【競技転向の理由】アルペンからスキークロスへ進んだ背景
向川選手の経歴で特に興味深いのが、北京五輪の後に競技を変更したことです。
アルペンスキーで五輪出場を経験した選手が、なぜ別の種目に挑戦したのでしょうか。
転向のきっかけは北京五輪後の一区切り2026年1月14日に配信されたABS秋田放送の特集では、向川選手本人が競技転向について語っています。
北京五輪を終えた時点で、本人の中にはアルペンスキーでやり切ったという一区切りの感覚がありました。
一方、周囲からは次のミラノ大会も目指してほしいという声が寄せられていたそうです。
そのときの判断について、本人は次のように話しています。
「頑張ったなって自分の中で一区切りついた中で、あと4年、ミラノ目指したらっていう声が多くて。だったらなんかそんな環境なかなかないので、違う競技で」
つまり、スキーそのものをやめるのではなく、五輪を目指すという目標を別の競技で継続する選択でした。
これは単なる競技変更ではありません。長年培ってきたアルペンスキーの技術を土台に、新しい種目で再び世界を目指す決断だったのです。
スキークロスとはどんな競技?スキークロスは、複数の選手が同時にスタートし、起伏のあるコースを滑って着順を競うフリースタイルスキーの競技です。
2010年のバンクーバー冬季オリンピックから正式種目となりました。
コースにはジャンプ台、ウェーブ、傾斜のあるカーブなどが設置されています。
アルペンスキーとの違いを整理すると、次のようになります。
| 比較項目 | アルペンスキー | スキークロス |
|---|---|---|
| 基本形式 | 個人で滑走 | 複数人で同時滑走 |
| 勝敗の決め方 | タイムを競う | ゴールの着順を競う |
| 主な技術 | ターン・ライン取り | ターン・加速・駆け引き |
| コース | ゲートが設置された斜面 | ジャンプ・ウェーブ・バンクなど |
| 競技の特徴 | 正確性とタイム短縮 | 速度と状況判断 |
アルペンで重要だったターン技術やスピード感覚は、スキークロスでも役立ちます。
しかし、他選手との位置関係を読みながら滑る判断力や、接触を避けつつ有利なラインを確保する能力など、新しい技術も必要です。
転向後の成績も着実に向上向川選手は転向後、段階的に国際大会で経験を積んできました。
- 2023年: スキークロス世界選手権21位
- 2024年: スキークロス欧州カップ4位
- 2024~2025シーズン: ワールドカップで自己最高16位
2023年の全日本スキー連盟によるインタビューでは、スキークロスの魅力について、ゴールするまで何が起こるか分からないことや、勝ち負けが分かりやすいことを挙げています。
また、自身の強みについては、練習中の集中力と、十分に練習して自信をつけてからレースに臨む姿勢を説明していました。
こうした実績を見ると、競技転向後も単に五輪出場を目標にするだけではなく、欧州カップやワールドカップで競技経験を積み上げていたことが分かります。
【右すね骨折からの復帰】2025年の大けがとミラノ五輪
2026年の五輪出場を目指す過程で、向川選手に大きな試練が訪れました。
2025年11月下旬、レース中に他の選手と接触して転倒。右すねの骨折に加え、左肩のじん帯も損傷しました。
ABS秋田放送が2026年1月14日に報じた内容によると、本人は当時、歩けないほどの痛みがあり、競技復帰が難しいのではないかと感じたこともあったと振り返っています。
雪上練習の再開は2025年12月31日大けがを負ったのは、五輪に向けて調子を上げていく重要な時期でした。
しかし、リハビリを続け、年末には雪上練習を再開しています。
練習再開の時期を聞かれた際、本人は次のように答えました。
「年末?31日?」
加えて、けがの回復について冗談交じりに、
「そうですね。煮干し食べましたwwww」
とも話しています。
明るい受け答えが印象的ですが、実際には五輪直前の限られた時間でコンディションを整える必要がありました。
けがを乗り越えて五輪代表に選出2026年2月には、スキークロス日本代表として正式にオリンピックに出場しました。
代表選出後のABS秋田放送の報道では、向川選手はけがをした部分の筋力低下を抑えられたことに加え、ほかの部分も鍛えられたため、以前より強くなれたという趣旨のコメントをしています。
大けがからの復帰は、単に雪上に戻れたというだけではありません。
アルペンスキー時代から積み重ねてきたフィジカルトレーニングや、競技を継続するための自己管理が、復帰を支える要素になったと考えられます。
ミラノ・コルティナ2026の成績は27位向川選手は2026年2月20日、イタリアのリビーニョで行われた女子スキークロスに出場しました。
JOCの公式選手情報に掲載された最終成績は、27位です。
この大会では、シード決定戦を経て1/8ファイナル(1回戦)に進みました。
TBS NEWS DIGの2026年2月20日の報道によると、日本代表の向川選手、新井真季子選手、中西凜選手はいずれも1回戦で敗退し、準々決勝進出には届きませんでした。
結果だけを見るとメダルや入賞には届いていません。
ただし、北京ではアルペンスキー、ミラノではスキークロスという異なる競技で2大会連続の五輪出場を実現した点は、向川選手のキャリアを考えるうえで重要です。
【2026年全日本スキー選手権優勝】五輪後に示した国内トップの実力
ミラノ・コルティナ五輪での挑戦を終えた向川選手は、2026年3月に国内大会へ出場しています。
その舞台となったのが、第46回全日本スキー選手権大会・フリースタイル競技のスキークロスです。
2026年3月21日に女子スキークロスで優勝公益財団法人全日本スキー・スノーボード連盟のSAJ競技データバンクによると、大会は2026年3月20日から22日まで新潟県湯沢町で開催されました。
女子スキークロスの競技日は3月21日です。
公式リザルトには、次の順位が記録されています。
| 順位 | 選手 | 所属 |
|---|---|---|
| 1位 | 向川桜子 | 富士フイルムBI秋田スキー部 |
| 2位 | 鈴木英 | Three Trees Tokyo |
| 3位 | 城戸口芽衣 | 小川高校 |
向川選手の獲得要点は20.00ポイントでした。
五輪では27位という結果でしたが、その約1か月後に国内最高峰の全日本選手権で優勝を果たしています。
この結果は、五輪の順位だけでは測れない競技力を示すものです。
五輪27位と全日本優勝は矛盾しないここで押さえておきたいのが、オリンピックと全日本選手権は競技環境も出場選手の層も異なる大会だという点です。
オリンピックでは世界各国の代表選手と競い、全日本選手権では国内の選手と日本一を争います。
したがって、五輪で27位だったことと、全日本選手権で優勝したことは矛盾しません。
むしろ、国際大会で経験を積んだ選手が国内大会で結果を残したという、別々の価値を持つ実績です。
【プロの結論】向川桜子の強みは競技を変えても挑戦を続ける力向川選手の競技人生を振り返ると、評価すべき要点は大きく3つあります。
1. アルペンで培った技術的な基礎
高校時代から国内タイトルを獲得し、大学在学中にワールドカップへ参戦。北京五輪代表にも選ばれました。
長年のアルペン経験は、スキークロスに転向した後も重要な技術的基盤になっています。
2. 異なる競技への適応力
アルペンスキーはタイムを競う競技ですが、スキークロスは複数の選手が同時に滑るレースです。
同じスキーでも求められる判断や戦術は異なります。
その違いを受け入れ、ヨーロッパカップ、世界選手権、ワールドカップと段階的に経験を積んだ点は、向川選手の大きな特徴です。
3. けがから競技に戻る継続力
中学時代の前十字靱帯断裂、2025年の右すね骨折など、競技人生では複数のけがを経験しています。
そのたびに復帰し、2026年には五輪出場と全日本選手権優勝を実現しました。
選手の実力を判断するときは、単一大会の順位だけではなく、競技歴、国際大会での経験、異なる種目への適応、復帰後の成績を合わせて見る必要があります。
向川選手の歩みは、まさにその評価基準に当てはまるキャリアです。
【よくある質問】向川桜子に関するFAQ
Q1:向川桜子の読み方は?
A1:向川桜子は「むこうがわ さくらこ」と読みます。英語表記はSakurako Mukogawaです。
Q2:向川桜子の年齢と生年月日は?
A2:1992年1月20日生まれです。2026年11月現在は34歳です。
Q3:向川桜子の出身地と出身大学は?
A3:秋田県横手市出身です。早稲田大学教育学部教育学科を2014年に卒業しています。
Q4:向川桜子は北京オリンピックで何位だった?
A4:2022年北京五輪ではアルペンスキー女子大回転31位、女子回転35位でした。
Q5:なぜアルペンスキーからスキークロスに転向した?
A5:北京五輪でアルペンスキーに一区切りを感じたことが背景にあります。周囲から次の五輪を勧められたこともあり、新しい競技でミラノ五輪を目指す決断をしました。
Q6:向川桜子のミラノ・コルティナ2026の成績は?
A6:女子スキークロスで27位でした。決勝トーナメントでは1回戦敗退となっています。
Q7:2026年の全日本スキー選手権では優勝した?
A7:はい。2026年3月21日に開催された第46回全日本スキー選手権大会の女子スキークロスで優勝しました。
Q8:向川桜子はどこの会社に所属している?
A8:富士フイルムBI秋田株式会社のスキー部に所属しています。
向川桜子選手は、秋田県横手市出身で、早稲田大学教育学部を卒業したスキー選手です。
アルペンスキーで国内外の大会を経験し、2022年の北京オリンピックでは女子大回転31位、女子回転35位を記録しました。
その後、北京五輪を一区切りとしてスキークロスへ転向。2023年の世界選手権21位、2024年のヨーロッパカップ4位など、着実に実績を積み重ねました。
2025年11月には右すねの骨折と左肩のじん帯損傷という大けがを負いましたが、リハビリを経て2026年2月のミラノ・コルティナ五輪に出場。女子スキークロス27位という結果を残しています。
加えて、2026年3月21日の全日本スキー選手権では女子スキークロスで優勝しました。
向川桜子選手を理解するうえで大切なのは、北京五輪の順位やミラノ五輪の順位だけでキャリアを判断しないことです。
アルペンからスキークロスへの転向、国際大会での経験、けがからの復帰、そして全日本選手権優勝まで、一連の歩みを見ることで、その競技人生の価値がより鮮明になります。
2026年は、2つの異なる競技で五輪に挑んだ経験に加え、国内タイトルも獲得した節目の年となりました。
今後の活動においても、秋田県横手市を拠点とする日本人スキークロス選手として、どのような新しい挑戦を見せるのか注目されます。