中村メイコさんの夫は、作曲家として長年活躍してきた神津善行(こうづ・よしゆき)さんです。2人は1957年に結婚し、2023年12月31日に中村さんが89歳で亡くなるまで、約66年間にわたって夫婦として歩みました。2人の間には、長女・神津カンナさん、次女・神津はづきさん、長男・神津善之介さんの3人の子どもがいます。
中村さんの死去後も、神津さんはテレビ番組やインタビューで妻との思い出を語っています。2025年10月15日には「徹子の部屋」に出演。さらに2026年3月には、プロゴルファーの樋口久子さんとの対談記事が掲載され、94歳となった現在の様子も伝えられました。ここでは、2人の出会いから結婚生活、家族構成、中村さんの最期、神津さんの2026年の近況までを紹介します。
【結論】中村メイコの夫は作曲家・神津善行!年齢や生年月日、経歴は?

中村メイコさんの夫・神津善行さんは、日本の映画音楽や歌謡曲を数多く手がけてきた作曲家です。
芸能界で活躍した中村さんとは異なる分野で才能を発揮し、音楽家として独自のキャリアを築いてきました。
神津善行のプロフィール| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 神津善行(こうづ・よしゆき) |
| 生年月日 | 1932年1月2日 |
| 年齢 | 94歳(2026年11月4日時点) |
| 出身地 | 東京都 |
| 職業 | 作曲家 |
| 最終学歴 | 国立音楽大学器楽科卒業 |
| 卒業年 | 1956年 |
| 妻 | 中村メイコ(2023年12月31日死去) |
| 結婚年 | 1957年 |
| 子ども | 3人 |
神津さんの生年月日は1932年1月2日です。2026年11月現在は94歳で、2027年1月2日に95歳を迎えることになります。
国立音楽大学で学び、映画音楽の第一人者に神津さんは1956年に国立音楽大学のトランペット専攻を卒業しました。
作曲を信時潔さん、服部正さんらに学び、学生時代から音楽の仕事に携わっています。
国立音楽大学同調会が紹介する略歴によると、映画音楽は330作品を担当。歌謡曲や交響詩などにも取り組み、作曲家として幅広い実績を残しています。
代表的な仕事には、次のようなものがあります。
- 映画『ニッポン無責任時代』
- 映画『社長シリーズ』
- 歌謡曲「新妻に捧げる歌」
- 歌謡曲「星空に両手を」
- 交響詩「月山」
- 小交響詩「依代」
2026年3月の樋口久子さんとの対談では、神津さん自身が映画音楽を339本手がけたと語っています。大学同窓会資料の330作品という数字とは若干の違いがありますが、いずれも300作品を超える豊富な実績です。
また、音楽制作だけでなく、植物が発する微弱な信号音を研究するなど、音楽と科学を結びつけた活動にも取り組んできました。
神津善行さんは、単に著名人の夫という立場ではなく、長年にわたり日本の音楽文化を支えてきた専門家でもあります。
【馴れ初め】中村メイコと神津善行はどこで出会った?
2人の出会いは、戦後のラジオやテレビの音楽制作が盛んだった時代にさかのぼります。
きっかけとなったのは、作詞・作曲家で放送作家でもあった三木鶏郎さんの仕事場でした。
神津さんは学生時代から三木さんのもとで音楽制作に携わり、中村さんも歌手としてその仕事場に出入りしていました。
あるとき、神津さんが中村さんのために曲を作ることになり、そこで2人は出会います。
最初のデートは日比谷公園2018年12月、ニッポン放送の番組に出演した中村さんは、神津さんとの恋愛エピソードを振り返っています。
当時18歳だった中村さんは、神津さんとの初デートで、日比谷公園を夜に歩いてみたいと希望したそうです。
そこで神津さんが伝えたのが、留学に使う予定だった3年分の資金を中村さんとのデートに使いたいという申し出でした。
神津さんは、3年間一緒に過ごしたうえで改めてプロポーズしたいと伝えたといいます。
当時、神津さんは学生で、決して裕福ではありませんでした。それでも、自分の将来のために蓄えていた留学資金を2人の時間に充てようとしたのです。
中村さんは後年、このエピソードをユーモアを交えて語っています。
初デートで即座に結婚を決めたという話ではなく、3年間の交際を経て結婚に至ったという点が大切です。
1957年に結婚2人は1957年に結婚しました。
中村さんは23歳、神津さんは25歳でした。
中村さんはすでに子役時代から長い芸能活動を経験し、女優・歌手として人気を得ていた時期です。
一方、神津さんも作曲家として活動の幅を広げていました。
異なる仕事を持つ2人が結婚後もそれぞれの専門分野で活躍し続けたことは、神津ファミリーの特徴の一つとなりました。
【夫婦の結婚生活66年】おしどり夫婦を支えた距離感と家族への思い
1957年の結婚から2023年の中村さんの死去まで、2人の夫婦生活は約66年間続きました。
テレビ番組などでは仲の良い夫婦として知られていましたが、実際の生活は、いつも一緒に行動するというものではありませんでした。
お互いの仕事と個人の時間を尊重2022年8月、雑誌「STORY」のインタビューで中村さんは、長年の結婚生活について語っています。
中村さんが大切にしていたのは、家族であっても一定の礼儀や節度を保つことでした。
夫婦であっても、相手のすべてに干渉する必要はないという考え方です。
実際、神津さんは朝食を終えると自分の部屋で仕事をし、中村さんも自分の仕事や時間を大切にしていました。
同じ家で暮らしていても、四六時中一緒にいるわけではなかったのです。
中村さんは、夫婦の関係について「家族でも少し他人行儀な部分を持つ」ことの大切さを語っています。
この考え方は、長い結婚生活を続けるうえでの2人なりの工夫だったのでしょう。
夫婦喧嘩もあった自然体の関係中村さんは、夫婦喧嘩がまったくなかったわけではないとも明かしています。
若いころは意見をぶつけ合うことも多く、音楽家と女優という、それぞれ自分の表現を持つ仕事だからこそ、考え方の違いもあったようです。
しかし、年齢を重ねてからは、無理に相手を変えようとせず、必要なときには謝ることを心がけていたといいます。
一方で、神津さんは子育てにも積極的でした。
中村さんのインタビューによると、子どもが小学生だったころには、学校まで車で送り届けることもあったそうです。
また、家事を手伝うこともあり、当時の家庭像としては比較的珍しい夫の姿だったと中村さんは振り返っています。
2人の関係を理解するうえで大切なのは、単に「仲良し夫婦」とまとめないことです。
互いに仕事を持ち、個人の時間を尊重しながら、必要な場面では支え合う。その積み重ねが66年間の結婚生活につながりました。
【神津ファミリー】中村メイコの子どもは3人!長女・次女・長男の現在
中村メイコさんと神津善行さんの間には、3人の子どもがいます。
長女、次女、長男という構成で、それぞれが異なる分野で活動しています。
神津家の家族構成・人物関係| 人物 | 家族関係 | 職業・人物像 |
|---|---|---|
| 神津善行 | 夫・父 | 作曲家 |
| 中村メイコ | 妻・母 | 女優・歌手・タレント |
| 神津カンナ | 長女 | 作家 |
| 神津はづき | 次女 | 女優 |
| 神津善之介 | 長男 | 画家 |
長女の神津カンナさんは1958年生まれの作家です。
アメリカのサラ・ローレンス・カレッジで演劇を学び、帰国後に執筆活動を開始しました。
著書『親離れするとき読む本』などで知られ、テレビやラジオへの出演、舞台演出などにも携わっています。
母親の中村さんとは、家族についてのインタビューやテレビ番組でも共演してきました。
次女・神津はづきは女優次女の神津はづきさんは1962年生まれ。
1983年にテレビドラマで女優デビューし、その後も俳優として活動してきました。
1992年には俳優の杉本哲太さんと結婚しています。
母親の中村さんについて語る機会もあり、2025年には姉の神津カンナさんとともに「徹子の部屋」に出演し、母との思い出を語りました。
長男・神津善之介は画家長男の神津善之介さんは画家です。
父は作曲家、母は女優という家庭に育ちながら、自身は美術の道へ進みました。
スペインを拠点に画家として活動してきたことでも知られています。
2020年にはニッポン放送の番組で、母親の肖像画や画家を志した経緯について語っています。
神津ファミリーの特徴は、家族全員が同じ芸能分野に進んだわけではないことです。
作家、女優、画家、作曲家と、それぞれが独自の専門性を持っている点に、家庭の文化的な広がりが表れています。
【2023年12月31日の最期】中村メイコの死因は肺塞栓症だった
中村メイコさんは、2023年12月31日、肺塞栓症のため89歳で亡くなりました。
2024年1月7日、所属事務所のホリプロが訃報を発表しています。
発表によると、最後の仕事は2023年12月25日の番組収録でした。
亡くなる6日前まで仕事に臨んでいたことからも、長年掲げてきた生涯現役という姿勢がうかがえます。
死去当日の状況を神津善行が明かす中村さんの最期について詳しく語ったのは、夫の神津善行さんでした。
2024年3月18日に東京都内で開催された「中村メイコを乾杯で送る会」の前に、報道陣の取材に応じています。
神津さんの説明によると、2023年12月31日、2人は自宅でNHK紅白歌合戦を見ていました。
その途中、中村さんが体調の異変を訴え、神津さんは寝室へ連れて行ったそうです。
しかし、その後、中村さんから体を起こしてほしいと頼まれました。
神津さんが上体を支えると、中村さんは神津さんの小指に自分の人さし指を絡めたといいます。
その状態でしばらく過ごした後、突然、指の力が抜けました。
神津さんは、妻が自分の腕の中で息を引き取ったことを明かしています。
「息を引き取る瞬間は僕の腕の中にいました」
日刊スポーツなどが報じたこの証言は、長年連れ添った夫婦の最後の時間を伝えるものとなりました。
亡くなった後に届いた最後のバースデーカード加えて、神津さんは中村さんが亡くなった後に届いた手紙についても語っています。
神津さんの誕生日は1月2日です。
その日に届いたのは、中村さんが生前に用意していたバースデーカードでした。
そこには、夫への感謝と愛情が記されていたといいます。
デイリースポーツの報道によると、神津さんはカードに書かれていた言葉を次のように紹介しました。
「面倒かけてごめんなさい。お父さん、愛しています」
亡くなった後に届いた手紙だっただけに、神津さんにとって特別な意味を持つものだったのでしょう。
2024年3月の「乾杯で送る会」2024年3月18日には、中村さんを偲ぶ「乾杯で送る会」が開催されました。
報道によると、会には約400人が参列。
長女の神津カンナさん、次女の神津はづきさん、長男の神津善之介さんも出席し、家族で中村さんを見送りました。
会場には中村さんが好きだった赤いガーベラや、愛飲していたスコッチウイスキーなどが供えられました。
また、黒柳徹子さんからの弔辞は、長女のカンナさんが代読しました。
神津さんは、妻と生前に交わした会話を思い出しながら、亡くなった後も一人で旅立っていく妻を心配する気持ちを語っています。
【2026年最新】神津善行の現在は?2025年「徹子の部屋」と3月の対談
中村さんが亡くなってからも、神津善行さんはメディアを通じて近況や妻との思い出を伝えています。
2026年11月現在、公開された記事から確認できる近況として、特に注目したいのが2025年10月の「徹子の部屋」と2026年3月の対談です。
2025年10月15日「徹子の部屋」に出演2025年10月15日放送のテレビ朝日系「徹子の部屋」には、神津善行さんが歌手・俳優の森公美子さんとともに出演しました。
番組では、亡くなった中村さんとの日々や、妻を失ってからの生活について語っています。
黒柳徹子さんから近況を尋ねられた神津さんは、妻がいたころと比べて家の中が静かになったことを話しました。
「寂しいですね」
神津さんは、妻が亡くなったときに涙を流した理由についても説明しています。
生前、2人は死後の世界について話すことがありました。
神津さんは、妻より自分が先に亡くなると思っていたため、向こうの世界で待っていてあげると伝えていたそうです。
しかし、実際には妻が先に旅立つことになりました。
一人で知らない場所へ向かうことになった妻を思い、強い悲しみを感じたと振り返っています。
2026年3月10日、樋口久子との対談に登場2026年の近況を知るうえで重要なのが、3月10日に公開された「Myゴルフダイジェスト」の対談記事です。
神津さんは、女子プロゴルフ界の第一人者として知られる樋口久子さんと対談しました。
テーマは、かつて東京都世田谷区に存在した砧ゴルフ場での思い出です。
神津さんは学生時代からゴルフを始めており、ゴルフ歴は70年以上。
樋口さんが高校生だったころから砧ゴルフ場での接点があったといいます。
対談では、昔のゴルフ場の様子や当時の思い出を懐かしそうに語っています。
このとき、神津さんは自ら94歳であることに触れ、体が以前ほど動かなくなってきたとも話しました。
一方で、ゴルフのように楽しめるものが必要だという趣旨の発言もしています。
また、同記事では、長年続けてきた連載「神津善行のゴルフ桟敷~そっとのぞいてみてごらん」が前月に最終回を迎えたことも紹介されました。
94歳でも趣味や交流を大切にする生活2026年3月の対談から読み取れるのは、神津さんが単に妻の追悼を語るだけでなく、自分自身の生活や趣味についても発信を続けていることです。
長年親しんできたゴルフを通じて旧知の人物と交流し、過去の思い出を振り返る姿が紹介されました。
ただし、対談記事だけで現在の健康状態や日常生活のすべてが分かるわけではありません。
2026年11月時点で確認できる重要な情報は、1932年生まれで94歳であること、2025年にテレビ出演し、2026年3月にも対談に応じていることです。
【プロの結論】神津善行と中村メイコの66年間から見える夫婦の本当の姿
神津善行さんと中村メイコさんの結婚生活を振り返ると、印象的なのは、互いの仕事や個性を尊重しながら長い時間を共有してきたことです。
中村さんは女優として、神津さんは作曲家として、それぞれの世界で活動してきました。
2人は必ずしも同じ時間を過ごすことを優先せず、自分の仕事や趣味を持ち続けていました。
2022年のインタビューで中村さんが語った「家族でも少し他人行儀な部分を持つ」という考え方は、66年間の夫婦生活を理解するうえで重要な手がかりです。
また、夫婦の間には3人の子どもが生まれ、それぞれが作家、女優、画家として独立した道を歩んでいます。
2023年の死別後、神津さんがテレビ番組やインタビューで語った言葉からは、長年連れ添った妻への深い愛情が伝わってきます。
2026年3月の対談では、94歳になった神津さんがゴルフの思い出を語り、今も自分なりの楽しみを大切にしている様子が紹介されました。
中村メイコさんの夫という肩書だけでは捉えきれない、作曲家としての実績と一人の人間としての歩みが、神津善行さんの人物像を形づくっています。
中村メイコさんの夫は、作曲家の神津善行さんです。
1957年に結婚した2人は、約66年間にわたって夫婦生活を送り、神津カンナさん、神津はづきさん、神津善之介さんの3人の子どもに恵まれました。
中村さんは2023年12月31日に肺塞栓症で89歳で亡くなりましたが、最期は夫の神津さんがそばにいました。
その後、神津さんは2025年の「徹子の部屋」出演や2026年3月の樋口久子さんとの対談を通じて、妻との思い出や自身の近況を伝えています。
2026年現在、神津善行さんは94歳。作曲家としての長い実績に加え、ゴルフなどの趣味を通じた交流も続けてきました。
2人が残したものは、66年間の結婚生活だけではありません。音楽、演劇、文学、美術という異なる分野で活躍する神津ファミリーの歩みもまた、長く語り継がれるものとなっています。
主な参照資料: ホリプロ公式訃報、国立音楽大学同調会、婦人公論、ニッポン放送 NEWS ONLINE、STORY、日刊スポーツ、デイリースポーツ、毎日キレイ、Myゴルフダイジェスト、TBS NEWS DIG。