関本勇輔さんは、2002年9月28日生まれ、兵庫県出身の右投げ右打ちの捕手です。2026年11月現在は24歳。身長177cm、体重89kgで、強肩と積極的な打撃を持ち味としています。
父親の関本賢太郎さんは、1996年のプロ野球ドラフト会議で阪神タイガースから2位指名を受けて入団した元内野手です。
関本賢太郎さんは阪神一筋でプレーし、2005年のリーグ優勝にも貢献。代打や複数ポジションをこなす選手として長年チームを支え、2015年シーズン限りで現役を引退しました。
日本野球機構の公式年度別成績によると、通算成績は以下のとおりです。
- 一軍出場:1,272試合
- 安打:807本
- 本塁打:48本
- 打点:312
- 通算打率:.278
父が阪神で築いた実績は大きく、勇輔さんが高校時代から注目された背景にも、親子二代でプロ野球選手を目指すという物語がありました。
ただし、勇輔さんは父と同じ内野手ではなく、捕手として成長してきた選手です。特に二塁送球の速さや盗塁阻止能力が評価されてきました。
【履正社高校時代】2019年夏の甲子園優勝と主将としての活躍

関本勇輔さんの野球人生を語るうえで欠かせないのが、大阪の強豪・履正社高校での経験です。
2019年、2年生だった関本さんは、夏の全国高校野球選手権大会に背番号12でベンチ入りしました。
履正社は決勝で星稜高校を破り、夏の甲子園で初優勝。関本さんも全国制覇を経験したメンバーの一人となりました。
ただし、ここで押さえておきたいのは、2019年の甲子園ではベンチ入りしていたものの、試合への出場機会はなかったという点です。
2020年には主将・4番・捕手として活躍その後、関本さんは新チームで主将に就任。正捕手としてチームを引っ張り、打順でも4番を任されるようになりました。
2020年は新型コロナウイルスの影響で春の選抜大会と夏の全国選手権大会が中止となり、高校球児にとって異例のシーズンとなりました。
そんななか、8月15日に甲子園球場で開催された高校野球交流試合で、履正社は前年の決勝と同じ星稜と対戦します。
関本さんは4番・捕手で先発出場し、次の結果を残しました。
- 打撃成績:5打数2安打1打点
- 守備:相手の盗塁を3度阻止
- 試合結果:履正社10-1星稜
打撃だけでなく、捕手としての強肩も印象づけた試合でした。
日刊スポーツやデイリースポーツの試合報道でも、関本さんの攻守にわたる活躍が取り上げられています。
2019年の全国優勝をベンチから経験し、2020年には主将として甲子園のグラウンドに立つ。この2年間は、関本さんのキャリアにおける大きな転換点でした。
【ドラフト指名漏れから再出発】日本大学中退とSUNホールディングスWESTでの挑戦
高校時代に注目を集めた関本さんですが、最初のプロ入り挑戦は思いどおりには進みませんでした。
2020年ドラフトで指名されず2020年、関本さんはプロ志望届を提出し、父と同じプロ野球の舞台を目指しました。
父の賢太郎さんは高校から直接プロ入りした選手です。勇輔さんも同じ道を歩み、親子二代で阪神入りする可能性が注目されていました。
当時は阪神や巨人から調査書が届いていたと日刊スポーツが報じています。
しかし、2020年10月26日のドラフト会議で関本さんの名前が呼ばれることはありませんでした。
高校通算25本塁打を記録し、強肩の捕手として評価されていた選手にとって、悔しい結果だったはずです。
それでも野球を続ける道は残されていました。関本さんは大学進学を選択し、日本大学に進みます。
日本大学を2年春に中退した理由ところが、日本大学での野球生活は長く続きませんでした。
2025年2月のデイリースポーツのインタビューで、関本さんは大学野球のレベルの高さに圧倒され、自分の実力が十分ではないと感じたことを明かしています。
入学時は4年後のプロ入りを目標にしていましたが、大学2年春に中退。野球から離れる決断をしました。
ここで興味深いのが、再び野球に向き合うきっかけです。
関本さんは、父・賢太郎さんの引退試合の映像を偶然YouTubeで見たことを振り返っています。
中学生だった当時、父の引退セレモニーで花束を渡した経験があり、甲子園のスタンドを埋めた阪神ファンの光景が強く記憶に残っていたといいます。
その映像を見たことで、プロ野球選手を目指していた当初の気持ちを思い出しました。
父からも野球を続けることを勧められ、再挑戦を決意します。
SUNホールディングスWESTで社会人野球に取り組む再出発の場所となったのが、社会人野球チームのSUNホールディングスWESTでした。
関本さんは黒川監督との縁からチームの創部メンバーとして加わり、捕手として練習を重ねました。
デイリースポーツの取材によると、当時の生活は野球だけに専念するものではありませんでした。
- 午前中:野球の練習
- 午後:電気工事に関する仕事
- 夜:電気工事士の資格取得に向けた勉強
野球と仕事を両立しながら、再びプロ入りを目指していたのです。
大学中退という挫折を経験した後も、競技を続ける環境を自ら選び直したことは、関本さんのキャリアを考えるうえで要点です。
【関本勇輔の経歴年表】甲子園優勝から2026年の徳島退団まで
これまでの経歴を時系列で整理すると、関本さんがどのようにプロ入りを目指してきたのかが分かります。
| 時期 | 所属・出来事 | 主な実績・転換点 |
|---|---|---|
| 2002年9月28日 | 兵庫県で誕生 | 関本賢太郎さんの長男 |
| 2019年夏 | 履正社高校 | 背番号12でベンチ入り。甲子園優勝を経験 |
| 2020年 | 履正社高校 | 主将・正捕手・4番として活躍 |
| 2020年8月 | 甲子園交流試合 | 星稜戦で2安打1打点、3盗塁阻止 |
| 2020年10月 | プロ野球ドラフト | プロ志望届を提出するも指名漏れ |
| 大学時代 | 日本大学 | 2年春に中退 |
| その後 | SUNホールディングスWEST | 社会人野球で再挑戦 |
| 2025年12月 | 徳島インディゴソックス | 特別合格が発表される |
| 2026年1月 | 徳島インディゴソックス | 新入団選手記者会見に出席 |
| 2026年シーズン | 徳島インディゴソックス | 57試合、打率.236、1本塁打、11打点 |
| 2026年10月31日 | 徳島インディゴソックス | 契約期間満了による自由契約・退団発表 |
この経歴で注目したいのは、関本さんが高校卒業時のドラフト指名漏れで野球人生を終わらせなかったことです。
大学での挫折、社会人野球への転身、独立リーグへの挑戦と、段階的に環境を変えながらプロ入りを目指してきました。
2025年12月8日には徳島インディゴソックスから特別合格が発表され、翌2026年シーズンに向けて新たなスタートを切りました。
【2026年最新成績】徳島インディゴソックスでの57試合を分析
2026年、関本さんが新たな挑戦の舞台として選んだのが、四国アイランドリーグplusに所属する徳島インディゴソックスでした。
2026年1月31日の新入団選手記者会見では、積極的な打撃と肩の強さを自身のセールスポイントとして挙げています。
捕手としては二塁送球1.8秒前半を目標に掲げ、盗塁を阻止できる能力を磨く意欲も示していました。
2026年シーズンの打撃成績四国アイランドリーグplusのデータやスポーツナビの選手成績をもとに整理すると、2026年の主な打撃成績は次のとおりです。
関本勇輔・2026年シーズン.236
打率57
出場試合数21
安打数1
本塁打11
打点.638
OPS
出塁率 .324/長打率 .315/三振19/盗塁2
出典:四国アイランドリーグplusデータサイト、スポーツナビ選手成績
57試合に出場し、89打数21安打を記録しました。
打率は.236で、出塁率は.324。打率だけを見ると突出した数字ではありませんが、四球11個を選んでおり、出塁面にも一定の結果を残しています。
一方、本塁打は1本、長打率は.315でした。NPB入りを目指す捕手としては、今後さらに打撃面の成長を求められる成績でもあります。
もちろん、捕手の評価は打撃成績だけでは決まりません。スローイング、投手との連携、配球、守備の安定性なども重要です。
関本さんが高校時代から強みとしてきた肩の能力を、独立リーグの実戦でどのように発揮できたのかも、評価するうえで欠かせない視点です。
徳島インディゴソックスは2026年に年間総合優勝2026年の徳島は、チームとしても充実したシーズンを送りました。
9月のトリドール杯チャンピオンシップでは高知ファイティングドッグスを破り、3年ぶり8度目の年間総合優勝を達成しています。
関本さんも、その優勝チームの一員としてシーズンを戦いました。
また、2026年10月22日のNPBドラフト会議では、徳島から支配下・育成を合わせて6選手が指名されました。
独立リーグからNPBを目指す選手にとって、徳島はプロへの道を切り開くための実践的な環境でもあります。
一方で、チームから複数の選手が指名されたことと、所属する全選手がプロ入りできることは別問題です。
関本さん自身はNPB入りを果たせず、シーズン終了後にチームを離れることになりました。
【2026年10月31日】徳島退団の理由と関本勇輔の現在・今後の進路
関本勇輔さんの直近の大きなニュースは、2026年10月31日に発表された徳島インディゴソックスからの退団です。
球団公式サイトによると、関本さんは捕手・背番号3として退団選手の一覧に掲載されました。
退団は任意引退ではなく自由契約今回の発表で重要なのが、退団の区分です。
徳島球団は退団選手を次のように分類しました。
- 任意引退:金田龍乃介投手
- 自由契約:関本勇輔捕手を含む11選手
関本さんは「今季契約期間満了に伴う契約終了(自由契約)」に該当しています。
つまり、本人が任意引退を申し出たという発表ではありません。
自由契約による退団と、野球選手としての現役引退は同じ意味ではありません。
この違いは、今後の進路を考える際に重要です。
退団時に発表された本人コメント球団公式サイトには、関本さん本人のコメントも掲載されました。
この度、徳島インディゴソックスを退団することになりました。
徳島で過ごした1年間は、自分にとってかけがえのない経験となりました。
球団関係者の皆様、チームメイト、そして応援してくださったファンの皆様に心から感謝しています。
この経験を今後の人生に活かし、さらに成長できるよう頑張ります。本当にありがとうございました。
このコメントでは、徳島での1年間への感謝と、今後の成長への意欲が語られています。
ただし、次の所属チームや具体的な活動先については発表されていません。
今後はNPB入りを再び目指すのか?関本さんのこれまでの経歴を考えると、今後の進路で注目されるのは野球を続けるかどうか、そしてNPB入りを目指すのかという点です。
これまでの本人の発言や行動には、一貫した目標がありました。
1. 履正社高校時代にプロ志望を表明。
2. ドラフト指名漏れ後、日本大学に進学。
3. 大学中退後、SUNホールディングスWESTで社会人野球に復帰。
4. 2026年に徳島インディゴソックスで独立リーグに挑戦。
2025年2月のデイリースポーツのインタビューでは、社会人野球でプレーしていた時点でもNPB入りを第一の目標として語っていました。
一方、2026年10月31日の退団発表では、今後の進路やNPB再挑戦について具体的な説明はありません。
そのため、現段階で次の所属先が決まった、あるいはNPB入りを断念したと断定することはできません。
今後の判断材料としては、次の3点が挙げられます。
- 新しい所属先の発表: 社会人野球や独立リーグなど、次のチームが決まるか。
- 捕手としての成長: 強肩に加え、打撃や守備面で評価を高められるか。
- 本人の進路表明: NPB再挑戦を続けるのか、別の野球関連分野へ進むのか。
父親が築いたプロ野球での実績とは別に、勇輔さん自身のキャリアがどこへ向かうのかが注目されます。
【関本賢太郎の息子】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:関本賢太郎の息子は誰ですか?
関本賢太郎さんの長男は、野球選手の関本勇輔さんです。2002年9月28日生まれで、履正社高校出身の右投げ右打ちの捕手です。
Q2:関本勇輔は甲子園で優勝した経験がありますか?
あります。2019年夏の甲子園で履正社高校のメンバーとして全国優勝を経験しました。当時は2年生でベンチ入りしていましたが、試合には出場していません。2020年の甲子園交流試合では4番・捕手として出場し、2安打1打点を記録しました。
Q3:関本勇輔が日本大学を中退した理由は何ですか?
本人が2025年のインタビューで語ったところによると、大学野球のレベルの高さに圧倒され、自分の実力不足を感じたことが背景にあります。大学2年春に中退し、一度野球から離れましたが、父の引退試合の映像を見たことなどをきっかけに再挑戦を決めました。
Q4:関本勇輔の2026年の成績は?
徳島インディゴソックスで57試合に出場し、打率.236、21安打、1本塁打、11打点を記録しました。OPSは.638です。
Q5:関本勇輔は2026年10月に引退したのですか?
引退したという発表ではありません。2026年10月31日に徳島インディゴソックスから自由契約による退団が発表されました。任意引退とは異なるため、今後の野球継続の可能性は残っています。
Q6:関本勇輔の今後の進路は決まっていますか?
2026年11月4日時点で、退団後の所属先や具体的な進路は公表されていません。本人は退団コメントで徳島での経験を今後に生かして成長したいという意向を示しています。
関本賢太郎さんの長男・関本勇輔さんは、履正社高校で2019年夏の甲子園優勝を経験し、3年時には主将としてチームを率いました。
2020年のドラフトでは指名漏れとなりましたが、日本大学、SUNホールディングスWESTを経て、2026年には徳島インディゴソックスで独立リーグに挑戦しました。
徳島では57試合に出場して打率.236を記録。チームの年間総合優勝も経験しましたが、10月31日に契約期間満了による自由契約での退団が発表されました。
今回の退団を現役引退と混同しないことが大切です。次の所属先や具体的な進路は、まだ明らかになっていません。
父・関本賢太郎さんが阪神で築いた実績は大きなものですが、勇輔さんの歩みもまた、ドラフト指名漏れや大学中退を経て自ら切り開いてきたものです。
2026年11月現在、関本勇輔さんの野球人生は一区切りを迎えたものの、その挑戦が終わったと決まったわけではありません。 今後の進路発表と、再びプロ野球の舞台を目指す可能性に注目が集まります。