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天鎧鵬の現在は?2025年10月の協会退職理由と2026年新事業を徹底解説

高杉 葵 高杉 葵 • 更新: • 公開: • 読了約 20 分
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元幕内力士・天鎧鵬(てんかいほう)の現在が気になっている人も多いのと考えられます。本名は南貴由輝(みなみ・たかゆき)。熊本県玉名市出身で、最高位は西前頭8枚目。2019年3月に現役を引退した後は、日本相撲協会の親方として後進の指導や相撲普及に携わってきました。

しかし、2025年10月26日付で北陣親方を退職。さらに2026年には、相撲文化を観光事業として国内外に届ける「オオクマ観光株式会社」を立ち上げ、実業家として新しい道を歩み始めています。退職の背景には年寄名跡をめぐる事情があり、本人も取材でその問題に言及しました。現在の活動や退職理由の真相、相撲観光事業の内容まで、時系列に沿って整理します。

【天鎧鵬(南貴由輝)の現在】2026年のプロフィールと活動

天鎧鵬

天鎧鵬は、現役時代の四股名で知られる元大相撲力士です。2019年に土俵を去った後も、親方として相撲界に残り、2025年10月まで日本相撲協会で活動していました。

2026年11月現在は、協会所属の親方ではなく、民間企業の経営や相撲解説、相撲文化の普及を中心に活動しています。

南貴由輝の基本プロフィール
  • 本名:南貴由輝(みなみ・たかゆき)
  • 現役時代の四股名:天鎧鵬
  • 生年月日:1984年10月14日
  • 年齢:42歳(2026年11月現在)
  • 出身地:熊本県玉名市
  • 出身高校:文徳高校
  • 出身大学:日本大学
  • 所属部屋:尾上部屋
  • 初土俵:2007年1月場所
  • 新十両:2011年7月場所
  • 新入幕:2012年1月場所
  • 最高位:西前頭8枚目
  • 現役引退:2019年3月場所
  • 親方としての最後の名跡:北陣
  • 2026年の主な肩書:オオクマ観光株式会社代表、相撲解説者

日本相撲協会の公式力士プロフィールには、天鎧鵬の本名、出身地、所属部屋、戦歴などが掲載されています。現役時代の身体データは身長182.5センチ、体重179キロ。得意技は右四つと寄りでした。

2026年は相撲界を離れても相撲に関わる仕事を継続

協会を退職したからといって、相撲との関係がなくなったわけではありません。

むしろ、現役力士としての経験と親方時代に培った知識、そして持ち味である明るい話術を組み合わせ、相撲を知らない人にも魅力を伝える立場へと活動を広げています。

2026年にはABEMA大相撲中継への出演や、自身のYouTubeチャンネルの開設、相撲体験イベントなども展開。競技者、指導者に続く第三のキャリアを築いている状況です。

【現役時代の経歴】尾上部屋から西前頭8枚目まで上り詰めた天鎧鵬

天鎧鵬の相撲人生は、熊本県玉名市から始まりました。文徳高校、日本大学で相撲に取り組み、大学卒業後に尾上部屋へ入門。2007年1月場所で初土俵を踏みました。

下積みを経て2011年に新十両、2012年に新入幕

初土俵から順調に番付を上げたわけではありません。新十両に昇進したのは2011年7月場所で、初土俵から約4年半を要しました。

さらに翌2012年1月場所には新入幕を果たします。長い下積みを経て、ようやく大相撲の最高峰である幕内の土俵に立ったのです。

得意としたのは右四つからの寄り。182.5センチ、179キロという体格を生かし、相手を組み止めて前に出る取り口が持ち味でした。

最高位は西前頭8枚目

天鎧鵬が自己最高位に到達したのは2013年11月場所です。番付は西前頭8枚目でした。

幕内在位は通算7場所。幕内での戦績は38勝63敗4休です。三賞や金星の獲得はありませんが、三段目優勝を1回記録しています。

日本相撲協会の公式記録によると、生涯戦歴は367勝365敗4休、通算73場所。勝ち負けがほぼ拮抗する数字からも、長い現役生活を通して土俵に立ち続けたことが分かります。

2019年3月、34歳で現役引退

天鎧鵬は2019年3月場所を最後に現役を引退しました。

引退発表が行われたのは同場所14日目の2019年3月23日。最後の番付は西幕下52枚目でした。直近約2年半は幕下での相撲が続き、大きなけがも引退を決断する要因になったと報じられています。

引退会見では、十両昇進までに時間がかかったことや、大学時代の同期が先に関取へ昇進していったことを振り返り、「やり切った」という思いを語りました。

最後の春場所では4勝3敗と勝ち越して土俵を離れています。現役生活に区切りをつけた後は、年寄名跡を襲名し、尾上部屋付きの親方として後進の指導にあたることになりました。

【2025年10月の協会退職】北陣親方を辞めた理由と経緯

天鎧鵬の退職をめぐって、最も注目されているのが年寄名跡「北陣」の問題です。

日本相撲協会は2025年10月27日、北陣親方(本名・南貴由輝)が2025年10月26日付で退職したと公式発表しました。ただし、協会のお知らせには退職理由の詳しい説明はありません。

その後の本人への取材では、年寄名跡の問題が退職の背景にあったことが明らかになっています。

年寄名跡「北陣」と遠藤の関係

大相撲では、現役を引退した力士が親方として日本相撲協会に残るために、原則として年寄名跡を襲名する必要があります。

年寄名跡は一般に「年寄株」とも呼ばれ、その数は105とされています。親方になりたい元力士が自由に新しい名跡を作れるわけではなく、既存の名跡を継承する仕組みです。

天鎧鵬は2019年の引退時に秀ノ山を襲名。その後、音羽山、佐ノ山と名跡を変更し、2023年7月21日付で北陣を襲名しました。

しかし、この北陣の名跡は、当時現役だった元小結・遠藤が保有していたものです。つまり、天鎧鵬は北陣という名前を名乗っていたものの、名跡を自ら所有していたわけではありませんでした。

2025年10月26日から11月1日までの重要な動き
時期 人物・出来事 関係と意味
2019年3月 天鎧鵬が現役引退 秀ノ山を襲名し、親方として尾上部屋で活動を開始
その後 音羽山・佐ノ山を襲名 複数の年寄名跡を経て親方として在籍
2023年7月21日 北陣を襲名 佐ノ山から北陣へ名跡を変更
2025年10月26日 南貴由輝さんが協会を退職 北陣親方としての協会在籍が終了
2025年11月1日 元小結・遠藤が引退、北陣を襲名 名跡の保有者である遠藤が北陣を正式に襲名
2026年1月 オオクマ観光株式会社を立ち上げ 相撲観光事業を中心に新たなキャリアを開始
2026年3月 「南のごっちゃんねる」開設 自身の発信媒体を通じて相撲の魅力を発信

特に注目したいのが、2025年10月26日の退職と、11月1日の遠藤の北陣襲名です。

日本相撲協会は11月1日、遠藤の現役引退と年寄北陣の襲名を理事会で承認したと発表しました。天鎧鵬が協会を離れた6日後に、北陣の名跡は本来の保有者である遠藤へと引き継がれたのです。

退職理由について本人はどう説明したのか

2026年1月3日付のデイリースポーツの取材記事では、南さんが協会退職の背景に年寄名跡の問題があったことに触れています。

一方で、協会に対する感謝の気持ちも明確に示しました。

「協会には恩しかないです」

これは、親方として活動できた経験を肯定的に振り返る本人の言葉です。

したがって、退職の経緯を整理する際には、次の3点を区別する必要があります。

  • 協会の公式発表:2025年10月26日付で退職したという事実。
  • 本人の説明:年寄名跡の問題が退職の背景にあったこと。
  • 制度上の事情:北陣の名跡を保有する遠藤が引退後に同名跡を襲名したこと。

不祥事や金銭トラブルが原因だったとする公式発表はありません。公表された情報から読み取れる退職の背景は、年寄名跡の継承に関する制度上の事情です。

【2026年の新事業】オオクマ観光株式会社で相撲観光に挑戦

日本相撲協会を退職した南さんが選んだ新しい道は、相撲文化を観光資源として国内外に届ける事業でした。

2026年1月3日、デイリースポーツの取材に対して、南さんは観光会社を立ち上げる計画を明らかにしました。その会社がオオクマ観光株式会社です。

相撲部屋の朝稽古を観光コンテンツにする

同社が取り組む中心事業は、相撲部屋の朝稽古見学です。

南さんが想定しているのは、訪日外国人旅行者や法人顧客に向けて、実際の相撲部屋で行われる稽古を見学してもらうサービスです。

一般的な観光向け相撲ショーとは異なり、力士が本場所に向けて取り組む本物の稽古を見てもらうことに価値を置いています。

南さんは新事業について、次のような考えを語っています。

「本物の相撲部屋の稽古を見せたいと思いました」

観光客にとって、相撲は日本文化を代表するコンテンツの一つです。しかし、テレビや本場所の観戦だけでは、力士の日常や稽古の緊張感まで理解するのは簡単ではありません。

実際に土俵で汗を流してきた元力士が案内役になることで、稽古の意味や相撲独特の習慣、力士同士の関係などを解説できる点が、この事業の強みです。

インバウンドだけでなく日本人向けの企画も展開

オオクマ観光の活動は、外国人向けの稽古見学だけにとどまりません。

2026年9月には、東京都大田区平和島で元幕内・明瀬山さんと一緒に相撲を体験するイベントを公式サイトで告知しました。

イベントでは、四股、すり足、ぶつかり稽古、申し合いなど、実際の相撲の基本動作を体験できる内容が紹介されていました。初心者や未経験者、女性、家族連れも対象としており、相撲を観るだけでなく、自ら体験する機会を提供する取り組みです。

こうした活動からは、オオクマ観光が単なる外国人向けツアー会社ではなく、相撲文化を体験型コンテンツとして幅広く届けようとしていることが分かります。

朝稽古見学ツアーは現在休止中

利用を検討している人が注意したいのは、サービスの受付状況です。

2026年11月5日時点で確認できる天鎧鵬の公式サイトでは、朝稽古見学ツアーの案内に「現在休止中」と表示されています。

そのため、会社が設立されたことと、朝稽古見学ツアーがいつでも予約できることは別の話です。過去のイベント告知や事業構想を、現在の予約可能なサービスと混同しないようにしましょう。

【親方から実業家へ】2026年のメディア活動と南のごっちゃんねる

南さんの現在を語るうえで、観光事業と並んで重要なのがメディア活動です。

現役引退後、南さんは日本相撲協会の公式YouTubeチャンネル「親方ちゃんねる」やイベントの司会などで活躍してきました。明るいキャラクターと話の分かりやすさが、相撲ファンに知られるきっかけになりました。

ABEMA大相撲の解説者として出演

2025年11月には、協会退職後初めての仕事としてABEMA大相撲LIVEの解説を担当しました。

九州場所の3日目と5日目に出演し、現役時代の四股名である天鎧鵬の名前で解説に参加。力士としての経験を生かしながら、取組のポイントや力士の動きを分かりやすく説明しました。

2026年もABEMA大相撲中継への出演情報が公式サイトに掲載されており、解説者としての活動は継続しています。

現役時代に自分が経験したことを、今度は視聴者に伝える仕事です。単なるスポーツ中継の解説ではなく、力士の心理や稽古の背景まで説明できることが、元力士ならではの強みといえます。

2026年3月に公式YouTube「南のごっちゃんねる」を開設

2026年3月6日には、自身の公式YouTubeチャンネル「南のごっちゃんねる」をスタートさせました。

チャンネルは、南さんがCEOを務めるオオクマ観光株式会社とアカツキメディアスタジオの協業によるものです。

開設時には自己紹介動画や、現役力士を高級寿司でお祝いする企画などを公開。相撲ファンだけでなく、これまで相撲に触れる機会が少なかった人にも楽しんでもらえるコンテンツを目指しています。

本人は、チャンネルを通じて自身の認知度を高めるとともに、相撲界に恩返しをしたいという考えを示しました。

協会所属時代には組織の公式媒体を通じて情報を届けていましたが、独立後は自ら企画し、自分の言葉で発信できるようになった点も大きな変化です。

親方時代の経験が新事業につながっている

南さんのキャリアを振り返ると、親方時代の経験が現在の仕事に直結しています。

尾上部屋での後進指導、相撲教習所での新弟子指導、協会のYouTube出演、親方トークショーの司会など、現役引退後から人に伝える仕事を積み重ねてきました。

こうした経験は、観光客に稽古を案内する仕事にも、YouTubeやABEMAで相撲を解説する仕事にも生かせます。

相撲を実際に経験した人が、競技の外側からその魅力を伝える。この役割は、現役力士や通常の観光事業者とは異なる価値を生み出す可能性があります。

【退職理由の誤解を整理】天鎧鵬の現在について知っておきたい事実

天鎧鵬の協会退職については、突然の発表だったこともあり、さまざまな疑問が生まれました。ここでは、公開されている情報をもとに、混同しやすい点を整理します。

退職は不祥事や懲戒処分によるものだったのか

日本相撲協会の2025年10月27日の発表には、退職日と氏名が記載されていますが、懲戒処分や不祥事についての説明はありません。

その後の本人への取材では年寄名跡の問題が背景として説明され、協会への感謝も語られています。少なくとも公表された情報から、不祥事が退職の原因だったと判断することはできません。

北陣親方と遠藤は同じ人物なのか

ここも混同されやすいポイントです。

2025年10月まで北陣親方を名乗っていたのは、元幕内・天鎧鵬の南貴由輝さんです。一方、2025年11月1日に北陣を襲名したのは、元小結の遠藤です。

同じ北陣という名跡を引き継いでいるため、過去の記事や動画を検索すると、両者の情報が混在する場合があります。記事の日付と人物の本名を確認すると区別できます。

協会を退職したら相撲界との関係も終わるのか

これも誤解です。

南さんは協会を退職しましたが、ABEMAの解説、相撲観光事業、YouTubeなどを通じて相撲に関わり続けています。

協会に所属する親方と、民間の立場から相撲文化を伝える事業者では、活動の仕組みが異なります。協会を離れたことは、相撲との決別を意味していません。

【プロの結論】天鎧鵬の転身から見える相撲界の新しい可能性

天鎧鵬のキャリアで注目すべきなのは、現役時代の成績だけではありません。

最高位西前頭8枚目という実績に加え、親方として指導、広報、司会、解説などを経験したことが、独立後の事業につながっています。

特に相撲観光事業には、相撲界が持つ文化的価値を、観戦以外の方法で伝える可能性があります。インバウンド市場では、日本独自の文化を実際に体験したいという需要があり、元力士が案内する稽古見学は差別化しやすいコンテンツです。

一方で、相撲部屋は力士が生活し、稽古をする場所でもあります。観光事業として継続するには、部屋側の協力、見学者のマナー、安全管理、稽古日程との調整などが欠かせません。

つまり、天鎧鵬の新事業を評価する際には、単に会社を設立したという事実だけでなく、相撲文化の保護と観光体験の両立ができるかどうかを見る必要があります。

競技者から指導者へ、そして相撲文化を届ける事業者へ。南さんの転身は、元力士のセカンドキャリアを考えるうえでも興味深い事例です。

【天鎧鵬の現在】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:天鎧鵬は2026年現在、何をしていますか?
A1:本名の南貴由輝さんとして、オオクマ観光株式会社の経営、相撲観光事業、ABEMA大相撲の解説、公式YouTubeチャンネル「南のごっちゃんねる」などに取り組んでいます。

Q2:天鎧鵬が日本相撲協会を退職したのはいつですか?
A2:2025年10月26日付です。日本相撲協会は翌27日に公式発表しました。

Q3:北陣親方の退職理由は何ですか?
A3:年寄名跡「北陣」をめぐる問題が背景にあります。北陣の名跡を保有していた遠藤が2025年11月1日に引退して同名跡を襲名しました。南さん自身も2026年1月の取材で年寄名跡の問題に言及しています。

Q4:天鎧鵬の現役時代の最高位は何枚目ですか?
A4:西前頭8枚目です。2013年11月場所に到達しました。生涯戦歴は367勝365敗4休です。

Q5:オオクマ観光株式会社はどのような会社ですか?
A5:南貴由輝さんが立ち上げた観光会社です。相撲部屋の朝稽古見学を中心に、訪日外国人や法人向けの相撲文化体験を企画しています。2026年には一般向けの相撲体験イベントも告知されました。

Q6:天鎧鵬の朝稽古見学ツアーは現在参加できますか?
A6:2026年11月5日時点で、公式サイトでは朝稽古見学ツアーが「現在休止中」と案内されています。再開時期や予約状況は最新の公式案内を確認する必要があります。

Q7:天鎧鵬のYouTubeチャンネル名は何ですか?
A7:2026年3月6日に開設された「南のごっちゃんねる」です。相撲の魅力や現役力士に関する企画などを発信しています。

天鎧鵬こと南貴由輝さんは、熊本県玉名市出身の元幕内力士です。尾上部屋で2007年に初土俵を踏み、2012年に新入幕。最高位は西前頭8枚目で、2019年3月場所を最後に現役を引退しました。

その後は秀ノ山、音羽山、佐ノ山、北陣と名跡を変更しながら親方として活動しましたが、2025年10月26日付で日本相撲協会を退職。背景には年寄名跡の問題があり、本人もその事情を説明しています。

2026年はオオクマ観光株式会社を通じた相撲観光事業に加え、ABEMAでの解説や「南のごっちゃんねる」の運営など、活動の幅を広げています。

今後注目したいのは、相撲部屋の稽古見学を中心とした観光事業がどのように発展するか、そして元力士としての経験を生かした情報発信がどこまで広がるかという点です。

協会を離れたことで親方としてのキャリアには区切りがつきました。しかし、相撲との関わりは続いています。天鎧鵬の第二のキャリアは、相撲文化を次の世代や海外の人々へ届ける新たな挑戦として注目されます。

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アイドル・グラビア担当。所属事務所の公式発表を一次情報とし、憶測は書きません。

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