『釣りキチ三平』の作者は、秋田県出身の漫画家・矢口高雄(やぐち・たかお)です。1939年10月28日に生まれ、地元の銀行員として12年間勤務した後、30歳で漫画家に転身。1973年に『週刊少年マガジン』で連載を開始した『釣りキチ三平』によって、釣り漫画の第一人者として広く知られるようになりました。
矢口高雄は『マタギ』『おらが村』『幻の怪蛇バチヘビ』など、自然と人間の関係を描いた作品でも高い評価を獲得しています。2020年11月20日に81歳で逝去しましたが、2026年現在も横手市増田まんが美術館で原画が展示されるなど、その作品と功績は受け継がれています。
- 作者は矢口高雄: 秋田県横手市増田町出身の漫画家で、本名は髙橋髙雄。
- 異色の経歴: 羽後銀行で12年間働いた後、1970年に漫画家へ転身。
- 代表作の実績: 『釣りキチ三平』は1973年連載開始、講談社コミックス版は全65巻。
- 受賞歴: 1974年に講談社出版文化賞、1976年に日本漫画家協会賞大賞を受賞。
- 死因: 2020年11月20日、膵臓がんにより81歳で逝去。
- 2026年の状況: 横手市増田まんが美術館で原画が展示され、作品の保存・継承が続いている。
【作者の正体】釣りキチ三平を生んだ漫画家・矢口高雄のプロフィール

矢口高雄(やぐち・たかお)
1939年10月28日生まれ・2020年11月20日逝去
秋田県出身の漫画家。『釣りキチ三平』『マタギ』など、自然や故郷の暮らしを題材にした作品を数多く発表した。
矢口高雄は、単に釣りの知識を漫画にした作家ではありません。自身が育った秋田の自然、そこで暮らす人々の生活、動植物との関わりを、精密な描写と物語性によって表現した漫画家です。
公式プロフィールや明治大学米沢嘉博記念図書館の資料から、基本的な人物像を整理すると次のようになります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 漫画家名 | 矢口高雄 |
| 本名 | 髙橋髙雄 |
| 生年月日 | 1939年10月28日 |
| 出身地 | 秋田県雄勝郡西成瀬村(現・横手市増田町) |
| 職歴 | 羽後銀行(現・北都銀行)勤務 |
| 漫画家転身 | 1970年 |
| 代表作 | 『釣りキチ三平』『マタギ』『おらが村』 |
| 主な受賞 | 講談社出版文化賞、日本漫画家協会賞大賞 |
| 逝去 | 2020年11月20日 |
| 享年 | 81歳 |
矢口高雄が生まれたのは、1939年の秋田県雄勝郡西成瀬村です。現在の秋田県横手市増田町にあたります。
自然豊かな地域で幼少期を過ごした経験は、後の作品世界に大きな影響を与えました。
幼い頃から漫画に親しみ、特に手塚治虫の作品との出会いが漫画家を志すきっかけになったことが、明治大学の回顧展資料に記されています。
また、釣りは本人の趣味でもありました。
こうした少年時代の経験が、川や魚、山村の暮らしを単なる背景ではなく、作品の重要な要素として描く独自の作風につながっています。
矢口高雄は本名も公開されている漫画家漫画家としての名前は矢口高雄ですが、本名は髙橋髙雄です。
公式プロフィールでは、出身地や生年月日とともに本名も紹介されています。
「矢口高雄」という名前は作品を通じて広く知られていますが、故郷の秋田県では漫画文化の発展に貢献した人物としても認識されています。
【異色の経歴】銀行員から漫画家へ転身した理由と人生の転換点
矢口高雄の経歴で特に注目されるのが、銀行員から漫画家への転身です。
現在では漫画家を目指して若い頃から創作活動に専念する人も珍しくありませんが、矢口は高校卒業後に銀行へ就職し、社会人として働きながら漫画家になる夢を追い続けました。
12年間の銀行員生活を経て30歳で漫画家デビュー1958年、高校卒業後に羽後銀行(現在の北都銀行)へ入行します。
銀行員として働きながらも漫画への関心は失わず、1969年には漫画雑誌『月刊漫画ガロ』に投稿した『長持唄考』が入選し、掲載されました。
そして1970年、銀行を退職して上京。小学館の『週刊少年サンデー』に掲載された『鮎』でプロの漫画家としてデビューします。
当時、矢口は30歳でした。
銀行員という安定した職業を離れ、漫画家として新しい人生を選んだことは、その後の創作活動を決定づける大きな転換点となりました。
矢口高雄の経歴・年代別年表| 年 | 主な出来事 | 意味・実績 |
|---|---|---|
| 1939年 | 秋田県西成瀬村に誕生 | 現在の横手市増田町 |
| 1948年 | 手塚治虫作品と出会う | 漫画家を志すきっかけ |
| 1958年 | 羽後銀行に入行 | 銀行員生活の始まり |
| 1969年 | 『長持唄考』が『ガロ』に掲載 | 投稿作品が入選 |
| 1970年 | 銀行を退職して漫画家に転身 | 『鮎』でプロデビュー |
| 1973年 | 『釣りキチ三平』連載開始 | 代表作が誕生 |
| 1974年 | 講談社出版文化賞を受賞 | 児童まんが部門 |
| 1976年 | 『マタギ』で日本漫画家協会賞大賞 | 作品の評価を確立 |
| 1980年 | テレビアニメ放送開始 | 作品が映像化 |
| 1995年 | 増田まんが美術館が開館 | 名誉館長に就任 |
| 2001年 | 『釣りキチ三平 平成版』開始 | 新シリーズへ展開 |
| 2020年 | 81歳で逝去 | 画業50年の節目 |
銀行員時代は、漫画家としての人生とは無関係な寄り道ではありませんでした。
矢口は会社員として働きながら創作を続け、社会や地域の人々の暮らしに接していました。
その経験は、自伝的作品『昭和銀行田園支店 9で割れ!!』などにもつながっています。
特に注目したいのは、矢口が漫画の題材を都市部の流行だけに求めなかったことです。
故郷の農村、自然、働く人々の日常を描くことによって、都会を舞台にした作品とは異なる魅力を生み出しました。
銀行員から漫画家への転身は、単なる職業変更ではなく、自分が知っている土地と人々を創作の中心に据える人生の選択だったのです。
【代表作の全貌】釣りキチ三平はいつ始まった?全65巻の魅力と誕生秘話
矢口高雄の代表作として最も有名なのが、講談社の『週刊少年マガジン』で連載された『釣りキチ三平』です。
連載開始は1973年。主人公の三平三平(みひら・さんぺい)が日本各地や海外の釣り場を訪れ、さまざまな魚や釣り人と出会う物語です。
釣りキチ三平の連載期間は1973年から1983年明治大学米沢嘉博記念図書館の矢口高雄展アーカイブによると、『週刊少年マガジン』での連載期間は1973年7月29日号から1983年4月27日号までです。
つまり、約10年間にわたって連載された作品です。
ただし、ここで押さえておきたいのは、作品の掲載が週刊誌だけに限られていなかったことです。
同時期に『月刊少年マガジン』にも掲載され、増刊号にも作品が登場しています。
さらに2001年から2010年には『釣りキチ三平 平成版』が展開されました。
単行本は全65巻!平成版や番外編とは別シリーズ『釣りキチ三平』は、講談社コミックス版で全65巻が刊行されています。
この65巻は、1973年から始まったシリーズの単行本として知られる巻数です。
ほかにも番外編や平成版などがあり、作品世界は本編65巻だけでは収まりません。
| シリーズ | 内容 |
|---|---|
| 釣りキチ三平 | 講談社コミックス版・全65巻 |
| 釣りキチ三平 番外編 | 本編とは別に全2巻 |
| 釣りキチ三平 平成版 | 2001年から2010年に展開 |
| 釣りキチ三平CLASSIC | 2004年から2005年に掲載 |
| バーサス魚紳さん! | 矢口高雄原作、立沢克美作画の関連作品 |
『釣りキチ三平』の魅力を理解するうえで欠かせないのが、作者自身の釣り経験です。
矢口は釣りを趣味としており、秋田の自然に親しんできました。
その経験が、魚の動きや水辺の環境、釣り人の心理をリアルに描く基盤になっています。
実際、作品の記念すべき第1作は鮎釣り大会から始まります。
明治大学米沢嘉博記念図書館の展示解説では、冒頭で主人公の三平がすぐに登場せず、54ページ目で初めて姿を見せるという構成上の特徴も紹介されています。
主人公を最初から前面に押し出すのではなく、まず釣り場や大会の状況を描く。
この演出からも、矢口が魚や自然、釣りという行為そのものを大切にしていたことが伝わります。
釣りだけではない!作品に込められた自然と人間の関係『釣りキチ三平』は、単純に魚を釣り上げる勝負を描いた作品ではありません。
三平がさまざまな土地を訪れることで、その地域の自然や文化、そこで暮らす人々の価値観も物語に組み込まれています。
明治大学の展示資料では、三平の冒険には日本各地や海外への旅、巨大魚との対決、未知の自然との出会いなど、複数の魅力があると分析されています。
釣りを知らない読者でも楽しめる冒険漫画として成立していたことが、長く読み継がれる理由の一つです。
【受賞歴と代表作品】マタギ・おらが村にも表れる矢口高雄の創作哲学
矢口高雄の創作活動を『釣りキチ三平』だけで理解するのは十分ではありません。
もう一つの重要な代表作が『マタギ』です。
『マタギ』で日本漫画家協会賞大賞を受賞1976年、矢口は『マタギ』によって第5回日本漫画家協会賞大賞を受賞しました。
マタギとは、東北地方などで伝統的に山に入り、狩猟を営んできた人々を指します。
『マタギ』では、山の自然と向き合いながら生きる人々の姿が描かれています。
『釣りキチ三平』が水辺の自然を舞台にした作品であるのに対し、『マタギ』は山の自然と人間の関係に焦点を当てています。
題材は異なりますが、自然を単なる背景として扱わず、人間の生活や価値観と深く結び付ける点は共通しています。
日本漫画家協会の公式受賞記録にも、1976年度の大賞受賞作品として『マタギ』が掲載されています。
1974年には講談社出版文化賞を受賞矢口高雄は1974年、第5回講談社出版文化賞の児童まんが部門を受賞しています。
対象となったのは『釣りキチ三平』と『幻の怪蛇バチヘビ』です。
デビューから間もない時期に、複数の作品が評価されたことは、矢口の創作力の幅広さを示しています。
矢口高雄の代表作一覧| 作品名 | 主な特徴 |
|---|---|
| 釣りキチ三平 | 釣りと自然を描く代表作 |
| マタギ | 東北の狩猟文化と山の暮らし |
| 幻の怪蛇バチヘビ | 未確認生物を題材にした作品 |
| おらが村 | 故郷の農村と人々の生活 |
| 釣りバカたち | 釣りを題材にした人間ドラマ |
| ニッポン博物誌 | 日本の自然や生き物を描く作品 |
| 野性伝説 | 戸川幸夫原作の自然・野生動物を題材にした作品 |
| 9で割れ!! | 銀行員時代を題材にした自伝的作品 |
矢口の作品群に共通するのは、自然と人間を切り離して考えない視点です。
魚を釣る少年、山に入る猟師、農村で暮らす人々。それぞれの生活の中に自然があり、その自然との向き合い方が人生を形作っています。
この一貫した創作姿勢こそ、矢口高雄を釣り漫画だけの作家にとどめなかった理由です。
【矢口高雄の現在と死因】2020年に逝去、2026年も作品が残る理由
矢口高雄の最期
- 享年:81歳
- 死因:膵臓がん
- 場所:東京都内の病院
矢口高雄は、2020年11月20日午後5時46分、東京都内の病院で亡くなりました。
死因は膵臓がんです。
この情報は、名誉館長を務めていた横手市増田まんが美術館が2020年11月25日に公表した訃報に明記されています。
公益社団法人日本漫画家協会の訃報でも、同じ死亡日と死因が発表されています。
矢口高雄は現在も活動している?2026年現在、矢口高雄本人はすでに逝去しているため、新作漫画の執筆や本人による講演活動は行っていません。
一方、作品の保存や展示、出版物を通じた継承は続いています。
特に重要なのが、故郷の秋田県横手市にある横手市増田まんが美術館です。
矢口は1995年の同館開館に尽力し、名誉館長を務めました。
この美術館は、漫画を単なる読み物として扱うのではなく、原画や制作資料を文化的な財産として保存する役割を担っています。
2026年最新情報:横手市増田まんが美術館で原画を展示2026年11月時点で注目したいのが、横手市増田まんが美術館の常設展示です。
同館の公式施設案内は2026年10月21日付で展示中の漫画家一覧を更新しており、その中に矢口高雄の名前が掲載されています。
同館の常設展示室では、100名を超える漫画家の原画を収蔵し、そのうち74名分を展示しています。定期的な展示替えも行われています。
つまり、矢口の作品は過去のヒット作として書庫に収められているだけではありません。実際に原画を鑑賞できる文化財として、現在も公開されています。
2026年の釣りキチ三平の評価は?2026年の『釣りキチ三平』を評価する際には、単なる人気ランキングや売上だけでは捉えきれない側面があります。
注目すべき評価軸は次の3点です。
1. 漫画史におけるジャンルの確立
釣りを中心に据えながら、冒険、自然科学、地域文化を融合した作品として、釣り漫画の代表的存在になっています。
2. 原画・表現技術の文化的価値
明治大学米沢嘉博記念図書館の回顧展資料では、矢口のカラー原画や水彩画の技法、自然を感じさせる構図が紹介されています。
物語だけでなく、絵そのものを鑑賞する価値も高く評価されています。
3. 世代を超えた作品の継承
講談社の作品情報では電子版を含む関連シリーズが案内され、横手市増田まんが美術館でも原画展示が継続しています。
こうした出版・保存・展示の取り組みは、作品が現在も文化的な価値を持っていることを示す材料です。
【誤解を解消】釣りキチ三平と矢口高雄について知っておきたい事実
矢口高雄と『釣りキチ三平』について調べる際には、連載期間や単行本の巻数、作者の現在などを混同しないことも大切です。
1973年から1983年までの連載と、作品全体の活動期間は異なる『週刊少年マガジン』での本編連載は1973年から1983年までです。
しかし、『月刊少年マガジン』への掲載や、2001年から2010年までの平成版なども存在します。
そのため、作品の歴史全体を1983年で終わりと考えるのは正確ではありません。
全65巻は本編の講談社コミックス版「全65巻」という情報は、講談社コミックス版の本編を指します。
番外編や平成版などを含めたシリーズ全体の刊行点数とは異なります。
矢口高雄は釣り漫画だけを描いた作家ではない『マタギ』『おらが村』『野性伝説』などを読むと、矢口の創作の中心にあったのが自然と人間の関係だったことが分かります。
釣りはその表現手段の一つであり、作家としての活動は幅広いジャンルに及んでいました。
作品を読むならどこから始めるべき?初めて読む人には、まず『釣りキチ三平』の本編第1巻がおすすめです。
鮎釣り大会から始まる物語を通じて、作者の釣りへの思いや自然描写を体感できます。
一方、釣りよりも人間ドラマや地域文化に興味がある人には『マタギ』や『おらが村』が適しています。
矢口高雄の作家性を理解するなら、複数の作品を読み比べることが効果的です。
【よくある質問】釣りキチ三平の作者に関するFAQ
Q1:釣りキチ三平の作者は誰ですか?
A1:秋田県出身の漫画家・矢口高雄です。本名は髙橋髙雄で、1973年に『週刊少年マガジン』で『釣りキチ三平』の連載を開始しました。
Q2:矢口高雄の死因は何ですか?
A2:2020年11月20日、膵臓がんにより81歳で逝去しました。横手市増田まんが美術館と日本漫画家協会が訃報を公表しています。
Q3:矢口高雄は銀行員だったのですか?
A3:はい。1958年に羽後銀行(現在の北都銀行)に入行し、12年間勤務しました。1970年に銀行を退職して上京し、漫画家へ転身しています。
Q4:釣りキチ三平は何年から何年まで連載されましたか?
A4:『週刊少年マガジン』では1973年7月から1983年4月まで連載されました。同時期には『月刊少年マガジン』にも掲載され、後年には平成版も展開されました。
Q5:釣りキチ三平は全何巻ですか?
A5:講談社コミックス版の本編は全65巻です。番外編や平成版などは別シリーズとして刊行されています。
Q6:矢口高雄の代表作は釣りキチ三平以外に何がありますか?
A6:『マタギ』『幻の怪蛇バチヘビ』『おらが村』『釣りバカたち』『ニッポン博物誌』『野性伝説』などがあります。特に『マタギ』は1976年の日本漫画家協会賞大賞を受賞した作品です。
Q7:2026年現在、矢口高雄の原画を見られる場所はありますか?
A7:秋田県横手市の横手市増田まんが美術館です。2026年10月21日更新の公式展示案内にも矢口高雄の名前が掲載されています。展示内容や開館情報は訪問前に施設の最新案内を確認してください。
『釣りキチ三平』の作者・矢口高雄は、秋田県の自然に育まれ、銀行員として働いた後に漫画家へ転身した異色の経歴を持つ人物です。
1973年に始まった『釣りキチ三平』は、約10年間の週刊誌連載を経て全65巻の作品となり、日本の釣り漫画を代表する存在になりました。
さらに『マタギ』での日本漫画家協会賞大賞受賞など、釣り以外のジャンルでも確かな実績を残しています。
2020年11月20日に膵臓がんで81歳の生涯を閉じましたが、2026年現在も横手市増田まんが美術館で原画が展示されています。
矢口高雄の作品を理解するうえで重要なのは、魚や山を描いた漫画家という枠だけで評価しないことです。
作品には、自然と共に生きる人々の知恵、地域に根差した文化、生命への敬意が描かれています。
『釣りキチ三平』が長年にわたって読まれている理由も、釣りの技術や魚との勝負だけではなく、そうした普遍的なテーマが物語の根底にあるからです。
2026年に初めて作品を読む人も、かつて夢中になった世代も、矢口高雄の漫画を通じて日本の自然や地域文化に触れることができます。
その意味で、矢口高雄は一人の人気漫画家にとどまらず、次の世代に伝えていく価値のある作品を残した作家です。
主な資料:矢口高雄公式ホームページ、講談社、横手市増田まんが美術館、公益社団法人日本漫画家協会、明治大学米沢嘉博記念図書館。