「李用実」とは誰なのか。検索すると、家系ラーメン総本山「吉村家」の創業者として知られる吉村実氏との関係や、本名、国籍をめぐる情報が浮かび上がる。その大きな手掛かりとなっているのが、2000年7月8日付の読売新聞報道だ。当時の記事には「吉村実こと李用実(52)」という表記があり、両方の名前が同一人物を指す形で掲載されていた。
一方、吉村実氏については、1974年の吉村家創業、複数の公開インタビュー、2023年の店舗移転、そして2026年9月のテレビ神奈川による最新報道など、経歴や現在の活動をたどれる資料が存在する。報道に登場する名前と、ネット上で広がった本名・国籍に関する説を区別しながら、確認できる事実を整理する。
【2000年の読売新聞報道】李用実とは誰なのか?吉村実との関係

李用実という名前を調べるうえで、最も重要なのが2000年7月8日付の読売新聞の記事だ。
当時の報道の見出しは「わいせつビデオで横浜の名物ラーメン店主逮捕」。神奈川県警磯子署が、横浜市磯子区杉田に関係する古書店でのわいせつ図画販売目的所持の疑いで関係者を逮捕したという内容だった。
当時の掲示板ログには、読売新聞の旧記事へのリンクと記事本文の引用が保存されている。その引用部分には、吉村家の経営者について、次の表記が確認できる。
「吉村実こと李用実(52)」
さらに記事では、李容疑者が「吉村実」の名前で雑誌などに頻繁に紹介されていた人物であることにも触れている。
この記述から分かるのは、当時の読売新聞が李用実と吉村実を別々の人物としてではなく、同一人物を示す名前として報じていたことだ。
報道された事件と吉村家の関係ここで注意したいのは、報道された容疑の対象がラーメン店そのものではないという点だ。
引用された記事によると、問題となったのは古書店「アゲインBOOK'S」での販売目的所持の疑いだった。記事には吉村家の経営者という肩書きも併記されていたが、吉村家の店舗でわいせつビデオを販売していたと報じたものではない。
また、逮捕されたという報道と、有罪判決が確定したという事実は別である。この記事の記録だけでは、その後の刑事手続きの最終結果までは判断できない。
それでも、李用実という名前がネット上で繰り返し取り上げられる理由は明確だ。単なる匿名投稿から生まれた名前ではなく、2000年の新聞報道に実際に登場した表記だからである。
【本名説・読み方・国籍説】李用実という名前から分かること
李用実について検索される疑問は、大きく分けて三つある。「本名なのか」「どう読むのか」「韓国籍または朝鮮籍なのか」という問題だ。
これらは関連しているように見えるが、実際にはそれぞれ別の証拠が必要になる。
李用実は吉村実氏の本名なのか本名説の根拠として挙げられるのは、先述した読売新聞の「吉村実こと李用実」という表記だ。
日本語の報道で「AことB」と書かれる場合、一般的には同一人物の別名や別表記を示す。したがって、この記事が両方の名前を同一人物のものとして扱っていることには意味がある。
ただし、ここから直ちに「李用実が出生時の戸籍上の氏名だった」と断定することはできない。
報道で使用された氏名、本人が公に活動する際の名前、法的な本名、出生時の名前は、必ずしも同じ概念ではないからだ。
一方、吉村実という名前は、吉村家の創業者としての紹介、企業関係者によるインタビュー、地域メディアの取材などで一貫して使用されている。
特に、2019年3月20日公開の「はまれぽ.com」のインタビューでは、吉村実氏の読み方を「よしむら・みのる」と明記している。
李用実の読み方は「りようじつ」なのか李用実という漢字には、複数の読み方が考えられる。しかし、2000年の読売新聞記事として保存されている引用文には、ふりがなが付いていない。
そのため、「り・ようじつ」などの読み方を確定した本人資料や信頼できる公式プロフィールは確認できない。
検索サイトや個人ブログに読み方が掲載されていたとしても、それだけでは本人の正式な読み方を証明するものにはならない。
対して、吉村実については「よしむら・みのる」という読み方が公開インタビューで確認できる。両者を混同しないことが大切だ。
吉村実氏の国籍は韓国・朝鮮なのか李という姓から韓国や朝鮮との関係を想像する人もいるようだが、姓の漢字だけで国籍や民族的ルーツを判断することはできない。
重要なのは、2000年の読売新聞記事にも、吉村実氏の国籍を説明する記述はないという点だ。
同記事が伝えているのは氏名と当時の事件に関する内容であり、韓国籍、日本国籍、在日韓国・朝鮮人という属性を証明する資料ではない。
本人による明確な公表や、国籍を裏付ける信頼できる公的資料がない以上、国籍説を確定情報として扱うことはできない。
【プロの結論】本名説と国籍説は分けて考えるべき今回の情報を整理すると、次のようになる。
- 李用実と吉村実:2000年の報道では同一人物として記載されている。
- 李用実が出生時の本名か:報道の表記だけでは確定できない。
- 李用実の正式な読み方:信頼できるふりがな資料を確認できない。
- 吉村実の読み方:公開インタビューで「よしむら・みのる」と確認できる。
- 国籍・民族的ルーツ:2000年の報道からは判断できない。
つまり、李用実という名前には新聞報道という具体的な出所がある。しかし、その報道が証明する範囲を超えて、本名や国籍まで断定するのは適切ではない。
【吉村実の経歴】1974年の吉村家創業と家系ラーメン発祥の背景
李用実という名前の背景を理解するには、吉村実氏がどのようにして家系ラーメンを生み出したのかを知る必要がある。
吉村実氏は、家系ラーメンの源流となった吉村家の創業者だ。1974年、神奈川県横浜市磯子区の新杉田駅近くでラーメン店を開業した。
トラック運転手や左官業を経験した創業者2019年の「はまれぽ.com」のインタビュー記事では、吉村氏がラーメン店を開業する以前に、トラック運転手や左官業などの仕事を経験していたことが紹介されている。
また、2021年に富士食品工業が公開した吉村実会長へのインタビューでは、ラーメン作りの原点について本人が具体的に語っている。
運転手だった20代の頃、東京の屋台で生ニンニクをたっぷり使ったラーメンを食べていたこと。そして九州の門司で、とんこつラーメンのおいしさに感動したこと。この二つの体験が、後の味づくりにつながったという。
東京で親しんだ醤油系の味と、九州で出会ったとんこつの味。その双方を組み合わせようと考えたことが、家系ラーメン誕生の重要なきっかけになった。
家系ラーメンの基本スタイルを確立吉村家のラーメンは、とんこつと鶏ガラをベースにした濃厚な醤油スープが特徴だ。
そこに太いストレート麺、鶏油、チャーシュー、ほうれん草、海苔を組み合わせる。このスタイルが、後に家系ラーメンとして広く知られるようになった。
富士食品工業のインタビューで吉村氏は、スープの味を決める要素として鶏油へのこだわりも明かしている。単に豚骨と醤油を混ぜるだけではなく、素材の選択や配合にも独自の考えがあった。
1974年に始まった一軒の店が、全国に広がるラーメン文化の源流になったのである。
【関係と年表】李用実・吉村実・吉村家を資料で整理
ここまでの情報を時系列で整理すると、名前の関係と吉村家の歴史が見えやすくなる。
| 時期 | 人物・出来事 | 確認できる内容 |
|---|---|---|
| 1974年 | 吉村実・吉村家 | 横浜市磯子区新杉田で吉村家を創業。 |
| 2000年7月8日 | 李用実・吉村実 | 読売新聞記事に「吉村実こと李用実(52)」と掲載。同一人物として報道。 |
| 2019年3月20日 | 吉村実 | はまれぽ.comが創業者インタビューを公開。読み方は「よしむら・みのる」。 |
| 2021年 | 吉村実・富士食品工業 | 家系ラーメンの誕生経緯や鶏油へのこだわりを公開インタビューで紹介。 |
| 2023年1月 | 吉村実・ENCOUNT | 家系ラーメン業界の展望や弟子、経営者としての考えを語る。 |
| 2023年3月 | 吉村家 | 横浜市西区岡野の新店舗へ移転。3月24日に営業開始。 |
| 2026年9月1日 | 吉村実会長 | テレビ神奈川が78歳で厨房に立つ姿と価格改定について報道。 |
この年表から分かるのは、李用実という名前が2000年の報道に登場する一方、吉村実という名前は1974年の創業から2026年の最新報道まで、創業者・会長として継続して使われていることだ。
また、李用実と吉村実の関係は、少なくとも2000年の報道上では同一人物という関係であり、別の創業者や吉村家の親族を指すものではない。
なお、2019年のインタビューでは、吉村家の社長が息子に交代していることも紹介されている。これは吉村家の経営体制に関する情報であり、李用実という名前との親族関係を示すものではない。
【公開インタビュー】吉村実が語った家系ラーメンへのこだわりと経営哲学
吉村実氏の人物像を知るうえで参考になるのが、2019年から2023年にかけて公開された複数のインタビューだ。
2019年・はまれぽ:家系ラーメンの品質への危機感2019年3月20日に公開された「はまれぽ.com」の取材では、吉村氏が当時の家系ラーメン業界について率直な意見を述べている。
特に気にしていたのは、家系というブランドが広がる一方で、本来の味や製法が十分に受け継がれているのかという問題だった。
「ただ、本物を出してほしい。」
この発言には、単に自分の店を有名にしたいという考えではなく、家系ラーメンの品質を守りたいという創業者としての意識が表れている。
2022年・宅麺.com:弟子と店舗経営について2022年12月31日更新の宅麺.comのインタビューでは、吉村実会長が弟子の育成や店舗経営について語っている。
興味深いのは、味を教えることと、店を経営して成功させることを別の課題として捉えている点だ。
インタビュー中には、富山県魚津市の「はじめ家」から週ごとの売り上げ報告を受ける場面も登場する。弟子の店の経営状況を把握し、具体的な数字を踏まえて助言している様子が紹介された。
この取材からは、吉村家の影響力がラーメンの味だけでなく、弟子の独立や経営にも及んでいることが分かる。
2023年・ENCOUNT:職人から実業家へ2023年1月4日公開のENCOUNTのインタビューでは、吉村氏の経営者としての考え方がさらに詳しく取り上げられた。
同記事では、直弟子や孫弟子が全国に300人以上いることや、吉村氏が自身の事業についてラーメン店以外の経営にも触れている。
吉村氏は、ラーメン職人として技術を磨くだけでなく、経営者として収益や事業基盤を考える必要性を語っている。
こうした発言は、1974年に一店舗からスタートした吉村家が、長期にわたってブランドを維持してきた背景を考えるうえで興味深い。
なお、これらの公開インタビューの中心テーマはラーメン作りや経営であり、李用実という名前や国籍について本人が説明した記録ではない。
【2026年最新】吉村実の現在は?吉村家の2023年移転後と最新動向
吉村実氏の現在を知るうえで、特に重要なのが2026年9月1日にテレビ神奈川(tvk)が報じたニュースだ。
2026年9月、78歳で今も厨房に立つテレビ神奈川の報道では、吉村実会長は78歳となった2026年時点でも、毎朝の仕込みのために厨房に立っていると紹介された。
このニュースの主題は、原材料費の高騰を受けた吉村家の価格改定だった。
吉村氏は、麺や野菜、鶏ガラ、豚ガラなどの仕入れ価格が上昇している状況について説明し、食材を減らすことによる味の変化を避けたい考えを示した。
取材で、なぜ同じ食材にこだわるのかと質問された際には、次のように答えている。
「おいしいものつくりてーじゃねーか、ただそれだけ」
この発言からも、創業者として現在も味を守ることを重視している姿勢が伝わってくる。
2026年9月1日の価格改定同日の報道によると、吉村家は2026年9月1日から麺類の価格を最大100円引き上げた。
- ラーメンの中盛・大盛:それぞれ40円値上げ。
- チャーシューメン:50円から100円の値上げ。
- 普通盛のラーメン:890円を維持。
普通盛のラーメンは注文全体の約7割を占めるとされ、値上げが続く状況でも基本となる一杯の価格を据え置いた。
今回の改定は、創業以来最大となる100円の値上げを含むものだった。単純に値段を上げるのではなく、食材の品質を維持するための判断だったことが、テレビ神奈川の取材から読み取れる。
2023年3月の吉村家移転と現在の店舗吉村家は2023年3月、長年営業していた横浜市西区南幸の店舗から、近隣の岡野エリアへ移転した。
ヨコハマ経済新聞の2023年3月9日付記事によると、旧店舗での営業は3月10日に終了。移転の理由は25年間の賃貸契約が満了するためだった。
新店舗は岡野町交差点を渡った先に建てられた自社ビルで、2階建ての30席。新店舗の営業開始日は2023年3月24日と確認できる。
2026年11月時点で神奈川県の観光情報サイトに掲載されている店舗情報は、次のとおりだ。
- 店舗名:家系総本山 吉村家
- 住所:神奈川県横浜市西区岡野1-6-4
- 営業時間:11時~20時
- 定休日:月曜日
営業時間などは変更される可能性があるため、訪問時には公式の店舗情報を確認したい。
2026年の最新報道と店舗情報を合わせると、吉村家は2023年の移転後も横浜・岡野で営業を続け、創業者の吉村実氏も厨房での仕込みに関わっていることが分かる。
【李用実と吉村実】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:李用実と吉村実は同一人物なのですか?
A1:2000年7月8日付の読売新聞記事として保存されている本文には「吉村実こと李用実」と記載されている。したがって、当時の報道では同一人物として扱われている。ただし、この記載だけで出生時の本名まで確定することはできない。
Q2:李用実の読み方や国籍は判明していますか?
A2:李用実の正式な読み方を示す信頼できるふりがな資料は確認できない。また、2000年の読売新聞報道にも国籍の記載はない。吉村実氏については、公開インタビューで「よしむら・みのる」と紹介されている。
Q3:吉村実氏は2026年現在も吉村家で働いていますか?
A3:はい。2026年9月1日のテレビ神奈川の報道では、78歳の吉村実会長が毎朝の仕込みのために厨房に立っていると紹介されている。2023年の移転後も、創業者として現場に関わっている。
李用実という名前をめぐる疑問の出発点は、2000年7月8日付の読売新聞報道にある。「吉村実こと李用実」という記述は、両方の名前を同一人物として扱っていたことを示す重要な記録だ。
ただし、そこから出生時の本名、正式な読み方、国籍や民族的ルーツまで一括して結論づけることはできない。報道で確認できる事実と、その先にある推測は区別する必要がある。
一方、吉村実氏のラーメン店経営者としての歩みには、1974年の吉村家創業をはじめ、複数の公開インタビューや2023年の店舗移転など、具体的な記録が残されている。
そして2026年9月のテレビ神奈川の取材では、78歳となった吉村氏が現在も厨房で仕込みを続け、食材の品質を守るために価格改定を決断した姿が報じられた。
李用実という名前の謎を考える際にも、吉村実という人物の実像を知る際にも、最も大切なのは資料が実際に何を示しているかを見極めることだ。半世紀以上にわたって家系ラーメンの源流を守ってきた吉村家の歴史は、名前をめぐる噂とは別に、現在も続いている。
主な参照資料