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【2026年最新】小倉弘子アナの現在は?フリー転身後の仕事と近況

伊部 拓海 伊部 拓海 • 更新: • 公開: • 読了約 21 分
目次

2026年11月現在、小倉弘子さんは52歳。フリーアナウンサーとして活動し、テレビ局に所属していた時代とは異なる形で情報発信を続けています。

1. YouTubeメディア「miraiA」でMCを担当

2025年6月スタート・2026年も動画公開を確認

現在の活動で注目されるのが、YouTubeのビジネス動画メディア「miraiA(ミライエース)」です。

2025年6月4日に配信を開始した同チャンネルで、小倉さんはメインMCを担当。政治家、経済関係者、専門家など、各分野のゲストと対談するスタイルの番組です。

従来のテレビ番組で培った進行力を生かしながら、政治・経済・ビジネス・教育・健康など、幅広いテーマを扱っています。

2026年には、経済や政治に関するゲスト対談が公開されており、少なくとも同年9月まで番組の継続的な配信が確認できます。

テレビの情報番組と違い、インターネット配信ではゲストの話をより掘り下げられる点も特徴です。

2. Instagram・Xでも近況を発信

小倉さんはInstagramやX(旧Twitter)でも近況を発信しています。

Instagramのアカウントとして報道で紹介されているのは「@ogura_hiroko.m」です。

2026年5月には、娘さんの習い事に同行してアメリカ・フロリダ州を訪問。ウォルト・ディズニー・ワールドで過ごした6泊8日の旅行について投稿しました。

次女の活動に付き添いながら、保護者としての時間も楽しんでいた様子が伝えられています。

さらに2026年10月には、Xで次女の高校見学に出かけたことを報告。黒い服に髪をまとめた姿を見た娘さんから、ドラマ『VIVANT』の登場人物に似ていると指摘されたという、家庭での微笑ましいエピソードも話題になりました。

こうした発信からは、仕事だけでなく、子どもの成長に寄り添う母親としての現在も伝わってきます。

3. フリー転身後の所属と働き方は?

小倉さんはTBS退社直後、2024年12月31日の最後のラジオ出演で、特定の所属先を持たず、マネジャーもつけない形でフリー活動を始める考えを明かしていました。

その後、2025年のENCOUNTのインタビューでは、夫・水内猛さんの会社に所属する形で活動を始めたと説明しています。

当初の独立方針から、夫婦で仕事を支えるスタイルへと変化したわけです。

本人は、夫から仕事について前向きな言葉をかけられたことも明かしています。

【経歴・学歴】小倉弘子アナはどんな人物?東洋英和女学院大学からTBSへ

小倉弘子アナ

小倉弘子さんは1974年9月4日生まれ、東京都出身です。

大学は東洋英和女学院大学社会科学部を卒業。1997年4月にTBSへ入社しました。

アナウンサーを志すきっかけは、小学生時代に見たテレビ番組だったそうです。

2025年のFRIDAYのインタビューでは、『オレたちひょうきん族』に出演する女性アナウンサーの華やかな姿や、タレントとの掛け合いに憧れたことを振り返っています。

また、大学時代には日本テレビの『恋のから騒ぎ』にも出演。明石家さんまさんとのやり取りを経験し、テレビの面白さを実感したと語っています。

小倉弘子アナの主な経歴・担当番組

TBS在籍中は、情報番組、報道番組、スポーツ番組、バラエティー、ラジオと幅広い分野を経験しました。

その代表的な節目を整理します。

時期 経歴・担当番組 主な内容 1974年 東京都生まれ 9月4日生まれ 大学時代 東洋英和女学院大学 社会科学部を卒業 1997年 TBS入社 安住紳一郎アナらと同期 1997年以降 ランク王国 初期の代表的な出演番組 1999~2004年 筑紫哲也NEWS23 スポーツキャスター 2001年 サンデージャポン 初代進行アナウンサー 2009年以降 ひるおび 初代アシスタント 2013年以降 Nスタ 報道・情報番組を担当 2016~2024年 ジェーン・スー 生活は踊る ラジオのパートナーとして出演 2024年12月31日 TBS退社 約27年間の局アナ生活に区切り 2025~2026年 フリーアナウンサー miraiAなどで活動

出典:FRIDAY、スポニチアネックス、TBS関連番組情報など。

サンデージャポンとひるおびの初代担当者だった

小倉さんのキャリアを語るうえで外せないのが、人気番組の立ち上げに関わった実績です。

『サンデージャポン』では初代進行アナウンサーを務めました。

また、『ひるおび』でも初代アシスタントを担当。番組の初期を支えたアナウンサーの一人です。

ほかにも『ランク王国』『おはようクジラ』『筑紫哲也NEWS23』『Nスタ』など、ジャンルの異なる番組に出演してきました。

特に、ニュースを正確に伝える報道現場と、視聴者に親しみやすく情報を届けるバラエティー・生活情報番組の両方を経験している点は、現在のフリー活動にもつながる強みです。

安住紳一郎アナとは1997年入社の同期

小倉さんと安住紳一郎さんは、1997年にTBSへ入社した同期です。

2024年12月31日の『ジェーン・スー 生活は踊る』最終出演日には、安住さんら同僚アナウンサーがスタジオに駆けつけ、門出を祝福しました。

また、2025年のENCOUNTのインタビューでは、退社を安住さんに伝えた際のエピソードも紹介されています。

エレベーターで偶然一緒になり、安住さんから最初に聞かれたのは「次は決まっているの?」という質問だったそうです。

小倉さんがまだ決まっていないと答えると、安住さんは「そうか、頑張ってね」と声をかけたといいます。

長年同じ職場で働いてきた同期同士の、気取らないやり取りが印象に残ります。

【退社理由の真相】小倉弘子アナはなぜ27年間勤めたTBSを辞めた?

小倉さんのTBS退社は、2024年12月に明らかになりました。

12月10日、本人がTBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』で年内退社を報告。12月31日をもって、同局での仕事を終えることになりました。

当初、TBS側は退社の事実を認めたものの、理由については把握していないと説明していました。

その後、2025年3月のFRIDAY、同年8月のENCOUNTなどのインタビューで、本人が決断に至るまでの経緯を詳しく語っています。

理由1:40代半ばで管理職になり、仕事の内容が変わった

小倉さんは40代半ばで管理職になりました。

それまでのアナウンサー業務に加え、後輩アナウンサーのスケジュール管理や組織を支える仕事も担うようになります。

FRIDAYのインタビューでは、管理職になったことで、徐々に自分が希望していたアナウンサーとしての仕事が減っていったと振り返っています。

管理職として組織を運営することと、現場で自分自身が話し手として活動すること。

どちらも必要な仕事ですが、小倉さんの中では次第に後者への思いが強くなっていきました。

理由2:コロナ禍で仕事と育児の両立が難しくなった

退社を考える大きな転機になったのが、新型コロナウイルスの流行でした。

管理職として後輩の勤務調整をしながら、自分自身の仕事も続け、さらに3人の子どもを育てる生活。

特に、コロナ禍では急な欠勤や代役の手配など、通常とは違う対応が増えました。

FRIDAYのインタビューでは、夜中でも後輩の体調不良などに関する連絡が入る状況を説明しています。

家庭で過ごしている時間にも仕事の電話が入り、子どもたちから不満を伝えられることもあったそうです。

また、マガジンサミットの2025年5月のインタビューでは、コロナ禍に仕事と家庭の両方に追われ、40代をどう過ごしてきたのか振り返る余裕もなかったと語っています。

理由3:50歳を人生の再スタートにしたかった

小倉さんが退社を決断した背景には、50歳という年齢もありました。

あと何年働けるのか、今後どのような仕事を続けたいのか。

長い会社員生活の先にある将来を考えたとき、組織を支える仕事よりも、アナウンサーとして話し続けたいという気持ちが明確になったのです。

本人はENCOUNTのインタビューで、会社員である以上、アナウンサー以外の業務を命じられる可能性もあることに触れています。

このまま時間が過ぎ、気づけば60歳を迎えることへの焦りもあったといいます。

理由4:夫・水内猛さんの言葉が最後の後押しに

退社を決める際、精神的な支えになったのが夫の水内猛さんでした。

小倉さんは、夫から次のような言葉をかけられたことを明かしています。

「アナウンサーの仕事をやりたいんでしょ。うちは大丈夫だから」

ENCOUNT・2025年8月30日掲載の本人インタビューより。

水内さんは、収入面などの不安を抱える小倉さんに対して、これから夫婦で一緒に仕事を続けていけばいいという考えを示しました。

小倉さん自身も、末っ子が小学校2年生になり、以前より手がかからなくなったことを決断の背景として挙げています。

70歳頃まで働くことを視野に入れ、夫婦で新しい仕事の形をつくっていく。

TBSを辞めたのは、アナウンサーという職業を諦めたからではありません。むしろ、アナウンサーという仕事を長く続けるための選択だったのです。

【結婚・夫婦生活】水内猛さんとの出会いと3人の子ども

小倉弘子さんの夫は、元Jリーガーでスポーツキャスターとしても活動してきた水内猛さんです。

2人は2005年4月に結婚しました。

水内さんは浦和レッズなどでプレーした元プロサッカー選手。現役引退後もサッカー関連の解説やメディア出演などを続けています。

夫婦を支えた水内猛さんの存在

2025年のマガジンサミットのインタビューでは、小倉さんが結婚前に子どもを授かりにくい体だと診断されていたことも明かしています。

そのことを水内さんに伝えた際、夫は2人での生活を楽しもうと前向きに受け止めたそうです。

その後、長女を授かり、次女、長男と家族が増えていきました。

3人の子どもを育てる生活では、夫婦の協力が欠かせなかったといいます。

小倉さんは、仕事と育児について、夫婦で帰宅時間や翌日の予定を頻繁に連絡し合いながら乗り切っていたと振り返っています。

子どもは長女・次女・長男の3人

小倉さんと水内さんには、3人の子どもがいます。

家族 出生時期 2026年の年齢
長女 2008年3月 18歳
次女 2012年5月 14歳
長男 2018年1月 8歳

長女の誕生は2008年3月8日。次女は2012年5月22日、長男は2018年1月15日に誕生しています。

特に注目されるのは、3人目の長男を出産したとき、小倉さんが43歳だったことです。

2017年11月には第3子の妊娠を発表し、翌2018年1月に男の子を出産したことを報告しました。

当時、夫の水内さんも45歳で第3子の父親になっています。

2026年は子どもの成長を見守る母親としての一面も

2026年10月には、次女の高校見学に出かけたエピソードをXで紹介しています。

高校受験を控えた娘の学校選びに付き添う姿からは、子どもたちの成長に合わせて生活が変化していることがうかがえます。

また、同年5月には次女の習い事に同行してフロリダを訪れ、旅行も楽しんでいました。

3人の子どもがそれぞれ成長するなか、仕事と家庭の両方を大切にしている様子が伝わります。

【ラジオ卒業】ジェーン・スー 生活は踊るで最後に伝えた思い

小倉さんのTBS退社を惜しむ声が集まったのが、ラジオ番組『ジェーン・スー 生活は踊る』です。

同番組は、ジェーン・スーさんがパーソナリティーを務めるTBSラジオの生活情報・トーク番組です。

小倉さんはパートナーとして出演し、リスナーに親しまれてきました。

2024年12月10日の放送では、年内いっぱいでTBSを退社することと、同番組を卒業することを発表しました。

番組を続けたかったという本音

小倉さんにとって、この番組は特別な存在でした。

2025年5月のインタビューでは、番組を家族のような場所と表現し、リスナーの日常にも自分の存在が溶け込んでいたと振り返っています。

本人は、できればTBSを退社した後も番組に携わり続けたかったそうです。

しかし、TBSアナウンサーとして受けていた仕事は、退社に伴って局に戻す必要がありました。

番組スタッフも継続の可能性を探ってくれたものの、最終的には卒業することになりました。

また呼んでもらえるように頑張ります。

この言葉には、ラジオへの愛着と、フリーとして再び仕事をすることへの意欲が表れています。

最終出演日は2024年12月31日

2024年12月31日、小倉さんは同番組に最後の生出演をしました。

放送には同期の安住紳一郎アナウンサーらも駆けつけ、家族からもねぎらいのメールが届きました。

本人は勤続を振り返り、TBSでの仕事に対する感謝を伝えています。

この日の放送は、27年間の会社員生活に区切りをつけるだけでなく、新しい働き方へ踏み出す節目にもなりました。

【フリー転身後の評判】小倉弘子アナの強みと今後の可能性

フリーアナウンサーとしての小倉さんを評価するうえで注目したいのは、これまでのテレビ経験を新しい媒体にどう生かしているかという点です。

テレビで培った進行力をネットメディアに応用

小倉さんは『筑紫哲也NEWS23』などの報道番組を経験しながら、『サンデージャポン』や『ひるおび』といった情報番組でも活躍しました。

こうした経歴は、専門的な話題を一般の視聴者に伝える仕事と相性がよいものです。

実際、miraiAでは政治家や経済関係者などに質問するMCとして活動しています。

ENCOUNTのインタビューでは、テレビとは異なるネットメディアの特徴を感じながら、視聴者と同じ目線で疑問をぶつけ、話を引き出したいという考えを語っていました。

フリー転身後の評判を判断する3つのポイント

現段階で、小倉さん個人の人気や好感度を数値化した公的な調査は確認できません。

そのため、活動実績と本人の発言から、次の3点を評価軸として見るのが適切です。

1. 報道・情報番組で培った経験

ニュースや社会問題を扱ってきた経験が、政治・経済系の対談番組で生かされています。

2. 視聴者目線を重視する姿勢

専門家の話を一方的に伝えるのではなく、一般の視聴者が知りたいことを質問する役割を重視しています。

3. 独立後も新しい仕事に挑戦する行動力

長年勤めたテレビ局を離れ、YouTubeという新しいメディアでMCを務めることは、キャリアの転換として大きな挑戦です。

こうした活動からは、局アナ時代の実績を土台に、フリーとしての専門性を築こうとする姿勢が見て取れます。

【プロの結論】小倉弘子アナのフリー転身はキャリアの再設計

小倉さんの選択で注目すべきなのは、単純に会社を辞めて独立したという点ではありません。

アナウンサーとして働き続けたいという目的を優先し、仕事の環境や所属形態を変えたことです。

放送局の社員であれば、アナウンサー以外の仕事も担う可能性があります。一方、フリーになれば、出演機会を自分で開拓し、仕事の方向性も自ら決めていく必要があります。

安定した組織を離れるリスクはありますが、本人にとっては、長く働き続けるための前向きな選択だったのでしょう。

今後の評価を左右するのは、テレビへの復帰だけではありません。ラジオ、ネットメディア、イベント、インタビューなど、どのような場所で話し手としての力を発揮していくかがポイントになります。

【よくある質問】小倉弘子アナの現在に関するFAQ

Q1:小倉弘子アナは2026年現在、何歳ですか?

A1:1974年9月4日生まれなので、2026年11月現在は52歳です。

Q2:小倉弘子アナはなぜTBSを退社したのですか?

A2:管理職としての仕事と、アナウンサーとして現場に立ち続けたいという希望の間で葛藤があったためです。コロナ禍で仕事と育児に追われたことや、50歳を人生の節目と考えたことも関係しています。

Q3:小倉弘子アナは現在、フリーアナウンサーですか?

A3:はい。2024年末にTBSを退社し、フリーアナウンサーとして活動しています。夫の会社に所属する形で仕事を進めていることも本人が明かしています。

Q4:小倉弘子アナの夫は誰ですか?

A4:元Jリーガーでスポーツキャスターの水内猛さんです。2005年4月に結婚しました。

Q5:小倉弘子アナには子どもが何人いますか?

A5:3人です。2008年生まれの長女、2012年生まれの次女、2018年生まれの長男がいます。

Q6:小倉弘子アナは安住紳一郎アナと同期ですか?

A6:はい。1997年にTBSへ入社した同期です。2024年12月31日の退社前のラジオ最終出演にも安住さんが駆けつけました。

Q7:小倉弘子アナはInstagramを利用していますか?

A7:はい。報道で紹介されているアカウントは「@ogura_hiroko.m」です。2026年5月にはフロリダ旅行、同年10月には次女の高校見学に関する近況が報じられています。

Q8:小倉弘子アナは今後、テレビに復帰する予定ですか?

A8:テレビ番組への具体的な復帰予定は、今回確認できた本人の発言や報道では明らかになっていません。本人はラジオへの思いも語っており、幅広い媒体で喋り手を続けることを目指しています。

小倉弘子さんは、2024年12月31日に約27年間在籍したTBSを退社し、フリーアナウンサーとして新たな道を歩み始めました。

退社の理由は、管理職として組織を支える仕事よりも、アナウンサーとして話し手の仕事を続けたいという思いが強くなったことです。

夫の水内猛さんの支えもあり、現在はYouTubeメディア「miraiA」でMCを務めるなど、活動の幅を広げています。

一方、家庭では3人の子どもの成長を見守り、SNSでも旅行や学校行事などの日常を発信しています。

小倉さんの歩みから見えてくるのは、長く続けてきた仕事を手放すことが、必ずしもキャリアの終わりを意味するわけではないということです。

「生涯、喋り手」という目標を掲げた小倉弘子さん。 2026年は、テレビ局の看板を離れ、自分の名前と経験で仕事を築いていく新しいキャリアの途中にあります。今後、ラジオやテレビなどで再びその声を聞ける機会にも期待が集まります。

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伊部 拓海
コンテンツディレクター 伊部 拓海
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映画・ドラマ担当。公開資料と一次報道を照合し、ネタバレの扱いには線引きルールを設けています。

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